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「ぎゃっ……!」


やばい、やられたショックで切りつけられたボコブリン並みに変な声が出た。しんどい。画面の中で可愛い淑女の服(お気に入り)を違和感なく着こなすリンクが燃え尽きていく。

ごめんな、リンク……。プレイヤーがジャストガード下手すぎるせいで、毎度ガーディアンに狙撃されるのを阻止できなくて。そして、ありがとうミファー。あなたの祈りにはいつもお世話になっています。

「私が護る」とお馴染みのセリフで満身創痍のリンクを全回復させて、ふわりとミファーが消えていく。くそう、貴重な祈りが消費された。再び立ち上がったリンクと、ここぞとばかりに容赦なく狙いを定めてくるガーディアン。ピピピピ! という不吉な音はなんとも気を焦らせた。


「あわわわわ……!」


頼みの綱である祈りはもうない。練習しているジャスガは一向に上手くならず、この追い詰められた場面で成功させるなんて豪運はもちろん持ち合わせていない。さらに、あらゆる武器はほとんど消費してしまっていて、只今丸腰に近い。おまけにルピーも少ないときた。世界は無情。ないないづくしの現状で唯一とれる選択肢は逃走の一択だった。

画面内でくるりとリンクが身を翻す。


「よし、撤退撤退! 頑張れリンク〜〜っ!」


がんばりゲージが許す限りの全力疾走で大地を駆け抜ける英傑(女装した姿)。敵に背を向けて逃げるなんて、ゼルダ姫の近衛騎士としてはあるまじき姿だろうな……。リーバルに目撃されたら羽を指して大笑いされそうだ。本当に申し訳ない。プレイヤーのせいで無様な姿を晒させてしまって。でも、あのガーディアンは朽ちたタイプだから、距離を離せば余裕で逃げることは叶うはず。それまでどうか。がんばりゲージよ、保ってくれ。


「はああ、助けてエポナぁーー」


やや離れた位置で待機していた自分の愛馬(普通の野生馬にエポナと名付けただけ)へ吸い寄せられるように近づく。何気ない行動のその一瞬後だった。ヒュン! と空間を穿つが如く、それまで走っていた直線上にガーディアンのビームが発射されたのは。ぞっと肝が冷える。ひょっっっ。

待て待て待て。英傑様を背後から狙うなんて愚の骨頂じゃないの??? 今、絶対耳元かすっただろ!! 大丈夫か、リンク! ちゃんと耳あるか?? ハイリア人のキュートな耳持ってかれてないか……!?

そもそもは自分の下手なプレイが招いた展開だという事実を棚に上げ、急いでエポナに飛び乗る。そのまま加速して走り去ると、すぐに忌々しい赤い標準は見えなくなった。よかった、逃げ切れた。ほっと息をつく。もうこんな怖いエリアからはさっさとおさらばしよう。ジャスガの練習はまた今度だ。精神衛生上、大変よろしくない。ジャスト回避ですら安定してできない私には、きっとデスマウンテンよりも高く聳え立つ壁が存在しているのだろう。

潔く諦めて平和なコログ探しでもしようかな。そういえば、手持ちのリンゴがなくてお供えできずに見送っていた場所があったはずだ。ちゃんと地図上にマークして…………ない、だと?? あれ、嘘だ。そんなはずは。いつでも来れるように、と習慣づけていた行為をこの時だけ忘れてしまったのだろうか。でも、おかしいな。確かにマークしたことを覚えているのに。


「ていうか、待って。なんかマークが……全部消えてる……?」


画面内に映る広大なハイラルはその地図だけを示していて、印となるものは一切見当たらなくなっていた。ワープ地点や馬宿の目印すらも。いや、何故。今までこんなこと一度もなかったのに。バグか? 普通に困るんだが。まるで、初期化されてしまったようなマップを前に愕然とする。しばらくじっと見つめ、しかし何も変わらない画面にきっと読み込みが甘いせいだろうと楽観視して、ひとまずマップを閉じた。


『赤き月の夜、それはガノンの魔力が満ちる時ーー』
「うわっ」


戻ってきた世界は何の偶然か赤く染まっていた。赤い月だ。不可解な現状に神がかり的なタイミングで訪れた厄災は、なんだかいつもより一層不気味に感じる。しかして、今日もゼルダは可愛らしい。


『気をつけて、リンク……』
「ん? あれ、スキップができない、」
『ーー“いいえ、あなたも”』
「エッ」


刹那、ぞわりと鳥肌が立った。聞いたこともないゼルダの台詞と共に、復活した魔物達が一斉にこちらを向いた気がしたからだ。というか、確実に見ていた。なんなら目が合った。え、なに、全員カメラ目線なの? こんなシーンだったっけ……? 最近はスキップしてばかりだったから記憶が曖昧なのだろうか。


「こわ……」


ボタン操作の不能に、意味深な台詞。“あなた”って何。リンク以外に誰かいるか?? うわあ、怖い。マジで恐怖。マップといい、今日はとことんおかしな日だ。

先程の一言以外は同じだったと思う。赤い月のシーンが終わって通常のゲーム画面に戻り、そうして息つく間もなく発狂した。ああ、なんということでしょう。目の前におわすは黄金のライネルさんではありませんか!


「あ、ちょっと、まっ……!!」


無理なんだが!! 画面の切り替わりと共に容赦なく突進をかましてきたライネルにより、なす術なしに英傑が吹っ飛んだ。おまけに、彼のハートも吹き飛んだ。ちょっと待ってくれ……一撃? そんなにお強いキャラなの? チキンプレイのせいで強そうな敵には極力喧嘩を売らないから知らなかったな……。ミファーのおかげであった黄色いハートごと刈り取るなんて。

ああ、歴代の勇者とはこれまた違った格好良さのある青い服の英傑が地面に倒れ……“格好良さ”? あれ、“英傑の服”なんて装備させてたっけ……??


「ん!? 画面真っ暗になったんだけど……! え、壊れた!?」


ミファーの祈りは消費しているため、すぐにゲームオーバーの文字が現れるかと思いきや、画面が真っ暗になってしまった。えええ、そんな。色んなボタンを押してみても反応はなし。これはソフトの問題なのか、それともゲーム機本体なのか。機械に詳しくないので原因はわからないが、何にせよ洒落にならない。せめて、セーブデータは無事であってくれ……。

今日はなんだろう、厄日かな。ゲームの中でも、現実でも踏んだり蹴ったりすぎる。とりあえず今日はやめようとゲーム機を手放して立ち上がった。今は動かなくとも、時間が経てば案外ころっと直るかもしれない。もう夜も遅いし、明日も予定があるのだから寝てしまおう。


『ーー……あなたに託します。どうか、私の代わりにハイラルを……お父様や英傑達を救って……』
「え?」


小さな声が聞こえた気がして、なんとなくゲーム機を振り返る。けれども、そこにあるのは相変わらず暗くなった画面だけで。幻聴だろうか。どうやら日頃の疲れが溜まっているらしい。やっぱり、夜更かしは良くなかったなあ。ゲームをして凝り固まった体をほぐすようにぐうっと伸びをしながら、のんびりとした足でベッドへ向かった。

ーーそう、私は間違いなく使い慣れた自分のベッドで眠ったはずだ。ちゃんと覚えている。だというのに、目を覚ましたここは一体どこだろうか。


「ひ、姫が……っ! この国の姫様が無事にご誕生されたぞ!」
「待て、王妃様の容態が……!!」


うん、なんて??