月に炎
※三木くんが千鶴ちゃんに絡んだ時のエピソードからの妄想※
三木組長が先輩を苛めているのを見た瞬間、後先も考えずに俺は飛び出していた。
先輩を庇う俺に、「組長に楯突くとはいい度胸だ」と笑った男の目は真剣だった。真剣に、俺を殺そうとしていた。
負けじと睨み返した俺は、彼の瞳の奥に揺らぐ薄暗い炎を見た気がする。
その後は永倉さんや藤堂さんが来てくれたお陰で事無きを得たが、三木組長は矢張り納得がいかなかったようで、「後で俺の部屋に来い」と耳打ちしてから立ち去った。
呼び出されたことを誰かに言うべきかと悩んだけれど、一人で雪村先輩を守れないようでは意味が無い。俺は真の武士になるのだから、自力でどうにかしてみせる。
そう決めて、夜が更けてからそっと組長の部屋へと向かった。
障子の外から小さく声を掛けると、「入れ」と短い返事がくる。
静かに障子戸を開けた途端、中から伸びてきた腕が俺を勢い良く部屋に引き入れた。崩れかけた体勢を立て直すと、目の前に三木組長のギラつく目がある。
僅かに入り込む月明かりよりもそれは煌めいて見えて、矢張り炎を思わせた。さっきも見た、あの暗く燃える炎だ。
強い視線で俺を睨みつけたまま、組長が問う。
「一人で来たのか?」
「あぁ、一人だ」
俺の答えに彼は呆れたように笑った。
「お前、馬鹿なのか? 人目が無きゃ、俺はいつだってお前を殺せるんだぜ? 理由なんて後からどうとでも付けられるからな」
そう言って、彼は俺の腕を掴んでいない方の手で刀に触れ、カチャリと不穏な音を立てた。
けれど怖いのは刀なんかではない、目の前の炎だ。
先輩への態度は許せないし、腹が立つ。だけど彼の目は俺が今迄幻滅してきた名前ばかりの武士達とは違い、燻っていない。信念の光を宿している。
気を抜いたら飲み込まれそうで、それがとても怖い。
俺は一つ息を吐き、意を決して口を開いた。
「雪村先輩に、今後絡むな」
「はぁ?」
俺の言葉は思いもかけないものだったようで、三木組長は訳が分からないという顔になる。
気にせずに俺は続けた。
「俺を殺すなら約束しろ、今後雪村先輩に妙なちょっかいを掛けないと」
「何言ってんだお前、あんな小姓にお前の命を懸ける価値なんてあるか? ねぇだろ、組長の為なら兎も角よ」
「雪村先輩を馬鹿にするな!」
「俺が馬鹿にしてんのはお前だよ、ばーか。戦でもねぇのに命を懸けるなんざ馬鹿のすることだろ」
「それだけ先輩を大切に想ってるってことだ。あんたこそ、そんな事も分からないのか!」
もっと冷静に話すつもりだったのに、先輩を軽んじる発言に憤った俺の声は、段々と大きくなっていた。
不意に組長の目が障子の外に向けられる。どうやら人が来ないか確認しているらしい。
けれど俺の腕を掴む力はそのままだ。ギリギリと強い力で掴まれていて、痛い。そんなことをせずとも逃げたりしないのに。
「もう皆寝てるから、誰も来たりしない」
「分かんねぇだろ? お前の声、結構大きかったからな」
「いま確認しただろ? 足音も無いし……それよりも腕を離せ、俺は逃げたりしない」
「そうか?」
「当たり前だ」
「ふーん、どうかねぇ……」
組長が不敵な笑みを作る。
背筋がぞわりとした。何だろう、何か嫌な予感がする。
「あの小姓に、お前は命を懸けられるんだよな?」
言いながら、組長が刀を少しだけ抜く。
灯りの無い部屋なのに、それは不気味な光を帯びているように見えた。
俺はこれから斬られるのだろうか。もっと新選組の役に立ちたかったのに、こんな所で……。けれどたった一人の人間も守れないような、そんな情けない男にはなりたくない。
だから怖くなんて無い、そう思って組長を睨みながら真剣に答えた。
「あぁ、武士に二言は無い。但しあんたが先輩に意地悪をしないと約束するなr――」
なのに、最後まで言い切る事も無く俺は痛みを感じる。斬られたのだと思った。けれど痛むのは背中だ、何かおかしい。
思わず瞑ってしまっていた目を開けると、目の前に組長の切れ長の目が迫っていた。
「命を懸けられるって事はつまり、何でも出来るってことだよな?」
言葉の意味を理解するより早く、組長の手が俺の着物の中に滑り込む。直接肌を触られてぞくりとした。組長の手が冷たい気がしたのは一瞬だけで、直ぐに掌から熱が伝わってくる。
「やっ、いや、だ……」
俺の言葉に組長が――三木が、嗤う。随分情けない声を出すじゃねぇかと言って、目を細めている。
「お前の覚悟はそんなもんなのか?」
僅かな抵抗は、この三木の一言で呆気無く抑え込まれた。
覚悟ならある。雪村先輩を守る為の、強い覚悟なら。だけどこれが守ることに繋がるのだろうか。
口に出してはいないのに、俺の疑問に答えるように三木が囁いた。
「お前が今大人しくすんなら、あの小姓には何もしないでいてやるよ」
「……約束、だからな」
あぁいいぜと口端を上げた三木の顔は、欲に満ちているように見えた。
「あんたは、男が好きなのか?」
思わず訊ねた俺に、ばーかと言ってまた三木は笑う。
「お前のその屈辱的な表情を見るのが楽しいだけだよ」
最低だ。最低の男だ、こいつは。
でも、だからこそ雪村先輩には近付けたくない。俺の我慢で先輩を救えるのなら、こんな事くらい俺は構わない。
彼の手が、下肢に伸びる。三木は迷う事無く俺の後ろに指を這わせ、無理矢理中に突き入れた。
痛みで短く叫んだ俺の口を、三木の手が塞ぐ。
「静かにしろよ」
静かにしてほしいなら手順を踏めと言ってやりたかったが、口を塞がれて何も言えない。
いや、手順など踏まれたら困る。それではまるで、愛し合ってる者同士のようじゃないか。俺達はそんなんじゃない。だから、これでいい。
けれどこれでいいと思っても、痛みを我慢出来る訳じゃなかった。異物感と痛みで逃げ腰になる俺に、三木がしょうがねぇなと舌打ちをする。
「前も触ってやるから、感謝しろよ」
前? 前とは何だ、と思った矢先に入れられていた指が抜かれ、今度は俺の中心を三木が握った。前というのは、まさか……。
止めろと言った声も、塞がれたままの口からでは言葉にならなかった。言えた所で何も変わらなかっただろうけれど。
何の反応も示していなかったそこが、三木の手の動きに合わせて徐々に熱を持ち始めている。
嫌だ、嫌だ……逃げたくなって腰を捩ってみたが、三木の膝に押さえ込まれて動かせなくなってしまった。
お陰で生まれてくる不快な快感を逃がす事も出来なくなり、気持ちとは裏腹に俺のそこがどんどんと熱を帯びる。
「嫌がってる割に、すげぇ濡れてんなぁ」
三木がまた嗤う。この短い間に、一体何度馬鹿にされただろう。
「や、めっ……」
いつの間にか口を覆っていた彼の手は離れていて、俺の懇願する情けない声が部屋に滲んだ。
しかし無論三木が聞き入れる筈もなく、俺のそこは三木の手によって白濁を吐き出すこととなる。
死んでしまいたい。
殺された方が良かった。
悔しさと、恥ずかしさで涙が浮かぶ。ははっ、と近くで三木の笑い声が聞こえた。
「泣いてんのか?」
「泣いてなんか……いない」
俺のみっともない強がりに、また三木が笑う。続けて「ほら舐めろよ」と熱い息と共に囁いてくる。舐める? 何を―問う前に、口の中に三木の指が入れられていた。
不味かった。吐き出したくなるようなその味に無意識に顔をずらすと、もう片方の手で頭を押さえこまれて無理矢理指を咥えさせられる。
「てめぇの出したもんだ、責任持って舐めろよ」
最低の、夜だった。
舐めろと言ったくせに、こちらの舌の動きなど無視して三木の指が俺の口内を身勝手に蹂躙する。まともに口を閉じられず、口端から唾液が流れていくのが酷く気持ち悪かった。
気が済んだのか、三木が指を抜いた。俺の唾液に濡れたその指を見せつけられる。
「こんだけ濡れてりゃ大丈夫だろ」
息を整えるのに必死な俺の反応など待たず、その指は再度俺の後口に突き入れられた。
気持ち悪い。吐き気がする。なのに先程よりも簡単に受け入れてる自分の身体が信じられない。
「もっと奥までいけそうだな」
小さく呟く三木の声に怖くなる。奥って? 奥って、何だ。
その指は小刻みに揺れながら、ぐにぐにと俺の中へと進んでくる。また三木の笑う声が聞こえた。
「ほら、根本まで入ったぜ」
楽しそうに細められた目が、俺を見ていた。
苦しくて、抜いてくれと繰り返したが、逆に指を増やされていくだけだった。上手く息が出来なくなって、短い呼吸を繰り返していると、「力抜けよ」と不吉な言葉が聞こえて、直後に俺の身体は切り裂かれた。
いや、切り裂かれたような錯覚に陥っただけで、実際にはどこも切られてなどいなかったけれど、痛くて苦しくて、そして恐ろしく熱かった。
部屋には、俺の恥ずかしい声だけが響いている。
止めたいのに、三木が動く度にその声は上がり、逃れようと乱暴に動かした手は三木に捕まえられて、畳に強く押し付けられた。
「あの小姓を、守りてぇんじゃなかったのかよ?」
そう言って笑う三木の息も上がっていた。
あぁそうだ、俺は雪村先輩を守りたくてこうしているんじゃないか。そう思い出して、定まらなかった視線を三木の顔に戻した。
そして、俺は後悔する。
俺を見下ろす三木の目を見てしまったことを。
分かっていたじゃないか、気を抜いたら飲み込まれると。
そうだ、分かっていたのに……あぁ、どうして俺は見てしまったのだろう。俺を貫く熱よりももっと熱く、燃えるような彼の目に、結局俺の心は囚われてしまった。
その秘められた炎が目指す先を、俺も見てみたいと思ってしまったんだ。
そう思った途端、俺の身体は痛み以外の感覚を拾い始めて、上がる声に艶が混じる。それに気付いた三木の目が、驚きで見開かれた。
きっと馬鹿にしようとしたのだろう、何かを言おうと口を開いたのに、結局彼は何も言わなかった。黙ったまま俺の身体を弄ぶ三木の顔は真剣なものへと変わり、俺の出す声はとても男のそれとは思えないものになっていた。
行為が済むと、三木は無表情で「とっとと戻れ」と俺を追い出した。
冷たく閉じられた障子越しに、「約束は……?」と問い掛けると、「守ってやるよ」と怒ったような口ぶりで返された。
良かった、これで雪村先輩は安心だ。俺は先輩を守れたんだ。だから、喜びたいのに、俺はもっと喜んで良い筈なのに、どうしてこんなにも虚しいのだろう。
自室に戻る為に歩く廊下からは、月が見えた。
降り注ぐ月明かりはこんなにも凍て付いているのに、今しがた俺達を繋いでいた温度と、彼に宿る炎だけは空まで焼き尽くせそうな程に熱かった。
2016.03.02