それは太陽のように熱く

休日の午後、彼と過ごす広いリビングはエアコンの微かな送風音と殆どBGM代わりとなっているテレビの音声だけが静かに響いていた。

ふたり並んでローソファーに座って。
先程まで他愛のない話をしていたはずなのに、ふと会話が途切れた後、彼の体温がぐっと私に近付いた。

「...名前」

低い声で名前を呼ばれた後彼に視線を向ければ、思ったよりも近くに彼の熱の籠った赤い瞳があった。
私よりずっと大きな手が迷うことなく私の頬に添えられる。
いつもよりほんの少し荒い息遣いと、熱を持った視線。
彼の中に何か明確なスイッチが入ったのだと気が付いた瞬間、カッと全身に血が巡るような恥じらいが押し寄せてきた。

「っ、ちょ、...た、大我、待って」

反射的に彼の広い胸元へ両手を当て、身をすくめて少しだけ押し戻してしまう。拒絶というよりは突然露わになった彼の色気に耐えきれなくなった照れ隠しだった。
けれど彼はすぐに私の頬からぱっと手を離した。

「あー、...わりぃ、嫌だったか?」

彼はその手を引っ込めると困ったように眉を下げてぽりぽりと頬を掻いた。
その表情には怒りの感情など微塵も感じられない。
ただただ私を気遣う誠実さと申し訳なさだけが滲んでいる。
あっさり身を引かれてしまった私は胸がきゅっと痛んだ。嫌だったわけじゃないのに、彼の優しさがまっすぐすぎて申し訳なさでいっぱいになった。

「ち、っ違うの!嫌なんじゃなくて...その、今日ここまで歩いてきた時暑かったし、それでちょっと汗かいちゃったから、気になっただけで...!」

「汗?んなの俺は全然気になんねぇけど...」

「私が気になるの!だから......先にシャワー浴びてきてもいい?」

勢いよく言い訳を並べ立てると彼はきょとんと目を丸くしたあと、ふっと悪戯っぽく口元を緩めた。

「なんだよそれ。......じゃあさ、どうせなら一緒に入るか?俺も寝汗とかかいてるかもだし」

「えっ!? い、一緒って...」

「減るもんじゃねーだろ。ほら、早く行くぞ」

有無を言わさず手首を取られ、あれよあれよという間に脱衣所へと連れて行かれてしまった。
からかうような笑みを浮かべつつも彼の耳がほんのりと赤くなっているのを見てしまってこれ以上抗う言葉は出てこなかった。
バスルームに熱い湯気が立ち込める。
シャワーから降り注ぐ水滴の音と、濡れて色気を増した彼の逞しい胸や腹筋に視線のやり場を失い顔を逸らした。

「洗ってやるから目瞑ってろよ」

大きな手、でもその手付きは本当に優しい。
私を労るように気遣いながら髪を泡立ててくれる。
でもそんなに優しく触れられているというのにその指先から彼の熱が私にじんじんと伝わってきて体温が上がってしまう。
シャワーで泡を洗い流し、滴る湯を拭う間もなく彼の太い腕に抱きしめられた。

「...たい、が...?」

肌と肌が直接触れ合う感触に息が詰まる。
濡れた彼の胸板に押し当てられた頬からトクントクンと少し速く脈打つ鼓動が伝わってくる。

「名前...」

名を呼ばれ、顔を上げさせられた瞬間濡れた唇が重なった。

最初は湯粒を拭うような優しい口付けだった。
けれど私が彼の背中にそっと腕を回した途端、彼の腕の力がぐっと強くなった。
私の背中を抱き寄せる掌が熱くて、深く舌先が絡み合うたびに水音と微かな吐息がバスルームに反響した。

「ん...っ、ふ......」

息苦しくなって小さく身悶えると一瞬だけ唇が離れる。 けれど彼の眼はリビングにいた時とは比べものにならないほど熱い熱を孕んでいた。
少し乱れた呼吸を繰り返しながら濡れて額に張り付いた前髪の隙間から私を射抜くように見つめている。

「......なぁ、もう無理」

耳元で掠れた低い声で囁かれた声にぶるりと震える。

「さっきはベッドまで我慢しようと思ったけどこんなの耐えられるわけねぇだろ」

腰を引き寄せられて彼の硬く主張する熱い感触がお腹に押し当てられた。そのあまりの生々しさに心臓が跳ね上がる。彼は首筋に熱い息を吹きかけ痕を残すように首筋に吸い付いてきた。
白く煙るバスルームの中で、もうシャワーの湯の温度が分からなくなるほどふたりの熱気が溶け合っていく。
そしてその熱を纏ったまま彼の逞しい腕が私の膝裏と背中に回り、フワリと身体が宙に浮いた。

「っ、大我っ...!?」

「落とさねぇからちゃんと掴まってろ」

安心させるように優しく微笑まれたけれどその表情はどこか野性染みている。
慌てて濡れた彼の首元にしがみつく。脱衣所の床に落ちる水滴すら気にすることもせずに大股で寝室へと向かう。

カーテンの閉められた薄暗いベッドルームの扉が開かれる。
いつも彼が眠っている部屋の匂いはどこか幸福な香りで満ちていた。
芳香剤の類など置いていないというのに、それは彼自身の香りなのだろうか。

「ま、待って、大我!身体拭いてないし、濡れちゃうよ!」

このままではシーツどころか敷布団まで濡れてしまう、ベッドに下そうとする彼の首にぎゅっと抱きついてそう伝えたけれど焦りで彼は意にも介さずシーツの上に私をそっと下ろしてしまった。
湿った身体がシーツに触れてなんだか落ち着かない。
でもそんなことが気にならなくなるのはすぐだった。
すぐに彼の大きな身体が私に覆い被さったのだから。

「...濡れたって構わねーよ。どうせこの後シーツ洗うし、布団も干して乾かせばいいだけだろ」

耳元に落とされた声は普段の彼より低くて少しぶっきらぼうで、それでいて酷く甘かった。
彼の濡れた前髪から滴る水滴が私の鎖骨に落ちる。
冷たいはずなのにその水滴は火傷するんじゃないかってくらい熱いものに錯覚した。

「っ...たい、が...」

「さっきから待てとかダメとかばっか言いやがって...もう我慢しねぇからな」

彼の大きな手が私の両手を取り、シーツの上に縫い止めるように指を絡めてくる。
男らしい骨張った指の力強さにもう抗うことなんて到底出来なかった。
私を見下ろす赤い瞳には、普段の無邪気さなど微塵も残っていない。
まるで目の前の獲物を一欠片も残さず喰らい尽くそうとする肉食動物のような、そんな。

「......名前」

私の名を呼んだ唇が首筋から鎖骨、胸元へ這って痕を刻んでいく。
深く吸い付かれて熱い舌先が濡れた肌を這うたびに頭の中にモヤがかかって甘い悲鳴が口から漏れた。

「んっ...あっ...!大我.....っ!」

「全部...俺に寄越せ」

荒い息を吐きながら彼は貪るように私の唇を塞いだ。
濡れたシーツの冷たさも、滴る水滴の感覚も、彼から降り注ぐ熱気と情熱にすべて塗り潰されていく。
逃げ場のない腕の中で心も身体も骨の髄まで食べ尽くされて、甘く濃密な時間にどこまでも呑み込まれていった。
















先程までの激しい熱の余韻がまだ部屋に漂う中、彼の腕の中にすっぽりと包まれていた。
荒い息がようやく静かな呼吸へと落ち着いて。
これはシャワーではない、激しく求め合ったことにより額にかいた汗のせいで髪が額に張り付いていた。

それでも不快感はもう微塵もなくらただただ心地よい疲労感に包まれていた。

「......名前、大丈夫か?悪い、ちょっとやりすぎたか...?」

さっきまでの野性味はどこへやら、私を覗き込む彼の顔には、いつもの優しい彼の表情が戻っていた。
気まずそうに目を泳がせる彼が可笑しくて、同時にたまらなく愛おしくてシーツの中で小さく首を横に振る。

「大丈夫...でも今度こそちゃんと汗流したいな」

「あ、ああ、そうだな!もう一回入ろうぜ」

今度は先程のように強引に連れて行かれるわけでもなくふたりで歩いてバスルームへ向かう。
ぬるめのシャワーで互いの身体の汗と熱を丁寧に洗い流し、スッキリした後彼がバスタオルで私の髪を、体を優しく拭いてくれた。

部屋に戻ってそれぞれ部屋着に着替えると、彼はベッドに向かう。

「シーツ、洗濯機回してる間にベランダに布団出しちまおう」

「うん、私も手伝う」

湿ってしまったシーツを手際よく引っ剥がし洗濯機に入れた後、ふたりで端と端を持って大きな敷布団をベランダの柵へとかけた。
こんなの彼ならひとりで出来るのに、こうして一緒にやらせてくれる彼はやっぱり優しい。
カラリと晴れた午後の日差しと心地よい風が私たちの火照った肌を優しく冷ましてくれた。

かけた布団を整える彼の逞しい背中を眺めていると先程までこの広い背中にしがみついていた記憶が蘇り思わずまた頬が熱くなった。

「...名前?顔あけーぞ。まだ逆上せてんのか?」

「な、なんでもない!お日様の光が眩しいだけ!」

慌てて目をそらしそう言い訳した私に、彼はきょとんとした後、すぐに「ふーん?」と口端を上げて意地悪そうに笑った。

「ま、いいや。腹減ったろ?美味いの作ってやるからお前はソファーで座って待ってろよ」

リビングに戻りキッチンに向かった彼は冷蔵庫から食材をいくつか取り出すと、迷いのない慣れた包丁さばきで野菜や肉を切り分けていく。
トントンとリズミカルに響くまな板を叩く音と、フライパンから立ち上る香ばしいにんにくと醤油の匂いがリビングに広がる。

待っていろとは言われたけれどなんとなく近くにいたくて彼の隣に立った。

「何か手伝うことある?」

「いいって!名前は疲れてんだから大人しく座ってろ。...つーか、俺が食わせたいんだよ」

少し照れくさそうに、フライパンを豪快に煽る彼の言葉に私は大人しく待つことにした。
ソファーにだらりと座って目を閉じた。

ああ、なんて幸福な時間だろうか、と幸せを噛み締める。
本当に彼は私には勿体無いくらいの世界で1番かつこいい人。

そして私はきっと1番幸せな女の子だと思う。


end