幼稚な私と狡い君

「私が死んでも十代にはずっと私の事すきでいてほしい」

微睡むベッドでそんな話をした。
別に感傷的な気分になった訳ではない。
学園を卒業してからはや数年、久しぶりに日本に帰ってきた事で気が抜けていた。
だからふと思った事を口にしてしまったのだ。

「なんだよいきなり」

隣で既に半分寝かけていた十代が私にその言葉の意味を訊ねる。

「よく言うじゃない、私のことは忘れて幸せになってほしいって」

「ドラマなんかであったな」

くっだらない綺麗事だと思った。
どちらの立場になった事を想定しても全く共感出来なくてイラついてテレビを消した事がある。

「私はそんなのぜーんぜん思わないよ」

「それもすげぇ話だな」

呆れるように十代は言ったけどすぐにそれも私らしいなと言って笑った。
私の事なんて何も分かっていないくせに。

「だって私のいない人生を幸せになんて過ごせるわけないじゃない」

「俺はお前のそういうとこ結構好きだぜ」

当たり前じゃない、十代にとって私は特別よ。
こんなに私は十代を愛しているのだから。
でも私のこの気持ちなんて半分も理解していないんでしょうね。
そんな貴方が時々憎くて仕方ないの。

「だから私が十代を看取るの」

「そりゃ有難いな」

意味わかってる?
私は絶対に貴方から離れないと言っているの。
はぐらかしたりなんてさせない。
十代の細いけれどしっかりとした男の首筋に両手をかける。
十代が今生きていることを訴えるようにそこは脈打っている。

「だから着いていくのよ」

「そっか、わかった」

断るなら今すぐ私の手で殺して私が看取る、そんな脅し文句を考えた。
それでも十代は私の手を振り払う事もしなければ慌てる素振りもなかった。

その余裕に腹が立つ。

「反対されるかと思った」

「俺を看取ってくれるんだろ?なら一緒にいないとな」

十代は私が自分を殺すことなんて出来ないと思っているんだ。
そんなことない。
きっと私はいつでも驚く程あっさりと十代を殺せてしまうと思う。
こんなに大好きなのにどうしてだろう、それは私にもよく分からない。

「うん」

十代の首から手を離すとぎゅーっと抱き締められた。

「眠いから寝る」

そう言って私を赤子にするように背中を数回とんとんと叩いた後十代は本当に眠ってしまった。
首筋にはうっすらと私の手の跡が残っていた。
それを恨めしそうに睨み付けた後私も目を閉じた。
彼の腕の中に恐ろしい程居心地がよく私もあっさりと眠りに落ちてしまった。








「なーんて言っておいて十代の奴、結局捨ててっちゃうんじゃん」

朝起きた時には隣に寝ていた十代が消えていた。
そこはもう冷たくなっていた。
きっと私が起きるよりもずっと前に出て行ってしまったのだろう。

「必ず帰るっていつ帰ってくるんだか」

テーブルにおいてあった短文の置き手紙には必ず帰るの言葉が。
手紙と言ってもそれホテルに備え付けられているメモに書かれたものだったけれど。
それをくしゃくしゃに丸めて捨ててしまいたいと思うのに出来ない自分にも腹が立つ。

「私は十代がいなければ死んでるのと一緒なのに。いっそそうしようか?」

十代はいっつもそう。
自分で全部決めちゃう。

「いっそ本当に殺してしまえば良かった」

我ながら酷い思想を持っていると思う。
それでも私は他の友人達のように彼に何も言わず見送るなんてことが出来なかった。
私には十代しかいなかった。

いつも私は置いてけぼりだった。

置き手紙の下に白い紙があることに気が付いた私はそれを手にとって裏返してみる。
そこにはまったくもって予想外なものがあった。

「こんなもの一枚で私が喜んでしまうことを貴方は知っているのね。
本当にずるい人」

手紙と一緒に置かれていたのは半分だけ記入された婚姻届。
私が出したいのであれば記入して出しておけと書かれている。
プロポーズすらされていないのに。
きっと離婚届も同じように置いてかれるか下手をすれば郵便で離婚しろとメモ書きされたものを送られてきちゃうんじゃないかなと想像してしまった。


「ほんとに勝手に出しちゃうんだからね、十代のあほ」

でも別にプロポーズの言葉なんてそんなのいらないや。
ちょろい私はこの一枚の紙だけで喜んでしまう。
好きにしろというなら本当に好きにさせてもらおうじゃないの。




「さーて市役所行くか」

ついでに大型犬でも飼おう。