「──で、ここはこう。こっちはこうや!」
「ありがとう、ルミさん……」

 これでバッチリやで!
 言いながらサムズアップをしてみせた彼女は、輝かしい笑顔で私の肩をぽんと叩く。おそらく似合っているという意味なのだろうが、不思議だ。全く嬉しくない。
 パティシエ服と呼べば良いのか、原作で見たままのデザインのそれは普段着用する機会がないため非常に着づらいものだった。四苦八苦する私を見かねた彼女の協力を得て、なんとか着替えが済んだわけだが、いかんせん慣れていないので服に着られている感が強い。
 ぶっちゃけコスプレにしか見えなかった。“いちご”の見た目で生まれてきて今更なに言ってんだ、と言われてしまえばそれまでだけれど。

「はあ……帰りたい……」
「なに言ってん、要ちゃん。これから初めての実習やで? もしかして、体調でも悪いん?」
「体調……? そうだね、気分は良くないかな……」
「ほんまにどうしたん!?」

 更衣室の自分のロッカーに備え付けられた鏡を確認し、思った以上に“いちご”だった現実に打ちひしがれてゴッ! と、そこに額でダイレクトアタックをかます。鏡は割れなかったが、ハートはブロークンした。
 真横で奇行を目撃したルミさんはぎょっと肩を跳ねさせた。頭(中身の心配もされているかもしれない)は大丈夫かと聞く彼女に、あえて答えることはすまい。だって、大丈夫じゃないもの。

「うちは楽しみやけどなあ。要ちゃんがどのグループになるのか、とか」
「グループ……?」
「そや! 実習では班に分かれて作業するんやで」
「班……?」

 何気なく放たれた単語を拾い、ゆっくりと復唱する。痛む額の奥で警鐘がなっていた。

「要ちゃんはアンリ先生の推薦やろ? いきなりAグループなんてこともあり得るんやないかって」

 軽い口調で言ったルミさんがひょいとこちらを覗き込む。その口元は楽しげに弧を描いていて。プレゼントを開ける前の子供のような、未知に対する期待をまとっていた。

──“Aグループ”……?

 いやに聞き覚えのある単語だった。薄れてきている原作の知識の中でも、スイーツ王子たちに次ぐ鮮明さを保つ記憶。
 そこは、本来なら“いちご”が在るべき場所で。王子たちが所属している班のこと。
 ぞわりと吐き気に似た感覚が身体を襲う。

「そ、れはないと思うよ。転入してきたばかりだし、他の人たちと比べたら私なんか足元にも及ばないし……」

 返答する声が震えた。喉が渇いて、心なしかくらくらする。
 冗談はやめてくれ、と思った。そんな死亡フラグの塊のようなグループに放り込まれたら命がいくつあっても足りない。
 けれど、彼女の発言をただの妄想と跳ね除けるのも難しかった。例え、言葉を尽くして否定したとしても、原作通りそこへ組み込まれてしまう可能性が高いのは“いま私がここにいること”が証明しているからだ。
 憂鬱だ。ふう、と深呼吸とも、ため息ともとれる重苦しい空気を肺から押し出す。

「あれ、そんな嫌なん……? Aグループゆうたらみんなの憧れで、あのスイーツ王子たちがおる場所やで?」

 それが大問題なのである。

「私はルミさんと同じ方がいいなあ……」
「お! それ、ええな! うちも要ちゃんと一緒がええわ」

 “スイーツ王子”と一緒か、“加藤ルミ”と一緒かで言えば、同じ原作キャラでも圧倒的に後者の方がマシである。純粋に喜んでくれる彼女には口が裂けても言えない最低な考え方だが。
 どうか、どうか原作通りにはなってくれるな。何か避ける方法はないのだろうか。Aはやだ、Aは無理、Aは──と、ひたすら心の中で呪うように唱えていると、不意にその思考を遮るようにチャイムが鳴り響いた。
 はっとしたルミさんが慌てた様子で私の腕を掴む。「授業遅れるで!」ぐんっと引き寄せられ、されるがままに更衣室を飛び出した。走りながら尋ねる。

「え、なに? 今の開始の鐘? まさか遅刻?」
「いや、今のは予鈴やけど、この学校広いからなあ。急がな余裕で遅刻や〜!」
「えっ」

 この学校なんなの?? 広けりゃいいってもんじゃないって。
 私だけならまだしも、私の世話を焼いていたせいで彼女が遅刻するのはあまりにも気の毒だ。きっと成績にも影響してしまう。そうなれば、申し訳ないどころの騒ぎではない。
 先を急ぐ彼女の足を物理的にも内申的にも引っ張らないようにするため、縦にも横にも無駄に広い廊下を懸命に駆けた。『廊下を走るな』を積極的に破っていくこのスタイル。見つかったら内申に響くというピーキーな作戦であった。上手くいくことを祈る。

 とにかく、まずは遅刻回避に専念して……いや、やっぱり道だけは覚えておいた方がいいかもしれない。

 広すぎる校内を前に、頭から落ちそうになったコック帽をぐっと押さえつけた。

厄介ごとはお断り
(憂鬱だ……)
(……にしても、廊下長くね??)