その日は家庭科実習でお菓子を焼いた。
こんがりと綺麗な焼き色のついたマドレーヌ。
同じグループで調理していた友人は彼氏にあげるから、と言ってそれを袋に詰めていた。
そんな楽しそうな友人を見て少し羨ましいなと考えていると友人は私に残っていたであろうラッピングの袋とリボンを差し出した。
「あげればいいよ。きっと喜ぶから」
笑顔で私の背を押した。
付き合っているわけではない。
私の片思い。
でもなんとなく、もしかしたら気のせいかもしれない、けれど。
なんとなく彼ももしかしたら、なんて。
最近彼と話していると時折そんなことを思ってしまう。
そう考えるようになっていたのだ。
仮にそうでなかったとしても彼は甘いものが好きだからただおやつにしてもらえたら、そう言い聞かせて私はありがたく友人のラッピングセットをいただいた。
「(喜んでもらえますように)」
そう願いを込めて丁寧にリボンを結んだ。
「え、あの、...どうしたの?」
黒子君の教室に向かえば彼は机に顔を伏せて項垂れている。
それは火神君も同様に。
先に顔を上げたのは火神君だった。
その顔色はなんだかいつもより青い。
「...大丈夫?」
「あ、ああ...いや、大したことじゃねぇ」
そう彼は言うけれどとても大丈夫そうには見えない。
火神君は大丈夫か、と黒子君を軽くゆするが黒子君は火神君より具合が悪そうに見える。
「まぁ食あたり...ではねぇけど、まぁそれに近いもんだから大丈夫だから気にすんな」
「それは...」
大丈夫と言っていいのだろうか、と疑問を抱きながらもあまりしつこく訊ねるのもどうかと思い言葉を引っ込めた。
理由を言わないのはきっと理由があるのだろうと思ったからだ。
しかしそうなるとこれはどうしようかと手に持っていたラッピングされたマドレーヌを見た。
お腹の調子が悪い人に食べ物なんてさすがにあげられない。
「ああ、そうか。名字のクラスが調理実習だったんだな」
火神君は私のマドレーヌを見てそう言った。
今まで気付かなかったがこの教室で同じようにお菓子を食べている人が数人いたようで室内にはほんのりと甘い香りが漂っていた。
「うん...その......火神君、食べられそう?」
「は、...俺?」
火神君は驚いた顔をしてマドレーヌと私の顔を往復して見た。
本当はそんなつもりはなかったけれど黒子君が食べられそうには見えなかった。
綺麗にラッピングされたそれを自分で食べるのは少し物悲しいと思い貰ってもらえるなら、と友人でもある彼にそう訊ねたのだ。
火神君は少し困った顔をしている。
「いや、俺はそりゃあ食えるけどよぉ...」
「ちょっと待ってください」
火神君が何かを言おうとしたその時、声を上げたのは黒子君だった。
彼は私の手を掴んでこちらをじっと見ている。
やはる普段より顔色は悪いように思う。
「く、黒子君...大丈夫?」
「僕は大丈夫です。それよりなんで火神君なんかにあげるんですか」
黒子君の言葉に火神君はおい!と声を上げたが黒子君は気にする様子もなく私をじっと見ている。
彼に恋心を抱いている私には正直刺激が強い。
「あの、実習で作ったから、って思ったんだけど、その、黒子君具合が悪そうだったから」
元々食も細い黒子君だからこそ負担になってしまっても悪い、そう思って火神君にお願いしようと思っての事だった。
でも彼は責めるように私を見ている。
「嫌です。火神君になんてあげないでください。
僕が食べたいです。そもそもなんで僕の為に持ってきたものを火神君にあげるんですか」
黒子君は私の手を握ったままそう言ってこちらを見つめる。
あまりにも真っ直ぐ見つめるものだから私は彼から視線を逸らした。
そこでふと気になった彼の一言。
「...あの、な、なんで黒子君に持ってきたって、分かったの?」
「そんなのわかりますよ。当然じゃないですか」
黒子君ははっきりと断言する。
「だって名字さん僕の事好きですよね。」
「お、おい!」
黒子君の言葉に火神君は慌てて声をかけるも黒子君は私から視線を外さない。
身体中の熱が顔に集まっていくのを感じる。
何も言えずにいる私を見て黒子君は続ける。
「僕も名字さんのこと好きです。
だから名字さんが作ったお菓子は僕が食べたいです。」
黒子君のそんな言葉に教室は一瞬鎮まりかえった。
好奇心の視線が突き刺さる。
それでも私の手を掴んで離さない彼は気にする様子もなく表情は変わらない。
「僕にくれますよね?」
ダメ押しのように再び口にされた言葉に私は首を縦に振るのがやっとだった。
私の手からお菓子を取った黒子君は笑ってありがとうございます、と言った。
告白をしたも同然のような言葉を口にしたというのに彼は何もありませんでした、そんな様子で。
「今はちょっと食べられないので後で必ず食べます」
大切そうに彼はそれを鞄にしまった。
ざわざわと再び音を取り戻した教室。
当然同じ部屋にいるのだ。
耳に入る音なんて容易に聞き取れてしまった。
顔の熱は暫く引かないだろう、そう確信した。
「...大丈夫か?」
火神君の顔から伝わったものは心配と同情の表情だった。
大丈夫なハズが無かったが私は首を縦に振る。
黒子君は席から立ち私と火神君を遮るように間に入って再びしっかりと私の手を握った。
「教室まで送ります」
黒子君は私の手を引いて教室を出た。
それを見守る好奇の視線。
もうされるがままだった。
廊下を歩きながら彼は言う。
「さっきの言葉本気です。僕も名字さんのこと好きですから」
真っ直ぐな告白。
予想外の展開に混乱しながらも私も彼に伝えた。
貴方の事が好きです、と。
知ってます、と返事をした彼の耳がほんの少し朱く染まっていたのを見て私はどうしようもない程幸せな気持ちになった。
end