ミスタさんとジョルノさんがカプリ島へ向かってから約数十分後のこと。
私たちもまたカプリ島の港へと到着していた。マリーナ・グランデには大勢の観光客がいる、とそう聞いていた通りの賑わいで、とてもこの中に襲ってきた追手の仲間がいるようには思えなかった。先に来ている二人がその相手を打っているだろうから、上手くいっていればここにいるはずもないのだけれど。
二人は無事だろうか。彼らのことを信じていないわけではない。ジョルノさんはまだ関わりが浅いからどんな人なのかわからないけれど、ミスタさんは頼りになる人だ。お調子者のような印象があるものの、いざという時の集中力は目を見張るし、彼も彼のスタンドもとても強いことを知っている。だから、彼らの力を疑っているわけでは決してないのだ。
ただ、少し。ほんのちょっぴりだけ心配だった。でも、戦闘で全くと言っていいほどに役に立たない自分が着いて行く選択肢なんてなく……。せめて、どうか怪我はしないように、と心から祈って「お気をつけて」と見送った。
──はず、なのに。
目の前に広がる光景に、はくりと呼吸が浅くなる。
港にあった小屋に群がる人々の先で見つけたのは床に蹲るミスタさんの姿だった。腹部から流れ出る鮮血。慌ててその場にいた野次馬の間をすり抜けて彼に駆け寄る。真っ赤な色のそれに少しだけ意識が遠退きそうだった。
「ミスタさんっ!」
「よぉ……意外と遅かったじゃあねぇか」
彼の前に膝をつくと、その口の端を上げていつものように笑おうとしてくれたけれど、痛みからか上手く笑えていない。ただただ痛々しくて、余計に泣きそうになったのをぐっと堪えて手を伸ばした。
傷口を覆う彼の手ごと包み込んで、スタンドを呼び出す。べっとりと血が自分の手に付着することも厭わなかった。触れる必要がなくてもそうしてしまうのは、単に癖のようなものだから。
「ココロはミスタを頼む。オレは外の奴らを散らすのと、他のみんなにこの事を伝えてこよう」
「はい」
ブチャラティさんにこくりと頷き、意識して呼吸を整えた。それから能力を発動させる。傷を“なかった”ことに。そう願えば、ぱっと一瞬の内に消えてなくなる傷口に、ひゅ〜とミスタさんは呑気に口笛を吹いていた。
過去の結果に連結して私の手や彼の手からは一切の血が拭われている。全て元通り。怪我をする前の状態だ。ほっと肩から力が抜けて、自分の膝の上に両手が落ちた。
「グラッツェ、ココロ。めちゃくちゃ目立つ位置にカッコイイ傷痕ができるところだったぜ」
「……」
「お、おーい? ココロ……? ココロちゃ〜ん?」
「……っふ、ぐす」
「うぉい!!?」
今度こそいつもの笑顔を見せてくれた彼の姿に、何故だか視界が滲んでいく。心底安心したからだろうか。生きていてくれた。そうして、自分の力が役に立った。色んなことが一遍に襲って、瞼が震える。
ついに壊れたダムみたいにあふれ出したそれを、一瞬だけひどく動揺した彼が思わずと言ったように指先でぐいっと目元を拭ってくれた。あたたかい。そんな当たり前の事実にまた安堵して、ぽろぽろと涙が次から次へとこぼれてしまって。
「あーあー、泣くな泣くな……! 待て、本当に止めてくれ、オレは無事だろ? おまえのおかげで!」
「うっ、うぅ……よがっだ、でず……」
「可愛い顔が台無しだぞ〜。ほれ、泣き止めって」
大きな彼の掌が私の両頬を包む。むにむに、とわざと弄ぶような動きに自然と涙が落ち着いてきて。誘われるようにそっと、特に何も考えずに、彼の両手の上に私の両手を重ねた。そうして自然と目を閉じて、頬を少しだけ擦り寄せる。これも特に深い意味はなかった。強いて言えば、あたたかくて心地良かったから気づいたらそうなっていただけ。
今ここに彼がちゃんと生きていることを実感していた私は、次の瞬間息を飲むような音とほとんど同時でばっと勢いよく遠ざかる彼に、ぱちりと目を瞬かせた。
「どうか、しましたか……?」
「ぅえ、いや、なんでも? そんなに好きなのかと思ってよぉ〜。オレってば愛されてんなぁ〜〜」
少し声が上擦っている。何かを誤魔化そうとしているのは明確なのに、それが何なのかはわからなかった。なんだからしくないな、とぼうっと彼を眺めていたら「よーし、今なら抱きしめてやってもいいぞ」なんて調子を取り戻した声音で言われる。
きっと、揶揄っているのだ。いつものその台詞に、日常に戻ったかのような、そんな感覚になって。やっと本当の意味で安心した私は控えめに微笑んで、その広げられた両腕の中、無防備な胸元へと顔を埋めた。普段は恥ずかしくて遠慮するけれど、今回くらいは甘えてしまおう、なんて。
「……だいすきに決まってるじゃないですか」
「ッ!?」
「え」とか「は」とか、意味もなく口をぱくぱくさせているらしいミスタさんの背に、ゆっくりと腕を回してきゅと服を掴めば、彼はようやく状況を理解したのか「んっ!?」と濁点がついたかのような不思議な声をあげていた。
ふふ、とおかしくて思わず声をもらすと、彼は熱いため息をついて、そおっと壊れ物でも扱うかのように私の背に腕を回してくれた。
「はあ、全く……今日はしてやられたなぁ」
「そんなに強い相手だったんですか……?」
「ああ、そうだな……一生敵わねぇかも」
「え? でも、勝ったんじゃ……?」
彼の腕の中で首を傾げれば、「わかんなくていーの」と誤魔化したミスタさんがそのまま私の首筋に顔を埋める。答えを見つける前に、そういえばジョルノさんの姿が見えないと辺りを見回した。この部屋にいるのは私とミスタさん、それから気を失っている追手の姿だけだ。
ミスタさんに彼の行方を聞こうと口を開きかけた時、ぐいっと何者かの手によって体が後方に引き寄せられて、ぎょっと目を丸くする。
「おいミスタ! 堂々とセクハラしてんじゃあねぇ!」
「何やってんだ全く。ココロも、危なくなったら大声で叫べっていつも言ってるでしょう」
外の人だかりがだんだんと減ってきた中で小屋へと入ってきたのは、ナランチャさんとフーゴさんだった。前者は腰に手を当て仁王立ちでミスタさんを見下ろしており、後者はぱたぱたと軽く私の服装を整えてくれている。
重傷の敵の傷から辺りは鉄錆ような匂いが漂っているというのに、みんなの空気感だけはいつも通りで。ああ、やっぱり好きだなあと場違いにもそう思ってしまった。