雷のように恋に落ちた

「暑い...」

まだ時刻は7時前だというのに驚く程の気温で溶けてしまいそうになっていた。
今年の夏、というか年々夏の暑さがとんでもないことになっている気がする。
殺人的な太陽とそれを跳ね返すコンクリートの上を歩いていると靴を履いているというのに足裏がじゅうじゅうと焼かれるような、そんな感覚を味わった。
多分日傘が無ければ更に地獄を見ていただろう。

「名字先輩」

「あ、黒子君おはよー」

「おはようございます...あの...」

学校に向かう途中偶然出会ったのは私がマネージャーをしているバスケ部でレギュラーとして大いに活躍している今年入った後輩の黒子君だ。
彼も当然部活に向かうので目的地は同じだ。

「暑いでしょ。日傘入れてあげる」

彼に近付き腕を少し上げて彼を日傘の中に入れてあげると彼は少し戸惑った様子を見せたけれどそれを受け入れお礼に僕が持ちますよと私から日傘を取り上げた。
なんというかスマートな男の子だなぁと思う。
多分伊月君や水戸部君あたりも同じようにしてくれるのだろうけれど。

「日傘ってこんなに効果あるんですね」

「うん、あるのと無いのじゃだいぶ違うよね」

彼はそう言いながら顔に滲んだいた汗をタオルで拭いた。
夏休みの部活ということもあり制服を着ているわけではないから普段よりは楽な格好をしている筈だけどそれでも連日最高気温を更新する夏はやはり辛く拭っても拭っても汗をかいてしまう。

「...でも、名字先輩はいくら夏休みで学校がお休みだからとしても、少し露出しすぎだと思います。正直目のやり場に困ります...」

「え、そんなに?」

彼に言われて改めて自分の身体を見てみたけれど全くもって普通のTシャツに短パン、いや、部屋着と大差ないのではと考えると違う意味でまずいのかもしれないけれど短パンだって制服のスカートと丈は変わらないのに。

「...足です」

「足?...ああ、なるほど?」

制服を着ている時は紺のハイソックスを履いていたけれど今日は素足だ。
というかこの格好でハイソックスはどう考えてもおかしいのでスニーカーソックスを選んだ、それはごく自然な選択だと思ったのだけれど彼は少し顔を赤くして私から視線を逸らしてしまった。
彼にもそんな可愛い所があったのだと少し驚いた。

「名字先輩はお付き合いされている方とかいらっしゃるんですか?」

「え、どうしたの、急だね。残念ながらそんな相手はいないけど」

彼から飛び出た予想外の話題に驚きながらも正直にそう答えると彼はホッとした顔で私を見た。

「例えば年上がいい、とか、そういう好みって何かあるんですか?」

「黒子君にそんなこと聞かれるなんて思いもしなかったからちょっと驚いちゃったよ。そうだなぁ...あー出来れば同い年がいいかな?年上でも年下でもなくて。同じ学校の場合はね」

そしてそんな質問をされるだなんて夢にも思っていなかった私は少し悩んでそう返事をした。
すると彼は目に見えて落ち込んだ様子を見せた。
まさか私に気でもあるのだろうかと勘繰ってしまう。

「...どうしてか聞いてもいいんですか?」

「うん、まぁ別に...私ってどちらかというといちゃいちゃしたいタイプだから付き合ったら結構べったりなんだよね。
まぁうちに先輩がいないから年上は除外するとして同じ学校の年下と付き合ったら一年半後には私だけ卒業しちゃうじゃない?
それで急に会える頻度下がっちゃうと多分寂しくなっちゃうから」

私の言葉を黙って聞いていた彼はなんとも言えない表情でその場で立ち止まってしまった。
日傘を差しているとはいえ道端ではやっぱり暑い。
早く行こうと背中を手で触れると彼は驚いて傘を落としてしまった。

「ご、ごめん、びっくりさせちゃった?」

「...いえ...すみません」

彼がそこまで驚くとは思っていなかったので寧ろそんな彼にこちらが驚いてしまった。
彼はすぐに傘を拾って差し直した。

「...すみません、行きましょうか」

「...うん、遅刻しても困るしね」

再び歩き始めた彼はもう普段の彼に戻っていたけれどどこかぎこちない感じがした。
でもそれを指摘しても彼を困らせるだけだと思い口を閉じた。

「...あの」

「ん、なぁに?」

暫くの沈黙の後、先に口を開いたのは彼の方だった。

「じゃあ卒業してからだったらいいですか?」

「え、どういうこと?」

彼は再び足を止め私をじっと見つめた。
私も同じように彼を見つめ返すと彼の首筋に汗が伝った。
それは暑いからなのか、それとも緊張しているからなのか。
もし後者だったとしたらそれは少し可愛いかもしれない。

「卒業してからだったら僕も名字先輩の恋人候補になれますか?」

もう彼の私への想いは明確だ。
そこまで聞いて肝心の言葉を言わないなんて、と考えながら彼をじっと見ているとどんどん彼の顔が赤く染まっていく。

「...黒子君、こんなに可愛かったんだね」

「そんな話をしていません」

今まで見た事のない顔を見せた彼の頬に指先で触れると彼の身体がぴくりと跳ねた。
そんな彼を見て可愛いという感情は増していく。

「私気付いていなかったけどもしかして年下の男の子好きだったのかな?」

そのまま手のひらで彼の頬を包み込んでその手を滑らせて親指と人差し指で彼の耳朶を摘んだ。
彼は戸惑いながらもじっと大人しくされるがままになっている。
それは彼が私の事を好きだからなのだろうか。
黒子君は嫌な事ははっきりと拒絶出来るタイプな筈だし。
まずいな、本格的に彼が可愛く思えてきてどうしようかと悩んでいたその時、彼は私の手首を握った。

「駄目ですよ、そんな簡単に男の身体に触れては。...僕が変な気を起こしたらどうするんですか」

彼の言葉と真っ赤な顔を見た瞬間痛いくらい胸が苦しくなった。
これはもう完全に、そう自覚した途端私は彼を抱きしめていた。

「あ、あの、ほんと僕の話聞いていましたか?
僕も、別に我慢強い方ではないです。
勘違いしますよ、こんなことされたら」

「ごめん、なんか私も我慢出来なかった」

彼に素直に謝りながらも彼を抱きしめることはやめられなかった。
可愛くて仕方なくて、急激な心の変化に私自身混乱しているのだと思う。

「どうしよう。ごめん、私卒業するまで待てないかもしれない」

「なっ、え、あ、え?それって...」

困惑する彼を他所に私は彼の肩に顔をぐりぐりと押し付けて彼を堪能した。
触れてみると思ったよりも筋肉質な身体が堪らない、なんて考えながら。

「ちゅーしたい、してもいい?」

「っ、な、どうしてそんなに飛躍しちゃうんですか!?」

自分でもどうしてこんな事を言っているかは分からない、でも私は今無性に彼とキスがしたくなって、それを馬鹿正直に彼に伝えてしまった。
さっきまで彼の事を微塵もそんな風に見ていなかったというのに今は彼とキスがしたくて仕方ない。

「卒業したら多分寂しくなっちゃうの分かってるけど今黒子君といちゃいちゃしたいの我慢出来そうにない。
ほんとに私べたべたするの我慢出来ないけどそれ知ってもまだ私の恋人になりたいって思う?」

まぁさすがに授業中や部活中は我慢するけど休み時間とかすぐ会いにいっちゃうけど、と続けると彼は眉間に皺を寄せぎゅっと目を閉じた。

「目なんて閉じてたらちゅーしちゃうよ」

私がそう言うと彼は慌てて目を開けた。
そんなに嫌だったのかと思って少し悲しくなったけれど彼は私の肩を掴んでぐいっと顔を近付けた。
彼の手にあった日傘は再び地面に落ちて、跳ねるように転がった。

触れた唇はすごく熱い、火傷しそうだと思うくらい。そんはことあり得ないと分かっているのにそう思った。

すぐに離れた唇が寂しくてもっとしたくて今度は私の方から唇を押し当てると彼は動揺しながらもそれを受け止めてくれた。

「黒子君、私まだちゃんと聞いてない。言ってくれないの?」

「...言う暇も与えてくれなかったのは先輩じゃないですか...まぁでも、はい、言いますよ、勿論」

だから少し離れてくださいと言って私の肩を押した。
それがまるで拒絶のように思えて少し寂しくなってしまった私を見て彼はため息をついた。

「...好きです。きちんと受け止めますし名字先輩が卒業してからも可能な限り会う時間を作りますから僕とお付き合いしてくれませんか?」

「うん、付き合う」

即答してガバッと彼に抱き付くと彼は再びため息をつきながらも私を抱きしめてくれた。
気温は高いまま、背中には汗が伝って暑くて仕方ないのにそれでも彼に抱き付きたいという気持ちの方が勝ってしまった。

「...僕、変わった人を好きになってしまったんですね」

「変じゃないよ、みんな好きな人にはくっついていたいもんだよ!...まぁ去年はそうしてたらフラレちゃったけど」

彼の身体が一瞬強張った。
昔の彼氏の話なんてまずかったのではとすぐに気が付いて慌てて謝ろうと彼の顔を見たけれど口を開く前に彼の唇に塞がれてしまった。

「過去をどうこう言うつもりも権利も僕にはありませんけどこれから先の事に関しては言わせていただきます。
今日この瞬間からは僕の事だけ考えていてください。
僕になら、いくらでもくっついてくれていいですから」

「黒子君...すごいね、好き...」

まるで少女漫画みたいだと思った。
こんな台詞言ってくれる人が現実にいるなんて。
でもそれ以上にこんな簡単に昨日までただの後輩だと思っていた男の子にこんなにメロメロになってしまう自分に私自身が1番驚いている。

「...さすがにもういい加減にしないと、熱中症にでもなったら笑えません」

「そういえば練習9時からなのに黒子君随分早いけどもしかして部活の前に自主練とかしようと思ってた?」

私はマネージャーとしてみんなが来る前に準備しておきたいことがあったし何より早い時間の方が涼しいからと思ってこんな時間に家を出たのだけれど。
だとしたら邪魔をしてしまったのかと不安を感じていると彼は私の問いに首を横に振って否定した。

「自主練はまぁ、しようとは思っていましたけど1番の理由は名字先輩と2人きりで会えたらって下心があったんです。夏休みになってから他の部員より早い時間に来て準備しているの知ってましたから」

彼がこんなに可愛かったなんて、本当に今まで勿体無い事をしてしまった。
可愛くて仕方なくてまた抱きしめたくなったけれどいつまでもそうしているわけにもいかず行き場のない衝動を抑える為に彼の鞄を奪って抱きしめた。

「...部活終わったら好きなだけしていいですから」

「え、ほんとに?」

彼は私から鞄を取り返すと再び日傘を拾って私を傘に入れてくれた。

「はい、だから今は良い子にしていてください」

彼の方が年下なのにまるで子供を相手にしているかのような物言いをされてしまった。
でも案外嫌じゃない、というかかなり好き。

「ちゅーしてもいい?」

「...練習後ならいいですって。もうこれ以上困らせないでください」

明らかに照れている彼が可愛いくて強引にでもしたくなったけれど怒らせてしまうかもしれないと思いぐっと堪えた。
いつからかは分からないけれど私に片思いしてくれていた彼は今の私に引いてないだろうか。
私が彼の立場だとしたらチョロいとか軽いとか思うかもしれないし。
まぁ実際私はチョロくて軽かったからそう思われていたとしても何も言えないのだけれど。
折角好きになったのにすぐに愛想を尽かされてしまっては困る。
でも今自覚したこの気持ちを抑えることは難しい。

「練習終わったらすぐちゅーしてもいい?」

「...着替えまで済ませて2人きりになってからにしてくださいね」

今年の夏が暑くて良かった。
こうしてこんなに可愛い恋人が出来たのだから。

あと早起きした私も偉かったと褒めてあげよう。






(えっ!?黒子君と付き合い始めた!?あんた黒子君のこと好きだったの!?)

(うん、なんかもうすっごい好き、愛してる)

(...まぁ別にいいんだけど部活中は真面目にやんのよ?そんでまた暴走しすぎないようにしなさいよね)

(部活終わってからならなんでもしていいって言ってくれたから我慢する)

(そんなことは言ってませんが、というか一体何をするつもりなんですか...)


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