何処にいても駆け付ける

「誕生日おめでとう」

騒がしい夜の街の喧騒の中、聞こえたその声。
今日が誕生日の人間など世界中に山程いるだろう。
だが俺はあまりにも聞き慣れた、耳に焼き付いたその声に自意識過剰かもしれない、なんて考えるまでもなく声のした方に振り返った。

「······名前、なのか?」

「何?一年ぽっち会わないくらいで私の顔に確証が持てないくらい私って影が薄かった?」

名前は不満げな顔で俺をじとりと睨んだ。
だがすぐにその表情はいつもの柔らかいものに変わる。
去年会った時より少し大人びて見えるがその表情は昔と何ら変わらない。
物言いも相変わらずだ、と苦笑いを溢した。

「そんなんじゃねぇけどいきなり現れたらそりゃあ驚くだろ」

「まぁこっちとしてもサプライズなんだから驚いてくれなきゃ困るんだけどね」

そう言って名前は笑う。
カラッとした気持ちの良い笑顔だ。
出会った頃名前のこういう所があまり異性の壁というものを感じさせず俺達はあっという間に仲良くなった。

「なんか色々忙しくしてるみたいたけどつい最近カタが付いたんでしょう?」

「···なんつーか色々筒抜けなんだな、相変わらず」

「まぁこの子達のおかげでね」

名前の隣には寄り添うようにスレイブタイガーが存在していた。
元々名前は精霊が見える人間ではなかった。
原因は分からない。
そうなったのは学生時代俺が異世界で仲間達を傷付けすれ違ってしまった後だった。
学園に戻った後彼らと距離を取った俺の元に名前は強引に押し掛け言ったのだ。

『十代が全然何も教えてくれなくて意味分かんないから私には十代の気持ちが全然分かんないならどうにかしてくれって流れ星に願ったらカードの精霊が見えるようになったんだけどこれって幻覚?』

この時の名前の遠慮の無い物言いに俺は驚くよりも先に笑ってしまったのだ。
この時の事は今でも鮮明に覚えている。

「いやーほんとうちのスレイブタイガーちゃん有能でさぁ、あ、勿論ハネクリボーちゃんもありがとうね!」

俺自身相棒の全てを知っているわけではない。
どうやら俺の知らない所で名前の精霊と俺の相棒は繋がっていたようだ。
ユベルが何も言わない所をみると恐らくユベルも知っていたのだろう。
ユベルは名前の事を好きでも嫌いでもないと言っていた。
だが恐らくこれは正確に言うと違うのだう。
きっとユベルにとって名前はある意味特別なのだろう。
俺でも分かる程好き嫌いのハッキリしているユベルがどちらでもないと言ったのだ。
拒絶をしない時点でそこにあるのは好意的な感情だろうと思っている。

「今日はすっごく良いホテルとってるから、そこでお祝いってことで」

「ホ、ホテル?」

当たり前のように告げられたその言葉に思わず声が裏返る。

「さすがに日帰りで海外はきついって言う私の事情もあるから気にしないで!
あと気取った食事は好きじゃないの分かってるからレストランで色々テイクアウトしてきたから、部屋でゆっくり食べようよ」

やけに手荷物が多かったのはそういう事だったのかと納得した。
それにしたって俺に会えない確率だってあっただろうに名前は本当にポジティブな思考をしていると思う。

「いや、まぁそれは確かにそうだけど···分かってんのか?」

「何が?」

名前の相変わらずの表情に俺は言葉に詰まってしまう。
男女が同じホテルに泊まる、その意味が分かっているのか、言葉にするのは簡単だ。
だが名前がそれを全く意識していなければ?
そう考えるとその言葉をストレートに口にすることに躊躇いを感じさせたのだ。
これではまるで片思いをしているようだ。

正直この状況はかなり嬉しい。
勝手をしている分いつ愛想を尽かされてもおかしくない。
本来であればきっちり関係を精算すべきだった。
それでもそれが出来なかった。
考えられなかったのだ。

あの日名前は当たり前のように

『いってらっしゃい』

と俺に笑顔で手を振ったのだ。
行かないで、一緒に行こう、さようならでもなく。
いつでも帰っておいでと言わんばかりのいってらっしゃいを俺に。
だからあの日俺は余計な言葉を口にせずただ

『いってきます』

そう言って笑ったのだ。

言い方は悪いが名前はいつだって俺にとって都合の良い女だった。
それはつまり居心地が良いという意味でもあった。


「あぁ、もしかして十代結構そっちの方は潤ってる感じ?」

「は?え、なんの話だよ」

「男女が同じホテルに泊まるんだからそういうことに決まってるじゃない」

どうやら理解していたらしい。
ぶっちゃけ俺達がこういう行為をするのは初めてってわけではない。
ただ一度だけそんなことはした。
だが当時のことをあまり明確には覚えていない。
脳裏に焼き付いていたのは名前苦痛に歪む顔と赤い色。
ほんの一時得た快楽は自分だけでそれは虚しいものだった。
それは正確には覚えていないではなく忘れたい、という気持ちが正しいのかもしれない。

「まぁ十代も経験を積んだようだし記憶の塗り替えを宜しく頼みたくてね」

「お前···そんなの、別に律儀に俺を待つ必要なんてねぇんだぞ」

名前が俺にいってらっしゃいと見送った。
それは帰ってきてもいいと言われているような気がした。
だが名前がそれを律儀に守る必要のない事だ。
約束なんてしていない。
仮にしていたとしても俺にそれを強要させる資格はないと思っている。
俺が帰った時名前の側に誰かがいたとしても俺は笑って祝福するつもりだった。

それでも自分がその時上手く笑えるかは分からない。
俺は仲間達よりずっとガキだから。

名前は俺を真っ直ぐ見据えている。
そしてあの頃よりも幾分大人びた笑顔で堂々と言った。

「私だってどうせするなら好きな人がいい。
痛いことも気持ちいいことも悲しいこと、嬉しいこと全部十代と共有したいって思ってる」

全てを共有したい、それは普段側にいない自分への皮肉も含まれているのだろうか?
だが未練がましい俺はその皮肉が嬉しいと感じてしまう。
囚われているのは俺だけでは無いということがどうしようもなく嬉しい。

「言っとくけど俺、あれ以来そういうこと一度もないから成長とかは期待しない方がいいと思うぜ」

「え、マジか。
だったら次の日安いホテル取って休んで一通り観光してから帰ろうかな」

どうやら名前は時間の融通がそれなりに利くらしい。
それにしてもこうして会えたから良かったもののもし会えなければホテルの予約も無意味だったろうしどうするつもりだったのだろうか。

「···俺が宿取ってやるからそうしろよ。
名前が喜ぶような場所かはわかんねぇけどこの辺はそれなりに詳しいから俺も付き合う」

「何言ってんの?
十代と一緒にいれたら何してたって楽しいに決まってんじゃない!
私海外のでっかいハンバーガーとか食べてみたいんだよね!」

今日は随分久しぶりだというのに相変わらず名前は昔の名前のままで、なんて心地いいのだろう。
心だけ里帰りしたような気分だ。

「まぁ明日の事はまた明日考えることにして、そろそろ行こっか!」

「···ああ」

名前は俺に自身の荷物を押し付けた。
俺はそれを両方受け取ろうとするもそれは名前に拒まれる。

「それはこっち!」

そして代わりに繋がれた手。
久しぶりに感じた名前の体温にそれだけで俺の体温がじわりと上がった。

だがそれは俺だけではないらしく名前の頬もうっすら赤みを帯びていた。

これからもっと大人な事をしようと思っているとは思えない程俺達は子供だった。

「十代お腹ぺこぺこ?」

「まぁそれなりに空いてっけど」

「じゃあもう少し我慢出来る?
出来たらお腹ぽっこりしてない時にしたい」

「····お、お前、なぁ····!!」

手を繋いだだけで照れている女が何を言うのだろうか。
これではまるで俺としたくてしたくて堪らないから態々ここまで駆けつけたように思える。
いや、それはそれで構わないのだが。
何分知識だけはそれなりに増えて実践経験がない身としてはプレッシャーが凄いのだ。

「別に腹なんて気にならねぇけどこっちも色々と気持ちの準備ってのが必要なんだよ。
その辺勢いていくとまた前の繰り返しになっちまうだろ」

「そんなわけないじゃない。
だって私はあの頃より今の方がずっと十代の事大好きだしそれは十代だって同じでしょう?」

名前は俺の気持ちを知っていてくれた。
信じてくれていた。
こんな勝手な男を想い続けることはきっも賢いことではないだろう。
それでも俺は自らの意思で名前を手離せない。

「そうだな、···名前会いに来てくれてありがとう」

「どういたしまして!
十代の為なら地球の裏側にいたって駆けつけるから」

だから嫌わないで、なんて小さく呟いた声に俺の心臓がカッと熱くなった。
瞬間的その熱は燃え上がる。

「···先に謝っとく、ごめんな」

きっと俺は今日も優しくなんて出来ないだろう。
今すぐ無茶苦茶に抱き崩したい。
そう思ってしまっているのだから。

「(こんなんじゃいつか愛想を尽かされっかわかんねぇな...)」

「(君はやっぱりまだまだ女心ってものが分かってないようだね)」

先程まで静かにしていたユベルが俺に話しかけた。
元々人より細かい事を気にしない達である上で慣れたとはいえ口に出さずとも考えが全て伝わる存在がいるというのはこういう場面ではやはり少し面倒だと思った。
勿論こんな事を考えていることだって伝わってしまっているのだから全くもってキリがない。

「(特別な感情を抱いている相手に求められてそれを喜ばない人間なんて滅多にいないんじゃないかな。
少なくとも君はそうだろう?)」

「(···お前ってやっぱ名前の事大好きなんじゃねぇか)」

あまりにも知ったような口を聞くユベルに若干苛立ちを覚えた俺は皮肉たっぷりのその言葉をユベルにかけた。
するとやはり素直にそれを認めようとしないユベルは俺に背を向け押し黙ってしまった。
正直出来れば今夜はずっとそうしておいてほしいのが本音だ。

「あ、誕生日ケーキの蝋燭買うの忘れちゃった」

「別にそんなの無くても気持ちは伝わってるさ。
名前、ありがとう」

二人の熱はようやく落ち着いてきた。
俺は黙って名前に着いていく。

「タクシー拾えばいいんだろうけど今日はこっちがいいから、もう少し付き合ってくれる?」

「ああ、俺もその方が良い」

思えばこんな風に手を繋いで二人で歩いたことがあっただろうか。
関係性も曖昧だった。
二人の間に告白なんてものはない。
ただお互い共にいるべきだと思って何も言わなかった。
今になるとやはり勿体無いことをしたと思う。
それでも何か一つ違えば今こうしていられたかは分からない。
だから俺は自分に都合が良い風に考えることにした。

「俺今の方がずっと名前が好きだ」

ストレートに口にした言葉に名前は今までで一番と言える程綺麗に笑った。
初めて見たその笑顔にこれからはもう少しそれを言葉にしていこう、と自身の一年の目標を決めた。
柄でもないが俺にこんな決意を抱かせるのはこれから先名前だけだろう