>>ある雨の日のこと。






ザーザー

ピチャリ

ピチャリ



「ん…。」

チョロ松は雨の音で目が覚めた。

目線だけ動かし周りを見ると、兄弟達はまだすやすやと眠っている。
部屋の時計に目線を移すと、まだ八時を過ぎたところのようだ。

「まだ寝れるじゃん…。」

そう小さく呟いて、チョロ松は布団を頭まで被り目を閉じた。



うとうとと微睡みかけたとき、部屋の襖がバッと開いた。

「へい!にーちゃんズ!!」

突然の大声に体がびくりと震える。
襖を開けた犯人は妹の小松だった。

なんかデジャヴ。

「今日雨だよ!誰でも良いから学校まで車で送ってって〜!」

そうだった。
雨の日は、この任務があるんだった。



妹は普段、学校には自転車で通っている。
が、雨の日だけは暇な兄を捕まえて車で送って行ってもらっている。

なんでも以前、雨の日に自転車で学校に向かっている途中に車に盛大に水をかけられたらしく、しかもほぼ全身に泥水を被ってしまい、その日はムカついたので学校をサボったらしい。

なんていうか、こう言うところマジで松野家の血を引いてるなと思った。
と言うわけでその日以来、頑なに雨の日は自転車を使わなくなった。

さらに、送って行ってくれる人がいない日は学校をサボる。
そんなんで単位は大丈夫なのかと心配になる。



「しょうがないな…。」

チョロ松はやれやれと上半身を起こした。

「お!おはよう!今日はチョロ松兄ちゃんなんだね!ありがと〜!」

「はあ…。ちょっと待ってて。支度するから…。ふああ。」

「わかった!んじゃ下で待ってるからね〜。」

小松はそのままトテトテと階段を下りていった。

「んー。」

チョロ松は伸びをひとつしてから、まだ覚醒しきれていない体をのっそりと動かし身支度を始めた。



「お待たせ。」

「チョロ松兄ちゃんはやくはやく!遅刻しちゃう!」

「はいはい。」

身支度を済ませ食卓に向かうと、小松は準備をバッチリ整えながら待機していた。

「早く行こ!」

小松がチョロ松の腕を引っ張る。

「俺、まだ何も食べてないんだけど…。」

「私を送り届けて帰ってからにして!」

なんとも兄使いの荒い妹である。



チョロ松が運転席に乗り込むと、助手席に小松も乗り込む。

「えへへ〜よろしくおなしゃす!」

小松がにこにこしながらチョロ松に敬礼の真似をする。

車で送る時、小松は大体何故か機嫌が良い。
大方、自分は動かなくて済むから楽、とかだろうけど。

車にキーを差し、CDをプレイヤーに入れる。まだ眠い頭を起こすためにも、にゃーちゃんの曲を聞いてテンションを上げねば。

〜♪

イントロが流れ出す。やっぱりにゃーちゃんの曲は良いなあ。

「んあ、これにゃーちゃんの新曲?初めて聞いた〜。」

シートベルトをつけていた小松が顔をあげ、曲に食いつく。

「そうだよ。今回のも良い曲だよねぇ…。超絶可愛いよにゃーちゃん!」

「私これ結構好きかも。」

「え!本当?!じゃあ、一緒に曲の振り覚えてよ。」

「暇だったらね〜。ひひひ。」


小松は他の兄弟と違い、にゃーちゃんの名前は間違えないし、曲もちゃんと聞いてくれるし可愛さも分かってくれるのでこちらとしてはとても嬉しい。
もっと魅力を分かってもらうためにも、今度ライブに誘ってみようかな。
もちろん金は出せないけど。


それから、曲を口ずさんだり他愛もない雑談をしてあっという間に学校に着く。

「もう着いちゃった〜。」

「そりゃあ、家からそう遠くはないからね。あ、足元滑らないように気をつけろよ。」

よっこらせ、と年寄りじみた声を出しながらドアを開ける小松にチョロ松が言う。
前に送っていったときに、小松はぬかるみに足を取られて転んでいたからだ。

「大丈夫、大丈ぶっうぁ!」

「わ、おいっ!」

「…せ、セーフ!踏ん張った!私踏ん張った!」

いわんこっちゃない。
ギリギリ踏ん張れたものの、言ったそばから転びそうになっていた小松に、チョロ松はため息を吐いた。


「んじゃ、学校終わったら連絡するね!」

「はいはい。まあ、俺が行くとは限らないけど。」

松野家兄妹でラインのグループを作ってあるので、小松はいつもそこに連絡を入れる。それを見た手が空いている兄達の誰かがランダムで迎えにくるシステムである。

「それじゃあ、ガクセーはガクセーらしく。勉学に励みなよ。」

「あいあい〜。ガクセーらしくオベンキョーがんばりますよっと!ばいばーい。」

小松はチョロ松に大きく手を振った後、そのまま校舎に消えていった。
なんとなく、その背中を最後まで見届ける。

「あー腹減った。」

そう呟くと同時にお腹の虫もグウと鳴いたので、チョロ松は早く帰って朝食を食べようと車をまた発進させた。



>>



ピロン

『へいにーちゃんズ!学校終わったよ!!!!』

午後3時。小松から、兄妹のライングループにメッセージが入った。よく分からない生き物が敬礼をしているスタンプと共に。

数分後、既読が1付き、

『お疲れ様だ、マイシスター。』

『帰りはこのカラ松が迎えに行くぜ。』

という返事と共に、Sui●aのマスコットキャラクターのペンギンが電車に乗っているスタンプが送信された。

「今日のお迎えはカラ松兄ちゃんかあ。文面から伝わってくるこの痛さ…。」

次男からの返信に、小松は苦笑いを零す。
でも、最後のスタンプが何だか爪の甘い次男らしくて良いなと思った。


「待たせたな、マイシスター。」

校門の前で待っていると、目の前に止まった車の窓が開き、サングラスをかけた次男が顔を出す。

「わー、いたーい。でもお迎えありがと、カラ松兄ちゃん。」

若干棒読みで小松は返し、助手席に乗り込んだ。

「!何処が痛いんだ?!大丈夫か?」

そんな妹の台詞を勘違いし、車を発進させながらも、次男は慌てた様子で小松の顔を覗き込む。

「あー、違うよ兄ちゃん。体は痛くないよ!」

「そうか、…良かった。」

納得したカラ松はフッと笑い、キメポーズをする。

「わ、お迎えに行くだけなのにキラッキラのパンツはいてる…。」

キメポーズをとる兄を見ると、まさかのキラキラパンツをはいていた。
妹のお迎えに行くだけなのに。

安定の謎のファッションへのこだわりに小松は苦笑いをこぼす。

でも、少し間をおいてから


「そういえば、私今日考えてたんだよね。」

「…?何をだ?」


おもむろに口を開いた妹に、カラ松は聞き返す。


「カラ松兄ちゃんが、たいして着飾らなくてもいい所に行くときも気を抜かずにお洒落する姿勢って、ある意味格好いいんじゃないかってさ。」

「…え。」


とても真面目な顔でそんな事を言う妹に、カラ松は思わず気の抜けた返事をする。

普段兄弟達からは、イタいイタいと否定のような言葉しか言われないこのファッションを、初めて肯定されたような気がしたからだ。


「あと、周りから理解されない独特のセンスだけど、何を言われても自分のファッションを変えないのもすごいなあって。自分の道を突き進むみたいな??そう言うところも、私好きだよ。量産型みたいなのよりはずっとさ。」

「!!!」


今日のマイシスターはどうしたんだ。デレ期なのか?嬉しいが、何かあったのか?!

嬉しさで顔がにやけるのを必死に抑えながら、カラ松は考える。が、


「まあ、イタいのには変わりないけどさ。うひひ。」


真面目な顔から、すぐにいつもの無邪気な悪戯っぽい顔に戻る妹を見て、なんだいつもの小松か。とひとり安心する。

小松は割と気まぐれで、突然何かを始めたり止めたり、ふわふわと行ったり来たりするような性格なのである。
でも根は優しく、たまにカラ松や他の兄弟達を褒めたり何かと気にかけたりしてくれる。
この人懐こい笑顔もあり、トド松とはまた違った甘え上手なところがある。

「あ、ありがとう…。嬉しいぜ。」

「どいたま!て、わ!」

照れくさそうにお礼を言うカラ松につられたのか、小松も同じように笑い返す。
その小松の頭を、カラ松は優しく撫でた。



「ただいまー!」
「今帰ったぜ。」

「あ、二人ともおかえり。 」


帰宅すると、偶然部屋から出てきたチョロ松が出迎えてくれた。


「チョロ松兄ちゃん!グッドタイミーング!カラ松兄ちゃんとチョロ松兄ちゃん、手ぇ出して。」


チョロ松を見た小松が何かを思い出したように鞄を漁り、袋を取り出した。
二人は首を傾げながら手を差し出す。


「何だ?」
「何これ。」


二人の手に乗っけられたのはカップケーキだった。


「えへへ、今日家庭科の授業でね、作ったの。」

照れくさそうに笑いながら小松は続ける。

「でも二つしか持って帰れなかったからさ〜。お父さんとお母さんにあげても良かったんだけど、今日は二人が送っていってくれたから!そのお礼。」

「おお!シスターの手作りか!」

「へえ、なかなか上手くできてるね。」


「味は保証するよ!同じ班に料理すっごく上手い子がいたからね〜。」

フフンと鼻の下をこすりながらそう言われる。
長男のマネなのか、無意識なのか。


「あ、他の兄ちゃんズにバレる前に食べちゃってね?」

「そうだな。早く食べないとおそ松あたりに食べられてしまいそうだ。」

「あいつ平気で食べるからな…。」


三人は長男の顔を思い浮かべ、苦笑いをこぼす。


「そうと決まれば手洗いうがい〜。」

小松はそう言うと、ダッと靴を脱ぎ台所へ向かう。

「小松、廊下走って転ぶなよ。」

「はは。シスターは、割とよく転ぶからな。」


その後ろを兄二人はゆっくりと追いかける。

キチンとお礼をしてくれるなんて、俺達の妹は可愛いところあるじゃないか、と密かに思う二人だった。





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