存在そのものに

(あ、やばい)

朝から調子が悪い自覚はあった。
あと一時間授業を残すのみとなった休憩時間にそれピークを迎えた。
少し休みたくてトイレの個室に逃げこむもどうにも関節も痛ければ喉にも違和感を覚える。
頭は痛みを訴え思考もままならない。
これは完全に風邪をひいてしまったようだ。
あと一時間、今更早退などしたくはない。
その思いからなんとか気合いを入れてトイレの個室から出た。

鏡で自分の姿を見る。

(顔色は、多少悪いかもしれないがなんともないといえばなんともない)

自身の頬を叩き気合いをいれる。

(あと一時間)



   



「やぁ、名前君」

トイレを出て少ししたところで吹雪さんと遭遇した。

「あれ」

吹雪さんは私の顔をまじまじと見た。
嫌な予感がする。

「なんだか顔色が悪いけれど、どこか調子が悪いのではないかい?」

この人はどうしてこんなにも細かい所に気がついてしまうのだろうか。
だからこそモテるのかもしれないが。
今は気付かないでほしかった。

「少し風邪っぽいだけなんです。
 ご心配をおかけして申し訳ないです」

今正直誰かと話しているのが辛い。
早く切り上げて席についてしまいたい。
 
「やっぱり、本当に少しなのかい?
 ちょっとごめんね」

そう言って吹雪さんは私のおでこに手をあてた。
すると吹雪さんは驚きの表情をみせた。

「少しなんてもんじゃないよ!
これは高熱だよ、保健室に行くべきだ」

そう言って私の肩を抱き教室とは逆の向きに方向転換させた。

「だ、だいじょう」

こんなにも辛かったのだろうか。
その程度の事で私は目眩のようなものを起こし視界が歪んだ。
吹雪さんが何か言っているがそれを理解出来ないまま私は意識を失った。






(あれ、私はなにを、)

目が覚めた時いつもと違う天井の色に違和感を覚えた。

「名前」

「え、十代?どうして····あっ、」

そこでここが何処なのか気が付いた。
白のカーテンに仕切られたそこは学校の保健室だった。
私はたしか吹雪さんと会って、そこで倒れたのだ。

それを思いだし反射的に起き上がれば不快な頭痛が私を襲った。

「いっっ」

その不快感に頭を抑えれば十代はまだ寝ていろと私の両肩を掴み再びベッドに寝かせた。

「吹雪さんが名前の異変に気がついて、それでここに運んでくれたんだ」

そう説明した十代は少し不機嫌そうだ。
何かあったのだろうか。

「なんていうか、その、悪い」

十代はばつの悪そうな表情で私に謝った。
しかし私にはなんに対する謝罪なのかさっぱり分からない。

「どうしたの?」

「俺、名前が具合悪いの気付いてなかった」

成る程、そういうことか。
そもそも急激に悪化したの私が自覚した時間が最後の授業が始まる寸前なのだ。
十代が気にする事など一つもないのに。

「そんなの気にしないでよ。
 今十代が私の為にここにいてくれるだけで嬉しいよ」

本心だった。
目が覚めた時すぐ傍らに十代がいてくれたことが私にとってどれ程心が安らいだか。

「でも、なぁ、·····吹雪さんがここに運んでくれたんだ」

「さっきそう聞いたけど?
 お礼言わないとね」

何が言いたいのだろうか、十代は。


「その、ほら、まぁ仕方ないんだけど
 運び方がな」

「うん?」

随分とまどろっこしい。
十代が言葉に詰まるなんてそうないのに。

「お、お姫様だっこ、ってやつで」

「う、うわぁ····」

まぁこの制服でおんぶはなかなかに厳しいだろうな。
しかし吹雪さんがお姫様だっことは、恐ろしく様になる。
でも改めて言われると恥ずかしいな。
意識も完全に失っていた事だし重かっただろうなぁ。。

「それはなんていうか、申し訳ないというか光栄というか、吹雪さんのファンに恨まれそうだね」

「俺がいたら俺が運んだんだ」

私の言葉にややふてくされた態度で十代はそう言った。
まぁそう体格が変わらないけど体力バカの十代なら運べたのだろうか?
吹雪さんも身長は高いけど細いのに、やっぱり男の人なんだなぁ。

「····今度からちょっとでも具合悪かったら俺に言えよ」

「あ、う、うん?」

まぁ倒れる程の事なんてそうそうないとは思うけどね。
寧ろトラブルと隣合わせなのは十代の方だと思う。

「俺お前が他の奴に触られるの、
 あんまり、なんか嫌だし。
 俺だけなにも知らないとか、さ」

なんてこっぱずかしい事を言ってくれるのだろうか。
ある程度落ち着いたであろう熱がまた上昇しそうになった。

「そうだ」

十代は良い事が思いついた、と言わんばかりの表情で私に近付いて

「俺が名前の事楽にしてやるよ」

そう言って十代は私にキスをした。

「········バカ、風邪はね、うつしたからって私がすぐ治る訳じゃないのよ」

「えー、でもうつしたら早く治るって言わねぇ?」

仮にそうだとしても何故自身が引き受けようなんて発想になるのだろうか。

「十代にウィルスが回る頃には菌が弱まっているだけなのよ」

「ちぇー、そっかー
 ま、いいや。名前とキスしたかっただけみたいなとこもあるし」

ああもう恥ずかしい。
十代といるとより悪化しそうだ。


「ちょっと、貴方病人の名前に何をしているのよ」

その時ベッドを仕切っていたカーテンがピシャッと開いた。

「あ、明日香ちゃん」

明日香ちゃんはそれはもう怖い顔で十代を睨み付けた。

「まったく、油断も隙もないわね。
 病人の名前を襲うだなんて」

「ち、違うよ!
 襲われてないからね!?
 寧ろ心配してくれてたから!」

十代を庇うも明日香ちゃんの眉間にはシワが寄ったままだった。

「いいえ、この男はそういう男よ。
 貴方も隙が多すぎるのよ。」

「おい!人を獣みたいに言うなよ」

いったい明日香ちゃんにとっての十代のイメージはどういうものなのか気になる。

「貴方の荷物とってきたから、帰りましょう。
 私が貴方を部屋まで送り届けるわ」

いらっしゃい、と笑顔で両手を広げる明日香ちゃん。
まさか吹雪さんと同じように私を運ぶつもりなのだろうか。

「いや、それなら俺が運ぶし」

「貴方を弱った名前の部屋になんて入れたら何をするかわからないでしょう!
私が責任をもって運ぶから結構よ」

なんだろう、本当に明日香ちゃんはイケメンだなぁ。
そしてなんだか本当に明日香ちゃんならそれが出来そうなのが怖い。
十代と明日香ちゃんの間に何かあったのだろうか。
十代への信用の無さがまたなんとも。

「な、何をするって言うんだよ!
 わかったから、じゃあ俺が名前を運ぶから明日香は名前の荷物持って着いてきてくれよ」

というかそもそも私が自分で歩くという選択肢はないのだろうか?
先程より意識もしっかりしたし怪我人でもあるまいし、そう思うも二人に口を挟める余地はなさそうだ。

「変な場所に触ったら許さないわよ」

変な場所って何なんだろうか。
そう心の中でツッコミを入れるもそこで十代が余計な事を言った。

「俺は名前の恋人なんだからもともと触ってるし良いんだよ!」

(·····ばか)

どうして私セコムモードの明日香ちゃんに今それを言っちゃうんだ、十代。
というか友達相手に生々しい発言やめてほしい。

「貴方いったい名前に何をしているのよ!!
やっぱり貴方みたいな人信用出来ないわ!!」

その言葉に怒りのスイッチが入った明日香ちゃんは私の荷物を持ったまま余裕で私を抱き上げた。
やはり明日香ちゃんはイケメンすぎた。

「あっ!!俺まだ名前の事お姫様だっこしたことないのに!」

十代もツッコミを入れるポイントはそこなのか。
だめだ、なんだか本当に頭が回ってきた。
取り敢えず早く帰りたい。

「あ、明日香ちゃん、ちょっと、まずいかも」

「!ごめんなさい!
 今すぐ貴方を連れて帰るから!」

もう完全に自分で歩くという選択肢は放棄した。
とにかく早く自室に帰りたいという気持ちが勝った。

「十代、ほんと心配してくれてありがとう。
今日は明日香ちゃんに甘えさせてもらうから、治ったらデュエルしようね」

「·····わかったよ。
 治ったら俺がいっぱいだっこしてやるからな」

なぜそうなるのか。
だがもう突っ込む余裕はないし明日香ちゃんの機嫌をこれ以上損ないたくない。

「じゃ、じゃあ、明日香ちゃん、宜しくお願いします」

「任せて!」

ジト目で十代を見ていた明日香ちゃんも私がそう言えばなんともイケメンなスマイルを私に向けて保健室を出た。

まだ複数の生徒が廊下にいてすれ違う度に注目を浴びたのはなかなかに恥ずかしかったがもう私は感情を殺す事にした。
どうして明日香ちゃんはその視線を浴びる度に誇らしげだったのかわからない。

 
「ごめんね、重かったでしょ」

「あら、貴方1人くらい余裕よ。
 羽根のように軽かったわよ」

部屋まで送り届けてくれた明日香ちゃんにお礼を言うも余裕の笑みでそう返された。
いくらなんでもそれは言い過ぎだと思う。

「早く元気になるの、待っているわね」

ああ、イケメンで美人でスタイルが良くて優しい、我が友人ながらなんてハイスペックな人だろうか。

「ありがとう」

お大事に、そう言って明日香ちゃんは部屋を出ていった。
心配してくれる人の為にも早く治してしまおう。
そう願って安静を努めた私は2日後には完全に全回復した。



「十代、本当になんともないの?」

「?何がだ?」

十代は私の風邪がうつることもなくピンピンしていた。
やはり十代の抗体は私より何倍も強いのかもしれない。
しかし今はそんなことより何倍も気になる事がある。

「というかね、十代さん?」

「どうした?」

なんだかこの何か問題でもあるのか?な十代の顔にいらっとくる。

「さすがに学校では恥ずかしいから、その、やめない?」

「嫌」

十代は私の提案にとても良い笑顔で即答した。
そう、私は今十代の膝の上に横向きで座らされていて十代に後ろから抱き締められていた。

「いっぱいだっこしてやるって言っただろ?」

「いや、でもそれなら部屋でお願いしたいんだけど」

少なくとも昼休みの人の多い時間に公共の場でやることではないと思うんだ、うん。
ほんと見られてるから、公衆道徳って大事だよ、ほんとに。

「部屋ではもっと凄いのするから」

「なんだ凄いのって」

機嫌が良さそうな十代は私を離す気はなさそうだ。
まぁ結果として十代にも心配をかけたわけだし、と色々ともう諦めた。

「十代、色々ありがとうね」

「?おう!」

目が覚めた時十代がいてくれたのは本当に安心出来たのだ。
そのお礼の意味を十代はわかっていなさそうだけど取り敢えず十代が笑顔でいてくれたらそれで良い。

この後明日香ちゃんに、何とかは風邪をひかないって本当みたいね、と実に良い笑顔で嫌味を言われた十代が怒って口喧嘩のようになっていた。

十代が明日香ちゃんに口で勝てるわけがないのだからやめておけばいいのに、そう思いもしたが余計にもめるだろうと分かっていたので口には出さなかった。





「やぁ、名前君。
 体調はもういいのかい?
 無理は禁物だよ」

そんな二人を遠巻きで見守っていると吹雪さんから声をかけられた。

「吹雪さん!
 あの、本当にご迷惑をおかけしました。
 その、重かったでしょうし、すみません」

保健室まで運んでくれたという吹雪さんにお詫びを言うも吹雪さんはとても優しい表情でこう言った。

「君が元気になってくれただけでお礼は十分だよ。
 心配せずとも君は羽根のように軽かったよ」

その言葉を聞いてああ、やっぱり二人は兄妹なんだなぁと思った。