「ねぇ、黄瀬君って明日の放課後って空いてたりする?」
部活に出るまでのわずかな時間、教室でいつものように友達と軽い雑談をしていた放課後。
ふいにかけられたその言葉に俺は一瞬時間が止まった錯覚を覚えた。
「え...」
思わず彼女の顔を見つめ返すと彼女はどこかそわそわしたような、でも覚悟を決めた、みたいな顔で俺を見ていた。
「えっと...明後日の18日じゃなくて?明日...で合ってるっスか?」
頭の中でカレンダーがめくれる。
このタイミング、もしかして、と期待した。
だって彼女が改まって予定を聞いてきたことなんて初めてだったから。
でも俺の誕生日は6月18日。
もしかして日付を間違えているのでは?そう思い確認の言葉を口にしてみたのだけれど彼女はそれを否定して首を横に振った。
「うん、17日で合ってるよ」
その答えに、なんとも言えない感情が胸を騒つかせた。
「(もしかして俺が明後日誕生日だってこと覚えてない?)」
少し前、取り止めのない会話の流れで誕生日の話をしたことがあった。
彼女はその時お祝いしなきゃね、と言ってくれていたから、だから期待してしまったのだけれど。
でもきちんと約束していたわけではないし忘れてしまったことを責められる立場でもない。
だから俺はそのもやもやとした感情に蓋をした。
「...うん、空いてるっスよ」
自然と返そうとしたのに思った以上に言葉が詰まってしまった。
好きな子からの誘いに嬉しさよりも先に戸惑いが勝ってしまった。
多分顔はいつものように笑えていたと思う。
別に噛んでしまったわけでもない。
それでもその一瞬を彼女は見逃さなかった。
「...もしかしてなにか予定あった?」
不安そうに眉尻を下げて俺を見つめる彼女に、慌てて顔を左右に振った。
「いや、全然!大丈夫っスよ!」
そう否定すると彼女は、ほっとしたように息を吐き笑った。
「よかった...」
その笑顔にまたドキッとしてしまう。
どうしてそんな顔を俺に向けてくれるんだろう。
こっちは本気で好きで好きで仕方ないっていうのに。
そんな顔を見せられればどうしても期待してしまう。
「何するか、は当日のお楽しみってことでいい?」
それは彼女にしては珍しい提案だった。
まぁ部活も忙しくなかなか時間が取れないからまだ付き合ってもいない彼女とデートらしいデートなんてしたこともないのだけれど。
「...わかったっス。制服のままでいいの?」
「うん。学校帰りにそのままだから、なにも気にしなくていいよ」
俺は頷きながらもやっぱり気になって少しソワソワしていた。
どこに連れていかれるのかも分からずに、ただ楽しみにしていて、と言われても落ち着ける筈がない。
だって好きな子からのお誘いなのだから。
ねぇ、もし俺が明後日誕生日だよって伝えたらどんな顔をみせてくれるの?そんなことを考えながら鞄を肩に掛けじゃあまた明日、と言って部活に向かおうとして教室の扉に向かおうとしたその時。
「どうせなら、1番がいいからね」
俺の後ろで彼女がそう呟いた。
振り向いて再び彼女を見ると彼女は俺の顔をまっすぐ見つめたあと、にこりと笑って俺と同じように鞄を肩に掛けた。
そして彼女はそれ以上何も言わずに手を振って教室を出て行った。
胸の奥が期待でぎゅっと熱くなった。
「(...期待しても、いいってことっスか?)」
翌日の放課後、と言っても俺が部活を終えた後だからもう殆んど夜なのだけれど俺は彼女に言われた通り昇降口に向かう。
彼女は既にそこで待っていて俺に気付くと笑顔で手を振ってくれた。
「お疲れ様、じゃあ行こっか」
「結局どこに行くんスか?」
「んー、まだもう少しだけ秘密。でもまぁすぐに分かるよ、近いからね」
まだ彼女はそう言って焦らした。
でも2人で歩いている最中彼女が俺の手首を掴んできた。
俺が驚いて足を止めると
「はぐれたら困るからね」
人なんて全然いないこの状況ではぐれるなんて滅多なことでは起こらない筈なのに。
そう思っていてもその手を振り解くことはしなかった。だって俺は彼女が好きだから。
歩くこと十数分、彼女が足を止めたのはどう見ても普通の一軒家の前だった。
彼女は俺の手を離し、鞄から鍵を取り出しその家の鍵を開けた。間違いなくここは彼女の自宅なのだろう。
少し戸惑っている俺に気付いたのか彼女はふふっと笑って。
「大丈夫、親はいないけどおばあちゃんがいるからいきなり襲いかかったりしないよ」
「なっ、お、襲いっ...いきなり何なんスか!」
なんて情けないリアクションをとってしまったのだろうか。
それなりに女の子に慣れている、正直家に連れ込まれた経験も何度か、まぁそれなりに。
でも自分から好きになった子の家に上がることは初めてのことで。
だから今までの経験なんてなんの意味もない。
だって状況が全然違うのだから。
彼女に言われるがまま家に上がるとすぐに彼女のおばあちゃんが顔を見せにこりと笑い愛想よく挨拶してくれた。
内心まだ戸惑いつつも挨拶を返し彼女の部屋に通される。
そしてすぐに少し待ってて、と言って彼女は部屋を出ていってしまった。
初めて上がる彼女の部屋、そこは全体的に落ち着いた内装で綺麗に整頓されていた。
でも勉強に使っているのであろうデスクにぬいぐるみが置かれているのに気付いたことでまたドキリとしてしまう。
俺がゲーセンのプライズ運良く二個獲れたぬいぐるみの一つを彼女にあげた。
その時はただの仲の良い異性の友達で、女の子に好意を向けられることはあっても友人と呼べるのは殆ど、というか桃っちくらいしかいない俺にとって彼女は貴重な友達だった。
だからあげた時は本当になんとなく、だった。
変に期待させる心配もないから、と。
でも今では俺の方が彼女をただの異性の友達としては見られなくなってしまったのだけれど。
そんなことを考えていると5分もしないうちに彼女が部屋に戻ってきた。
トレイに乗ったフルーツたっぷりのデコレーションケーキと紅茶を手に持って。
「適当に座ってくれていて良かったのに」
彼女はそれをテーブルに置いて厚みのあるクッションを二つ並べてどうぞと俺に座るよう促した。
ケーキにはチョコレートのプレートが乗っていて、そこにはハッピーバースデーの文字と俺の名前が書かれていた。
「1日早いけど、お誕生日おめでとう」
その言葉を口にして彼女はケーキに蝋燭をたてて火をつけた。
「...なんだ...覚えていてくれてたんスね...」
情けない話なのだけれど本当に泣きそうになるくらい胸が苦しくなった。
「本当は、...18日に誘いたかったんだけど、ちょっと欲張っちゃて」
それ一体どういう意味で、そう訊ねようとしたのを遮るように彼女が先に口を開いた。
「蝋燭、吹き消して。お願いごとも忘れずにね」
その言葉に素直に頷いて小さな炎を見つめ小さく深呼吸を一つ。
願いなんてもう決まってる。
「(ずっと隣にいられますように)」
ふっと吹き消した瞬間彼女が小さく拍手をしてくれた。
「おめでとう、黄瀬君。ちゃんと覚えてたよ?」
「...俺、ちょっと勘違いしてたんス。間違えて覚えてるのかな、とかもしかして完全に忘れられてるのかな、とか...」
きっとそんな俺の不安も彼女にそれもバレていたのだと思う。
だってあの時の笑顔はそういう顔をしていたから、それに気付いたのはついさっきなのだけれど。
「ふふっ、黄瀬君顔赤いよ」
「そ、そんなことないっス!」
彼女は火の消えた蝋燭をケーキから取り除きケーキを取り分けてお皿に移し俺の前に差し出した。
「そっかぁ、...じゃあ私の気持ちもちゃんと伝えていいかな?」
「...え?」
彼女は咳払いを一つして目を閉じ、覚悟を決めたように目を開け俺の目を真っ直ぐ見た。
「私ね、黄瀬君のことが好きなんだ。...だから黄瀬君の誕生日、一番にお祝いしたくて」
「(...一番がいいって...そういう意味だったんスね...)」
胸の奥が熱でいっぱいになる。
言葉にならないほど、嬉しくて、信じられなくて。
当然俺の返事は決まっている。
「...俺も、ずっと好きだったっス、名前ちゃんのこと。俺...こんな気持ちになるの初めてで...上手く言えないんスけど、信じられないくらい、ずっと...」
全然格好がつかない、そもそも彼女の方から告白させている時点でもうカッコ悪い話なのだけれど。
でも彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
その笑顔は俺のすべてを救うみたいに眩しくて。
「明日も言わせてね、ほんとは誕生日明日だし」
「うん、勿論。...ねぇ、名前ちゃん、これからは毎年こうして祝ってくれる?」
「うん、毎年。私が一番に...絶対ね?」
彼女の手がそっと俺の手に触れた。
今度は一方的に握られるのではなくお互い指を絡めて。
彼女の誕生日はどんな風にお祝いしようか、そんな楽しみを胸に抱きながら彼女が俺の為に用意してくれたケーキを食べた。
end