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「滝川さん、好きです。」
「え?あはは…な、なに言ってるの?ここ、会社のエレベーターだよ?て言うか…誰?」
「殿村です。大丈夫です。俺に安心して任せて下さい。」
「え、ちょっ、なに?なに言ってるの?名前も初めて知ったレベルの人とこんな近寄りたくないんだけど!あっ、分かった!ちょっ、ちょっと、廊下でよう。話なら、付き合うから!ね。」
———-
「どうぞ、コーヒーです。」
深夜の会社のエレベーターで急に男に襲われた。更にはセクハラをされそうになり、落ち着かせようとエレベーターを降りると何故かその男のオフィスに誘われコーヒーを出された。
どうにかして帰りたい。仕事もまだ残っていたのにな…。
「…なんですか?」
「遂に滝川さんと付き合えるなんて、感慨深いなと。」
「《話に》です。変な言い方やめてくれます?」
連れてこられたのは、上の階の海南物産。俺を連れてきた男にこにこと笑顔を浮かべて俺を見つめる。
男は髪もスーツも上品にまとめられ、小綺麗な雰囲気だ。整った顔に優しい目つき彼の印象を更には高める。年の頃は俺と同じ頃に見えるが、席の配置的に、役職付きなのだろうか?優秀そうだ。
「で、何故急にあんな奇行にはしったんですか?」
「あれ?急に敬語…。」
「…お、お客様ですからね。」
「そうですね。あまり抵抗しないで下さいね。」
「…。」
殿村は依然としてにこにことしているが、どこと無く威圧感を醸し出てくる。俺は大人しく口を閉じだ。海南物産といえば、うちの大口の取引先だ。殿村に何処までの権限があるか分からないが、下手な事出来ない。もしかして、これが狙いで連れてきたのか?よし。ならば。
「お友達から初めましょう。」
「え⁈」
「殿村さん、まずは、健全なお友達から初めましょう!健全な。」
「分かりました!いいですね、いいですね!」
俺は強く健全なと強調して提案した。ここで逃げられないのであれば、のらりくらりとやり過ごそう。
俺の提案に、殿村は爽やかな笑顔で頷く。
「では、そう言う事で。」
「あ、待ってください。友達だし、連絡先を交換しよう。」
「…。」
「滝川くんのQRコード、出して?」
出て行こうとした俺の手を引いて、殿村が提案してくる。
どうしよう。…教えたくない。
「…スマホ、家に忘れました。」
「はは、おっちょこちょいなの。可愛い奴。なら、電話番号教えてよ。あ、友達だし、タメ口でいこうか?」
「090-」
「ん?090?それって古くない?」
「……080-××××-××××。」
「うん、うん!分かった。」
「え、あ、」
にこにこと人好きのする笑顔のまま、殿村は自分のスマホを取り出し、俺の言った嘘の番号を入力する。
「…番号間違っちゃった?《現在は使われてません》だって。」
「…ま…間違いました。」
俺は諦めて正しい番号を教えた。
「うん。もう、次はないからね。」
「…。」
始終にこにこしているけど、ちょいちょい匂わせてくる、上下関係らしきものが気になる。
本当、この人ってやばい人じゃない?
ブーブーブーブー
「…。」
「…。」
「鳴ってるね。滝川くんが家に忘れたスマホが。胸ポケットで、今、鳴ってるね?」
俺が身の危険を感じている間に、殿村は俺が教えた番号にかけた。結果、ポケットに入っていた俺の胸スマホが鳴る。
「…殿村さん、QRコード出せる?あの、連絡先…殿村さんの入れてもらえる?」
「…っ‼︎い、いいよ。」
仕方ない。俺はすごすごと殿村のスマホに自分のスマホを近づけた。
「ちょちょちょ、ちょっと、滝川くん!さっきの、もう一回言って?」
「え?う、うわっ……な、なに?」
そして何故か、ハァハァと息を乱した殿村に手を引かれ、何度も言葉を言わせられる。
やっぱり、殿村はやばい奴だった。
どうかもう、どうかもう、関わり合い
になりませんように。会いませんように!
————-
「滝川、今度海南物産のシステム導入について…」
「え?」
「…どうした、滝川。」
俺は部長の言葉を思わず遮ってしまった。基本的にイエスマンな俺の暴挙に、部長は眉をひそめた。
「あ、いえ。すみません。」
「しっかりしろよ。また、海南商社の販売システム導入の案件があるが、競合他社である、NT社とのコンペだ。コンペ資料の作成を頼む。」
「はい。」
「…。」
「…。」
「もう、自分の席へ戻っていいぞ。」
「部長、俺、今やっている案件に手こずっていて、あの、七緒とか優秀ですし、あいつにやらせてはどうでしょう?」
嫌な予感がする。やりたくない。俺は自分より2つ下の部下を、自分の代わりに推薦した。実際、七緒は本当に優秀だ。そろそろ挑戦させてもいい頃合いだろうし…。
「七緒か。いいじゃないか。ただ、大口顧客相手だからな…滝川もしっかりフォローしろよ?任せっきりはダメだからな。」
「…分かりました。」
やっぱり無関係にはいけないか。俺は部長の案に内心渋々と頷いた。
「滝川、絶対に案件とれよ。七緒が失敗したら、お前の査定にも影響するからな。」
「…はい。」
ご丁寧に脅しもかけられた。
「先輩、俺の名前が聞こえたですけどー?」
席に戻ると七緒が話しかけてきた。七緒は女の子顔負けの可愛い顔した顔の後輩だ。顔は可愛いが、仕事は出来る。だから、パッと思いついた。
「七緒、お前にチャレンジ案件きたぞ。これが上手くいったら、焼肉奢ってやるよ!」
「へ〜、それって、先輩と2人でですか?」
「え?あぁ、まぁ、そう。2人でもいいよ。あ、誰か、女の子呼びたかった?」
「いえ。2人でお願いします。」
それだけ言い残すと、七緒はにこにことして自分の席に引っ込んだ。
———
「先輩、資料準備出来たので、これから海南物産さんに行くんですが、先輩も準備出来てます?」
「え?」
昼休み明け、さぁ午後の仕事だとガムを口に入れた瞬間、七緒に話しかけられた。俺は間抜け顔で目を丸くして答えた。
「ふっ、ふふ、何ですかその顔?」
「いや、スケジューラーに不参加で回答していたからさ。あの…大丈夫!七緒なら、1人でやれるって!」
「え〜、BI機能関連、俺だけじゃ上手く話せないですよ〜。来て下さいよ〜。」
「…。」
結局、俺は七緒に泣き落とされ、また来てしまった。海南物産へ。
「先輩、そう言えば、海南物産に就職した友達に聞いたんですけど、この案件を担当している課長、怖い系らしいですよ。」
綺麗な受付嬢に通された海南物産のミーティングルームで、ヒソヒソと七緒が話し出した。
「怖い系って、小竹向さんだろ?」
「小竹向さんは人事ローテンションで移動して、次に入った人が、ですよ。」
「はぁ…。だから部長も必死だったのか。」
責任者が変われば、それまでの付き合いも一層される。前任者の小竹向さんは、よくうちを贔屓にしてくれていた。それがなくなった今、本気でこの案件取らねば、今後への影響もあるな。
「実力主義の海南物産とは言え、スピード出世。媚びないし無愛想、上にもズバズバ物申し、きちんと結果も出す冷血美人って呼ばれてるらしいです。」
「はは、男に冷血美人って…。結局陰口かよ。」
「も〜、呑気なんだから。俺達のプレゼンもボコボコにされたらと思うと、怖いすよ。」
「まぁ、流石に俺たち外部の人間のプレゼン内容を面と向かって貶す事は無いだろ。それよりも値引き交渉が厳しいかもな…。」
「失礼します。」
「あ、先輩、いらっしゃいましたよ!」
俺たちは立ち上がり、海南物産の冷血美人ご一行を迎えた。
「!」
「こんにちは、殿村です。よろしくお願い致します。」
涼しい声で告げられ俺は目を皿にして固まる。
奴だ!
そして慌てて「滝川です。」と自分の名刺を差し出した。
「どうぞ、おかけください。」
いやでもどうだろう…?
その人物は昨日のヘラヘラニコニコしていた人物とは似ても似つかない。笑わないし、所作もテキパキと…まさに冷血美人だ。
まぁ、前あったの殿村の兄弟とかか?
大手企業でよくある、縁故入社だ。其れなら、兄弟揃って同じ会社にいても不思議ではない。寧ろよくある話しだ。
「では、早速プレゼンをお願いします。」
「はい。それでは、お手元の資料をご覧頂き…」
殿村に事務的な物言いで促され、七緒が緊張気味に話し始めた。
ピコンッ
七緒の説明が始まって少しして、俺の
ノートパソコンに、メール受信の通知が表示された。
《なんでー、碧くん返事くれないのーo(`ω´ )o》
「…。」
ご、ごくり…。
登録していないアドレスだが…〈from:kaede_tonomura@kainan.global.----〉
そして、チラリと《目の前に座る》殿村に貰った名刺を見た。
〈海南物産 グローバル購買部1課 課長 殿村 楓〉
「…。」
ぶわりと汗が出る。そして、俺は恐る恐る、目の前に座る殿村を盗み見た。
「!」
俺と目が合うと一瞬だけ、口元を隠した手の下で、殿村がニヤリと笑った。
同一人物じゃないか!
名刺か…。さっき渡した名刺に俺のアドレスは載っている。
ピコンッ
《碧くんがあんまり無視するなら、意地悪するから^_^》
え。
「七緒さん、話を割ってすまないが、いいかな。」
「はい。何でもおっしゃってください。殿村さん。」
「すまないが、御社とNT社のシステムの差別化が私の中で出来ていない。長い前置きはなしで、一言で言うとどうなのだろう?」
「あ、えっと…。」
全く笑わずに、つらつらとどこか高圧的に殿村は言った。七緒が言い淀む。
「それは…うちの製品はデータ分析ができる所…かと。」
「それならNT社のシステムにもありますから。」
「そうですけど。その後のサポートもありまして…」
「サポート?24時間?土日対応はどうなるのかな?あとカレンダーのズレは?日本が休日でもヨーロッパは平日なんてざらですよ?そう言う時にシステムが止まった時のオペレーションは?グローバルシステムになるから、その辺の保守対応ももちろん練ってきてくれていますよね?祝日のズレも、サマータイム対応もありますよね。」
「…。」
眉一つ動かさず、よくもまぁ…。
質問責めに、流石の七緒も黙る。
助け舟を出すか。でもまずは…
《ごめんなさい。仕事が忙しくて、返事が出来ませんでした。また、夜に連絡しまふね。》
碧は断腸の思いで、殿村にメールを返信した。するとチラリとノートパソコンに視線を落とした殿村がくすりと笑うのが見えた。
「殿村さん、その辺の保守設計はまたこの後に詰めさせてください。勿論、グローバル対応もきっちりとさせて頂きますので。」
殿村の質問は碧への遠回しな嫌がらせで、それ自体に意味はない。碧の回答に殿村は頷いた。
ピコンッ
《そうなんだ^_^ 急かしてごめんね。余りにも返事来なくて、ちょっと心配していたからさ。なら、良かった!》
あぁしかし、こいつやばすぎるだろ。二重人格だ…。メールの殿村と現在進行形で目の前にいる殿村、人格が違いすぎる…。
しかもこんな奴に会社のアドレスまで知られた上、大事な取引先のキーパーソンポジションで接さないとだなんて…。あんまりだ。
再開された会議の中、碧は一人頭を抱えた。
ピコンッ
《〉連絡しまふね。 ←打ち間違いw可愛いいねww》
「…。」
…うるせーな。
————
「はぁ、疲れた…。殿村のせいでいつもの倍は疲れた…。」
深夜、家に帰った碧はどさりと荷物を置き、ネクタイを解いた。
ブーブー
荷物を置いた時に飛び出したスマホが振動する。
どきりと、嫌な予感がした。
「…とりあえず、風呂に入ろう!」
しかし碧は絵に描いたような小者だった。強い人には逆らわないし、嫌な事からは目を逸らして逃げる。その悪い癖が、今この瞬間にも発揮されていた。
「はぁ、スッキリした。」
風呂からあがり、碧はビールを片手にソファーに腰掛けた。
ブーブー
「…。テレビ、何やっているかな…。」
ブーブー
「…。」
ブーブー
ブーブー
「…も、もう、寝よう…。そうしよう。」
ブーブー
ブーブー
ブーブー
その日は悪夢をみた。
———
しかしそれから数日、通知が百件を超えたあたりから流石に怖くなり、碧は遂にメッセージアプリを開いた。
《今晩は^_^》
《もう寝ちゃっているかな…。寝ていたら、朝でいいから連絡してね》
《おはよう!碧くんの返事を待てなくて、また俺から連絡しちゃった…。ごめんね…。》
・
・
《なんで返事くれないの(^^)?》
《ごめん、今日も終電帰りだったんだね!それなら、仕方ないか!》
《今夜はゆっくり休んでね!》
・
・
《今日は定時退社日だよね?》
《夜、一緒に呑み行かない?》
《おーい!》
《連絡そろそろ頂戴(^^)》
《わかった。碧くんは意地悪されるのが好きなんだね。》
《それなら、碧くんの趣味趣向に、俺なら全力で答えられるよ。》
《俺、虐めるの、好き(^^)》
「…。」
や、やばい…。
何故か、この(^^)ニコニコマークが恐ろしい。ニコニコの裏に静かな怒りが見える。
けど普通に考えておかしい。異常とも言える。確かに返事をするとは言ったが、無理矢理に連絡先を交換したくせに返事が来ないと不満をたれるとは。
ブーブー
「!」
そうこうしているうちにまたスマホが振動して、碧はびくりと小さく肩を揺らした。またメッセージの通知だ。そして当たり前に、殿村からのメッセージだ。
…これは、もはやホラーだ…。
———
「おは…先輩?どうかしました?」
「え?あ、あぁ、おはよう。いや、大丈夫。俺は元気。」
朝、出社後に隣の席に座る碧の顔を見るや否や七緒が心配そうな声を出す。
「滝川くん。ちょっといいかな?」
「はい?」
七緒にどう返事をしようか。
そう悩んでいると部長に呼ばれた。
「滝川、海南物産の案件どうなった?」
「はい。先週、プレゼンも問題なく終了しました。」
「…感触、悪くはなかったか?」
「?い、いえ、そんな事無いですよ?」
怪訝な顔をする部長に碧は内心どきりとする。
《俺、虐めるの、好き(^^)》
脳内であのニコニコマークがピコピコと跳ねた。
「それがさ、小竹向さんから今朝メールがあってね。海外転勤になりました。今週末の壮行会ではよろしくお願いしますって。」
「はい?」
「うち、送別会には正式に招待されてないよね?」
「あ…。」
「それとなく聞いたら、NT社は呼ばれているらしいよ。」
「…。」
「暗に、うちとはもう契約する気ないって事かな?」
碧には、壮年の部長がしょんぼりとしている姿が見ていて辛いものがあった。
「だ、大丈夫です。」
「え?本当?」
「はい。俺が海南物産さんから案内メールを頂いていたのに、皆に転送していなかったからです。うちも誘われています。」
「そうなの!良かった!海南物産が切れたら、うち、数億の損失になるからね!もー、びっくりしたよ。」
「…そうですね。びっくりしますね。本当、信じられませんね。」
碧は急ぎ足で自分の席に戻ると、スマホを取り出した。もう殿村からの連絡はない。
自分が連絡しなくても、俺が連絡するでしょ。ってか…。
内心、恐怖と怒りが渦巻きもう連絡をしたくない。しかしこのままでは不味い。
《殿村さん、連絡ごめんなさい。ちょっと話せるかな?》
《いいよ!》
数秒とおかずに殿村から返信がくる。早すぎてひく。
《今夜、このお店予約したから。》
「…いつ…予約したんだよ…。」
そして直ぐに、殿村からお店の情報が送られてくる。
殿村の最初からこうなると全て分かっていたと言わんばかりの早い返信に、碧の恐怖が募った。
———
「碧くん、お疲れ様。」
「お疲れ様です。」
指定された店へ行くと、満面の笑みの殿村がいた。どんな如何わしい場所へ誘われるのかと警戒したが、殿村が指定した店は普通の小洒落た居酒屋だった。
「最初はビールだよね?頼んどいたよ!」
「…はい。ありがとうございます。あの…連絡…すみませんでした…。」
「あははは、そうだね。またこんな事が続くともっと虐めたくなっちゃうからさ…今後はやめろよ?」
「…はい。」
最後だけやけにドスが効いていて怖いが、殿村は笑顔で碧の謝罪を受け入れた。
「はい、ビール。」
「…ありがとう。」
打って変わって今度は語尾にハートが付きそうな上機嫌で、殿村は碧にビールを渡した。
とりあえず、怒りは落ち着いたか…?
「…。」
殿村がビールを飲む碧を笑顔で凝視する。
居心地悪いし、怖…。
「と、殿村さんって、会社と今じゃ、キャラがかなり違いますね。」
「あぁ、うん。今は…好きな人の前だから。」
「…。」
ごくり。
頬を染め、ちょっと照れたように話す殿村。
碧はそんな殿村に何の反応もする気になれず、ただただ無言でビールをあおった。
「ところで、小耳に挟んだんですが、小竹向さんの送別会はするんですか?」
「するよ。来たい?」
やはり確信犯だ。殿村は勿体ぶって笑った。
「い、行きたい!殿村さん、俺も、いきたい!」
「ははは。なんかえっち!」
「…。」
なんの話だよ。
殿村が碧らしくなく下品な笑顔を浮かべた。
「蒼くんがそう言うなら、お誘いしても良いけど…。」
碧は殿村の次の言葉に身構えた。
「今日の碧くんの態度次第で決める!」
「え。…と、殿村さん、僕ら、健全なお付き合いをする友達だよね?」
馬鹿みたいだけど、真っ先にえっちな接待が頭に浮かんだ。
碧は顔を引きつらせる。
「そうだよ!だから、まずは楽しくお話しようね!」
「…。」
今まで逃げ回ったから、今度はちゃんと相手をしろって事だろうか?
碧はそう自分を納得させた。
それから2時間弱、殿村と碧は普通に飲んだ。
「あははは、楓くん、それはおかしいって!」
「ふふ、そうかな?」
そしてちゃんと話すと殿村は案外いい奴で面白い。酒も進み、すっかりほろ酔い気分だ。
「碧くんは?最近どう?仕事の帰り遅いよね?」
「ちょっと忙しいかなぁ。でも仕方ないよね。俺の歳って…頑張りどころ感あるし…。」
「ちょっとどころじゃなく忙しそうだよ。」
「うん…。まぁ。」
殿村は心配そうに碧の顔を覗き込んだ。
確かに、連日連夜の徹夜。急に求められる結果。蒼はこの所、仕事に疲れていた。
「碧くんは頑張っていて偉いよね。昔からそう思っていたんだ。碧くんは凄いなって。」
「え?」
前から?どこか懐かしそうに呟く殿村に碧は首を傾げた。
「サボる人も居るのに、碧くんは頑張っていて、それだけでも偉いよ。その上、この前のプレゼンで後輩のフォローもしっかり出来ていたし。」
「…ありがとう。」
殿村の言い回しが気にはなったが、碧は俯いて赤くなった。こんなに面と向かって褒めて、労って貰ったのはいつぶりだろう。
…嬉しい。
純粋にそう感じた。
「…でも、実際問題、楓の方が凄いよ。俺より2つ歳上なだけなのにもう役職持ちだし。」
「昇進なんて運だよ。」
殿村に穏やかな笑顔で頭を撫でられた。
碧はそれを抵抗もせず受け入れた。殿村がそんな蒼を見て、愛おしげに目を細めた。
————-
「碧くんの家ってここでいいの?」
「うん。そうそう!楓くんちょっと待っていてね。今、鍵あける。」
すっかり警戒心も無くした碧は、ニコニコと後ろにいる殿村に話しかけ鍵を開けた。
「よし、どうぞ……わっ!」
鍵を開けて振り向こうとした瞬間、後ろからの衝撃を受けて碧は玄関に倒れこんだ。
そこで漸くボケていた頭が正気を取り戻し、冴えてきた。
殿村が後ろ手にドアの鍵を閉めた。
「ちょっ、ちょっと、楓くん!俺たち、健全なお友達としてお付き合い中だよね?あ、つまずいちゃったかな?」
碧は顔に青筋を立てながらも、誤魔化そうと必死に笑った。
「碧くん、いっぱい俺の連絡を無視したよね。」
「え…だって、それはもう…。」
顔は見えないが、殿村の声のトーンが低い。
「じゃ、服脱ごっか?」
と、思いきや、次の瞬間殿村は急に明るい調子で手を叩きながら話した。
「え⁈け、健全な…」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと、罰として虐めるだけだから。」
どこか大丈夫なのだ。
殿村は依然として柔らかい笑顔で「大丈夫」と繰り返しながら碧に手を伸ばす。本格的に身の危険を感じ、碧は激しく抵抗した。
「碧くん。こんな事言いたくないけど、壮行会、来たいんだよね?」
「!」
しかしその言葉を聞き、碧は諦めたように抵抗する力を抜いた。
———-
「うん。碧くん、やっぱり似合うね。」
「ふっ」
あの後、全裸に剥かれた碧は拘束ベルトをつけられてベッドに転がされていた。
右足と右手、左足と左手をそれぞれ繋がれ、口も塞がれた。足は閉じられるが、ほぼダルマ状態で動けない。
碧は殿村の視線から逃れて身を守るように、体を横向きに倒し、縮こまった。
「はは、可愛いんだから、隠したらダメだよ。大丈夫。罰だからこんなふうに拘束するだけで、俺が愛する碧くんを傷つけることなんてするわけないよ。」
「ん〜!んん〜!」
殿村によって力任せに仰向けにされる。碧の全てを見て、殿村は更に興奮に頬を紅潮させた。碧はせめてもと、必死で足を閉じた。
「ちょっと待っていてね。」
一度殿村が目の前から消えたと思ったら、次は風呂場から洗面器を持って帰ってきた。
「碧くん、電動派じゃないんだね。」
なんの事?
その疑問はすぐに溶けた。殿村の手には俺の髭剃りが握られていた。
「はい。足開いて〜。」
「ん〜ん〜!」
開く訳ないだろ!怖すぎる!
「はいはい。怖いね。怖いよね。大丈夫。大丈夫だよ。」
「ん…っ」
しかし、殿村はあやすように俺の頭を撫で、口枷の上からちゅっとキスをした。
碧はびくりと身をすくめた。
あ…あ…、や、やられる…。
キスという軽い行為でも、その先を連想させる力は絶大だった。
「大丈夫だよ。」
「っ!」
ヒタリ
下半身に冷たい感触。恐る恐る見ると、そこにカミソリを当てられていた。
「罰として頭丸めるとかあるけどさ、碧くんはこっちを剃ろうね。」
「ん〜!」
「暴れたら、切っちゃうから、大人しくしてね。」
「ふっ、んんっ、」
碧は剃刀の冷たい感覚にガタガタと震えながらも固まった。
あぁ、もう…。もう、会社の為にとか、仕事の為にとか、もう、やめる。
だってこんな…こんな自分を犠牲にしてまで、仕事に尽す義理ある?
「よし。完了!」
明るく弾んだ声がして下を見ると、一矢纏わぬ自身が見えた。
最、悪。
だがこれ以上に最悪な事はまだあるようだ。
「…な、なんか、見ていたら勃った…。」
「むっ⁈」
幾分鼻息を荒げた殿村の呟きに、碧はガバリと殿村の股間をみた。
それは服の上からでもわかる程だった。
「はぁー、碧くん!碧くん…!」
「んーーー!」
やたらハァハァと息を乱し殿村は碧に覆いかぶさった。
そしてべろりと口枷を舐め上げる。
碧は殿村の奇行に、これまでになく無茶苦茶に暴れた。
「…挿れていい?」
「んん⁉」
何を⁈何処に⁉だ、だめ‼︎だめだめ‼︎
碧はブンブンと頭を横に振った。
「そっかー。…残念。ま、それはおいおいだね。まだ俺たち友達だし。」
殿村は次が決まったような口ぶりだ。
「じゃ、このままやろうね。」
「ふ⁈」
ぐちゅ
「はーはーはー、碧くん…っ、」
ぐちゅぐちゅぐちゅ
「ふぅぅ…っ!」
これは、なんだ。
殿村は自分のものと碧のものを合わせ、碧にのしかかり腰を動かした。
これではまるで、疑似的にやっている様じゃないか…!
碧の目前には、気持ち良さ気な顔をした殿村が迫る。整った顔が快感で歪み、妙な色気があった。
堪らなく嫌なはずなのに、強制的に与えられる快感が屈辱だ。
「え?あはは…な、なに言ってるの?ここ、会社のエレベーターだよ?て言うか…誰?」
「殿村です。大丈夫です。俺に安心して任せて下さい。」
「え、ちょっ、なに?なに言ってるの?名前も初めて知ったレベルの人とこんな近寄りたくないんだけど!あっ、分かった!ちょっ、ちょっと、廊下でよう。話なら、付き合うから!ね。」
———-
「どうぞ、コーヒーです。」
深夜の会社のエレベーターで急に男に襲われた。更にはセクハラをされそうになり、落ち着かせようとエレベーターを降りると何故かその男のオフィスに誘われコーヒーを出された。
どうにかして帰りたい。仕事もまだ残っていたのにな…。
「…なんですか?」
「遂に滝川さんと付き合えるなんて、感慨深いなと。」
「《話に》です。変な言い方やめてくれます?」
連れてこられたのは、上の階の海南物産。俺を連れてきた男にこにこと笑顔を浮かべて俺を見つめる。
男は髪もスーツも上品にまとめられ、小綺麗な雰囲気だ。整った顔に優しい目つき彼の印象を更には高める。年の頃は俺と同じ頃に見えるが、席の配置的に、役職付きなのだろうか?優秀そうだ。
「で、何故急にあんな奇行にはしったんですか?」
「あれ?急に敬語…。」
「…お、お客様ですからね。」
「そうですね。あまり抵抗しないで下さいね。」
「…。」
殿村は依然としてにこにことしているが、どこと無く威圧感を醸し出てくる。俺は大人しく口を閉じだ。海南物産といえば、うちの大口の取引先だ。殿村に何処までの権限があるか分からないが、下手な事出来ない。もしかして、これが狙いで連れてきたのか?よし。ならば。
「お友達から初めましょう。」
「え⁈」
「殿村さん、まずは、健全なお友達から初めましょう!健全な。」
「分かりました!いいですね、いいですね!」
俺は強く健全なと強調して提案した。ここで逃げられないのであれば、のらりくらりとやり過ごそう。
俺の提案に、殿村は爽やかな笑顔で頷く。
「では、そう言う事で。」
「あ、待ってください。友達だし、連絡先を交換しよう。」
「…。」
「滝川くんのQRコード、出して?」
出て行こうとした俺の手を引いて、殿村が提案してくる。
どうしよう。…教えたくない。
「…スマホ、家に忘れました。」
「はは、おっちょこちょいなの。可愛い奴。なら、電話番号教えてよ。あ、友達だし、タメ口でいこうか?」
「090-」
「ん?090?それって古くない?」
「……080-××××-××××。」
「うん、うん!分かった。」
「え、あ、」
にこにこと人好きのする笑顔のまま、殿村は自分のスマホを取り出し、俺の言った嘘の番号を入力する。
「…番号間違っちゃった?《現在は使われてません》だって。」
「…ま…間違いました。」
俺は諦めて正しい番号を教えた。
「うん。もう、次はないからね。」
「…。」
始終にこにこしているけど、ちょいちょい匂わせてくる、上下関係らしきものが気になる。
本当、この人ってやばい人じゃない?
ブーブーブーブー
「…。」
「…。」
「鳴ってるね。滝川くんが家に忘れたスマホが。胸ポケットで、今、鳴ってるね?」
俺が身の危険を感じている間に、殿村は俺が教えた番号にかけた。結果、ポケットに入っていた俺の胸スマホが鳴る。
「…殿村さん、QRコード出せる?あの、連絡先…殿村さんの入れてもらえる?」
「…っ‼︎い、いいよ。」
仕方ない。俺はすごすごと殿村のスマホに自分のスマホを近づけた。
「ちょちょちょ、ちょっと、滝川くん!さっきの、もう一回言って?」
「え?う、うわっ……な、なに?」
そして何故か、ハァハァと息を乱した殿村に手を引かれ、何度も言葉を言わせられる。
やっぱり、殿村はやばい奴だった。
どうかもう、どうかもう、関わり合い
になりませんように。会いませんように!
————-
「滝川、今度海南物産のシステム導入について…」
「え?」
「…どうした、滝川。」
俺は部長の言葉を思わず遮ってしまった。基本的にイエスマンな俺の暴挙に、部長は眉をひそめた。
「あ、いえ。すみません。」
「しっかりしろよ。また、海南商社の販売システム導入の案件があるが、競合他社である、NT社とのコンペだ。コンペ資料の作成を頼む。」
「はい。」
「…。」
「…。」
「もう、自分の席へ戻っていいぞ。」
「部長、俺、今やっている案件に手こずっていて、あの、七緒とか優秀ですし、あいつにやらせてはどうでしょう?」
嫌な予感がする。やりたくない。俺は自分より2つ下の部下を、自分の代わりに推薦した。実際、七緒は本当に優秀だ。そろそろ挑戦させてもいい頃合いだろうし…。
「七緒か。いいじゃないか。ただ、大口顧客相手だからな…滝川もしっかりフォローしろよ?任せっきりはダメだからな。」
「…分かりました。」
やっぱり無関係にはいけないか。俺は部長の案に内心渋々と頷いた。
「滝川、絶対に案件とれよ。七緒が失敗したら、お前の査定にも影響するからな。」
「…はい。」
ご丁寧に脅しもかけられた。
「先輩、俺の名前が聞こえたですけどー?」
席に戻ると七緒が話しかけてきた。七緒は女の子顔負けの可愛い顔した顔の後輩だ。顔は可愛いが、仕事は出来る。だから、パッと思いついた。
「七緒、お前にチャレンジ案件きたぞ。これが上手くいったら、焼肉奢ってやるよ!」
「へ〜、それって、先輩と2人でですか?」
「え?あぁ、まぁ、そう。2人でもいいよ。あ、誰か、女の子呼びたかった?」
「いえ。2人でお願いします。」
それだけ言い残すと、七緒はにこにことして自分の席に引っ込んだ。
———
「先輩、資料準備出来たので、これから海南物産さんに行くんですが、先輩も準備出来てます?」
「え?」
昼休み明け、さぁ午後の仕事だとガムを口に入れた瞬間、七緒に話しかけられた。俺は間抜け顔で目を丸くして答えた。
「ふっ、ふふ、何ですかその顔?」
「いや、スケジューラーに不参加で回答していたからさ。あの…大丈夫!七緒なら、1人でやれるって!」
「え〜、BI機能関連、俺だけじゃ上手く話せないですよ〜。来て下さいよ〜。」
「…。」
結局、俺は七緒に泣き落とされ、また来てしまった。海南物産へ。
「先輩、そう言えば、海南物産に就職した友達に聞いたんですけど、この案件を担当している課長、怖い系らしいですよ。」
綺麗な受付嬢に通された海南物産のミーティングルームで、ヒソヒソと七緒が話し出した。
「怖い系って、小竹向さんだろ?」
「小竹向さんは人事ローテンションで移動して、次に入った人が、ですよ。」
「はぁ…。だから部長も必死だったのか。」
責任者が変われば、それまでの付き合いも一層される。前任者の小竹向さんは、よくうちを贔屓にしてくれていた。それがなくなった今、本気でこの案件取らねば、今後への影響もあるな。
「実力主義の海南物産とは言え、スピード出世。媚びないし無愛想、上にもズバズバ物申し、きちんと結果も出す冷血美人って呼ばれてるらしいです。」
「はは、男に冷血美人って…。結局陰口かよ。」
「も〜、呑気なんだから。俺達のプレゼンもボコボコにされたらと思うと、怖いすよ。」
「まぁ、流石に俺たち外部の人間のプレゼン内容を面と向かって貶す事は無いだろ。それよりも値引き交渉が厳しいかもな…。」
「失礼します。」
「あ、先輩、いらっしゃいましたよ!」
俺たちは立ち上がり、海南物産の冷血美人ご一行を迎えた。
「!」
「こんにちは、殿村です。よろしくお願い致します。」
涼しい声で告げられ俺は目を皿にして固まる。
奴だ!
そして慌てて「滝川です。」と自分の名刺を差し出した。
「どうぞ、おかけください。」
いやでもどうだろう…?
その人物は昨日のヘラヘラニコニコしていた人物とは似ても似つかない。笑わないし、所作もテキパキと…まさに冷血美人だ。
まぁ、前あったの殿村の兄弟とかか?
大手企業でよくある、縁故入社だ。其れなら、兄弟揃って同じ会社にいても不思議ではない。寧ろよくある話しだ。
「では、早速プレゼンをお願いします。」
「はい。それでは、お手元の資料をご覧頂き…」
殿村に事務的な物言いで促され、七緒が緊張気味に話し始めた。
ピコンッ
七緒の説明が始まって少しして、俺の
ノートパソコンに、メール受信の通知が表示された。
《なんでー、碧くん返事くれないのーo(`ω´ )o》
「…。」
ご、ごくり…。
登録していないアドレスだが…〈from:kaede_tonomura@kainan.global.----〉
そして、チラリと《目の前に座る》殿村に貰った名刺を見た。
〈海南物産 グローバル購買部1課 課長 殿村 楓〉
「…。」
ぶわりと汗が出る。そして、俺は恐る恐る、目の前に座る殿村を盗み見た。
「!」
俺と目が合うと一瞬だけ、口元を隠した手の下で、殿村がニヤリと笑った。
同一人物じゃないか!
名刺か…。さっき渡した名刺に俺のアドレスは載っている。
ピコンッ
《碧くんがあんまり無視するなら、意地悪するから^_^》
え。
「七緒さん、話を割ってすまないが、いいかな。」
「はい。何でもおっしゃってください。殿村さん。」
「すまないが、御社とNT社のシステムの差別化が私の中で出来ていない。長い前置きはなしで、一言で言うとどうなのだろう?」
「あ、えっと…。」
全く笑わずに、つらつらとどこか高圧的に殿村は言った。七緒が言い淀む。
「それは…うちの製品はデータ分析ができる所…かと。」
「それならNT社のシステムにもありますから。」
「そうですけど。その後のサポートもありまして…」
「サポート?24時間?土日対応はどうなるのかな?あとカレンダーのズレは?日本が休日でもヨーロッパは平日なんてざらですよ?そう言う時にシステムが止まった時のオペレーションは?グローバルシステムになるから、その辺の保守対応ももちろん練ってきてくれていますよね?祝日のズレも、サマータイム対応もありますよね。」
「…。」
眉一つ動かさず、よくもまぁ…。
質問責めに、流石の七緒も黙る。
助け舟を出すか。でもまずは…
《ごめんなさい。仕事が忙しくて、返事が出来ませんでした。また、夜に連絡しまふね。》
碧は断腸の思いで、殿村にメールを返信した。するとチラリとノートパソコンに視線を落とした殿村がくすりと笑うのが見えた。
「殿村さん、その辺の保守設計はまたこの後に詰めさせてください。勿論、グローバル対応もきっちりとさせて頂きますので。」
殿村の質問は碧への遠回しな嫌がらせで、それ自体に意味はない。碧の回答に殿村は頷いた。
ピコンッ
《そうなんだ^_^ 急かしてごめんね。余りにも返事来なくて、ちょっと心配していたからさ。なら、良かった!》
あぁしかし、こいつやばすぎるだろ。二重人格だ…。メールの殿村と現在進行形で目の前にいる殿村、人格が違いすぎる…。
しかもこんな奴に会社のアドレスまで知られた上、大事な取引先のキーパーソンポジションで接さないとだなんて…。あんまりだ。
再開された会議の中、碧は一人頭を抱えた。
ピコンッ
《〉連絡しまふね。 ←打ち間違いw可愛いいねww》
「…。」
…うるせーな。
————
「はぁ、疲れた…。殿村のせいでいつもの倍は疲れた…。」
深夜、家に帰った碧はどさりと荷物を置き、ネクタイを解いた。
ブーブー
荷物を置いた時に飛び出したスマホが振動する。
どきりと、嫌な予感がした。
「…とりあえず、風呂に入ろう!」
しかし碧は絵に描いたような小者だった。強い人には逆らわないし、嫌な事からは目を逸らして逃げる。その悪い癖が、今この瞬間にも発揮されていた。
「はぁ、スッキリした。」
風呂からあがり、碧はビールを片手にソファーに腰掛けた。
ブーブー
「…。テレビ、何やっているかな…。」
ブーブー
「…。」
ブーブー
ブーブー
「…も、もう、寝よう…。そうしよう。」
ブーブー
ブーブー
ブーブー
その日は悪夢をみた。
———
しかしそれから数日、通知が百件を超えたあたりから流石に怖くなり、碧は遂にメッセージアプリを開いた。
《今晩は^_^》
《もう寝ちゃっているかな…。寝ていたら、朝でいいから連絡してね》
《おはよう!碧くんの返事を待てなくて、また俺から連絡しちゃった…。ごめんね…。》
・
・
《なんで返事くれないの(^^)?》
《ごめん、今日も終電帰りだったんだね!それなら、仕方ないか!》
《今夜はゆっくり休んでね!》
・
・
《今日は定時退社日だよね?》
《夜、一緒に呑み行かない?》
《おーい!》
《連絡そろそろ頂戴(^^)》
《わかった。碧くんは意地悪されるのが好きなんだね。》
《それなら、碧くんの趣味趣向に、俺なら全力で答えられるよ。》
《俺、虐めるの、好き(^^)》
「…。」
や、やばい…。
何故か、この(^^)ニコニコマークが恐ろしい。ニコニコの裏に静かな怒りが見える。
けど普通に考えておかしい。異常とも言える。確かに返事をするとは言ったが、無理矢理に連絡先を交換したくせに返事が来ないと不満をたれるとは。
ブーブー
「!」
そうこうしているうちにまたスマホが振動して、碧はびくりと小さく肩を揺らした。またメッセージの通知だ。そして当たり前に、殿村からのメッセージだ。
…これは、もはやホラーだ…。
———
「おは…先輩?どうかしました?」
「え?あ、あぁ、おはよう。いや、大丈夫。俺は元気。」
朝、出社後に隣の席に座る碧の顔を見るや否や七緒が心配そうな声を出す。
「滝川くん。ちょっといいかな?」
「はい?」
七緒にどう返事をしようか。
そう悩んでいると部長に呼ばれた。
「滝川、海南物産の案件どうなった?」
「はい。先週、プレゼンも問題なく終了しました。」
「…感触、悪くはなかったか?」
「?い、いえ、そんな事無いですよ?」
怪訝な顔をする部長に碧は内心どきりとする。
《俺、虐めるの、好き(^^)》
脳内であのニコニコマークがピコピコと跳ねた。
「それがさ、小竹向さんから今朝メールがあってね。海外転勤になりました。今週末の壮行会ではよろしくお願いしますって。」
「はい?」
「うち、送別会には正式に招待されてないよね?」
「あ…。」
「それとなく聞いたら、NT社は呼ばれているらしいよ。」
「…。」
「暗に、うちとはもう契約する気ないって事かな?」
碧には、壮年の部長がしょんぼりとしている姿が見ていて辛いものがあった。
「だ、大丈夫です。」
「え?本当?」
「はい。俺が海南物産さんから案内メールを頂いていたのに、皆に転送していなかったからです。うちも誘われています。」
「そうなの!良かった!海南物産が切れたら、うち、数億の損失になるからね!もー、びっくりしたよ。」
「…そうですね。びっくりしますね。本当、信じられませんね。」
碧は急ぎ足で自分の席に戻ると、スマホを取り出した。もう殿村からの連絡はない。
自分が連絡しなくても、俺が連絡するでしょ。ってか…。
内心、恐怖と怒りが渦巻きもう連絡をしたくない。しかしこのままでは不味い。
《殿村さん、連絡ごめんなさい。ちょっと話せるかな?》
《いいよ!》
数秒とおかずに殿村から返信がくる。早すぎてひく。
《今夜、このお店予約したから。》
「…いつ…予約したんだよ…。」
そして直ぐに、殿村からお店の情報が送られてくる。
殿村の最初からこうなると全て分かっていたと言わんばかりの早い返信に、碧の恐怖が募った。
———
「碧くん、お疲れ様。」
「お疲れ様です。」
指定された店へ行くと、満面の笑みの殿村がいた。どんな如何わしい場所へ誘われるのかと警戒したが、殿村が指定した店は普通の小洒落た居酒屋だった。
「最初はビールだよね?頼んどいたよ!」
「…はい。ありがとうございます。あの…連絡…すみませんでした…。」
「あははは、そうだね。またこんな事が続くともっと虐めたくなっちゃうからさ…今後はやめろよ?」
「…はい。」
最後だけやけにドスが効いていて怖いが、殿村は笑顔で碧の謝罪を受け入れた。
「はい、ビール。」
「…ありがとう。」
打って変わって今度は語尾にハートが付きそうな上機嫌で、殿村は碧にビールを渡した。
とりあえず、怒りは落ち着いたか…?
「…。」
殿村がビールを飲む碧を笑顔で凝視する。
居心地悪いし、怖…。
「と、殿村さんって、会社と今じゃ、キャラがかなり違いますね。」
「あぁ、うん。今は…好きな人の前だから。」
「…。」
ごくり。
頬を染め、ちょっと照れたように話す殿村。
碧はそんな殿村に何の反応もする気になれず、ただただ無言でビールをあおった。
「ところで、小耳に挟んだんですが、小竹向さんの送別会はするんですか?」
「するよ。来たい?」
やはり確信犯だ。殿村は勿体ぶって笑った。
「い、行きたい!殿村さん、俺も、いきたい!」
「ははは。なんかえっち!」
「…。」
なんの話だよ。
殿村が碧らしくなく下品な笑顔を浮かべた。
「蒼くんがそう言うなら、お誘いしても良いけど…。」
碧は殿村の次の言葉に身構えた。
「今日の碧くんの態度次第で決める!」
「え。…と、殿村さん、僕ら、健全なお付き合いをする友達だよね?」
馬鹿みたいだけど、真っ先にえっちな接待が頭に浮かんだ。
碧は顔を引きつらせる。
「そうだよ!だから、まずは楽しくお話しようね!」
「…。」
今まで逃げ回ったから、今度はちゃんと相手をしろって事だろうか?
碧はそう自分を納得させた。
それから2時間弱、殿村と碧は普通に飲んだ。
「あははは、楓くん、それはおかしいって!」
「ふふ、そうかな?」
そしてちゃんと話すと殿村は案外いい奴で面白い。酒も進み、すっかりほろ酔い気分だ。
「碧くんは?最近どう?仕事の帰り遅いよね?」
「ちょっと忙しいかなぁ。でも仕方ないよね。俺の歳って…頑張りどころ感あるし…。」
「ちょっとどころじゃなく忙しそうだよ。」
「うん…。まぁ。」
殿村は心配そうに碧の顔を覗き込んだ。
確かに、連日連夜の徹夜。急に求められる結果。蒼はこの所、仕事に疲れていた。
「碧くんは頑張っていて偉いよね。昔からそう思っていたんだ。碧くんは凄いなって。」
「え?」
前から?どこか懐かしそうに呟く殿村に碧は首を傾げた。
「サボる人も居るのに、碧くんは頑張っていて、それだけでも偉いよ。その上、この前のプレゼンで後輩のフォローもしっかり出来ていたし。」
「…ありがとう。」
殿村の言い回しが気にはなったが、碧は俯いて赤くなった。こんなに面と向かって褒めて、労って貰ったのはいつぶりだろう。
…嬉しい。
純粋にそう感じた。
「…でも、実際問題、楓の方が凄いよ。俺より2つ歳上なだけなのにもう役職持ちだし。」
「昇進なんて運だよ。」
殿村に穏やかな笑顔で頭を撫でられた。
碧はそれを抵抗もせず受け入れた。殿村がそんな蒼を見て、愛おしげに目を細めた。
————-
「碧くんの家ってここでいいの?」
「うん。そうそう!楓くんちょっと待っていてね。今、鍵あける。」
すっかり警戒心も無くした碧は、ニコニコと後ろにいる殿村に話しかけ鍵を開けた。
「よし、どうぞ……わっ!」
鍵を開けて振り向こうとした瞬間、後ろからの衝撃を受けて碧は玄関に倒れこんだ。
そこで漸くボケていた頭が正気を取り戻し、冴えてきた。
殿村が後ろ手にドアの鍵を閉めた。
「ちょっ、ちょっと、楓くん!俺たち、健全なお友達としてお付き合い中だよね?あ、つまずいちゃったかな?」
碧は顔に青筋を立てながらも、誤魔化そうと必死に笑った。
「碧くん、いっぱい俺の連絡を無視したよね。」
「え…だって、それはもう…。」
顔は見えないが、殿村の声のトーンが低い。
「じゃ、服脱ごっか?」
と、思いきや、次の瞬間殿村は急に明るい調子で手を叩きながら話した。
「え⁈け、健全な…」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと、罰として虐めるだけだから。」
どこか大丈夫なのだ。
殿村は依然として柔らかい笑顔で「大丈夫」と繰り返しながら碧に手を伸ばす。本格的に身の危険を感じ、碧は激しく抵抗した。
「碧くん。こんな事言いたくないけど、壮行会、来たいんだよね?」
「!」
しかしその言葉を聞き、碧は諦めたように抵抗する力を抜いた。
———-
「うん。碧くん、やっぱり似合うね。」
「ふっ」
あの後、全裸に剥かれた碧は拘束ベルトをつけられてベッドに転がされていた。
右足と右手、左足と左手をそれぞれ繋がれ、口も塞がれた。足は閉じられるが、ほぼダルマ状態で動けない。
碧は殿村の視線から逃れて身を守るように、体を横向きに倒し、縮こまった。
「はは、可愛いんだから、隠したらダメだよ。大丈夫。罰だからこんなふうに拘束するだけで、俺が愛する碧くんを傷つけることなんてするわけないよ。」
「ん〜!んん〜!」
殿村によって力任せに仰向けにされる。碧の全てを見て、殿村は更に興奮に頬を紅潮させた。碧はせめてもと、必死で足を閉じた。
「ちょっと待っていてね。」
一度殿村が目の前から消えたと思ったら、次は風呂場から洗面器を持って帰ってきた。
「碧くん、電動派じゃないんだね。」
なんの事?
その疑問はすぐに溶けた。殿村の手には俺の髭剃りが握られていた。
「はい。足開いて〜。」
「ん〜ん〜!」
開く訳ないだろ!怖すぎる!
「はいはい。怖いね。怖いよね。大丈夫。大丈夫だよ。」
「ん…っ」
しかし、殿村はあやすように俺の頭を撫で、口枷の上からちゅっとキスをした。
碧はびくりと身をすくめた。
あ…あ…、や、やられる…。
キスという軽い行為でも、その先を連想させる力は絶大だった。
「大丈夫だよ。」
「っ!」
ヒタリ
下半身に冷たい感触。恐る恐る見ると、そこにカミソリを当てられていた。
「罰として頭丸めるとかあるけどさ、碧くんはこっちを剃ろうね。」
「ん〜!」
「暴れたら、切っちゃうから、大人しくしてね。」
「ふっ、んんっ、」
碧は剃刀の冷たい感覚にガタガタと震えながらも固まった。
あぁ、もう…。もう、会社の為にとか、仕事の為にとか、もう、やめる。
だってこんな…こんな自分を犠牲にしてまで、仕事に尽す義理ある?
「よし。完了!」
明るく弾んだ声がして下を見ると、一矢纏わぬ自身が見えた。
最、悪。
だがこれ以上に最悪な事はまだあるようだ。
「…な、なんか、見ていたら勃った…。」
「むっ⁈」
幾分鼻息を荒げた殿村の呟きに、碧はガバリと殿村の股間をみた。
それは服の上からでもわかる程だった。
「はぁー、碧くん!碧くん…!」
「んーーー!」
やたらハァハァと息を乱し殿村は碧に覆いかぶさった。
そしてべろりと口枷を舐め上げる。
碧は殿村の奇行に、これまでになく無茶苦茶に暴れた。
「…挿れていい?」
「んん⁉」
何を⁈何処に⁉だ、だめ‼︎だめだめ‼︎
碧はブンブンと頭を横に振った。
「そっかー。…残念。ま、それはおいおいだね。まだ俺たち友達だし。」
殿村は次が決まったような口ぶりだ。
「じゃ、このままやろうね。」
「ふ⁈」
ぐちゅ
「はーはーはー、碧くん…っ、」
ぐちゅぐちゅぐちゅ
「ふぅぅ…っ!」
これは、なんだ。
殿村は自分のものと碧のものを合わせ、碧にのしかかり腰を動かした。
これではまるで、疑似的にやっている様じゃないか…!
碧の目前には、気持ち良さ気な顔をした殿村が迫る。整った顔が快感で歪み、妙な色気があった。
堪らなく嫌なはずなのに、強制的に与えられる快感が屈辱だ。