01 流れ星
いつもの会社の帰り道。
もう外は真っ暗で、街灯の明かりを頼りに、私は家を目指していた。
「あー……疲れた。疲れたよ……残業三時間ってどうなの?これが普通なの?」
疲れた体を引きずって、足を一歩一歩踏み出す。
身体は鉛のように重いし、正直眼を閉じれば今にも眠れてしまいそうなほどには疲弊している自覚がある。
「ま、明日からやーっと遅い冬休みだし?一週間遊び放題だし?…………よくやった私!!」
自分で自分を慰めながら、冬空を見上げる。
……寂しい奴とか思わないでください。
仕方ないじゃん!?
最近ホンットに忙しくてまともに休みとってないんだから!!
やさぐれる私の頭上には……キラキラと光る、満天の星空。
「お、今日は星がよく見えるなぁ……あ!!流れ星!!」
キラリと視界の端っこで光ったのは流れ星。
おぉ、すごい。
流れ星見たのなんていつ振りだろ?
「しまった。願い事するの忘れた……」
ついつい見惚れて忘れてしまっていた願い事。
億万長者の夢が…逆ハーレムでウハウハな夢が!
なんて嘆いてみても後の祭りだ。
……まぁ、……いいか、と重い足を前へと踏み出した。
流れ星に願い事なんて所詮伝承だもの。
過ぎたことは気にしない、なんて少し強がって見る。
さっさと帰ってご飯食べよー……。
冷蔵庫のなか何が入ってたっけ?
そういや一昨日買った魚大丈夫かな?
……たぶん、大丈夫でしょ。焼けばきっと食べれるよ、お母さんもそう言ってたし。
とぼとぼ歩く私の頭上で……。
もう一度流れ星が流れたなんて、知る由もなかった。
01 流れ星
住宅地の中の、マンションの一室。
それが私の家。
4階なんだけどエレベーターがついているので問題ない。
ただ……古くて怖い事を除けば、だけど。
エレベーターの中で鍵を取り出し、慣れた手つきで鍵穴へと差し込み開錠する。
よし、開いた開いた……
「ただーいm……」
バッタン
開いたドアを再び閉める。
私は未だ寒い廊下側だ。
い、いや、あのね?
うーん?私部屋間違えっちゃったかな?
だって一瞬玄関に見えたアレって……
……うん、きっとそうだわ。
部屋間違えちゃったんだなぁ、やだ私ったらおちゃめさん。
そんなことを思いつつ表札を確認すれば……
【 名字 】
……私の苗字だ。
え?じゃあ、この部屋って間違いなく私の部屋だよね?
なら……
さっき、見えたのは?
「……あ、なーんだ。たぶん疲れ過ぎで幻覚か何かが見えたんだなきっとそうだよそうとしか思えないっつーか、そうであってくれ頼むから!!」
ダラッダラと冷や汗をかきながら、再びドアノブを握り締める。
そうだ、そうだよ、きっと幻覚だったんだ。
ただの見間違いだよ、うん。
やだなぁ、仕事のしすぎだよ私。
明日はもう丸一日寝てやろう、洗濯とか掃除とか後回しだちくしょう。
そう意気込んで、再びドアを開いて……中を覗く。
そうすれば……
さきほどとなんら変わりない光景が目の前に広がった。
「……ナンデヤネーン」
思わず声に出てしまった間抜けな言葉が、物音一つしないこの空間に広がった。
なんでだよ。
何?私今でも幻覚見てんの?
ドアを開いて、目の前に広がるのは……本来なら見慣れた玄関だ。
いや、今、私の目の前にあるのも見慣れた玄関ですよ?
でもさ……
何、この真っ赤な水の海は。
玄関からべっとりと室内へと続いている赤い筋……
「あ。ぎゃああああ!私の靴!お気に入りのパンプスが!!」
真っ赤に血で汚れちゃってんじゃないですかこんちくしょー!!
……あ、いや水!!
赤い水で汚れちゃってんじゃんか!!
血だ?
いやいやいや、私はこれを血だとは認めない、えぇ断じて!!
ってかちょっと待って。
「いつから私の家はホラーハウスに!?」
玄関を開けてびっくり!
お家がなんとお化け屋敷に!!
……どんなドッキリだ!!
「はっ!!もしかしてテレビ!?テレビの企画か何か!?」
そんなもんリアクション芸人にでもやらせといてくださいよ!!
○川さんとか!!
出○さんだったら安定したリアクションしてくれるでしょうから!!
……って違う違う!落ち着け名前!!
いくらテレビの企画だからって、本人の承諾なしにこんなことしないだろう。
…もしかして家族が了承してるとか?
いや流石にありえな……くもないけど。(あの両親なら喜んでOKしそうだし)
人の持ち物までこうやって汚すなんてことなないだろう
つーか、したら訴えてやる、そして勝つ!!
そんなことを考えながら、そろりと足を踏み入れた
……っていうかさ、これって本当に事件とかじゃないよね?
もし、もしも事件とかなら……。
ち、違う違う、事件なんてそんな……。
血……じゃない、赤い水は玄関から家の中へと続き……廊下を通ってリビングへ。
うっはーい…このリビングのドア開けるの怖ぁ……。
ちょ、もうすでに涙目だぞ私!
テレビ局ぅうう!!
おま、本当にドッキリとかだったら絶対訴えるからな!?
本気だからな!?
あ、ドアノブにも赤い水……。
……えぇい!もう血って認めるよ!!
その血がドアノブにもべーったりついてるんですけど!!
ど、どうしよう、これもう管理人さんとか警察に相談した方が……
「―――……っう……」
「っっ!!!!」
い、いいいいいい今!!
声!り、リビングから声声がしたんですけど!!?
な、中に誰かいるとしか思えない。
「もうヤダ……もう止めたいお家に帰りたい……ってここが私の家だよ」
なんで仕事帰りで疲れてるのにこんな目に遭わなきゃならないんだよー……。
……そうだよ、私何かした?
何もしてないよね?
何もしてないのになんでこんな目に遭ってんの?
……なんか、ムカついてきた。
決めた、もう決めた。
中にいる奴、一発ぶん殴る。
殴って掃除させて真っ裸にして土下座させて外に放り出してやる。
(外の気温現在5度)
自分で言うのも何だが……一度これと決めた私は強い。
バン!!
と勢いよくリビングへと続くドアを開け放つ。
ハッ!
かかってくるならかかってきやがれってんだよ!!
10倍にして返してやるから!!
なんて般若の形相でパチリと部屋の電気をつける。
その眩しさに一瞬目がくらんだのも束の間……
光に照らされた室内を見て、私は再び絶句することになる。
「な、に……これ……」
一瞬、目眩がしたのは気のせいだと思いたい。
つーか、目の前の光景が気のせいだと思いたい。
私の視界に入ったのは……
お気に入りのクッションはズタズタのボロボロ。
友達から誕生日プレゼントにと貰った小物はそこらに散らばってメチャメチャのグチャグチャ。
ふわふわ感が気に入っていたカーペットやソファは血と泥でドロドロのベトベト……。
「……潰す!!」
確実に潰す!!
部屋の中荒らしやがった奴をタコ殴りにして男なら股間蹴り上げて地面に磨り潰して外にゴミの如く放り出してくれるわ!!
ギラギラと自分の視線が凶悪になるのを感じながら、視界の端で何かを捕えた。
そこかっ!!
と、親の仇を見つけたと言わんばかりに睨み付けた場所には……
部屋の端っこに、赤い塊。
間違いなく“人”だ。
「ちょっとアンタ!!見つけたわよこのやろ……」
ずんずんと足を踏み鳴らして近づく。
そしてその顔を拝んでやろうと覗き込んで……
絶句。
「……え?ちょ……えぇええええ!?」
何故ならそいつは……
背中を丸めて、手足をだらんと投げ出し……
真っ赤に、染まっていたから。
え、あの、ちょっと待って。
なんで全身血濡れなんですかこの人。
しかも……意識、無いっぽいんですけど。
「……っ!!」
ぶわりと冷や汗が噴き出す。
こ、これ大丈夫なの?
死にかけてんじゃない?
私が潰す前に死にかけてんですけど!?
ソイツに慌てて近寄って、肩をゆする。
「ちょ、あの!大丈夫ですか!?」
「……。」
「全然大丈夫そうじゃない!!」
頼むから私の部屋で死ぬとかマジ勘弁してください!!
と、混乱しつつもソイツの怪我を見やる。
昔学んだ医学がこんな風に役立つ時が来ようとは……。
とにかく、その人の怪我は多かった。
顔やら頭やら……それこそ足の先まで。
……やんちゃにも程があるでしょ、不法侵入君や。
致命傷になりそうな深い傷は無い物の、浅く量が多い。
……これだけ血濡れだというのに、すでに塞がりかけている傷がほとんどというのも不思議だけれど。
「お腹と左腕の傷だけ深いな……。」
ここはちゃんと手当てしなきゃ自然には治らないだろうな……。
気を失ってるのも、まぁ、出血しすぎで貧血と思われます。
現に、顔色は最高潮に悪いからね。
「とりあえず、まだ血が出てるところだけでも止血しないと……。」
後は安静にして様子見……なんだけどさ。
ここで疑問。
この人、なんつー格好してるのでしょうか?
何、この服装。
上は赤い革ジャンみたいなんだけどさ、ほぼ半裸じゃん?
胸と腰が丸見えですよ?(この真冬に)
しかも腰にあるの何?甲冑?(しかも真っ赤)
うわ、これ具足って言うんじゃない?(また赤)
……しかも何なんだ、その二本の槍は。
「……なんか、この格好知ってる様な知らないような……。」
どっかで見たことがあるんだよねー……。
どこだっけ?
「……しかもすっごくイケメンだしさ。」
これジャ○ーズ事務所に所属してんじゃない?
え?アイドルが不法侵入?
血濡れでお宅訪問?
……いやいやいやどんな企画だよ。
「……考えるのは後にしよう。まず止血止血っと。」
そう言って救急箱を獲ってこようと立ち上がった……その時だった。
ズルッ
と、血濡れていた床で足元が滑る。
「う、わっ!!」
ぐらりと体制を崩した瞬間。
ヒュオッ
と風を切るような音がしたかと思えば……頬に、一筋の熱い感触。
「いったぁあああ!!」
い、痛いんですけど!?
しかもこれ、血が流れてません!?
つー……って頬を血が流れる感触が!!
恐る恐る視線を横に向ければ…髪の毛が数本、ハラハラと散っている。
な、なんじゃこりゃぁあああ!!
再びパニックになりながらまた視線をずらせば……視界に入ったのは怪我人君。
……怪我人君の眼が、いつの間にか開いていた。
射抜くような鋭い眼光で、私を見据えている。
荒い息を繰り返し、肉食獣を思わせる目で私を睨む姿は……“手負いの獣”そのもの。
そして……その怪我人の手に持たれている一本の槍。
あぁ、さっきの槍だと思った瞬間、全てが一つに繋がった。
切れた頬、散った髪の毛
流れる血、怪我人君が持っている槍。
その先端に付着した……血。
……お前かぁああ!!
何してくれてんだこのイケメン野郎!!
人がせっかく助けようとしてんのに恩を仇で返す気かぁああ!!
と、思っていても動けないのが現実。
ギラリ、と鈍く光る鋭い眼光から目が離せない。
つーか、目を離したら殺られそうなんですけど……。
いやいや本当に!!
チクタク
という時計の音だけが響いて……何分か経った頃。
「―――…っ」
「あ」
ようやく、怪我人君がパタリと目を伏せて……気絶した。
当たり前と言えば当たり前だろう。
それだけ怪我をしてるというのに、あんな重そうな槍を振り回したんだから。
……血で滑ってなかったら、死んでたよね私?
あははー……笑えない。
どうしよう、この人このまま放っておこうか?
んでもって警察に連絡……。
……
…………。
……嗚呼、私って本当に馬鹿だ。
「よいしょっ……って重い!!」
気絶した男の身体を持ち上げる。
そして自分のベッドまで必死に運んだ。
……足を引き摺ってたけど、まぁ大目に見てください。
怪我人は放っておけない。
自分の性格をこれほど呪いたくなったのは初めてだ。
「……まぁ、部屋片付けてもらわなきゃいけないし」
そんな言い訳をしつつ、怪我人君の治療に取り掛かる。
といっても、傷のほとんどは塞がってるから……主に治療が必要なのはわき腹と左腕だけで充分そうだ。
血は……輸血した方が良いのかもしれないけど、血液型解らないし今すぐってわけでもなさそうだし。
別に急がなくても大丈夫だろう。
彼が起きてからの状態を見て判断だ。
そうだ、服も着替えさせないと……あー、フリーサイズのスウェットあったかな?
お湯に濡らしたタオルで血やら泥やらをふき取って、スウェットを着せる。
良かったよ、まだ開けてない新品があって。
えっと……下は起きてから自分でしてもらおうか、うん。
体温が下がってるから温めないと。
暖房を入れて、怪我人君の足元へ湯たんぽを入れる。
全部ひと段落した時には……もう日付が変わっていた。
ちくしょー……まだご飯食べてないや。
それよりも眠くて思考が……。
「…イケメン君や。何があったんだよー…。」
身体の割に、幼くも綺麗な寝顔を浮かべるイケメンは答えない。
やっぱりどっかで見たことあるような気がするんだけどなぁ……。
眠っている彼の答えを期待してるわけじゃないから、そのまま言葉をつづけた。
「…一体どっから来たのさ…。」
私を睨みつけてきた瞳は、綺麗な鳶色で。
「…早く良くなって、詫びしろー……。」
思ったよりも幼いそのイケメンの頭を撫でる。
ほんの少しだけ…表情が緩んだ気がした。
とりあえず、コイツが起きたら事情を聴いて…それからどうするか考えよう。
あ、もちろん、武器は没収。
襲い来る眠気に、くぁ、と欠伸をひとつして…私はそのまま寝てしまった。
(いつもと同じ帰り道、)
(いつもと同じ時間帯。)
(そして)
(いつもと違った家の中、)
(いつもと違ったお客様。)
(これは神様の気まぐれ?)
(まぁ、今は…どうでもいいや。)
(ゆっくりと夢の中に落ちて行く。)
空で満天の星空が、その人と私の出会いに祝福するように踊っていた。
END
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さくらだんご