「写真撮ってもいい?」
「え、今ですか?」
休日の練習の合間のお昼休憩の時間、お昼に買ってきたサンドイッチを食べようとした時だった、彼女にそう訊ねられたのは。
彼女はつい数日前までは学校と部活の先輩だった。
もっとも僕にとっては片思いの相手でもあったのだけれど。
わりとわかりやすくアプローチを掛けていた方だと思うのだけれど彼女がそれに気付く気配がまるで無かった。
幸い彼女がマネージャーをやっていることもありほぼ毎日顔を合わせていたし彼女も遊んでいるような時間は殆どない筈だからもう持久戦でいこうと覚悟を決めていたのに、あの日をきっかけに彼女は僕を見る目ががらりと変わった。
「夏休み明けて学校始まったらお昼一緒に食べられなくなっちゃうからその時見ながら食べる用の写真が欲しい」
「...まぁ、いいですけど...というかお昼も可能な日は一緒に食べたらいいんじゃないですか?」
僕を好きになった瞬間こんなにデレデレになるなんて想像していなかった。
別に普段からツンケンしていたり無愛想だったりしていたわけではないけれど、優しくておっとりとした可愛らしい女性という印象を持っていた。
「あと家で朝ごはん食べる時基本1人だから寂しいから黒子君の顔が見たい」
「...そう、ですか...」
それにしたって変わりすぎだと思う。
どれだけ僕のことを好きなんですかと言いそうになった。
というか今って夏休みなんです。
だから部活の合間の昼食はみんな体育館で摂っているんです。
つまり僕達の会話って先輩達含め部のみんなに丸聞こえなんです。
「撮らせてもらうね」
「...はい、どうぞ」
そんなこと彼女だって分かっている筈なのに、明らかに視線を向けられているのに彼女はそんなことお構い無しに僕の写真を撮っている。
「あ、あの、一体何枚撮る気ですか?」
「黒子君は普通に食べてて。スライドショーにして家で流すように沢山ほしいの」
彼女は真剣な顔をして携帯の画面を見ながらパシャリとシャッターを切っていく。
なんというか、いや、まぁこれだけ僕の事を好きになってくれたのは嬉しいことなのだけれどやっぱりあまりの代わりように困惑する気持ちはある。
「あんたも早くご飯食べないとお昼終わっちゃうわよ!」
「いたっ、あ、リコちゃん、見てこの黒子君可愛いでしょ?」
そんな僕達を見かねたのかカントクは助け舟をだしてくれた。
正直少し怖いところはあるけれど本当に頼りになる先輩だと思っている。
彼女はカントクに嬉々として僕の写真を順番に見せていたけれどカントクはさっきの写真と何が違うの?と言いたげな顔をしていた。
まぁそれは当然の反応だ。だって僕がただ体育館でサンドイッチを食べているだけの写真なのだから。
間違い探しのようなものだろう。
「いいから早く食べなさい」
カントクは彼女のお弁当に入っていたミートボールを箸で掴んで彼女の口に放り込んだ。
彼女はそれをもぐもぐと咀嚼して飲み込んでカントクにありがとうと言って食べさせてと言わんばかりに再び口を開けた。
「ばか!自分で食べなさい!」
「残念...」
彼女はカントクに叱られて携帯を鞄の上に置き自分でお弁当を食べ始めた。
彼女とカントクは真逆の性格をしていたけれど仲はとても良かった。
多分逆だからこそ噛み合うものもあるのだろう。
「黒子君にしてって言わないの?」
「2人きりの時しかいちゃいちゃするのダメって言われたから我慢してるの。
でも2人きりの時は沢山していいって言ってくれたからその時お願いするの」
あの、どうして僕本人がいる前でその話をするんですか。
カントクはともかく一部の部員にはドン引きされているんでほんと勘弁してほしいんですけど。
「名字先輩、ちょっと後でお話しがありますので取り敢えず早くお昼食べちゃってください」
とにかくこれ以上恥ずかしい思いをする前に話を終わらせようと思いそう促した。
彼女は素直に返事をしてお弁当を食べ始めた。
なんだかもう彼女が先輩には見えない。
小さな子を相手にしているみたいだ。
まぁでもやっぱり惚れた弱みというか、ただお弁当を食べているというだけなのに可愛い、なんて思ってしまうんですけど。
1人で食事を取るとき僕の顔が見たいと言った彼女の気持ちが少し分かった気がします。
「もういちゃいちゃしてもいい?」
「まぁ、...はい」
その日の部活を終え帰り支度を済ませ彼女の元へ向かうと彼女は期待に満ちた表情で僕を見つめた。
正直凄く可愛い、でもまだ校門を出てすぐというこの状況で一体彼女は何をするつもりなのかと不安になった。
「手繋いでもいい?」
「...あ、はい」
それなりに身構えいた僕は彼女のお随分可愛らしい願いに拍子抜けしてしまった。
てっきり抱擁やキスをせがまれるのでは、くらいには考えていたので。
彼女は僕の手を握るとそれだけで凄く嬉しそうな顔をした。
ほんとだめです、そういうの狡い。
初めて出来た彼女と手を繋いで歩く帰り道。
その彼女があまりに可愛くて昼休憩の時に恥ずかしい思いをしたことなんて別にもういいかという気分になってきた。
でもやっぱりそういうわけにもいかないから話はするけれど。
「少し寄りませんか?」
行きつけのマジバを指差してそう提案すれば彼女はまた嬉しそうに笑って首を縦に振った。
彼女の頭と後ろに2号に生えているような耳と尻尾の幻覚が見えた気がした。
「デート嬉しい」
「...すみません、初めてのデートがマジバで」
寧ろこれをデートと言っていいのだろうかと疑問を抱きつつも嬉しいよと言って本当に幸せそうな顔で彼女は僕が買ったのと同じバニラシェイクを飲んだ。
うん、凄く恋人同士っぽい気がします。
「それでお話しなのですが、...その、あまり他の人に僕とした約束とか、したことを話さないようにしてほしいんです」
それでも言わなければいけないと腹を括って彼女にそう伝えると彼女は少し寂しそうに眉尻を下げた。
そんな顔をしないでください、僕がまるで理不尽な事を言っているみたいじゃないですかと思いながら彼女の頭を撫でた。
「...2人の秘密って嬉しくないですか?」
「え、嬉しい!...でも、リコちゃんには少しくらい自慢したい」
僕の言葉を聞いて彼女は一瞬目を輝かせたけれどまたしゅんとした顔をしてそう言った。
「どうしてカントクにはお話ししたいんですか?」
「リコちゃんにはね、前の、その、彼氏の時迷惑かけてね、心配してくれてたから。
だから今幸せだよって言いたい」
少し気まずそうな顔をして僕から目を逸らし彼女はそう言った。
フラれてしまった昔の恋人の話なんて僕にしたくないのだろう。
彼女がその時どんな人と付き合っていたのかは知らない、というか正直知りたくないけれど。
これだけ直球で毎日好意を向けられていたのだとしたら物怖じしてしまっただろうか、なんて想像はした。
でも確かに彼女のパワーが凄すぎてこちらの恥ずかしさもとてつもないのだけれど僕としては嬉しい気持ちが今のところ勝っている。
「...わかりました、ではカントクにだけならいいですよ。ただしあまり赤裸々に言うのはやめてください、オブラートに包んでくださいね」
正直なところ抵抗はあったけれどカントクは人の個人情報を誰から構わず風聴するような人ではないと思うし彼女の事を気にかけてくれているのは2人のやり取りを見ていれば明確なことだと判断しそう返事をした。
彼女は途端に満面な笑みを浮かべた。
僕は彼女を好きだった筈なのに何も知らなかったのだと気付かされることばかりだ。
彼女がこんな顔で笑うことすら知らなかったのだなと考えながらシェイクを飲んだ。
「黒子君もうすぐ飲み終わる?」
「はい、そうですね」
多分もう二回程啜れば終わりますと言うと彼女は自分のシェイクを僕に差し出した。
うっすらと避ける中身を見る限りまだ半分近く残っている。
「お口に合いませんでしたか?」
「ううん、美味しかったけど黒子君の飲んでるのと交換してほしい」
彼女の言葉の意図が分からず困惑していると彼女は僕の手からシェイクを回収してしまった。
「あの、本当に少ししか残っていませんよ」
「でもこっちがいいの。ダメ?」
やっぱり彼女が何がしたいのかよく分からなかったけれどまぁいいかと思ってダメじゃないと言うと彼女は交換した僕のシェイクを飲んだ。
やっぱりすぐにズズッと音が鳴った。
もう飲み終えてしまったのだろう。
彼女に貰ったシェイクを手に持つとやはりまだ結構残っていた。
「本当にいいんですか?飲みますよ」
「うん、私はお腹いっぱいだから」
彼女の言葉を聞いて単純に量が多くて困っていただけなのだという事が分かりホッとして僕は彼女のシェイクを飲んだ。
少し溶け始めているけれどやはり僕の好きな味だ。
「...今日、これで我慢する」
「え、...まさか晩ご飯代わりとか、そういう話じゃないですよね?さすがにこれは食事にはなりませんよ」
少食だと自覚している僕ですらシェイクが夕食というのは有り得ない。
もしかしてダイエットでもしているのだろうかと想像して焦った。
別に彼女が太っているとかそういう話ではなくもしそうであったとしたならば確実に控えるのは夕食ではなくシェイクの方だと思うから。
でもそんな予想はすぐに違うと否定された。
「2人きりじゃないからちゅーはこれで我慢する」
彼女はそう言ってストローを摘んだ。
彼女の言うキスの代わりが何のことを指しているのかなんてすぐに気が付いた僕の顔に熱が集まった。
まだ彼女に貰ったシェイクは残っているというのに、完全に意識してしまった。
彼女は僕の顔をじっと見つめている。
「あの、...さすがにそこまでがっつりと見られていると恥ずかしいのですが」
「あ、ごめん。じゃあ携帯見てる」
彼女はそう言って鞄から携帯を取り出し画面を見ている。
依然顔は緩んだままだ。
「...何を見ているんですか?」
「ん?黒子君の写真だよ」
彼女はそう言って今日のお昼に撮った僕の写真を見ていた。
僕自身彼女がなぜそこまで自分を好きになってくれたのか分からない。
それと同時に少し心配になった。
今回は僕だから良かったけれどもしおかしな男を好きになれば好きだと言われれば相手の為であればなんでもしそうだと、そういう危うさを感じた。
守ってあげなければ、と使命感のようなものまで芽生えた。
「...名字先輩」
「なぁに?」
僕が名前を呼んだだけで彼女は本当に嬉しそうな声色で返事をするものだから、僕までそんな彼女につられてしまう。
「出ましょうか、...直接したくなりました」
そう言って殆ど溶けてサラサラになったシェイクを一気に飲み干し席を立った。
彼女は一瞬キョトンとした顔を見せたけれどすぐに立ち上がって鞄を肩に掛けた。
空になったドリンク容器をゴミ箱に捨て店を出たところでまた手を繋いでいいかと聞いた彼女の手を自ら握った。
「手をつないでいいか、なんて許可なんて必要ないですよ。名字先輩は僕の恋人なんですから」
僕がそう伝えると彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
こちらが恥ずかしくなるような事をあれだけ言っている彼女がこんなことで照れるだなんて、逆にこちらが恥ずかしくなってしまう。
あとまぁ普通に、はい、可愛いと思いました。
「黒子君大好き」
「ありがとうございます、僕も好きですよ」
彼女と昔付き合っていた人はこんな彼女が嫌になって別れたらしいけれど彼女と付き合った後で他の女性と付き合うことなんて出来たのだろうか?
多分彼女程全身で自分を愛してくれる人なんてそうそう居ないと思うのだけれど。
その想いの強さには少し困惑してしまうけれどでももう引き戻せないと、そう思う。
(リコちゃん今日ね、黒子君と寄り道デートしてね、もっと好きになった)
(あーそう、良かったわね)
(これ以上好きになったら死んじゃうかもしれないから今の気持ちで止めておきたいんだけどどうしたらこれ以上黒子君の事好きにならなくて済むと思う?)
(黒子君に聞きなさい。黒子君の事は黒子君が1番分かってる筈だから)
(こんな質問に一体なんて答えろと言うんですか)
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