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「にこちゃん、あ〜ん♡」
「…」
二子川を膝の上に乗せ、にこにことドッグフードを差し出す功。
その姿を二子川は睨む。
「あれ?にこちゃん食欲ない?うーん…、お粥の方がいい?」
「!わんわん」
「あははは、ドッグフードよりお粥が欲しいなんて変な犬だね〜!人間みたいだね!」
「…」
二子川は閉口した。露骨すぎたか。
しかし昨日もドッグフードしか出してもらえず、結局二日間何も食べていない。腹が減っていた。
「いいけどねー。でもさ、お粥作るのも面倒だなー。」
「…」
「どうしよっか?」
「…」
功は自分を睨む二子川をチラチラと見ながら、小芝居じみた調子で続けた。
その顔が至極楽しそうなので、イラつく。
「にこちゃん元気頂戴よ!にこちゃんがー可愛く、頬っぺにすりすり〜ってしてくれたら、やる気出るんだけどなっ♡」
「…」
功は自分の頬を指差しながら、二子川に顔を近づける。
二子川はギリギリと奥歯を噛み締めた。空腹とこの馬鹿への怒りで爆発しそうだ。
「うーん…にこちゃんがもし可愛くおねだり出来たら、ご褒美にササミとかも添えてあげようかな!」
「…うぅ………」
(ササミ…ひさかたぶりのタンパク質…)
「どうする?」
「……」
す、すり〜
二子川は渋々と、功に頬擦りをした。
断腸の思いだ。
「…」
「…?」
「かっわいい!」
反応が無いので功を見上げると、抑え込まれて逆にぐりぐりと頬擦りされる。
その勢いが激し過ぎて、顔の肉がズリズリと引き摺られて不快だ。毛並みが乱れる。
「にこちゃんにこちゃん!」
しかし功の勢いはそれだけでは治らなかった。
「うぅ゛〜?…っ、き、きゃん!ぎゃん‼︎」
何となく嫌な予感がして我が身を確認すると、功が後ろから二子川に乗り上げて腰を振り始める。
目ん玉飛び出そう。
(ほんと、朝っぱらからなんなのこのバカ⁈)
猫や犬の獣の行為みたいに、功は勝手に行為を始めた。
心底気持ち悪い。
暴れると前足を押さえつけられた。
「はーっ、はーっ、にこちゃんっ、い、いきそ…っ!にこちゃん…っ、にこちゃんに、ふっ、ぶっかけていいっ?」
「ぎゃ⁈⁈ぎゃんぎゃん‼︎」
(朝から!頭イカれ過ぎだろ!)
「大丈夫大丈夫。汚れた所は、きれーに洗ってあげる♡寧ろ、一緒に朝風呂しよ♡」
こちらは犬の身だ。どんなに暴れても、結局はあちらが本気できたら敵わない。
「ふふふ、あははははっ!あーっ、いくっ、あーっ、でそっ!」
「ぎゃんぎゃんっ!」
「ふふ、嫌なの?嫌かなぁっ?はっ、嫌がってるのいいーっ‼︎もっと、暴れて…っっ、」
抵抗も虚しく、ラストスパートに向けて激しくなる功の勢いに振られ、体が上に下に大きく揺さぶられる。
(くそっ!くそくそくそくそっ‼︎)
ぎゅっと目を瞑った時だった。
「おいおーい、そこの犬二匹、朝からおっ始めんなー。」
「はっ、静流。」
(た、助かった…。)
どこか気怠げな緩い声で、行為は一時中断となった。
「功、そろそろにこちゃんに嫌われるぞ。」
(もう嫌いです。心底嫌いです。)
静流(しずる)は呆れ顔で朝食をとる功に話す。その横でお粥を食べる二子川は、静流の言葉に頷いた。
「えー?大丈夫だよ!もうにこちゃんは俺のだし。」
(…?)
「にこちゃんの首輪に連絡先載ってるし、」
(…まじか。やはり逃げる時は何とか首輪を外して…)
「にこちゃんにマイクロチップも入れてもらったし!」
(は?)
「どこまで逃げても、にこちゃんはもう俺からは逃げきれない。」
静流を見ていた功の目がすっと二子川に向き、にやりと笑った。
「最後は必ず、俺のところに帰ってくるしかない。」
口の端を上げ、含み笑いで功はキッパリと言い切った。
ショックでぽかんと開けた二子川の口からぽたりとお粥が垂れた。
どこか勝ち誇った様な功の口ぶりには腹が立つ。腹が立つが、現状では二子川を生かすも殺すも功次第だ。
それを痛感すると同時に、絶望感湧いてくる。
「そうなんだ。それは良いとしても、動物相手にやり過ぎたらダメだよ。怪我でもさせたら大事でしょう?」
(静流…!)
二子川はうるうると静流を見上げる。
静流は高校で功と同じ学年にいた奴だ。功と静流、王子様とモテはやされて二人とも人気があった。
確かに高校時代から仲は良かったが、一緒に住んでいるのは意外だった。高校時代から静流は人望もあり、功とは違って本当に良い人そうだった。差し詰め、まともな静流が問題児である功の世話をしているうちに腐れ縁でこうなったのだろう。
(何とか、静流と意思疎通を図れないだろうか…。)
考え込んでいると、視線を感じた。
顔を上げるとこちらを見つめる功と目が合う。
「…」
功がふっと笑いかけてくる。
笑顔だけはイケメンだな。
「にこちゃん、こっちおいで。」
「…」
二子川は鼻を鳴らして立ち上がると、功とは真反対に座る静流の側に座り直した。
「あ、にこちゃーん!!」
「ほらー、嫌われてる。」
「…わふっ」
せめてこれくらいいいだろ。

————-
「クソがっ!苦しいんだよ!」
「う゛〜ん…」
「あ、また戻っている!」
その日の夜、自分に抱きついて寝ている功の重さで潰されてもがいているとまた人間に戻っていた。
「……とりあえず…」
ペチッ
起こしたらまずいと思いながらも、日々の鬱憤を込めて功の頬を軽く叩く。そして落ちていたボトムスを手に急いで部屋を出た。
「…マイクロチップか…とりあえず、やっぱり協力者がいるよな。」
向かったのは、静流の部屋だ。
部屋に入ると、静かに寝息を立てる静流がいた。
「静流、静流…っ!」
「…?…二子川先輩?」
静流は二子川を見つけると目を見開き、起き上がった。
「え、その首輪…。二子川先輩の事故で功が遂に頭おかしくなって、変な妄想に走ったと思ってたのに…まさか、本当にこちゃんなのですか?」
「そのまさかだ。」
最近すっかり馴染んでしまい、外し忘れていた首輪を見て静流は状況を把握してくれたようだ。理解が早くて助かる。
「静流!助けてくれ!あのボケカス動物虐待変態馬鹿を止めてくれ!あと人間の俺の状況とか…!」
「分かりました。ちょっ、まずは落ち着いて下さい。」
静流はベッド脇の椅子に二子川を座らせ、上裸の体にブランケットをかけてくれた。
最近関わる人間は功ばかりで、変な事ばかりされていたからこの気遣いだけで涙が出そうだ。
「まず本当に、先輩は病院から出てきたとかじゃなくて、本当に犬になっているのですか?」
「あぁ、自分でも不思議だが、そうらしい。」
「そうですか…。まぁ、ですよね。先輩は功が嫌いですし。自分からこんな所来ませんよね。ところで、犬と人間の姿を行き来する規則性とかあるんですか?」
「いや。それが分からない。」
本当に、静流は物分かりが良くて助かる。周囲が勘違いしていた功と二子川の関係、それすらも的確に理解してくれていた。
「そうですか…。不思議ですね…。まぁ、功にこの事は黙っておいた方が良さそうですね。」
「…そうだな。」
静流は考えるように顎に手を当て、二子川をじっと見た。
「……何か、生活面でサポートして欲しい事とかあれば、いつでも話しにのりますよ?何かありますか?」
そしてにこりと、こちらを安心させる様に笑ってくれた。
「ある!ご飯を!人間のご飯にしてくれ!ドッグフードは食べれん!あと、時々はジャンクフード買ってきて食わせてくれないか⁈あとあと…その、俺のトイレ中に…功がガン見してくるのがクソ不快だ。しないようにキツく言って欲しい…。」
「ふふ、要求オンパレードですね。良いですよ。フォローします。」
「ありがとう!」
「その代わり、」
急に声色を低くした静流がずいっと身を乗り出してきた。
何処となくその笑顔に暗いものを感じ、二子川は身を引いた。
「俺の言う事も、聞いてくれるますか?」
「…は?ちょっと何だそれ?急にトーン違くないか?」
嫌な予感がして、二子川は眉を寄せた。
「ダメなの?」
「いや、だけど、なんかお前…」
二子川の反応が不満な様で、静流は急にそれまでの甘い笑顔を引っ込めて冷たい顔になる。
(何を要求されるんだよ!)
どう言って良いのか言いあぐねていると、二子川に構わずに静流は続けた。
「いいよ。それなら、二子川先輩の両手足縛って裸のまま功の部屋へ放り込んでやるよ。」
「はぁ⁈」
「功は、無理矢理嫌がるのを押さえ込んで、先輩が気絶するまで、獣みたいに激しく。が良いんですって。」
静流は綺麗な顔でにっと不気味に笑った。
「毎晩毎晩、相手する先輩は大変だろうけど、まぁ頑張って下さいよ。功は大喜びでしょうから。」
「そんな…イカれてる…」
二子川が漏らした呟きを静流は鼻で笑った。
「ぐちゃぐちゃに可愛がってもらえよ。俺は俺で、功に恩を売るのも悪くない。」
「…」
「それが嫌なら、今日から先輩は俺の犬だ。人間の姿でもな。」
「お前っ…っ!」
あまりの言い草だ。
立ち上がり殴りかかるつもりが、振り上げた手を掴まれて逆に身体を押さえ込まれた。
「でも大丈夫ですよ。いい子にしていれば、ご飯もちゃんとあげますし、色々補償しますよ。」
静流はまた優しい声色に戻ると、諭す様に続けた。
「何も、先輩に酷い事はしませんよ。簡単なお願いをするだけです。欲しいものを手に入れる為に、先輩の力が必要なんです。」
(結局、似たもの同士かよ!)
まともだと思った静流はとんだ野郎だった。功と同じだ。
怒りで頭の血管がブチ切れそう。
「なんなら先輩の事故についても、調査手伝いますよ?」
「はぁ?調査?」
「そうです。だって、ただの事故じゃないかもしれないらしいですよ…」
「…え、な、何だそれ…」
(俺は…誰かに、殺されかけたのか?)
怒りや戸惑いや恐怖、色々な感情で頭がこんがらがる。
「とにか……うっ、」
「?とにかう?何ですか?…あ、」
何かに気づいた静流が手を離した。
それを最後に、また意識が遠のいだ。
(また犬かよ!)
気がつくと、功の足元に寝かされていた。
静流が運んだのだろう。
(静流の野郎…)
「功、朝ごはん出来たよ。」
「ん?あ、にこちゃん⁈…あ、居た。」
「ははは、逃がさないって豪語していた割に心配性だね。」
功と静流は談笑し、朝から不満顔の二子川は功に抱っこされて一階のリビングに向かった。
「!わん!」
「えー、なんで静流がにこちゃんのご飯を用意してるの?」
「功が朝からにこちゃんを虐めて盛るからだよ。にこちゃんがストレスで死んだら目も当てられないからね。」
(飯だ!人間の!)
静流が用意したご飯は、白米にしゃけ。また食事ネタで二子川を好きにするつもりだった功は不満顔だが、二子川はご飯に飛びついた。
(美味い美味い‼︎)
そんな二子川を見て、静流はニヤリと笑った。

———-
「さて先輩、仕事してもらいますよ。」
「…」
「こら。無視すんな犬が。」
「…っ!わ、わふ。」
「よしよし。」
功が出かけた隙に、静流に外へ連れ出された。
嫌々なのでせめてもの抵抗で静流を無視すると、笑顔のままぐっと手綱を引かれた。
(始終笑顔で…なんて奴だ。)
「しかし丁度良かったですよ。先輩みたいな貧相な犬にぴったりの仕事です。」
「…」
「返事」
「…わん。」
静流には功の次に死んで欲しい。
そんなこんなで、車で連れてこられたのはショッピングモール。
(何をさせられるかと思ったが…まさか…)
連れてこられたのは、ペットトリマーの店だった。
店に入ると静流は何かを見つけたらしい。急に早足になり、ぐいぐいと引かれる。
「久しぶりだね。柚木くん。」
「おまっ…!」
静流が王子様の様に微笑んで挨拶したのは、店員の男だった。
男は驚きで目を見開き後ずさった。
(あれ?こいつ…)
男には見覚えがある。
このカワウソの様な、うさぎの様な、小動物を彷彿とさせる小柄な奴。
高校の時、よく静流といた奴だ。
中学から虐められていたのを静流が助け、仲良くなったとか?
二子川は余り他人に興味がないので噂話には疎いが、何かと注目を浴びていたような…?
「なんで!ここまで…」 
「ふーん。そんな言い方するんだ。」
「…っ、し、しずくん。…えっと、ひ、さしぶり…」
静流が笑顔のまま首を傾げると、何故か柚木は顔を引きつらせ言い直した。
仲がいい友達というには、妙な雰囲気だ。
「ちょっと相談したい事があって…」
「え?えっと…い、いや、ごめんけど…」
「あるんだけど。」
「…………なんでしょうか。」
(ん?静流、避けられてる?仲良くないのか?)
二子川は首を傾げて二人をしげしげと見つめた。
柚木は早々に目が泳いでいる。困っているようだ。
「この犬の事で」
「犬?あぁ、この子?しずくん、犬飼っていたの?」
「違うよ。同居人が急に拾ってきて。ほら、貧相な犬でしょ?同居人に虐待されてないか心配で。」
「えぇ!…確かに…、ちょっとあれな子だね…。」
(「あれな子」じゃねーよ。つられて言いたい放題いってんじゃねーぞ柚木!)
柚木は至極真剣な顔で静流の話に頷く。
「もっと相談したいんだけど、此処だと人目もあるから…。」
「…うん。」
静流の誘いに柚木は一瞬迷ったが、二子川と目が合うと意を決した様に頷いた。柚木がいい奴である事は間違いないのだろう。
静流は柚木を連れてカフェに移動した。
「ふふ、柚木くん今度はどこに引っ越したの?」
「…ま、まぁ…都内…」
「ふっ。職場がこんなに埼玉の端なのにんなわけねーだろ。嘘つくな。」
「…っ、この近く…。」
「どこ?」
「…この近くのー」
(変な会話。)
静流は柚木の家の住所までを聞き出してメモを取った。
その後も、今の仕事がどうだとか、いつが休みだとか、尋問の様に聞きだしていく。
二子川はそんな二人のやり取りをぼけっと聞いていた。
向かいの小型犬が喧嘩腰に唸ってくるのが面倒い。
「しずくん、それで、にこちゃんは大丈夫なの?」
「ん?あぁ、そうだった。」
肝心な二子川の話に触れない静流に痺れを切らして、柚木が話を切り出した。
「虐待されて怪我してないか心配だから、にこちゃんの身体、ちょっと診てくれる?」
「うん。ほら、にこちゃん、怖くないよ〜おいで〜。」
柚木が多分意図的にだろう。二子川を安心させようと笑顔でこちらに手を伸ばす。
(てか、柚木トリマーだろ?なんで柚木に見せるんだ。)
疑問に思ったが、大人しく柚木にされるがままになった。
「ふふ、垂れ耳可愛いね〜。痛くしないから、ちょっと前足見せてね。うんうん。良い子良い子。」
(柚木…めっちゃいい奴だな!)
柚木はきっと本当に動物が好きなのだろう。嬉しそうに笑いながら、二子川の身体を優しい手つきで調べる。
(それに比べ……ん?)
静流は、と静流の方を見て更に違和感は強くなった。
静流は二子川を診る柚木を、優しい笑顔で見ていた。まるで世界に柚木しか居ない様に、じっと。笑顔自体も、いつも見せるどの笑顔よりも心が籠っており暖かい。
「うん。分かった。」
「どうだった?」
診終わったらしい。
柚木が自分の膝の上に二子川を乗せたまま話し出した。
「今のところ健康そうだよ。ちょっと、痩せ気味かな。あと、ここの毛が結構擦れてるけど…。」
「あぁ。それは大丈夫。」
(大丈夫じゃねーよ!)
柚木が擦れていると指摘したのは、二子川の腰の下の方だった。功が毎度擦りつけるからだ…。
折角の柚木の指摘を静流はあっさりと受け流した。
「あの…それで、虐待って…。しずくんは何故そんな風に思ったの?」
「う〜ん。何となくなんだ…。騒ぐ音とにこちゃんがきゃんきゃん鳴く音が、よく同居人の部屋から聞こえてね。」
「え!」
(それ、俺が襲われてる音だろ!聞こえてたなら、助けろよ!)
二子川は恨めしそうに静流を睨んだ。静流は如何にも胡散臭い、困った顔で話した。
「でも、にこちゃんはあくまで同居人の犬だから…。俺も余り踏み込めなくて。虐待しているかなんて、本人に聞いてもだし…。」
「そうだね。それでにこちゃんに何かあったらだしね。」
小芝居を打つ静流に、柚木は真剣な顔で頷く。丸っと騙されている。
「それで、せめてにこちゃんに怪我がないかだけ、こっそり知りたかったんだ。」
「なるほど。」
(どの口が…。)
真剣な雰囲気が流れる中、当の二子川は冷めた目で静流を見つめた。
「それで、柚木、定期的ににこちゃんを診てくれないか?」
「え?て、定期的に…?でも、それは……」
「にこちゃんの為に、頼むよ。」
「………しずくん、その…もうしずくんが、前みたいな事はしないでくれるなら…」
「なに?前みたいな事って?」
(?)
柚木の様子が明らかにおかしい。
柚木は言いにくそうに話すが、対する静流は含み笑いで聞き返した。
「どんな事?具体的に言ってよ。」
「…」
「ほら、言えって。」
「……。」
静流は何故か楽しそうに笑いながら柚木に詰め寄った。
柚木はと言うと、ぐっと唇を噛んで黙り込んでしまった。
「……ふっ、まぁ、いいよ。もうしないって。とりあえず、柚木くんの連絡先教えて。にこちゃん連れて行く時、連絡しないとでしょ。スマホだして?」
「………本当に?」
「スマホ。」
柚木はまた黙り込んで俯く。
余程迷っているのか、今度は長い沈黙だ。
流石の静流も笑顔の仮面を剥がし、眉間に皺を作った。
(なんだなんだ?)
訳が分からない。事態が飲み込めずに柚木を見つめていると、柚木と目があった。
柚木は困り顔のまま、二子川の頭を撫でる。
その手が優しくて気持ちよくて、二子川は目を細めた。そんな二子川を見て、柚木は再び困った様に笑った。
「……はい…。」
結局、圧に負けた柚木がポケットからスマホを取り出し、静流と連絡先を交換した。
「あの、しずくん、用は済んだようだし、」
「お礼に何か奢らせてよ。柚木くん。」
明らかに静流に帰って欲しそうな柚木を無視して、静流は何かを注文しだす。
「さ、食べて。」
(いいな〜。)
数分後、柚木の前には大きめな白いクリームたっぷりのパフェが置かれた。
二子川はそのパフェをみて涎を垂らす。甘いものなんて…犬なってから全然食べれていない。
(柚木、溢さないかなぁ…ん?)
呑気にそんな事を考え、ふと見上げた柚木は真っ青だった。
「し、しずくん…こう言うのは…もうしないって…」
「食べて。」
静流はにっこりと綺麗な笑顔で、しかし支配的に言った。
動かない柚木の手に無理矢理スプーンを握らせる。
「じゃないと、俺がにこちゃんを虐めたくなるかも。だからさ、早く。」
それが決定打だった。
柚木はぎこちない動きでクリームを掬った。
「…うっ、ぉえっ、う゛っ…っ」
「ふふっ」
そして何故かえづきながら、パフェを食べだす。
(なんで?パフェにそこまで?)
二子川は首を傾げた。
静流はそんな柚木を嬉しそうに笑って眺める。
「はぁー。てか、柚木くん食べるの遅いな〜。やっぱ、いつものかけないとダメ?」
「…っ!」
静流の声に柚木は弾かれたように顔を上げた。
「柚木くん大好きだもんね」
そこで言葉を切ると、静流が身を乗り出して柚木に近づいた。
秘密話をするように口元に手を添え、柚木に話す。
柚木の膝の上にいる二子川にも、その声は筒抜けだ。
「食ザー」
(…え、…えぇーー…)
「…ちっ、ちがっ…」
二子川は驚きで目を白黒させる。
柚木がガクガクと震え出すので、足元が安定せず揺れる。
「違うの?あぁそうか。大好きだからってし過ぎて、白い食べもの逆に苦手なんだっけ?」
「…っ」
「柚木くん大好きだったもんねー。パフェ以外に、白米とか、ケーキとか…あ、飲み物でも色々やったよね。どれが一番美味しかった?」
「…う゛っ」
「ん?なんて?全部?」
(最悪じゃん!静流、外道過ぎるだろ!)
静流は楽しそうに話すが、柚木は口元を押さえてブルブル震えている。
(…柚木、ごめんけど…お、俺の上にだけは吐くなよ!)
脂汗を滲ませ震える柚木を心配しつつも、二子川は柚木が色々な意味で心配だった。
柚木の膝の上でオロオロと忙しなく耳をパタつかせる。
「ふふ、大好きだから味わいたいってのも分かるけど、俺も時間ないし、あと5分で食べて。」
「!」
「早くしないと本当にまたかけっぞ。こら♡」
楽しそうな静流のその声に柚木がびくりと揺れ、急に勢いよく、詰め込む様にパフェを頬張りだす。
「ふっ…」
静流は至極楽しそうに微笑み、また椅子に深々と座った。そして頬杖をつき柚木をじっと見つめる。
口元は緩みっぱなしだ。
(そう言う事か…)
恐怖で戦慄き、半泣きの鬼気迫る顔で一心不乱に手を動かす柚木。
そんな柚木を、甘く愛おしげに目を細めて見つめる静流。
(静流は…柚木なんだ…)
功が二子川である様に。
(……)
そう考えたところで、はっとする。
(いつか俺も、ああなるのか?)
支配されて、虐げられて、弄ばれる。
一方的で重たい愛からは逃げる術もなく、相手の歪んだ愛情に翻弄され続ける。
「…っ」
ゾッとした。
(違う…。俺は違う!俺は…絶対に…こんな奴らに………屈しない!)
「…ゎ、わん!」
「「!」」
ガシャンッ

———-
結局二子川がパフェを倒し、静流の暴挙は幕引きとなった。
「じゃ、柚木くんまたね。」
「…」
疲れ切った様子の柚木に静流が手を振った。
「柚木くんが相手してくれないと、俺、にこちゃんで憂さ晴らししちゃうかもだから、宜しくね。」
「…っ!う、うん…。分かったよ。」
返事なく去ろうとした柚木の肩に手を置き、耳元で静流がそう囁くと、柚木は慌てて頷いた。
(静流の頼みたい事って、こう言うことか。)
二子川はそんな二人のやり取りを、やるせない気持ちで見ていた。
柚木はきっとまた、会いたくもない静流に会うのだろう。
二子川の為に。
「にこちゃん、邪魔はされたけど、概ね良い働きだったよ。グッジョブ。」
「…」
「ふふ、可愛いでしょ?俺のゆずくん。」
(ゆずくんって……)
静流はうっとりとして話しだした。
きっと誰かに話したいのだろう。
「ゆずくん、本当は獣医なんだ。だけど俺に余程追っかけて欲しいのか、逃げ回るから中々同じ職場に留まれないみたいで、定職にも付かずに今はフリーターしてるんだ。」
(最悪じゃねーか…)
二子川は不快感で顔を歪め、静流から目を逸らした。
静流が胸糞悪すぎて、視界に入れたくもない。
「そんな戯れも楽しかったけど、もうそろそろ飽きてきたからね。功とも話していたんだ」
(功と?)
ここでその名前が出るのは想定外だった。
「そろそろ皆で、あの家で暮らしたいねって。」
(あの家…)
だだっ広くて、窓には鉄格子の付いたあの家。
その用途が今は分かった気がする。
胸糞悪い。
「4人でね。」
(柚木も可哀想に…。なんとか、逃してやる術は…)
「……?」
(ん?4人?静流と、柚木と、功と……と?)
数が合わない。
戸惑って静流を見上げると、静流は二子川を見ていたらしい、目が合う。
ニタリと笑った。
いつもの王子様スマイルとは程遠い、下衆で嫌な笑みだ。
「……ふふっ、」
(最後の、4人目は…ー)
「にこちゃーん!」
「あぁ、功にバレちゃった。そっか、にこ先輩は功からもう逃げられないんだった。にこちゃん連れじゃ、居場所も直ぐバレちゃうね。」
馬鹿にした静流の言い草を睨むが、直ぐにふわりとした浮遊感。
「功、ごめんごめん。」
功に抱き抱えられた。
「にこちゃ〜ん!もう!何処ったのかと心配したよ‼︎」
功がぐりぐりと、静流など目に入っていないように二子川に頬擦りした。
「わんっ!」
(だから!毛並み!乱すな!)
「え?にこちゃんも俺に会えて嬉しい?」
「わんわん!」
(ちげーよ!離れろ!)
「うんうん。分かったよ!早くお家に帰りたいんだね!」
「わん!」
(帰りたくねーよ!)
「あはははは、分かった分かった!早く帰ろうね。俺たちの家に。」
「わ゛ん!!わん!」
(俺の家じゃねーよ!離せっ‼︎)
平行線を辿る二人の気持ち。
それが手にとる様に分かると、静流は一人と一匹の後ろ姿を見て笑った。
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