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※王妃様の病について捏造あり。



「はあ、ごめんね。長い前置きになった」
「…………え、前置き?」


今のくそ重い話が??

はあ? と確実に姫にあってはならないヤンキーみたいな声が出そうになったのをすんでのところで堪える。なんだろうか、この肩透かしを食らった気分は。今までの会話の流れからてっきり王妃様の病状をより近しい人から聞き出したい、という心境で訪ねてきたのかと思っていたが。どうも少し違うらしい。

ならば、本当の目的とは一体。困惑が表情に滲んでしまったのか、思考を読んだように彼女が「ここに来た目的はあんたに会うことだよ、御ひい様」と柔らかく笑んだ。続けて、「御ひい様があの子に言った言葉を聞いたんだ」と先程とは打って変わってウルボザらしい芯のある声が響く。


「『生きることを諦めないでください。他でもないあなたが諦めてしまったら、あなたに死んでほしくないと、あなたを助けたいと願う人の想いはどうなるのですか』」
「え、」
「『私は諦めたりしない。あなたに死んでほしくないから、あなたを治せる方法を探す』」
「」


絶句。聞き覚えがある、どころではない身に覚えがありすぎる台詞だった。それはかつて、私が日に日に弱っていく王妃様へ向けて放った言葉たち。間違いなく、私のもの。……。……。これほど土に埋まりたいと願ったことがあっただろうか。

あ〜〜〜〜。信じられない。今思うとなんて不敬だ。顔が真っ青になる。いや、待って。やっぱり羞恥で真っ赤にもなりそう。居た堪れなくて、両手で顔を覆う。消えて無くなりたいとは、まさにこういう時に使うのだろう。敢えて例えるなら、中二病などの思い出したくない大失態を後から掘り返された時のそれだった。


「いい言葉じゃないか、本当に」
「あ、アリガトウゴザイマス……」


オーバーキル。やめて、私のライフはもうゼロよ……。


「私は嬉しかったんだ。前に会った時まではどこか死を受け入れたような変な穏やかさを纏ってたのに、今回は違ったからさ。他でもないあの子自身が生きようとしてるってね。何がその変化を招いたんだろうって気になって聞いてみたら、『御ひい様が』って楽しそうに話してくれたよ」
「……そう、でしたか」


暗くなった視界の中。聞こえてくる声音は先程までとは異なる希望の色を宿していた。ゲームで耳にしていたそれとぴたりと重なるような、明るい雰囲気。指の隙間から翡翠の瞳が弧を描いているのが見えて、悶え死にそうな慚愧の念とは別によかったなと漠然と思えた。

その時はただ、生きることを諦めて死を受け入れる王妃様の在り方が納得できなくて。彼女の胸の内を何も知らないくせに、死んでほしくないからと好き勝手に言葉をぶつけた。傷つけもしただろう。失礼極まりない愚行だっただろう。けれども、そこに嘘はなかった。だから、そんな子供のような我儘で二人が少しでも笑顔になれたのなら……。それはきっと、とても名誉なことだった。


「それからはもう、私も御ひい様に会いたいって思っちゃってね。こうして訪ねて来たわけさ。ありがとうね、御ひい様」
「……いいえ、私は何も。お母様がご気分を悪くされてないのなら、私も安心致しました」
「何もってことはないだろう。御ひい様のおかげで、前より顔色が良く感じるよ。あとは、医者に“不治の病”だって言われたあれをどうにかできればねえ……」
「……」


問題はそこだ。頬から熱が抜けたことを確認して、そっと顔を上げる。確か、ゲームでは国王様の手記に“急逝した”と書かれていたはず。だが、今の寝たきりの状態がそれの前触れに当たるのか、あるいは私の存在のせいで何かの差異が生じ全く別の病に臥しているのかはわからない。情報を求めて必死に記憶を遡っても、そもそも王妃様については全くと言っていいほど語られておらず……。

つまり、王妃様に関してはチートとも呼べるゲーム知識がほとんど活用できなかった。そうなると、残された選択はこちらの世界で地道に行動を重ねるしかなく。そうして、何度目かの訪問の際にようやく本人の口から体調悪化の原因を聞いた。突拍子もない話だった。しかし、同時に頑なに答えようとしなかった理由も、医者に明かさない理由も察することができた。例え伝えたところで冗談だと捉えられ、まともに受け取ってもらえない可能性が高いからだ。

けれども、私は信じた。「原因に思い至ることはない」とずっと口を閉ざしていた彼女の言葉だからこそ信憑性もあったし、今更嘘を吐く必要だってない。その時の様子も偽りを語る風ではなかったのだ。何より、それが“記憶に触れる”内容であったことが大きい。

僅かな希望に縋り、膨大な城の図書室の本を片っ端からひっくり返す勢いで読み進めた。姫としての責務を果たさなければならない状況下で調べ物というのは予想以上に骨が折れて。しかし、数ヶ月かけてそれらしい記述を見つけた頃には他の問題が浮上していた。

第一に、自分がまだ幼すぎること。遠くへ行きたいと言って、はいどうぞと一人で出歩かせてもらえるような年齢ではない。姫という立場も邪魔をする。それから、


「あ、そうだ。もしも私にできることがあれば何でも言っておくれ。今まで何の行動も起こせなかった私が言えたことじゃないし、幼いあんたにこんなことを言うのもおかしいのかもしれないけどさ」


人手不足が深刻。……。……?


「ほ、本当ですか……!!?」
「え、」


思わずガタッ! とテーブルに手をついて立ち上がる。目の前の紅茶が揺らめくのも意識の外に、自分にとって都合の良いウルボザの発言を追求しようと口を開く。座っていた椅子がぐらりと傾いだのはちょうどその時だった。

背後からの大きな音にはっとして我に帰る。やばい、素が出てしまった。「す、すみません……」姫らしくもない行為を猛省しながら、いそいそと椅子を元に戻す。視界の端でぱちくりと目を瞬かせているウルボザに心が病んだ。もはや、取り繕っても遅いができるだけ姿勢を正して座り直す。こほん、とひとつ咳払い。


「今のお言葉は本当に真に受けてしまっても良いのでしょうか……?」
「あ、ああ……私で良ければ」
「ありがとうございます! ウルボザさんがいてくだされば百人力です!」
「そ、そうかい? 難しい言葉知ってるね……?」


よっしゃ、言質取ったりぃ!!

あまりの勢いに若干引かれているような気もするが、彼女が頷いてくれたことが全てだった。これで自分一人という圧倒的な人手不足がだいぶ緩和される。さらに、信頼のあるゲルドの族長の言葉ならば、例えそれがお騒がせな姫による妄言と捉えられそうな内容だったとしても、余程まともに取り扱ってもらえるだろう。“試してみる価値はある”と、そう思わせることができれば御の字だ。


「早速ですが、お伝えしたいことが幾つか……時間はまだ大丈夫でしょうか?」
「問題ないよ」
「ありがとうございます。ウルボザさんは王妃様の体調不良の原因をお聞きになりましたか?」
「不治の病だろう?」
「では、その不治の病が具体的にどういうものかはご存知ですか?」


そこまで言うと、ウルボザは初めて思い至ったというように口を噤んだ。やはり、彼女でさえも病について詳しく知らされていないのだろう。王妃様によって作為的に隠されたそれは、原因不明、改善の兆しなし、悪化を辿る病状、と絶望的な三拍子が揃っていた。結果、“不治”と名付けられるのも想像に難くない。そうして、当然周囲の人間は医者の判断を疑うことなどせずに、今の状況が出来上がったのだ。

一つずつ説明していく度に、ウルボザが言葉を失っているのが伝わってくる。


「……じゃあ、結局のところ原因は何なんだい? その様子だと御ひい様は何か知っているようだけど……そもそも、どうしてあの子は事実を隠したりなんか」


眉を寄せ、深く考え込む彼女を頷きで制し、答えを告げる。勿体ぶるつもりはない。これこそが王妃様ご本人から聞き及んだ真実だ。


「ーー『悪魔のせい』だそうです」
「は?」


ウルボザがその綺麗な瞳をまん丸に開かせた。予想通りというか、そういう反応が返ってくるのは仕方がないというか。ただ、あまりにもガチの声だったものだから、ちょっと吹き出しそうになってしまった。なんとか堪えた。

呆気にとられていたウルボザが「今なんて……?」とようやく動き出す。恐る恐るといったような彼女に、もう一度「悪魔の仕業です」と言葉を繰り返した。


「もちろん、ふざけてなどいません。王妃様から直接聞いたことですから」
「悪魔って……」
「信じ難いのも無理はありません。話せばそのような反応が返ってくることを、あの方は理解していた。だからこそ、混乱を招かないために誰にも打ち明けなかったのでしょう」
「……御ひい様はすぐに信じたのかい?」
「はい。そもそも、この話を伺うまでにだいぶかかりましたから、それを嘘だとは思いません。そして、」


一度言葉を切り、まっすぐとウルボザを見据える。その双眸は戸惑いに揺れてはいたものの、そこに懐疑的な色はない。


「そして、あなたもご友人を疑ったりはしない」
「! まあ、ね。驚いたけど、だからと言ってあの子が嘘を吐いているとは思わないよ」
「……あなたが味方で本当によかったです」


まだ状況も上手く飲み込めていないだろうに、それでもはっきりとそう告げた彼女に安心してへにゃりと気の抜けた笑みを浮かべてしまった。本来なら絵空事と言われてもおかしくはないのに。二人の友情は深く、美しい。失われてほしくない。助けなくては、と強く思う。

ゆっくりと立ち上がって、先程まで使っていた本が山積みになっている机の引き出しを開ける。奥に念入りに隠しておいた分厚い本を手に、ウルボザを振り返った。


「これは、何の確証もない……言ってしまえばただの賭けですが、それでも聞いてくださいますか?」
「ここまで来てやっぱりやめたはなしだ。聞かせておくれ」


ああ、こんなにも。
こんなにも同じ方向を向いてくれる存在が嬉しいなんて。

力強い彼女の瞳は、原作以外のことに“ウルボザ”を巻き込む不安を取り払ってくれるようだった。