突然だが、『転生』というものをご存知だろうか。
簡単に言うと『死後に生まれ変わること』らしい。らしい、というのは私自身いまいち理解しきれておらず、漠然とそういうものだと認識しているに過ぎないからである。
そして、世界とは不思議かつ残酷で、そのファンタジー要素をふんだんに使ったただでさえ信じがたい『転生』に対し、さらにトッピングのおまけ付き! みたいなもはや誰得の闇鍋状態に陥ることがあるようなのだ。
それはずばり、転生をした上で『前世の記憶』をも持ち得ている状態。
間違いなく、とても希少なケースだろうと思う。他人に話した暁には、もれなく頭のおかしい人のレッテルを貼られかねない非常に取り扱いの難しい問題でもあった。
では、何故急にそんな話をしているかというと、あろうことか他でもない私がその渦中に巻き込まれたからだ。それまで信憑性のなかったスピリチュアルは自分の身に降りかかったことにより、途端にその姿を真実へと変化させた。この苦痛と苦労がわかるだろうか。
え? 中二病?
漫画やアニメの見過ぎ?
まあ、信じる信じないは個人の自由だから仕方がない。しかし、以下は嘘も偽りもないとある体験談である。
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全てはあの日に終わり、そうして始まった。
それは約五年ほど前に遡る。学年にして小学三年生くらいのまだまだやんちゃな時期の一幕であった。
のちの人生の転機となったその日、私たちは家族で買い物に出かけていた。
皮肉なくらいの快晴をよく覚えている。柔らかな日差しは、今思えば微睡みを誘うような心地良さだった。しかし、当時の元気があり余る子供にとってはただの過ごしやすい気候でしかなく、目に映るもの全てが新鮮で、まるで別の世界に迷い込んだかのような不思議な充足感があった。
特別な記念日だったわけではない。その頃は、お出かけそのものが特別だったのだ。
そして何より、そこで大好きなスイーツを食べさせてもらえるという期待が、幼心のわくわくやドキドキを大いに盛り上げてくれていた。ありていに言えば、モノに釣られていた。
「みんな、はやくー!」
「おねえちゃん、まってー!」
「もう、二人とも……」
「ははっ、元気でいいじゃないか」
転ばないように気をつけなさいよ、という母の声を意識の端で捉えつつ、しかし待ち焦がれた瞬間を想像すると自然と足は急いでしまった。洒落たカフェへと一番乗りで辿り着き、ぐっと体重を利用して扉を開く。途端に広がる甘い匂いとコーヒーの香ばしさ。昔から身近にあった好ましい香りたち。嗅ぎ慣れたそれらは例外なく食欲を刺激した。
「いい匂いだね……!」思わずといったように呟いた妹に、こくりと首を縦に振って応える。この空間を噛み締めていた私には言葉を紡ぐ余裕もなくて。
「何名様ですか?」とお決まりの台詞と共にやってきた店員が、やや遅れてきた父に話しかける。案内された席は窓側の四人掛け。私と妹が隣同士で、向かい側には母と父が座っていた。
「要、なつめ。何を食べるの?」
「えっと、うーん……これ!」
「じゃあ、わたしはこれがいい!」
「あなたは?」
「そうだなぁ……俺はこれかな」
注文はそれぞれの好きなものを頼んだ。運ばれて来るまでの僅かな時間はやけに長く感じて、待ち遠しくて。そわそわと落ち着かない私を家族は可笑しそうに見守っていた。時折こぼれる笑い声がとても恥ずかしくて、ぷっくりと頬を膨らませたっけ。
程なくして、眼前にはキラキラと輝いている(ように見える)スイーツが現れた。気もそぞろに両手を合わせ、嬉々としてフォークを掴む。
そうして、口に運んだ──その時だった。
ぎゅっと胸が潰されるような奇妙な感覚に支配されたのは。
咀嚼したそれが口に合わなかったわけではない。むしろ、とても美味しくて。けれど、どうしてか懐かしくて。目の前の光景と自身の状況が、どこか別の……何かと重なっていく。カフェも、家族も、自分でさえも。違う何かに。
──あれ、前にもこんなことあったような……?
そう思い至った刹那、ほろりと涙が頬を伝っていた。突然泣き出した私を見て、家族がぎょっとしたのがぼやけた視界に映り込む。自分でも何故泣いているのかわからず、心配してくれるみんなには「すごいおいしくて」と適当に誤魔化すしかなかった。本当に誤魔化されてくれたのかは定かではないけれど、それ以上は聞かれなかったから私はただ目の前のスイーツを食べきることにだけ集中していた。
待ち望んだ至福の時間は、そんな苦い結末を迎えたのだ。
その後のことはあまりよく覚えていない。気がついたら家に帰っていて、頭が上手く働かないなあ、なんて思っていたら次の瞬間にはふらりと倒れ込んでいた。高熱だった。体調を急変させた子供に両親は最初こそ狼狽していたらしいけれど、献身的な看病の末それほど“症状は”悪化しなかった。
大きな問題が起きたのは、眠りに落ちた時だった。
ぐったりとベッドに身を預けていると、やがて瞼が重くなってきて。体が熱くて、だるくて、起きているのも億劫だったから、半ば気絶するようにすうっと意識を手放した。
すると、奇妙な夢を見た。
見たこともなく、経験したこともないはずなのに、何故か『知っている』と感じる夢だった。まるで、誰かの過去を追体験しているような不可思議な記憶の奔流。何より奇妙なのは、それら全てに対し強い既視感があったことだった。
翌る日。私はベッドの上でごく普通に目を覚ました。しかし、起き上がるまでには至らなかった。熱のせいではない。体はとても楽だったから、確かめるまでもなく治ったのだと悟っていた。
では何を思い、喜ぶこともせずに見慣れた天井ばかりを見つめて茫然と固まっていたのかというと、唐突に理解してしまったのである。
「(あ、これ、前世の記憶ってやつか)」
そっと瞼を伏せ、現実逃避という名の二度寝をしたのは言うまでもない。
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以上。こうして生み出されてしまったのが私という『前世の記憶持ちの転生者』であった。
何度思い返しても意味のわからなさは天元突破している。生まれた瞬間ではなく、途中で思い出すパターンもあるのかと冷や汗をかいたし、自分が本当に転生をしたのかという疑いもあった。が、実際に自分の身に起きてしまえば、もはや正否はさほど問題ではなかった。私にとっては、紛れもない現実だったのだから。
不幸中の幸いは、前世の記憶の中に『転生』という知識があったこと。おかげでパニックに陥り、ヒステリックな子供にならずに済んだ。
それからは、とにかく変な子供にならないように気を遣って過ごしてきた。パズルのピースがぴたりと嵌まるように甦った記憶たちは、油断すると言動に表れてしまいそうで大変扱いに困るのだ。さらには、前世を思い出す前までの純粋な子供時代の記憶も残っているため、自分の中に二つの人格が存在しているような、気味の悪い感覚をも抱える羽目になったのである。
一体、私が何をしたって言うんだ……。
前世の記憶
(思い出したのが小学生でよかったと思う)
(え? だって、幼児期からあったら着替えとかお風呂とか黒歴史以外の何物でもなくね??)