過去の記憶

ギリギリの試合だった。
黄瀬君がベンチに下がった間リードを15点差まで広げた誠凛だったけれどラスト4分を待って黄瀬君が再びコートに戻った。
そこからの怒涛の追い上げは凄まじく鬼気迫るものだった。
逆転されもう時間も殆ど残っていない、火神君がゴールを決めようとしたタイミングで黄瀬君は立ちはだかった。
もうダメかと周りが諦めかけた瞬間テツヤ君の声が響いた。
火神君はゴールのバックボードを利用してテツヤ君にパスを出した。

青峰くんとの特訓で習得したファントムシュート。
彼はその日初めてバザービーターを決めチームを勝利に導いた。

先輩に肩を貸り、敗北に涙を流す黄瀬君の姿に胸の痛みを覚えた。
きっと一年前の彼であれば負けたあとこんなに本気で泣くことはなかった筈だと、そう思うから。




帰り支度を済ませ勝利に喜ぶみんなの中で初めてのブザービーターに感動して表情を緩ませるテツヤ君を見てみんなが驚いた。
私にとってそれはわりと見ている表情だったから珍しくなかったのだけれど。
テツヤ君がどれだけ誠凛のみんなに気を許しているのかということが垣間見えた瞬間だった。
そんなテツヤ君にみんな優しく声をかけ空気が緩んだところでリコ先輩が喝を入れた。

その後帰ろうとしたところで火神君は氷室さんにもらった兄弟の証であるリングが無くなっていることに気付き先程試合をしたコートに戻った。
なかなか戻ってこない火神君を向いにテツヤ君と共に向かうと火神君は緑間君と話をしていた。

盗み聞きのようで申し訳ないと思いながらも2人が話し終えるのを待っていると緑間君を迎えにきた高尾君もやってきて緑間君とその場を去った。

「...名前さん、多分今です。
誠凛のみんなに昔の、帝光時代の話をする時が来たのだと思います。...貴方にも殆ど話せていませんでした。
僕の、弱かった僕のみっともない話です。
...一緒に聞いてくれますか?」

「...勿論」

みっともないなんて絶対に思わない、でもそれを敢えて言葉にして彼に伝えることはしなかった。
ほんの一瞬彼の手を握って、そこに全て込めたから。
きっとそれだけで私の気持ちは彼に伝わってた筈だから。

緑間君のしていあ赤司君の話を火神君に問われたテツヤ君は火神君だけではなく誠凛のみんなに話をしたいと言った。
テツヤ君の言葉にまた火神君の家にお邪魔することになった。

押しかけられたことに火神君は少し不満を訴えたけれど優しく押しに弱い彼はわりとすぐに状況を受け入れテツヤ君の言葉に耳を傾けた。

初めてバスケットボールを手に取った日のこと、初めて出来たバスケが大好きな友達のこと。
強豪校である帝光バスケ部に入り心が折れそうになったこと、そんな中自身を認めてくれ親しくなった青峰君のこと。
今の彼のプレイスタイルのきっかけを作った明日決勝で戦うことになっている洛山高校キャプテンの赤司君のこと。

バスケが嫌いになってしまった日のこと。


苦しんで、傷ついて、それでもまたバスケをしたいと誠凛に入学したことを。









「テツヤ君、...誠凛に行って、みんなと出会えてよかったね」

「はい...」

テツヤ君の過去を知らなかったわけではない。
多分誠凛のみんなよりずっと知っていた。
それをテツヤ君は知らない、テツヤ君には一生言えないことだけれど。

「すっかり遅くなってしまいましたが眠気の方は大丈夫ですか?」

「うん、なんか今は全然...」

家までの帰り道口数は少なかったけれどずっと彼と手を繋いでいた。
それなりに距離はあった筈なのに今日は家に着くのが普段より早く感じた。
でもお互い手を離そうとはせず、家の前で立ち止まっていた。

「...テツヤ君、...試合前に言ったの、覚えてる?」

「はい、勿論」

そう言って離れた手。
私は自分から彼の胸に身体を寄せ背中に腕を回した。

「...ごめん、約束とかじゃなくて、...私がこうしたかっただけ」

「...本当に嬉しい事を言ってくれますね」

彼も同じように私を抱きしめ頭を撫でてくれた。
心地よくてずっとこうしていられたらいいのにと、そう願ってしまう程に。

「...帰りたくないなぁ...」

「凄い殺し文句を言ってくれますね。
...僕も貴方を帰したくないです」

もう遅いのに、早く彼を休ませなければいけないのに、それが分かっているのに。
私は彼から離れがたくて腕を解く事ができなかった。

「...あとでこっそり来る?...って前にテツヤ君に言ったときのこと覚えてる?」

「はい、桐皇に負けた後ですね。
貴方は慰める為に言ったのだと分かってはいましたから冗談だと言いましたが正直めちゃくちゃ揺らぎました」

彼の言葉に知ってるよと言って頬に唇を寄せれば彼も同じように私の頬に唇を寄せた。

「今もね、そんな気分なんだ。
私あの時ね、テツヤ君が本気で言っていないって分かってたからあんなこと言えたんだけどね。
多分本心では来てくれたらいいのにって思ってたと思う」

「...今になってなんてこと言うんですか...」

彼は私の言葉を聞きそう言って今度は唇にキスをした。

「...中学の時、あの頃のテツヤ君のこと、改めて掘り返したくなくって今まで言わなかったけど...あの時テツヤ君に言った言葉は私の本心だから...」

先程と同じように今度は私が彼の唇にキスをして。

「テツヤ君に、テツヤ君とだったら何をしても後悔しないよ」

彼の肩に顔を埋めて彼を力いっぱい抱きしめて。

「....それでも恥ずかしくて、我慢させちゃってたけど、明日の決勝が終わったら...」

彼の腕にも力が入る。
早く大きく鳴っている心臓の鼓動はどちらのものなのか変わらないほどぴったりと隙間なく触れ合っていて。

「...沢山、愛してほしい」

きっとそれは私だけでも彼だけでもないのだろう。
もう一年が終わろうとしている、そんな季節だというのに触れた身体は熱が籠っているかのように熱くなっていたから。

「...貴方が思っているよりずっと僕は不純な感情を持った男ですよ。
そんな僕にそんなことを言って...貴方が後悔したとしてももう絶対に逃げ道なんてあげませんから...その言葉、忘れないでくださいね...」




その日私は夢を見た。
それは知る筈のない未来の自分。
そんな私を誰かが抱きしめて、幸せで満ちた笑顔を浮かべていた。
それは私の願望が見せた夢だったのだろうか。

その答えを知るのはもっと先の未来になるだろう。


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