予想外の展開に茫然としているうちに話が進んでいたらしい。
奇跡的に救出されたチョコレート細工はいつの間にやら作者の元へと返っていたし、謎の少女は彼らと共に教室の中へと入っていった。
ひとり逃げるように先を行く樫野くん。そんな彼のそっけなさにも心を挫くことなく追いかける少女。そして、すれ違いざまに彼女に手を取られた花房くんと安堂くんが引きずられるようにしてあとに続く。
途中、ドナドナ状態の二人がこちらを窺うように振り返った。双方、眉を下げて困った表情をしていたので、状況的に取り残された転校生を哀れに思ってくれたのかもしれないと解釈した。
「(できれば関わりたくない。……でも、決して彼らが嫌いなわけじゃない)」
“いちご”と同じくらい彼らのことだって──。
今までの愛想がいいとは言えない態度を詫びる気持ちもあったし、彼らの気遣いにほんの僅かでも報いたいという想いもあった。だから、今できる限りの柔らかな笑みを意識した。死滅していた表情筋が仕事をしたのは、彼らと離れられて心に少しばかり余裕ができたためだろう。
大丈夫と意味を込めた微笑みに、意外そうに目を見張る彼らがいたことには気づかなかった。それを確認する前に、わらわらとクラスの女の子たちに囲まれたからだ。
「ねえねえ、天野さん! どうして、あの三人と一緒だったの?」
「えっ……と、途中でお会いして」
「そうなの!? あと、それって花房くんの飴細工だよね! いいな〜」
え? 欲しいの?? あげようか?
思わずするりと口から滑り落ちそうになった本音をすんでのところで堪えた。彼らに好意的な人間からわざわざ反感を買うなんて、自ら首を差し出しているようなものだ。微妙な表情を押し殺す私を放って、彼女たちは羨ましいだの、スイーツ王子がカッコいいだのと大いに盛り上がっている。
私も彼らにエスコートされたい、と恋する乙女みたいにくねくね悶える様子は学生らしくてちょっと微笑ましいのだが、自分の複雑な立場を思うと同じ視点できゃあきゃあ騒ぐ気にもなれない。紙面や画面越しだったら、また違ったのだけれど。
それにしても、このアイドルを前にしたような反応……。もはやファンがいる、いない、を心配している場合ではない。目の前の彼女たちをファンと呼ばずして何と呼ぶのか。今後は『スイーツ王子ファンクラブ』の存在を警戒すべきである。刺激しないように細心の注意を払うべし。
「(……今更だけど、“スイーツ王子”って言葉の響きやばくない??)」
耳馴染みがあるから聞き流していたけれど、冷静になって考えるとインパクトがやばい。パワーワードか。
いや、今はスイーツ王子のことはいいのだ。それよりも気になるのはあの少女の方である。ちらり、と問題の彼女を見やる。
どうやら王子たちと席が近いらしい。教室内の喧騒や距離があるため会話の内容までは聞き取れなかったが、可愛らしい笑顔で話す様子が窺えた。やっぱり仲が良いのだろうか。
次に王子たちを盗み見る。花房くんと安堂くんは笑みを浮かべていたものの微妙に表情が固いような気もした。樫野くんに至っては頬杖をつき明後日の方向を眺めている。前言撤回。あまり仲良くないのかもしれない。
もしかして、安堂くんが言っていた『色々あって樫野の機嫌が悪い(要約)』には彼女が関わっていたのだろうか。
「……天野さんも、あの子のこと気になる?」
天野さん“も”?
周りを囲んでいた三人のうちの一人が内緒話をするようにそっと囁いた。
茶色の髪を頭の高い位置で小さく二つ結びしている女の子だった。なんとなく見覚えはある。けれど、名前を覚えているというほどではない。代わりに頭に浮かんだのは、安堂くんのことが好きなんだっけ? という今は何の役にも立たない情報だった。
とりあえず、首を傾げながらも曖昧に頷いてみる。『あの子』というくらいだし、たぶん王子たちのそばにいる彼女のことを指しているのだろう。
「あの三人と一緒にいる子……って、彼らと仲が良いんでしょうか?」
「やっぱり気になるよね。誰だってそうだもん」
確信を伴った声音だった。納得したような、それでいて少し残念そうな表情を見て、なんとなく誤解された予感がする。見ると他の二人も似たような顔をしていた。
──あれ? もしかして、
同類だと思われてる……?
いやいやいや、待ってくれ。
確かに私は原作のファンだが、それとこれとは別問題だろう。本人たちと絶対に交わらない世界で一方的に好きでいるのと、本人たちに知られる可能性のある世界で好意を向けるのでは、本質が全く違う。
というか、彼らとは先程会ったばかりなのに『“やっぱり”気になるよね』と表現されるくらい人気があるのすごすぎ……。そんな一目惚れみたいな速度でぽんぽんファンを増やしててもおかしくないと思われてるわけだ。
「あの子はね、氷川愛さん。いつもスイーツ王子たちの近くにいるの。だから、私たちは話すことも滅多にできなくて……」
「まあ、そうじゃなくても王子たちと話す機会なんてあまりないんだけど」
「それでも氷川さんだけだよ。あんなに近くにいられるのは……」
「そうなんですね……。教えてくださってありがとうございます」
王子たちのファンであるという誤解は解けないままだが、彼女たちから有益な情報を得ることはできた。
“氷川愛”という記憶にない名前。“いつもスイーツ王子たちの近くにいる”という彼女の特徴。
当たり障りのないささやかな情報でも、今はそれで十分だった。だって、彼女が“いちご”のように彼らのそばに“いつも”いるならば、私は彼女のことを覚えていたはずだ。そういう設定だけが存在して、登場回数が極端に少なかったという可能性も考えられなくはないが、そんな“いちご”とライバル関係にありそうな人物だったら逆に記憶に残るだろう。
つまり、彼女は“原作に登場しない”イレギュラー。例え、その結論が非現実的だろうと、
自分がある以上はあり得ないなんて言えないのだ。
「(ひかわ、あい……)」
その響きを忘れないように、ひっそりと口の中で呟いた。
パンドラの箱
(“二度あることは三度ある”)
(これはきっと三度目だ……)