「今考えればあれは俺の初恋だったのかもしれない」
口に出すつもりなんてなかった。
最もそうしなかったところで俺の考えている事は俺一人の胸に秘めておくことなんて出来ないのだけれど。
「あぁ、やっと気付いたんだ。
いや、違うね、気付いてないフリをするのをやめたんだね」
ユベルは皮肉たっぷりの笑顔で此方を見ている。
本当に可愛い奴だと思う。
こうなったのも俺のせいだろう。
少なくとも前の俺と生きていた頃のこいつはこんな顔をする奴ではなかった。
「十代君の気持ちなんて皆が気付いていたと思いますにゃ」
大徳寺先生が続けてそう言った。
あの時は気が付かなかった、それは嘘ではない。
それでも今思えば明らかに妙だった。
名前と二人でいる時間、いつもであれば用が無くともつるんでいた仲間達が不自然に姿を消していた、あれはきっと俺自身が気付いていなかった俺の気持ちに皆気付いて気を使っていたのではないかと今は思うのだ。
「あの時はいつでもデュエル出来るあの時間が幸せだったんだよ」
俺にとってデュエル浸けのあの学園生活は夢のような時間だった。
あんなに誰かと長く一緒に過ごした事はあっただろうか。
寂しくて堪らなかった、なんて考える程可愛らしい子供時代を過ごしていたわけではない。
でも何か得たいの知れない感情があった、今になって思うのだ。
それはきっとあの学園生活が楽しいものだったからこそなのだろう。
「それはボクに対する皮肉かい?」
そんなつもりで言ったのではない。
だが結果的にあの頃俺とデュエルしてくれる友達がいなくなったのは事実だ。
だが今更あの時の事をどうこう言うつもりもない。
自分のこういう性格にある意味救われたと思うところもある。
人から見れば寂しい人間だと思われるかもしれない。
「そんなんじゃねぇよ。
そもそも昔の事ってそんなに覚えてねぇんだよな」
これは半分嘘で半分本音だ。
朧気ながら覚えている、けれどそれを引きずっていない。
だから皮肉でなどある筈がないのだ。
「分かっているよ、君はそんなに可愛い人間じゃない」
人が多少気を使ったというのに随分と酷い言い種だ。
まぁこいつに可愛いだなんて言われてもこちらも反応に困るのだ。
こいつとはこれでいい。
「君がそんなに可愛い人間だったなら今頃彼女と平穏に過ごしていたかもしれないね」
続けて出たユベルの言葉に俺は言葉を詰まらせた。
俺は今自分がこうしている事に後悔なんてしていない。
独りよがりなところがある事は俺ももう自覚している。
自分にしか出来ない、なんて自惚れもあるだろう。
それでも俺が今こうしているのは俺がそれを選んだからだ。
俺は自分で未来を選択した。
俺が消えて悲しむ人間がいる事を知っている。
昔なら気付けなかったかもしれない。
でもそれに気付けた。
今の俺の事を俺は昔より好きだと思っている。
「それはあの時名前も俺と同じ気持ちだったってことか?」
「さぁ、それは彼女にしか分からないよ。
今何を言ったところでそれらは全てボクらの想像でしかないのだから」
ユベルの言っていることは正しい。
名前はきっと俺を好きだった。
だがそれが熱を帯びていたものかだなんてもう確かめようがないのだ。
「その答えが知りたければ確かめに行けばいいと思いますにゃ。
フットワークが軽いのは十代君の長所ですからにゃ」
そう、会おうと思えばいつだって会いにいけるんだ。
俺が何の知らせも無しに突然現れたら名前はどんな顔をするだろうか。
驚くことは確実だろう、それでもきっと名前はあの時と変わらぬ笑顔で俺を迎えてくれるんじゃないか、そんな気がするのだ。
「君は女という生き物に幻想を抱きすぎている。
十代、女というものは君達男が考えられない程の速度で前に進んでどんどん変わって行くんだ」
ユベルの言葉には何かが含まれているように感じられた。
顔を見れば挑発するような、そんな顔をしていた。
そこで察する事が出来ない程俺達の繋がりは細いものではなくなっていた。
「躊躇している暇があったらさっさと動けってことか?」
「君にしては察しがいいじゃないか。
手に入れたいもの、手に入るものがあると知りながらそれを手に入れないなんてボクには理解出来ないよ」
ユベルがこんなに俺を後押しするなんて、少し前までのコイツからは考えられない事だ。
良くも悪くも俺達は影響しあっているのだろう。
「人の一生は一瞬だ。
ボクは君が与えられた有限の時を十二分に満喫してほしい、ただその一心さ」
ユベルのこの余裕はきっと今心が満たされているからなのだと思う。
俺と完全に1つになったユベル、名前がそれを望んだところでけしてユベルと同じようにはなれない。
それを分かった上で、言うならば優越感から出た言葉だろう。
「他人事だと思って簡単に言ってくれるな」
「こんなに優しいボクに向かってなんて言い種だい?
なんなら君の代わりにボクが彼女を手に入れてあげようか?」
ユベルの中性的な色気を含んだ笑みに背筋がゾッとした。
多分こいつなら本当にやってのけそうだと思うからだ。
無茶苦茶な事をやらかしてくれた頃のユベルを思えばかなり真っ当になったことには違いないが俺にとっては新たな脅威になってしまった事は嬉しい悲鳴と言っていいのだろうか。
「じゃあ取り敢えず行くか」
名前に会ったら何を話そうか。
気のきいた手土産の1つでも持っていくべきなのだろうか。
万丈目や吹雪さんなら花束の1つでも用意してきっと名前の元に現れるのだろう。
名前は今もデッキを持ち歩いているのだろうか。
久しぶりに名前とデュエルがしたい。
けれどももう1つ、それが叶うのであれば
「再会のハグくらいしても許されると思うか?」
「まったく、もっと早く素直になっていればよかったのに」
ユベルも大徳寺先生もそれを否定することはなかった。
現金だ、なんて事は俺が一番よく理解している。
「せいぜい君の可愛らしい顔に綺麗な紅葉が咲かないよう祈っているよ」
仮に殴られたとしても紅葉のように赤く染まった名前を見られたなら、それはそれで殴られ甲斐があるかもしれない、そう口にすれば今度は心底呆れた顔でユベルは肩をすくめた。