プロローグ



「えっと、これと……これ、必要かな……?」


クローゼットの中から洋服を一式取り出し、机やタンスからその他に必要だと思われる物を探し出しては鞄に詰めていく。なるべく荷物は少なく、身軽で動きやすいように。それが旅のコツだと、どこかで聞いたような話を頭に思い浮かべながら準備を進めて、なんとかそれなりに形になった気がする。

旅に出る。なんて言い方はとても綺麗なものだけれど、実際は家出と何ら変わらなかった。誰にも告げずに無断で家を出ることを、家出と言わずしてなんと言おう。

それでも、例えいけないことだと解っていても、もう決めたことだった。今更変えるつもりは毛頭ない。思えばこんな風に迷うことなく、自分の意思で行動が出来るのはこれが初めてかもしれなかった。


「……よし、」


着替えを済ませてから最後にベルトを巻きつけ、そこに五十センチ程の棒状の武器を取り付ける。手で握り込めるくらいの厚みで、ちょうど振り回すと警棒と同じ扱いになりそうなそれは、ナイフのように相手に裂傷を与えないためまだ安心して持っていられる自衛の手段だ。今は持ち運びがしやすいように縮められているが、力を込めれば自身の身長程に伸びる仕掛けが施されている。扱いが難しくなるので、私は得意ではないけれど。

家を出る準備が終わって部屋を見渡した時、ふと自分が映る姿見に目を向けた。出で立ちこそ、どこかに旅立つ前の冒険者のようであり、腰に携えたそれは剣のようにも見えたけれど、これからのことに不安を隠せない頼りない表情が全てを台無しにしていた。とても家出を決めたと宣う人の顔ではない。

なんだか惨めな気持ちになって鏡の自分から目を逸らし、そのままの流れで床に置かれていた鞄を手を取る。鏡に映っていたその人も当たり前に同じ動きでそこから姿を消したが、しかし何故だか無性に自分自身にすら見放されたような心地がした。

ため息を一つこぼして、そっと部屋の窓を押し開く。途端に外の空気が頬を撫で、少しの肌寒さに思わず腕をさする。窓の外は真っ暗で街灯が道を仄かに照らし、遠くでは家や店の明かりがちらほらと窺えた。

朝が訪れてしまえばもちろんのこと、家の誰かが確実に起きてしまう。今の内に脱け出すのが利口だった。見つかって止められる前にと、ひと思いに窓枠を蹴って空中に飛び出す。

自室は二階だったが、勢いを殺せばそれほど怖い高さではなかった。着地の前に一度壁を蹴り、ふわりと身を落とす。思った通り上手く脱け出せた私はそのままの勢いで家の敷地内を駆け、門のところで一度振り返った。ここを一歩でも抜けたら最後、完璧に家出だ。


「……行ってきます」


小さく呟いた形式的な言葉は、誰の耳にも届くことなく静かな夜の闇に消えてしまった。しかし、その中で唯一、庭の木に留まる梟だけがこちらを見つめ見守ってくれているような気がした。