「...赤司、く、ん」
彼の名前を口にした、ただそれだけなのに。
それだけのことでこんなに顔が熱くなるなんて、本当にどうかしていると思う。
今日も彼は完璧な笑顔で私の前に立っていた。
制服の襟元はいつもきちんと整えられていてネクタイの結び目も凄く綺麗、一分の隙もない。
本当に私と同い年なのだろうか、本当は私よりずっと歳上なんじゃないか、なんて時折本気で考えてしまうこともある。
そしてそんな完璧な、王子様みたいな彼氏が今、私に触れようと手を伸ばす。
「どうかしたのかい?」
「ううん...な、なんでもないよ...っ!」
言葉が喉に詰まって上手く話せない。
そんな私に彼はは近付いてこれまたその美しい手で優しく私の頬に触れる。
「...俺のこと、まだちゃんと見られないのかい?」
恋人同士になったというのに今だにきちんと目が合わせられないことを彼が気付かないわけがない。
いや、寧ろ付き合う前の方がもっと自然に接することが出来ていたのに。
でもそんな私を彼は責めたりなんてしない。
優しく、優しく訊ねられて、その声の優しさがあまりに甘くて私はますます視線を落としてしまう。
「ご、ごめんね...ちゃんと向き合いたいって、思ってるんだけど...」
「無理にとは言わない。でも、できれば少しずつ慣れてほしい」
柔らかな笑みを浮かべたままそう言った彼の手が私の頬に添えられたままゆっくりと撫でるように動いた。
「名前、こっちを向いて。...俺の方を」
強く言われたわけじゃない。
その声色はとても優しくて逃げそうになった視線を寸前のところで引き止めた。
そして彼の指がそっとわたしの顎にかかって自然と顔を上げさせられる。
視線の先には彼の目が真っ直ぐ私を見つめていた。
その瞳は深紅のように透き通って今にも吸い込まれてしまいそうな色。
「...っ」
あまりにも近くて、恥ずかしくて、その赤に頭が真っ白になった。
心臓が爆発するんじゃないかってくらいに暴れていてその鼓動以外もう何も聞こえない。
「そんなに顔を赤くして...俺とこうして見つめ合っているのはそんなに恥ずかしい?」
揶揄っているわけじゃない、でも恥ずかしすぎて逃げたくなって、それでも彼の声が、表情があまりにも優しいから逃げられない。
でも、ほんのわずか。
その完璧だった彼の表情に変化が見えた。
彼の頬が、ほんの少し赤く染まっていることに気が付いた。
「...参ったな」
ふ、と彼は小さく笑って目を伏せた。
普段だったら絶対こんなに真っ直ぐ彼の顔を見られないのにどうしてだか今は目が離せない。
彼はゆっくりとまた目を開けて口を開く。
「こうしていると俺も少し気恥ずかしくなってしまった。君の想いが移ったのかもしれない」
「...え?」
驚いて目を見開く私に彼は顔を上げ、穏やかな声で続けた。
「まさかこんなに照れているとは思っていなかったから。名前、君が可愛いすぎるせいだよ」
「っ、か、かかかっ、可愛...っ!?」
突然のそんな言葉に動揺しまくりな私に彼は優しく微笑んで。
「うん。すごく可愛い」
柔らかい声で再度言われてしまった私の顔は彼の頬の淡い赤色なんて霞むくらい真っ赤になってしまった。
羞恥と動揺と、喜びと。
いろんな感情が混ざって、思わず後ろにのけぞりそうになる。
「ちょっ、ちょっと待って...っ!」
「何を?こうして君を抱きしめることに対して言っているのだとしたら待たないよ」
「いやいやいや!ま、待って!?あのっ、赤司君!っず、ずるいよ...!?」
腰に回された手に背筋が震え上がるような、そんな錯覚。
思わず声を上げても依然彼は柔らかく目を細めたまま私を離そうとしない。
「何がずるいんだい?」
「...わ、私ばっかり、こんなにドキドキしてるのに...赤司君はずっと冷静で、かっこよくて、余裕があって、なの...!」
私の言葉に彼の喉が小さく震えた。
そして片手は腰に回されたまま、もう片方の手で私の頭を包み込むようによりしっかりの抱きしめて。
「俺は余裕なんかじゃないよ」
「...え?」
「君が好きだと思うたび、触れたいと思うたび、抱きしめたくなる。けどそうすると俺がこんなに緊張しているんだとバレてしまうから、恥ずかしくて。だから抑えてるんだ」
抱きしめられた状態で伝わる彼の心臓の鼓動。それは確かに私の大差なんてないくらい速く大きく鳴っていた。
彼の指先が私の頬を撫でて耳元まで包み込んだ。
それはまるで宝物でも扱うような、優しい仕草。
「でもだからこそだ。君が俺を見てくれないと、どうしても寂しくなる。だから目を見てほしかった。...無理はしないって言ったけど、これは俺の我儘だね」
そう言って、ほんの少しだけ、彼は困ったように微笑んだ。
「...ほんとに、ずるいよ。赤司君...」
「...君にだけは...こんな風にちょっとずるい俺でも許してほしいって望むよ」
わたしは、ようやく彼のその瞳を真っ直ぐに見つめることが出来た。
彼も同じなんだって知ったから。
彼の瞳は宝石のように綺麗で、でもそれ以上に優しくてあったかくて。
心の奥まで染み込んでくるような、そんな熱を持っていて。
「...うん。ちょっとずるい赤司君も、好き...」
言えた、ちゃんと言えた。
多分こんなにはっきりと言葉に出来たのは初めてのことだと思う。
その瞬間、頬に触れていた彼の手が再び私の背に回されてよりしっかりと抱きしめられた。
ぴったりと合わさった身体、鼓動までもが重なる。力強いけれど優しい抱擁。
「ありがとう。...君の全てを大切にすると誓うよ。俺の一生をかけて、ね...」
「...私も、...大好きだよ、赤司君」
自然と合わさった視線、私は静かに目を閉じた。
そして優しく触れ合った唇。
それは私にとって初めての感触。優しくて、あったかくて。
まずいな、こんなの目を開けたらまた彼から目を逸らしてしまいそうだ。
だから私はまだ瞼を閉じたまま。
そうしていると離れた唇にまた彼の唇が触れた。
恥ずかしい、でも今はもう少しこうしていたいと、そう思った。
私も彼を見習って少しズルくなってもいいかなって、そう思った。
end