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家のベッドで眠ったはずなのに、次に目覚めた時には全く知らない場所にいました。どうも、ナマエです。

誰かに事情を話した暁には、夢遊病か頭の病気を疑われそうな意味不明の出来事に巻き込まれて早数年。この体は今日も健やかに成長していたーー何故か、“幼女”として。ああ、やっぱり何度考えても原因も理由もわからない。元々は決して幼くはない年齢だったはずなのだが、一体何をどうしたら若返る羽目になるのか。こんなこと普通では考えられないし、まずあり得ない。

しかし、衝撃的なそれらを些末な悩みだと思えるほどには、何よりもおかしな事態が他に巻き起こっていた。


「ーーナマエ。お前はまた……こんな時間から何をしておる」
「おはようございます、お父様。“ハイラル”の夜明けを眺めていました」
「はあ、全く。景観を慈しむ心は結構だが、今は他にやるべきことがあるのではないか? そもそも、お前はもっと“姫”としての自覚をだな……」


お分かりいただけただろうか、カオスとしか言いようのないこの惨状を。ただ若返っているだけなら「まあ、だいぶおかしいとはいえ、世の中生きていれば怪奇現象の一つや二つ……」と思わなくはなかった。しかし、この状況はそんな領域を遥かに凌駕している。

少しひんやりとした澄んだ空気が肌に触れる。身を清めるような、柔らかなそよ風はそっと髪を撫でていく。遠くの山際から太陽が登り始め、夜と朝の境目を淡いグラデーションが彩る様は筆舌に尽くし難い美しさだった。眼前に広がる大地の名は“ハイラル”。本来であれば現実で見るはずのないその光景は、それでも今、確かにそこに存在している。

つまりはそう、どうやら私は転生(死んだ覚えはない)をしてしまったようなのだ。しかも、同じ現実世界ではなく、全く別の 異世界 にじげんに。そして、生まれた先はかの有名な勇者と姫と魔王の伝説的なあれである。うーん、どういうこと。

窓枠に肘をつき、遠い目で外を見つめる。城の最上階からの眺めは文句の付け所もない絶景だった。お、あの鳥っぽい影はもしやリト族だろうか。あっちの馬車は城下町で露店でも開くのかもしれない。それにしても、相変わらずどこもかしこも広いなあ。

こうして人々の暮らしを垣間見ると、何故に自分は煌びやかなお城に住んでいるのか、と何度も同じ疑問が湧いてくる。だって、明らかに身の丈に合ってない。烏滸がましくて塵になってしまいそうだ。敷地は広大すぎて余裕で迷うし、一般的な一軒家が何軒入るんですか?? ってちょっとキレそうにもなる。たぶん、元々の我が家なんてここと比べたら犬小屋でしかない。え、思考が麻痺している? いやいや、正常ですって。


「聞いておるのか、ナマエ」
「はい? えっと……?」


どうやら黄昏ていたのがバレたらしい。いつの間にか隣まで寄ってきていた彼は、こちらの顔を窺うなり呆れたように嘆息した。恰幅の良い体躯と、立派なお髭。厳かな雰囲気を纏うこの人は、まごうことなきハイラルの国王様である。そして、なんと彼の視線の先にいるのは私。言葉を交わしているのも私。極め付きは、彼の呼ぶ“姫”とは私のことを指すときた。はい、意味がわからない〜〜! あまりの仕打ちに気が遠くなってぶっ倒れそうになる。


「姿勢」
「ハイ、申し訳ございません」


やや冷たい声音に指摘され、速攻で背筋を伸ばした。ぶっ倒れることは許されないらしい。

さて、ハイラルの姫と聞いて、真っ先に思い浮かべる人物は誰だろうか。ゲーム好き百人に問うたなら、満場一致で“ゼルダ”と即答したかもしれない。それくらいの人気と知名度のある世界なのだ、ここは。しかし、驚くべきことに、この城には“ゼルダ”らしき人物が存在しなかった。私は大いに混乱した。それはもう、とても焦った。

国王様や王妃様にそれとなく姉妹について尋ねても「お前は一人娘だ」と暗に言われ、何か誘拐などの事件に巻き込まれて行方不明なのではと気掛かりでいれば、周囲にはそんな気配もなく。まさか、まだ生まれていないのかと色んな可能性が頭を過ぎり……そうして、ある時ふと気がついた。


ーーあれ、なんか“ゼルダ”に似てね?


それは、自室にある鏡の前での出来事だった。その瞬間の衝撃たるや、凄まじいもので。驚愕に目を見張り、間抜けにも口を開いたままに固まる幼女は、姫にあるまじき様相だったに違いない。成り代わりなんて、誰が予想するか。これっぽっちも可能性を視野に入れてなかったわ。

じゃあ、つまり何? 今の自分に降りかかった災難を一つ一つ言語化してみると、転生+トリップ+成り代わり……ってこと??

いや、設定過多ァ!!