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後田くんには昔いじめられていた。
急に標的にされて、最初は何人かで暴力を振るわれた。
そして物を隠されたり、壊されたり…普通の虐めだ。
でもそれだけならまだ良かった。

ある日、後田くんは、数人に殴られて床に伏せた俺の前で考えるように首を傾げていた。

「後田ー、カラオケ行こーぜ。」
「んー」

俺を殴っていた奴らは満足したらしく、後田くんを呼ぶ。
早く行ってくれ、早く解放してくれ。

「ちょっと考えがあるから、先に行ってて。」
「えー、なんだよ?そいつの新しいしめ方?」
「あははは、人聞き悪い言い方やめろよ。」

あぁ、まだ解放されない。
絶望感を胸に、俺は後田くんとその取り巻きの会話を聞いていた。
暫く話した後、結局俺と後田くんだけがその場に残された。

「………」

しかし相変わらず後田くんは何も言わない。
俺はうつ伏せに転がっているが、痛いほどの視線を感じる。

「ねー、ようくん、こっち向いてみて。」
「…はい。」

俺はよろよろと痛む体に鞭打ち、起き上がった。

「……んー」
「っ」

不意に後田くんがこちらへ手を伸ばしてきた。
いつも自分を殴る手だ。
俺は一瞬びくりと身をすくめる。
そんな俺を、後田くんはクスリと笑った。

「これは良いけど、さっきのはちょっと微妙。これってどういうことかな?」
「…?」

俺に話しかけているのか?
後田くんは俺の顔にかかる前髪を払い、なにやらブツブツ呟いている。
そして再び顎に手を置いて考える。
暫しの沈黙。

「…っ‼︎」
パンッ

と、ぼんやりしていたら、急に頬を叩かれる。

俺はその衝撃で、仰向けに倒れた。

はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、

恐怖で息が上がる。

あぁ、もう…。
感覚で鼻血が垂れているのが分かった。
怖い、怖い怖い怖い…
また殴られる…

ギュッと目をつぶり、次の衝撃に備えた。

「…」

しかし何もない。

「…‼︎」

何だと目を開けると、次は俺を覗き込む後田くんと目が合った。
俺は恐怖でびくりと身体を跳ね、その後は可能な範囲で縮こまった。
そんな姿を見て、また後田くんは口の端を上げる。

「ふーん」
「…っ、ぁ゛」

後田くんは再び俺に手を伸ばし、次は首を掴んだ。
そのままぎゅうっと力を込めてくる。

「ぁ゛っ、やめ゛っ‼︎後田ぐ…っ」

ちょっとづつ。
ちょっとづつ。
気道が狭まる。
後田くんの笑顔は、俺の軌道の狭さに比例するように深まる。

「ごめっ…っご…っっいやっ、だすげ…っ、だっ、…すけ…っっ」
「あー」

後田くんは苦しみでもがく俺を見て、ニンマリと満足気な吐息を吐いた。

ぁ…っ、し、死ぬっ

次第に身体が重くなって力が抜けてきた。
すると頃合いを見計らったかのように、意識が落ちる寸前でパッと手が離される。

「ゲホッ、ゲホゲホっっ!はっ、ハァッハァッハァッ…っ‼︎」

俺は解放されて咳き込む。
怖くて丸まりたいのに、後田くんが上にいて動けない。
本能的な危険を感じ、身体がブルブルと震える。

「……ん」
「ぁっ、…っやめ…ったすけてっ…っぅ゛あ゛」

しかし後田くんはまた笑いながら俺の首を絞めてくる。

「ふっ、ぁ゛…っ、ぅ゛っっ‼︎」
「…ふっ、ふふ……あはっ♡」

涙でぼやけた視界の先には、至極楽しそうに笑う後田くんが見えた。

「その顔……ふふっ♡」

後田くんは上機嫌で話すが、もう言葉を理解できない。

死ぬ…っ
嫌だっ苦しい
こんなのもう嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

「もう…っ、嫌だ…っ」
「ふふっ、そう?」

締めて。離して。締めて。離して。
そんな事を数回繰り返されて、俺は遂に根を上げた。
泣きながら嫌だと漏らした。
しかし俺が泣けば泣くほど、後田くんは笑みを深める。
その笑顔がさらに絶望感を煽る。
だって俺の言葉はこの人に全く響いていない。

「こんな事…もう殺して下さい。」
「…え」

本気だった。
もう辛い。
こんなに辛いなら、いっそのこともう楽になりたい。
きっと笑って馬鹿にされるだろう。
けれど本気だった。
しかし俺の予想に反して、後田くんは意外そうな声をあげた。
後田くんの笑顔がひくりと歪な形になり、目を見開く。
何故かひどく動揺している。

「……………ぇ、……えぇ⁈…あ…やっ、なっ…っっ、なんで?」
「…」

嘘でしょ。
こんな事しといて。
逆に何で、そんなに動揺しているんだ?

「だめ。だめだめ。そんなの…。死ぬって…いなくなるなんて…だめ。耐えられない。」
「…」

後田くんは頭を抱えた。

「…ようくんが、何をしていても気になる。視界に入る。たんに気に食わないんだと思った。けど他人が殴ると嫌だ。俺が殴るのは良い。他人が触れるのも、話しかけるのも、全部不快だ。だからきっと俺が自分で壊したいんだと思った。けど違う。ようくんがいなくなるなんて、耐えられない。それは、無理。」

離し終えると、俺の顔の横に両手をつき顔を覗いてきた。

「…………ねぇ…、これって、どういう感情?」

後田くんは俺を見つめ、真顔でそう問うてくる。
いつもの飄々とした様子は鳴りを潜め、まるで俺に縋り付くみたいな顔だ。

どういう感情って…こっちが知りたい。
俺を嫌いなんじゃないの?
なんで、後田くんが泣きそうなの?

「他の人と話して欲しくない。触れて欲しくない。見て欲しくない。自分だけがいい。共有したくない。四六時中気になる。ずっと側に置いておきたい。永遠に側に一緒がいい。」
「……」
「これ、なに?どういうこと?」

…あ、…え?
俺の事?そう思っているの?
それはきっとーー

「…」

後田くんはさっきまでの勢いが嘘のように、今度は急に黙り込んだ。
俺は俺で、その先を考えるのが怖くなり、青くなって口を閉ざした。
チラリと見た後田くんは、手の甲を口元に当て考えるように遠くを見つめていた。

やめて。それはそれで、無理だから。考えないで。
でも後田くんにそんな事言えない。
逆らって拒否するのは怖い。

「……う、後田くん……?」
「……」

耐えきれずに話しかけると、後田くんの目がこたら向く。

「…うし…っ⁈」

そして不意に屈んできて、俺の唇にキスをしてきた。

「…っ」

軽く触れるキスをして、また顔を上げる。

「…ふっ」

そしてください笑う。

「っ…っん」

今度は深いキス。
後田くんの舌が口の中でうごめく。

「はぁっ、」

後田くんが口を離した時、二人の唇は透明な糸で繋がっていた。
後田くんはペロリと舌舐めずりして、俺を見下ろしてニッと笑った。

「ふふっ、はは、あっははははははは!」
「…」

その後は狂ったように笑っていた。
狂気的なその様子に、俺はただただ震えるだけだった。
そしてそんな俺と再び目があって、後田くんはにっこりと微笑んだ。

「あはーっ♡なるほどね!」

それが後田くんが自覚した瞬間だったらしい。
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