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「碧くん、罰ってこう言う事だからね。気をつけようね。」
やっと解放されて、くたりと糸が切れた人形の様に転がる碧を、隣に座った殿村は愛おしげに撫でた。
「あと、次の土曜日空いてる?」
「…空いてない。」
「本当?また嘘ついてないよね?」
「……空いてる。」
「あはは、何で嘘つくの?朝からどっか行こっか。でも金曜日が壮行会だから、お昼前からが良いかな?」
「…何でも良い。」
「そう?じゃぁ、折角だし、金曜日の夜からにしよっか。」
「土曜日の昼前からでお願いします。」
「ふふ、分かった。」
あんな事をした後ににこにこと笑っているのがまた怖い。思わずビビって本当の事を言ってしまった。
そしてここで寝るのは不味いと思いつつも、思わずうとうとと、碧はそのまま寝てしまった。

————
「滝川、小竹向さんへの挨拶もだが、殿村さんへも挨拶しておけよ。」
「え。」
「あはは、あの人、本当に綺麗な人ですけど、怖いですよね。海南物産でも影では人気だけど、怖すぎて表立っては誰も近づけないらしいですよ。」
海南物産の壮行会へ無事参加している、部長と七緒と碧。小竹向さんへの挨拶を終えて一度席へ戻ると、部長は碧に、殿村へも挨拶をしろと耳打ちした。及び腰な俺を七緒が笑う。
(…違うんだ、七緒…。俺は、俺は殿村に…。考えると股間がスースーする。)
視線を奥へ向けると、人に囲まれ、涼しい顔で、かつ美しい所作で食事をする殿村がいた。その顔は冷たく事務的だが絵になる。この前の変態ぶりとは凄い違いだ。
「はぁ…。」
「お久しぶりです!部長さんと七緒と…ついでの滝川。」
「…矢野、久しぶり…。」
「…。」
碧のため息を消すように、煩い声が響く。NT社の矢野だ。正にスポーツマンという爽やかな見た目だが、碧とは昔からの知り合いでライバルだった。碧は、矢野が実は腹黒いという点を熟知していた。
碧は内心、矢野の挨拶を無視したいと感じていたが、人目を気にしてポツリと社交辞令を述べる。七緒も最近は仕事で矢野と関わる機会が増えている。だから矢野の本性に気づいているのか、矢野の挨拶を無視してビールを飲んだ。
「あぁ、矢野くん、久しぶりだね。」
「お久しぶりです!部長さん!」
矢野の本性を知らない部長は、笑顔で挨拶をした。
「七緒、来るなら教えてくれればいいのに!」
「…。」
矢野がニコニコと七緒に話しかけるが、七緒はまるでそこに矢野が存在していないかの様な態度だ。無視してもぐもぐと食事をしている。
「あ、七緒、」
「先輩、殿村さんがこちらを見ています。挨拶に行きましょう。」
流石にこんな明らかな無視も宜しくない。碧が矢野と七緒の仲を取り持とうとした時、七緒が碧を遮って提案した。
確かに、気づけば殿村はこちらをじっと見ていた。
碧は重い腰を上げ、殿村が座る奥の席へと向かった。
「殿村さん、お疲れ様です。私たちまでお呼び頂いて、ありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
部長に促され、碧は小声で呟く。
「…いえ、こちらこそ、うちの小竹向の送別会にお越し頂きありがとうございます。」
どうやら仕事モードらしい。事務的で感情があまり乗っていない笑顔で、殿村は部長に挨拶した。
思ったより大丈夫そう。
「では、これで、」
「ちょっと良いでしょうか?」
「はい?」
はい?
部長が殿村にお酌をし、もう戻ろうかという所で殿村が碧達を呼び止めた。
「滝川さんに少し確認したい事がありまして…。」
「!」
「確認したいこと…?」
部長が首を傾げる。先日の事がある。碧は恐怖で身構えた。七緒も探るような目を殿村に向ける。
「はい。システムの事で少々。」
「あぁ‼︎それならどうぞどうぞ!滝川、しっかり説明して差し上げろよ。」
「…え。」
結局、碧は殿村の隣に取り残されることとなった。七緒がそんな碧と殿村をチラチラと見ながらも、席へ帰っていった。
「と、殿村さん、まだ、説明で足りないところがありました?」
「はい。あの、データ分析機能なんですが…」
「あ、はい。」
なんだ。警戒したが、割と真面目な質問だ。
碧は内心胸を撫でおろした。
「当該機能が活かせる主なシーンですが、主に2つ程、実例がありまして…」
「ふっ、碧くんのお仕事の話している姿好き。」
「は?」
碧は何事かと殿村を見る。殿村は何処かうっとりとした顔で碧を見つめていた。
急にキャラ変えるの本当やめて。
呆気に取られる碧を笑い、殿村は小声で続けた。
「いつかこっそり会議室とかでもしたいよね!碧くんがプレゼンして俺がその碧くんに挿れるとか。いや、寧ろ、挿れられた感想を碧くんがプレゼンして…」
「シっ、システムの話はもう良いですか⁈」
何この人!真面目な顔してどんな変態プレイ想像しているの⁈
碧は聞きたくもない話を遮り、大きめな声で抗議した。周囲の目が一瞬、殿村と碧へ向く。
「まだまだ足りませんよ、滝川さん。」
「…本当かよ。」
「それにほら、あんまり騒ぐと変な目で見られますよ。」
「…。」
確かに…。
碧は浮かせていた腰を、渋々と殿村の隣へ下ろす。
「…いつもそんな事考えているんですか。」
「はは、やきもちとか可愛すぎるでしょ。大丈夫だよ。碧くんでしかそんな事考えてないから。」
嬉しくないんだが…。
「さっきは、向こうに座る碧くんを見ながら、壮行会前にやって、少しだけ碧くんの中に俺が出したの残しといて、俺の匂いを漂わせながらも溢さない様にと碧くんを頑張らせるプレイとか考えていてさ、」
「…ね、本当!やめてくれる⁉そんな事…。…え。ま、まさか本当にはしないよね…?」
「ふふ…。」
やるって…やはり殿村の中でそこは決定事項らしい。健全な友だちなはずなのに。
顔を引きつらせて恐る恐る聞く俺に、殿村はにこりと笑った。
にこりって…。
先程、俺をじっと俺を見ていた殿村を思い出し身震いする。いや、じっと見られたのは覚えているだけでも数回ある。まさか、その度に変な事考えていたのか?
「殿村さん、お疲れ様です!NT社の矢野です。」
「あぁ、矢野さん。どうも、今日は来てくれてありがとう。」
助かった。
矢野の登場に、殿村は変態の顔をスッと引っ込めた。
「殿村さん、どうですか、うちのシステム。良いでしょう?滝川さんのところのシステムよりも。」
意地悪く笑った矢野がチラリと碧をみて、殿村に言う。
出た出た。矢野の嫌なところ。
「そうだね。まだ選定中だが、両社とも、中々良いシステムですね。」
しかし殿村の回答は至って冷静だ。矢野は殿村の回答に不満気な顔をした。
「そうですか…殿村さん、宜しければ、私、それの事でもお力添え出来ます。」
「…。」
矢野がくいっと顎で俺を指す。すると殿村と矢野、2人そろって碧をじっと見つめた。
な、何?なんで俺を見る?
2人の視線に嫌な含みを感じ、碧は何故か隅に追い詰められた小動物の如くビクつく。
「…君が一体どう協力出来るのかな?」
「昔からの腐れ縁なんです。大方、何でも知っていますよ。」
「ふーん?」
依然として淡白な反応の殿村に、ニコニコと爽やかな笑顔の矢野。2人はチラチラと蒼を見ながら、再びなにやらヒソヒソと続ける。
「そうですね、例えば、酒には案外弱くなく、飲ませても寝ることはありません。日常的な長残業により、恒常的に寝不足です。たらふく食べさせれば、23時以降は何処でも寝始めます。ただ、酒に酔うと異常に口が軽くなるので、話を聞き出す時はお勧めかと。」
「…それで?」
「流されやすく単純なので、誘導するのは容易いです。またご所望であれば、スマホのロック番号は、大方、1234か2525です。他にも習性や好み、色々承知していますよ。」
「なるほど。因みに、もしかして君がよからぬ事を考えている訳ではないのかな?」
「ははは、まさか。私は…。」
矢野がチラリと七緒をみた。それをみて殿村が頷く。
「なるほどね。確かに、君は優秀なようだね。また話を伺いたい。もっと詳しく。」
「はい。こちらこそ、是非。我が社のシステ共々、どうぞよろしくお願いしますね。」
よく聞こえなかったが、何かが成立したらしい。矢野が笑顔で差し出した手を、殿村がとり握手をしている。
不味い。ここまできて、矢野に持っていかれるなんて。
「と、殿村さん、その…うちのシステムの事も、追加説明はいつでも致しますので、御用の際は是非オフィスへご連絡下さいね。」
「……オフィスへ…ね。」
うっ。
冷血美人と言われるだけあって、仕事モードの殿村にじとりと見られると、瞳の鋭さにたじろいでしまう。

——————-
『碧くん…もう、挿れるね?』
『え⁈ダメ!』 
ベッドで殿村にのし掛かられる。ぶん殴ろうと手を振りかざした筈なのに空振る。
殿村は既に鼻息荒く、いつもきっちりとセットされている髪が乱れパラパラと数本落ちていた。
『ダメじゃないか、碧くん。そんなんじゃ矢野くんに負けちゃうよ。』
『え…。』
『ほら、碧くん…。力抜いて?俺に任せていれば、大丈夫だよ。…ね。気持ちよくしてあげるから。』
『…っ‼︎』
つい、一瞬だけ、殿村のチンケな脅しに屈してしまった。その隙を狙ったかのように、ずるんっと質量のあるものが中に入ってくる。
『大丈夫、大丈夫。気持ちいいところだけ。そこだけ、重点的に突いてあげるから。』
『ふっ、あっあっ…‼︎』「うわぁぁぁぁあ‼︎」
碧はベッドの上で飛び起きた。
どっどっどっどっ。
心臓が飛び出そうな勢いで騒ぐ。
な、なんだ…、さっきの世にも恐ろしい悪夢。生々しすぎる。
「あれ?いつの間に?」
碧がいたのは、自分の部屋のベッドの上だった。
「…ま、まさか…。」
脳裏にぶわりと蘇る、先程の生々しい悪夢。
「う〜ん…。」
「!」
隣で唸り声が聞こえ、弾かれたようにそちらへ目を向ける。シーツに隠れて見えないその影がのそりと動いた。
「あ、先輩…。昨日は…」
「な、七緒⁈何で?」
「先輩…」
「…!」
ベッドから起き上がった七緒は、パンイチだ。
よく見れば、自分もパンツしか履いていない。
ま、さか…。
「うぅ、せ、先輩…。」
碧が狼狽えている間に、七緒は寝起きから覚醒したようだ。
うるうるとした目で見上げてくる。
「先輩…、責任、取って下さいね…。」
「!」
そして急に抱き付いきた。
「え、そ、それって…な…何?どゆこと⁈」
「…俺の口からはとても…。」
「‼︎」
七緒は苦し気に眉を寄せ俯いた。
えぇ…。
「で、でも、まさか…なぁ…?そんな事ないよな?」
「そんな事ありました。」
え。
「…ご、ごめん…七緒!本当にすみませんでした!…お、お互い、酒によっていたんだよな…?」
碧はベッドの上で頭を擦り付けて土下座した。
「…え?」
「七緒、本当にごめん。俺がやった事は許されない…。し、しかし、お互い酔っていたのなら、また明日から…。」
「そんなのダメでしょ。」
「っ!」
弁明する碧に、七緒が冷たく言い放つ。
でも、確かに…。先輩である俺が明らかに悪い。…あぁ、でもこれってどうなるの?解雇?寧ろ、それどころじゃないよね⁈後輩に性犯罪って…社会的に…終わる。でも元はと言えば自業自得だ。例え社会的に俺が終わっても、七緒が許せないならそれは、無かった事になどできない…。でも怖い!
「はい、先輩。チーズ。」
「え?」
カシャッ
七緒が何処からかスマホを取り出して、シャッターをきった。

「ほら先輩、いい感じに撮れました。」
何故か笑顔で、七緒は撮った写真を見せてくる。
俯き気味に涙目の七緒と、ぽかんと口を開けた間抜けづらの碧。
…え?
…なんか、おかしい…。
「ふふ、先輩、これ、労働組合にセクハラで持ち込んだら、先輩は解雇どころか、社会的に抹殺ですね!」
そして七緒は無邪気な可愛い笑顔で恐ろしい事を言う。写真の中の、涙目の七緒とはえらい違いだ。
「だからー」
ピンポーン
「碧くーん、ちょっと早いけど、来ちゃった。開けてくれる?」
「!」
と、殿村ー!最悪のタイミングだ…。
殿村が玄関からチャイムを鳴らしていた。
どうしよう…。よりによって、殿村…。
反射的にベッドから降りて玄関に続く廊下まで出ていたが、玄関に伸ばした手引っ込めてそこに蹲り頭を抱えてしまった。
「碧くーん!碧くーん!」
ピーンポーン ピーンポーン
「碧くん?まだ寝ているのかな…。」
「はいはーい。今開けますね、殿村さん。」
「え。」
ガチャ
蹲ったまま唖然とする碧の横を七緒がパタパタと通り過ぎ、あっさりと玄関を開けてしまった。
嘘。なんで…?
「おはよう御座います。殿村さん。」
情事の後感を隠そうともせず、七緒が殿村にふわりと微笑んだ。
「………。」
「………。」
殿村は七緒と碧を見て表情を無くして固まり、碧はそれを見て青い顔で固まる。
「ふっ、用がないなら閉めますねー。俺たち今…愛を確かめるとか、そういう最中なので〜。」
誰も動かない様子をくすりと笑って、七緒が軽い調子で扉を閉めようとする。
しかし、その扉を殿村が手を差し込み強引に開く。
「碧くん、これはどういう事かな?」
「え⁈…あ…は、はは、どういう事でしょうね…。」
「…。」
「ひっ、」
殿村は無表情のままツカツカとこちらに近づいてくる。そして強引に碧の体を引き上げ、壁に押し付ける。
ギュムっと顎を掴まれた頬が痛い。
「…碧くん…それなら言ってくれれば良かったのに。」
「へ?」
「碧くんが擦れていない様子だったから合わせてきたけど、」
「ふぶっっ!…にゅっ」
殿村は唐突に何の前触れもなく口付けてきた。あまりの事の展開に無防備だった口内に殿村の舌が滑り込み、ぐちゅりとかき混ぜられる。
「ふっ…。」
「朝からこんな淫行にはしるなんてね。それなら俺がどれだけでも相手するのに。」
にこりと殿村は笑った。
「あ、はは…い、淫行だなんて…。」
「してないの?」
「ははは、淫行って、凄い言い方ですね。響きだけで卑猥というか、そんな言葉よく朝からパッと思いつく…」
「淫行だろがよ。したのか?」
「…。」
へらへらと笑って誤魔化してみるが、すっと笑顔を消した殿村に低い声で言われ閉口した。
実のところ証拠はないけど、状況証拠はある。
…あれ?でもこれって本当にしたの?そもそも、こっちがしたの?七緒がしたの?体に違和感はない。
オロオロと七緒に視線を向けると、追って殿村も七緒に視線を向けた。

「殿村さん、急に押しかけてきて、そんな下品な言葉辞めて下さいよ!先輩と俺は、もっとピュアで美しい愛を育んでいたのに…。」
「……はっ、」
殿村が鼻で笑うが、七緒はそれを余裕綽々と花すら散らして笑う。
こんな殿村に睨まれてその笑顔…凄いな七緒…。この子こんな子だったけ?
「いや、まてよ。」
殿村はそんな七緒を睨んでいたが、ふと何かを思いついたかのように漏らした。
「七緒さん、彼のものはどうでした?」
「は?どうって…普通でしたけど?」
「ふぅん、普通ですか。なるほど?ふふ…」
殿村の質問に怪訝な顔をした七緒が答えた。
「あっ、やめっ」
殿村は妙にニコニコとしながら、壁と殿村の間から逃げようと踠いていた碧を強引に引き寄せ、七緒に向き合わせ後ろから拘束し直した。
嫌な感じ。
「あの…と、殿村さん…?」
「俺の碧くんのものはこんな状態ですけどね。」
「「!」」
そして、ぐいっと碧のパンツを引き下ろした。晒される、一矢纏わぬ自身。
それを見た七緒が瞠目し言葉を失う。
「や、やめっ、殿村さん‼︎本当っ、離してっ…!七緒!七緒、見ないでっっ‼︎」
渾身の力で暴れるが、殿村の手は緩まない。
「ふっ、どうしたんですか?その反応。行為をしたという割には、初見の様な驚き方ですね。」
「…。」
殿村が含み笑いで煽るが、余程ショックだったのか今だ七緒は動かない。
殿村の手が緩んだ隙に、急いでパンツを引き上げた。
顔から火が出そう。
あれ?でも確かに。今の七緒の反応は不思議だ。まるで本当に初めて見たように固まっている。
カシャ
カシャ、カシャ
「っ、なんだよ!」
「別に。」
そして気づけば、殿村はパンツ姿の七緒をスマホで撮っていた。我に帰った七緒が怒りの声を上げる。
「やめろ!」
「折角だから、矢野さんに送ってあげようかと。七緒さんなんて、ただ黙って矢野くんのおかずにでもなっているのが相応しいですから。仲も大変いいらしいですしね?」
殿村が冷たく言い放つ。七緒がぐっと唇を噛んだ。
矢野?おかず?
「あぁ寧ろ、そんなに朝から発情しているなら、矢野くんの家にこのまま送ってあげましょうか?」
「!黙れ!先輩と俺は、折角純な関係を育んでいたのに!お前が…お前が急に割り込んでくるから…!計画が狂うんだよ!」
「はっ、純、ですか?こんな詐欺紛いな事までして。」
ブツブツ言う七緒を、殿村が鼻で笑う。そしてまたもや、殿村の手から逃げようとモゾついていた碧を後ろからぐっと引き寄せる。
「ふっ…ぁっ」
殿村は挑発的に七緒を見据えたまま、碧の耳に舌を差し込み舐めた。その後、大袈裟に音を立てて耳にキスをした。 耳に音が大きく響き、鳥肌がブワリと立つ。
そのまま殿村は、片方をするするとパンツの中に滑り込ませてくる。
「ふぅ、やっ、ぁ!」
堪らず変な声が出て、自分の口を塞いだ。殿村の手を引っ張るが、口を塞ぎながらではろくな抵抗にもならない。
やわやわと刺激され、腰が砕ける。
蒼は顔を真っ赤にして震えた。
気づけば、そんな碧を七緒が食い入る様にして見ている。
「碧くんは俺のだから。俺の特別な人だから…。ね?そうだもんね?碧くん?」
「…っ、ふっ…っっ!」 
肩口に顔を乗せて碧に甘く囁く。
「だから、お前は失せろ。」
「…。」
思わず漏れた碧の声に微笑んだ後、殿村は七緒を睨みつけ低い声でそう言い放った。

「さて、碧くん、さっきのは何かな?」
「ちょ、ちょっと楓くん、なんで?結局、俺が被害者だったんだよね?なのに何でこんな尋問受けるのかな⁈」
不味い。これでは、あの悪夢が現実になってしまう。
殿村が七緒を追い返した後、碧は殿村にずるずるとベッドまで引きずられ押し倒されていた。蒼の腹の上に跨った殿村に両手をシーツへ縫い止められ、ニコニコと碧に迫られる。
「うん。そうだね。碧くん、本当に可哀想に…。俺が慰めてあげるね!」
「え?い、いやいや!大丈夫、ありがとう。強いて言えば、今はそっとしておいて欲しいから、その、帰ってくれると…」
「それにさ、」
「…あ…はい。」
「あんな輩が碧くんの周りにいるとなると、俺としても不安だよ…。」
殿村は急に心配そうな顔をした。
そういうのいらないから、俺を労る気持ちがあるなら、即刻、帰って欲しい…。
「だから、もう俺とやっちゃおう!」
「………え?」
にこにこと笑顔で恐ろしい事をいう殿村に、碧は頬をひくりと引きつらせた。
「碧くん、丁度良くパンツだけだしさ、ほら、慰めえっち的な。」
「えぇ⁈…あっ」
殿村がかがみ込み、碧の乳首を緩く噛む。
痛くはないが、言い知れぬ恐怖に碧はびくりと震える。
「それに、他の奴に先にやられたらしゃくだし。」
「だ、大丈夫だって!」
「なんで?そう言い切れないでしょ?」
「…で、でも…」
「大丈夫だよ。ちゃんとじっくり時間をかけて解かして、ゆっくり挿入して、気持ちよくしてあげるからさ。」
「そんな…。」
恐ろしい計画をニコニコと述べて、殿村は碧の胸や唇を再び舐める。碧は呆然自失で言葉を失う。
そんなの、嫌すぎる…。
「ね、ねぇ、楓くん、俺…俺…」
「何?碧くん。」
「童貞なんだ!」
「!…そっ、……本当?」
「本当!も…勿論、男とした事もなくて、俺は未だ真っ新な体なんだ!」
「まっ…まっさら…。」
碧の苦し紛れの言い訳に、殿村は何故かごくりと生唾を飲み込む。
足に当たる殿村のものは、碧の言葉に大きく反応する。
因みに、全部嘘だ。男とした事はないけど、女とはある。
「…そうなんだ、それなら…びっくりさせちゃったかな?」
「うん。ごめん、経験が浅くて。というか皆無で…初心でごめんね、楓くん。」
「うぶ…」
「うん。初心なんだ…俺。」
「…。」
ごくり
おい。何度生唾飲むんだ、変態。
「だから、初体験がこんな急だと、ちょっと怖いな。もう少し、仲を深めて、落ち着いてからやり直そう?」
「…うん。分かったよ。急に清い碧くんを驚かせてごめんね。じゃあ、もっと仲を深めて…そうだね、一ヶ月後あたりにしよっか!」
「うん!…………うん?」
え?今、なんて?
勢いで頷いた後、碧は殿村の言葉を頭の中で反芻した。
『そうだね、一ヶ月後あたりにしよっか!』
あれ、おかしい…いや、おかしいだろ!
「ちょっ、殿村くん、こういうのって、いつって決めてするものじゃないでしょ?その場の流れとかさ、雰囲気とかさ、色々あるでしょ?」
「でも、流れ的に今だけど、今は怖いんでしょ?それなら、いつって決めた方が心の準備期間があっていいよね?」
慌てて軌道修正を図るが、殿村にとぼけた調子で返される。
そんなの良いわけないだろ!詭弁だ!あと、流れ的に今でも何でもない!
「そ…そもそも、俺たち健全な友達…」
「大丈夫!一ヶ月後には恋人になるから!」
「え、なんで?」
「ふふ、えっちするからだよ。」
碧の必死の問いに、殿村はクスクスと笑う。
「いやいや、言ってる事おかしくない?」
「碧くん、さっきのはイエローカードだからね。」
「は?」
なんだ?基本的に恐ろしい事しか言わないが、殿村はまた急ににこにこと違う話をしてくる。
「イエローカード二枚でレッドカード。即、犯すからね。」
「…え?」
一瞬何の話か分からなかった。
だって殿村は相変わらずニコニコとした調子で、淀みなく会話をしてきたから。
そもそも、自分はある意味被害者だったはずなのに…。なんで?
いや、もっというと、そもそも…
「ふ、普通、イエローカード三枚でしょ?」
「あはは、俺がどこまで耐えれるかにもよるからね?」
「そ、そんな…」
「あと、嘘ついたら、犯す。」
「え?」
「それに、さっきのが嘘で、本当は既に誰かとセックスなんてしていたら、監禁する。」
「えぇ⁈」
殿村は止めどなく、畳み掛けるように碧に詰め寄った。殿村が碧を拘束する力は、言葉に連動するかの如く強くなる。その様子に碧は心底震えた。
「監禁して、犯す。ずっと、永遠に、エンドレスで犯すから。」
「何それ⁈犯罪‼︎そんな事無理だよ!」
「出来るかどうやじゃなくて、やるんだよ。」
碧の悲鳴に殿村は綺麗な顔で微笑んで答え、ちゅっとキスをした。
「だから、嘘はだめなんだよ?」
「……。」
甘く囁く殿村に、碧は再び茫然となった。
俺…、既に嘘ついてます。童貞じゃない。え?バレたら監禁されるの?バレる事はないだろうけど…いや、監禁だなんてそんな事無理だよな?
「か、楓くん、あのさ…」
「なに?自己申告?」
「…あ」
今言った方が、傷は浅いのか…?
ふとそう思い、探りを入れる様に殿村に話しかけた。
殿村は、今なら何を言っても許してもらえそうな優しい雰囲気だった。
「それなら、俺、碧くんのパンツ姿に勃っちゃったから、丁度いいよ。」
「何でもないです。」
「なんだ〜。」
ダメだ。言えない。
言ったら即刻、食われる。
碧は殿村の言葉にかぶせるように、強めに否定の言葉を述べた。

———-
「碧くん、シートベルト締めてね。音楽何かかける?」
「ううん。大丈夫…。」
「?何?どうかした?」
「ううん…。」
「そう?じゃ、まずは昼ご飯食べに行こっか。」
「…うん。」
何故こんなに平然としていられるんだ…。
あの後、殿村の処理をさせられた。
仰向けの碧は、上にのる殿村のものを無理矢理握らされた。最後は顔面にかけられた。
そりゃ、位置的にそうなる予感はしていたけど…、思い出すと吐き気が襲ってくる。
事後すぐに風呂に入ったが、顔面にかかった時のヌルついた感覚や、青臭い匂いが頭から離れない。 
この時点でもはや、健全なお友達条約破られてない?

—————
「凄い!嬉しいっ!…でも、なんで?」
昼食も取って、連れて来られた場所で碧は驚きの声を上げた。連れてこられたのは、多摩地区にある世界一と名高いプラネタリウムだ。
「まぁ、いいじゃない。チケット買ってるし、予約していたプラネタリウムの時間になっちゃうから。早く入ろうよ。」
「あ、う…うん。」
実は碧はちょっとしたプラネタリウムオタクだ。ここはアクセスがあまり良くなくて中々来れなかったから、正直嬉しいサプライズだった。
結果としてその日はかなり楽しかった。殿村の口の上手さにまた騙され、いつの間にかまたにこにこと一日を過ごしてしまった。
そして日が落ち始めた頃、碧たちは喫茶店でお茶を飲むことにした。
「だからね!あのプラネタリウムの機械はケイロンVって言うんだけど、一億四千万個以上の星が投影できて、その数なんと世界一!」
「へー!そうなの!世界一って凄いね!」
「だろ?だろ?凄いだろ?」
「うん。」
「加えて、あそこは珍しい事に、解説音声が吹き込み録音ではなくて…」
碧の熱弁に殿村はニコニコと頷くが、碧はハッとして言葉を止めた。
「ごめん…。つい、一人で熱くなって…。」
「ううん。聞いていて楽しいよ!俺だって知識欲はある方だから純粋に面白いよ?何より、楽しそうな碧くんが可愛いくてずっと見ていたい。朝は散々だったけど、今日は楽しかったね、碧くん!」
「本当、朝が散々だったからな…。でも、プラネタリウムは本当ありがとう!あ、これ。チケット代。」
「え?要らないよ。これくらいおごるから。」
「いいよ。」
殿村の車は高級車だったし、時計もバッグもハイブランド。あの大手企業の課長だし、金があるのは分かる。しかし殿村に貸しを作るのは気が引ける。
「良くない。どうぞどうぞ。」
「はは、遠慮がちなところも可愛いな。でも本当、気にしないで。好きな人が笑顔で側にいてくやるだけで、俺は充分満たされるから。」
殿村は心底嬉しそうな顔で碧を見つめた。まさに好相を崩すといった顔だ。仕事中とは違い、瞳に人間味があり優しかった。
「…。楓くん、俺たち、何処かで前に会った?」
「どうしたの急に?」
「前そんな事言っていた気がしたし、何でこんなに…その、楓くんは好きになると誰にでもこうなの?」
殿村の様子を慎重に見ながらも、兼ねてからの疑問をぶつけた。
「ふふふ…。そんな事ないよ。碧くんは誰とも違う。碧くんは、俺の特別。」
「……。」
殿村に言われると、正直そこまで嬉しくはない。碧は曖昧な反応で殿村の次の言葉を待った。
「最初は碧くんがいれてくれたコーヒーがきっかけだったんだ。」
「コーヒー?…あぁ、バイト先の?」
「そうそう!」
昔、会社近くのコーヒーショップでバイトをしていた。どうやらその時にこの変人を引っ掛けてしまったらしい。
「凄く疲れている時に、可愛い笑顔でコーヒーを渡してくれて。最初に渡されたコーヒーは、外で配ってる冷えたコーヒーであれだったけど…」
「あれだったんかよ!」
季節限定で売り出すコーヒーは外で配ったりしていた。その事か?
しかしここにきてあれとか言い出すなよ。
褒められているのか貶しているのか、段々分からなくなってきた。
てか、今何の話してたんだっけ?
「で、その後。碧くんの笑顔が忘れずにもう一回お店に行ったんだ。見れば見るほど俺は碧くんにハマっちゃったんだ。笑顔は可愛いし、仕事には一生懸命で。碧くんは俺にないものばかり持っていて、神々しくすら見えたよ。その後もこっそりお店に通って、元気をもらっていたんだ。ちゃんと就職して、落ち着いたから会いに行こうとしていたんだよ。」 
「やっぱり唯のストーカー話しなんですね…。」
「ふふ。いやいや、愛の見守り行為だよ。」
それがストーカーだろ。
「だけど、俺は就職後直ぐに海外転勤になっちゃって。で、何とか人事部にコネクションつくって日本に戻って、たまたま碧くんにエレベーターで会えたのあの時は、まさに運命だと思ったよ。」
「…。」
こっちにしたらその日が運のつきだったんだわけだ。
「あの時は俺が助けて貰ったから、次は、何かあったら俺が碧くんを助けたいな。俺は、碧くんがどんな時でも味方だよ。なんでも話して欲しいし、悩みを聞いてあげたい。だから、何かあったら気軽に話してね。」
「…。」
「コンペの事は…流石に仕事だから、公平にしないとだけど。」
やはり、そこはだめなのか。
殿村が「ごめんね」と釘を刺してくる。
「頼りにして。それで…いつかは、俺の事好きになってね。」
「一ヶ月後には付き合うとか言っていたくせに、急にしおらしいな。」
「はは、そりゃ、碧くんと俺は運命の人だから、無理矢理でもなんでもくっつくべきなんだ。そもそも、もう逃がさないし。」
殿村が言うと笑えない。
「…でも、本当は心が欲しいよ。碧くんの気持ちが欲しい。」
殿村が憂いを帯びた顔で笑った。
未だかつて、ここまで真っ直ぐに自分を見て、ありのまま感情を言ってくる人間はいなかった。
少しずつ、自分が殿村へ向ける感情が変化している。そう感じつつも、碧はその考えに蓋をし、言葉をお茶と一緒に飲み込んだ。一度でもはっきりとそれを認識してしまうと、自分の中の何かが大きく揺らぎ、世界が一変しそうで怖かった。
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GARDEN/U N I O N/溺愛/至上主義