バスケの試合は延長が無い限り1Q10分のトータル40分で終わる。
それに変わりはない筈なのに、一分一秒が異常に長く感じられた。
永遠に終わらないのではないかと思う程緊迫した試合に心がすり減って呼吸の仕方さえ分からなくかって酸欠状態になりかけた。
苦しくていっそ逃げ出したいと思ってしまうほどに。
陽泉戦、海常戦とシュートを決めた彼が最後の最後に見せた彼のバスケ。
光と影としていつも互いを信頼し、支え合ってきた彼へのパスが通る。
そしてその日誠凛高校バスケ部は創立二年という異例の早さでウィンターカップ優勝という名誉を勝ち取った。
涙を流し、今まで出したことがないような雄叫びを上げ、駆け寄り、仲間達と喜びを分かち合い抱き合う。
でも私はベンチから動けずにいた。
それは気負いしたわけではない。
恥ずかしい話だけれど緊張のあまり腰が抜け立ち上がることが出来なくなってしまったのだった。
そんな私に気付いたリコ先輩と日向先輩が私を見て笑い肩を支えてみんなの輪に入れてくれた。
先程リコ先輩を抱き上げていた木吉先輩が私の事も抱き上げたのを見てテツヤ君が一瞬凄い顔になったけれどすぐに下に降ろされまだ足がよろつく私をテツヤ君がしっかりと抱きしめ支えて。
後ろからリコ先輩が、みんなが抱きつき将棋倒しのように倒れ込んでしまった。
よりによって1番下で下敷きになってしまったテツヤ君は悲鳴のような声を上げたけれどまたすぐに笑っていた。
本当に幸福で溢れた瞬間だった。
初めて勝負に負け、静かに涙を流した赤司君とテツヤ君は握手を交わし、再戦を約束しあった。
長い長い冬が今日やっと明けたような、そんな気がした。
トロフィーを貰い優勝メダルを首に下げた彼の笑顔は幼い頃から見てきた私が初めて見たと思うくらい最高の笑顔で。
私は今日この瞬間の彼を、彼らを。
絶対に忘れたくないと心から思った。
「テツヤ君、おまたせ」
「いえ、では行きましょうか」
ウィンターカップから2日後の夜、大晦日を迎えた。
昨日一昨日と私は家の大掃除を手伝っていたのでテツヤ君とは殆ど話せていない。
あと30分で年を越そうとしていたその頃、彼が迎えに来て一緒に家を出た。
本来であればこんな時間に外出なんて褒められたことではないのだけれど今日は特別ということと一緒に行くのがテツヤ君だということもあり許可はあっさりと下りた。
「テツヤ君私のお母さんとほんと仲良いよね」
「はい、名前さんのお母さん昔から好きですよ。
子供の時から僕のこと名前さんのお婿さんにって言ってくれてましたしいつも優しくしてもらってました」
確かに母は昔そんな事を言っていたれけどあれは子供が仲慎ましくしているのを見て微笑ましく思って言っただけかのではないかと私は思っているのだけれど彼は本気で言っていたのだと思っているようだ。
「そもそもお母さんって私達の関係、知ってるのかな?」
「勿論知ってますよ。ていうか中学の卒業式の日キスをしたの見られたことあるじゃないですか」
改めて母にテツヤ君のことを話した記憶がなかったのでそんな疑問を口にしたのだけれど彼に
そう言われそういえばそんなこともあったと思い出した。
よりによって親に見られるだなんて、今改めてその時の事を思い返すと羞恥心が湧いてきた。
穴があったら入りたいという言葉はこういう時に使うのだろう。
「というかまぁ、少し前名前さんのお母さんに会った時......いえ、なんでもないです」
「そこまで言ってやめないでよ、気になるでしょ!」
意味ありげな間を置いて言葉を濁した彼に私が続きを話すよう促すと彼はうーんと悩んだ顔をし、内緒話をするよう耳元に顔を近付けた。
「......避妊だけはしっかりしてね、と...そう釘を刺されました」
彼の言葉に私は固まってしまった。
彼は私がこうなることを予感していたのだろう。
だから言うのをやめようとしたんですと続けた。
「...〜っ私今初めてお母さんに怒鳴りそうになったよ...」
「まぁ大切なことですし、僕たちまだ高校生ですから。寧ろダメだと言われなかったの凄く理解があると思いますよ、名前さんのお母さん」
母も母だけれど彼までどうしてこんなに冷静なのだろうかと不思議に思う。
少なくとも前の人生では親とそういう話をするのはどこかタブーな感じがしていたから。
とは言っても中学生のうちから彼氏なんていなかったから心配するようなことは何も無かったからなのかもしれないけれど。
「...因みにテツヤ君はなんて返事をしたの?」
「はい、勿論ですと答えましたが...」
ダメでしたか?という表情で私を見た彼になんとも複雑な感情を抱いた。
洛山戦の前私の方から彼に抱いてほしいと言ったくせに何を今更と彼は思うかもしれないけれどそれとこれとは話が別だ。
やっぱりどんなに仲が良くても親にそういう話題に触れられるというのは多分いくつになっても慣れることではないと思うのだ。
「...大丈夫です、僕貴方以外の女性と生涯を共にするつもりは微塵もありませんから。
ご両親に心配をかけるようなことは極力しませんししっかりと段階を踏みますから。
というか今までいくらでもチャンスがあったのに実行に移さなかった僕の事を信じてください」
彼は基本的に真面目なのに時々こうしてこちらが反応に困るような発言をするのだから本当にタチが悪い。
そういう複雑な感情を彼に抱いたのはこれで何度目だろうか。
それを考えると少し頭が痛くなった。
「...極力なんだね...」
「はい、だって絶対と言ってしまえば僕あと6年貴方を抱くことが出来なくなってしまいますから。
さすがにもう限界です」
彼から放たれた直球ストレートな言葉に顔が引きつりそうになった。
別にそれほどおかしいことを言っているわけではない、ないのだけれど...
「...よく分かったからもう勘弁してください...」
「貴方の方から言ったんですよ。
僕に愛されたいと、あれってどう考えてもそういうことですよね?」
確かに言ったしけして勢いだけで出た嘘というわけでは無いけれど。
そんな風に改めて言われてしまうとなかったことにしてほしいと思ってしまう。
「何を考えているのか大体想像がつきますがそれは聞き入れませんからね。
僕言いましたよ、逃げ道はあげない、と」
「わ、分かってるから!ほら、もう日付変わっちゃうから急ご!」
大晦日だからだろう、普段は夜は静かな住宅街でしかない筈の道にちらほら人とすれ違うようになってきた。
顔見知りのご近所さんにこんな話を聞かれてしまってはもうどんな顔をして暮らせばいいのか分からなくなると思い話を強制的に終わらせた。
「大丈夫ですよ。
2人で一緒にこの時間を過ごすことに意味があるんですから、貴方と共にいられるのであればどこで年を越しても構いません」
「...ほんと火神君のこと言えないと思うよ、テツヤ君は...」
「今は火神君のことは忘れてください」
テツヤ君はそう言って腕時計を見た。
私も彼の腕時計を覗き込めば年を跨ぐまでいつの間にかあと15秒程という時間になっていた。
「あー、もうほんとギリギリだったん...」
「明けましておめでとうございます。
今年も変わらず貴方の事大切にしますから」
「...今絶対に誰かに見られちゃったよ...」
日付が変わる瞬間彼は私の唇に唇を合わせた。
それはほんと数秒のことだったけれど、こんな風に明らかに人の目があるところでしたのは初めてのことだったので私は恥ずかしくなってその場で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
「だめですよ、そんな可愛い反応を見せられたらこのまま連れて帰って僕のベッドに引きずりこみたくなっちゃいますから。
ほら、お参り行きましょう、甘酒も飲みましょう」
テツヤ君はそう言って私の隣にしゃがみ頭を撫でた。
「...テツヤ君が奢ってね」
「はい、勿論」
大学生になるまではそういうことは無しにしようと私が言ったのに、でもなんだかそんな余裕な態度の彼を見ていると悔しくなって反射的にそんな事を言ってしまった。
「...うそ、やっぱ奢らなくていい、いいからその代わり...」
「その代わり?」
これは意地のようなものだ。
「私が絶対に心変わりなんてする隙がないってくらい、私のこと夢中にさせて。
...一生私以外の女の子に見向きしないで」
「...はい、お安い御用ですよ。
貴方の事を、世界で一番愛すると誓います」
その言葉を高校生が口にするだなんて、恋に浮かれた子供の戯言だと思われるかもしれない。
でも彼がそれを本気で想って言ってくれていると私は信じている。
「大好きだよ、テツヤ君」
「はい、僕も名前さんが大好きです」
きっと今年も良い一年になるだろう。
end