暴いてはいけない秘め事

間接照明の温かな光がテーブルの上に置かれた二つのマグカップを照らして影を落としていた。
先程淹れたばかりのコーヒーから立ち上る湯気が夜の静けさの中に溶けていく。
休日前夜、リビングのソファーに並んで座り他愛のない世間話をしながら僕は本を読み、彼女はスマホで通販サイトを見ながら過ごすという平和で穏やかな時間を過ごしていた。
ろくに見ていなかった、殆どBGMがわりにつけっぱなしにされていたテレビから流れる深夜番組。
そこで繰り広げられていた少し下世話なトークテーマ。
まさかこんな平穏な夜によりにもよって彼女がそれに便乗するなんて思いもしなかった。

「ねえ、テツヤ君」

「はい、何ですか?」

彼女の呼びかけに文庫本から視線を彼女の方にむければ穏やかな表情で彼女は予想外な言葉を口にした。

「私と付き合う前ってさ、1人でする時私のこと考えながらしたことある?」

少しの沈黙の後、僕はパタンと音を立て、読んでいた本を閉じた。
付箋も挟んでいないというのに。
彼女と見つめ合ったまま数秒間の沈黙。
僕は静かに机に置かれていたリモコンに手を伸ばしテレビの電源をオフにしたことで室内は静まり返った。

「…名前さん」

僕は冷静を装い彼女の名前を静かに呼んだ。
心臓は少し騒ついている自覚がある。
こんなこと、別に大した話ではないのに。
彼女とは既に何度も身体を重ねているしお互い大人である以上1人で欲求を果たす夜があることくらい分かっている。
でもだからこそ、だ。

「お互いいい大人になり気兼ねなく話せるようになったとはいえ、女性が恋人に面と向かって投げる質問としては少し品がありませんしデリカシーにかける内容だと思います」

彼女は僕の言葉にすぐに申し訳なさそうな顔をして。

「うっ...ご、ごめん。ちょっと気になっただけで...」

「気になったからといって何でも聞いていいわけではありません」

淡々と諭すような口調、冷たいと思われるだろうか。
でも僕は好きな人にこんな質問をされて冷静にいられる程恋愛に長けているわけではない。
僕にとって彼女は初めて出来た恋人だ。
彼女を好きになった日からいつだって僕の心は振り回されっぱなしだ。

「...ごめん、そんなのないよね...」

謝ってほしいのはそこではないのだけれど。
悪気がないというのは分かっている。
少し天然気質なところも彼女の魅力だということも。
それでもやはり僕の心中は穏やかではない。

「...あります、と言ったら満足ですか?」

「...え?」

「嘘をつくのは好きではありませんし名前
さんに侮られるのも本意ではないので正直に答えさせていただきます」

僕は手に持っていた文庫本をテーブルに静かに置き、彼女の膝の上に置かれていた手をとった。
バスケで硬くなった僕の手とは違う、柔らかく一回り小さな手を包み込むように、逃がさないようにしっかりと握る。
僕を怒らせたと思っているのだろうか。
彼女の手は緊張しているのかいつもよりひんやりとしていた。

「僕も男で欲もありますから。気持ちが昂った際、好きな女性のそういうところを一度も想像したことがないことなどありえません」

「っ...!」

僕の正直な言葉に彼女が少し動揺したのがわかった。
でもそれに気付かないフリをして言葉を続ける。

「...付き合う前、名前さんがただ髪をかき上げた時や落としたものを拾おうと屈んだ際に偶然胸元を見てしまった時も、僕が何もいかがわしいことを考えなかったと思いますか?」

僕の言葉に彼女の頬が朱く染まっていく。
あんな質問をしておいて、こういうところが狡い。
素直すぎるのも考えものだとつくづく思う。
彼女はまだ分かっていないのだ、僕がただの男であるということを。

「貴方と恋人同士になる前から既に僕は頭の中で貴方のことを何度も抱いていましたよ」

あまりにも生々しい告白。
まさかこんなことを彼女に伝える日が来るなんて。
握った彼女の手が今度は熱くなって汗ばんできた。
でも僕はけしてその手を離そうとはしなかった。

「わ、わかったから!もういいよ、聞かなかったことにして!」

「自分から聞いておいてなかったことに、なんて都合が良すぎです」

彼女を引き寄せそのまま腰に手を添えてぐいっと体勢を崩させソファーに押し倒した。
そのまま彼女の覆い被さり僕自身で視界を塞ぐ。
彼女の目に映る僕の顔は、瞳は熱を孕んでいた。

「...僕の理性を試すようなことを言ったのですから、それ相応の覚悟はありますよね?」

「ま、待って、テツヤ君っ!か、顔ちか...!」

動揺する彼女の静止を無視するように唇を塞いだ。
いつもとは違う、始めから深い口付けを。
彼女が逃げられないようにしっかりと両手で彼女の後頭部を支える。
唇を甘く噛んで吸って、ペロリと舐めて。
そうして開かれた隙間に舌を捩じ込んで。

「んっ...っ!」

鼻で呼吸も出来ない程焦っているのか、それとも感じているのか、彼女が甘い息を漏らす。
僕の胸を押し返そうとする彼女の手を掴みソファーに縫い止める。

空いた右手は迷うことなく彼女の服の裾から中へと滑り込む。
柔らかくて暖かなわき腹をなぞり流れるように下着のホックを外す。
シャツを捲り上げ下着をずらすと何度も見た柔らかな肌が露わになった。

「...名前さん」

離れた唇から溢れた甘い吐息はどちらのものだろうか。

きっと両方だ。

「あの頃は頭の中で想像することしか出来ませんでした。ですが実際にこうして触れた貴方の反応はあの頃僕が想像していた以上でした」

触れた指先が彼女の最も敏感な場所を薄擦り上げる。
びくりと腰が跳ねて、喉の奥から力無く甘い悲鳴が漏れた。

「っ、てつっ...あ...っ」

「今の僕はこうして触れたら貴方がどんな顔をしてどんな声で鳴くのか...全て確かめられますから」

胸元に唇を落としたまま下着ごと一気にずり下げた。

「テツヤ、くん...っ、意地悪しないで...っ」

「意地悪なんてしていません、僕は貴方の質問に答えているだけです。今夜はあの頃想像していたこと全部教えてあげますよ」

耳元で囁いた声は自然と低くなった。
彼女が抗えないように、たっぷりと甘さを込める。
彼女はもう僕の声を聞いただけで蕩けてしまうのだから。

僕を見つめる目には涙が滲んで煌めいていた。
それはまるで宝石のように見えた。
朱く染まった耳元で最後の仕上げ。

「...声、我慢しないでくださいね。僕の名前、ちゃんと呼んでください。貴方が欲しくてたまらない僕の名前を」

貴方が力尽きてしまったらちゃんと暖かいベッドに連れて行ってあげますから。



end