初詣

※「クリスマスSS 」の続き的な話です。
※今はメアドよりラインIDですよねー(多分)と思って、交換した連絡先はLINEにしてます。


相馬君に連絡先を教えてから、毎日LINEが来るようになった。
僕が返事をしなくても、律儀に毎日何かしら――主に挨拶――を入れてくる。
そして予想はしていたけれど、「一緒に初詣に行きませんか?」と年末に連絡がきた。さすがにこれを無視するのは可哀想で、「いいよ」と返す。

それに対しては「嬉しいです、ありがとうございます」と落ち着いた文字が返ってきたものの、画面の向こうの相馬君自身が落ち着いていたかはわからない。
いつもならすぐに返事があるのに、お礼を言ってくるまでにタイムラグがあったからだ。きっと僕の返事が信じられなくて呆然としたあと、喜んでたんじゃないかと思う。歓喜する相馬君の姿を想像して、僕はくすりと笑った。

――元旦。
真面目な相馬君のことだから、早い時間に待ち合わせを設定してくると思っていた。むしろ大晦日に、除夜の鐘を聞きながら年越しも一緒に……なんて言い出すのではないかとすら思っていた。
けれど待ち合わせは元旦の、それも思いの外遅い時間だった。

約束していた場所に着くと、先に来ていた相馬君がほころぶような笑顔を見せる。その笑顔につられて、僕も笑った気がする。
きっと僕は、相馬君と知り合ってから笑顔が増えているはずだ。それを教えたら、相馬君はどんな反応をするのだろうか……そう考えただけでもまた、僕は笑ってしまう。

神社に到着するなり、今日約束したことを少しだけ後悔した。当然といえばそれまでだけど、ひどい人混みだったからだ。
でも隣を歩く相馬君が申し訳無さそうな顔をしていたから、まぁいいかと思う。謝ってこないのは、僕が「じゃあ帰る」と言い出す機会を与えないようにしているのだろう。普段の相馬君だったら、すぐに謝ってきているだろうから。

「すごい人混みだね」

思わずそう言った僕の手を、相馬君がおもむろに掴んだ。

「沖田さん、はぐれないでください」

とても真剣な目をこちらに向けて、相馬君が言う。
子どもじゃないんだから、はぐれるわけないのに。それよりも、人前で手を掴むなんて相馬君らしくないんじゃないかな。正直なところ、僕はその行動にかなり驚いていた。
掴まれた手を見下ろしていると、相馬君が突然「あっ!」と大きな声を上げる。視線を向けると赤い顔をした相馬君がしきりに謝ってきた。

「すみません、勝手に手を掴んでしまって! 決してその、やましい気持ちがあったわけでは……」

そう言って相馬君が手を離す。別に嫌だなんて言ってないのに。
相馬君らしくなかった理由は、無意識の行動だったからみたいだ。
手を繋ぎなおすのもおかしいと思って、離された手は追いかけなかった。でも心配を掛けないように、いまより少しだけ相馬君の傍に寄る。触れた肩口から、相馬君の緊張が伝わってきた。

相馬君なんて、全然好みじゃなかったんだけどな。こういうところが可愛いと思うなんて、ほだされ過ぎだろうか。
そうだ、お参りが終わったら相馬君はどうするつもりなんだろう。真っ直ぐ帰るつもりなのか、どこかへ寄るのか。確認しようとしたときに、相馬君ではない声が僕の名前を呼んだ。

「あらぁ、沖田君じゃない?」

声のする方へ顔を向けると、バイトで一緒だった伊東さんがこちらに向かって手を振っていた。隣には三木君がいる。そういえば二人は兄弟だったっけ。
人混みをかき分けて、伊東さんが隣まで寄ってきた。

「あけましておめでと! 今年も宜しくねぇ〜あ、でももうバイトは終わってるわね」
「はい、あけましておめでとうございます。昨年はお世話になりました」
「ほんとよぉ〜まぁあの忙しさは全部、風間君のせいなんだけどね」

やれやれと溜息を吐きながら、伊東さんが憂いのある目で空を見上げた。それから、遅れて隣にやってきた三木君を注意する。

「ちょっと三郎、あんたも挨拶しなさいな」

言われた三木君は、つまらなそうな顔で新年の挨拶をしてきた。僕も義務的に答える。すると三木君の目が、僕の横にいる相馬君を捉えた。
突如含み笑いをして、「へぇ」と声を漏らす。

「お前、相馬と連絡取ってんのか」
「え? あぁうん、バイト以降会ったのは今日が初めてだけどね」
「そうかよ」

三木君がバイトをしていた頃と同じ、意地の悪そうな笑みを浮かべて相馬君にちょっかいを出し始めた。
相馬君はその全てに突っ掛かっていたけれど、三木君から

「お前ら、釣り合ってねぇぞ」

と言われたときには、反論もせず黙ってしまった。
そばで見ていた伊東さんが三木君を叱る。それから弟の代わりに相馬君に謝って、三木君の腕を引いて僕らから離れて行った。
落ち込んでいるらしい相馬君を見た三木君の方は、お兄さんに怒られたというのに随分と満足げに見えたけれど。

伊東さんの判断は間違っていない。だけど残された僕は、相馬君に何と声を掛けたものかと困ってしまう。
そんな心配に反して、相馬君は笑顔を見せてくる。だから僕は、うっかり安心してしまった。

「そうですよね、俺は沖田さんの友達にも見えませんよね」

けれど表情とは裏腹に、自虐的な発言を投げられてしまう。

「三木君は相馬君のことを揶揄いたいだけなんだから、真剣に受け取る必要なんかないでしょ」
「でも、嘘は言ってませんよね」

こんな日にこんな場所に付き合ってあげてる僕を、相馬君は何だと思ってるんだろう。さすがに少し頭にきて、冷たく言ってしまった。

「お賽銭投げたあともそんなこと言ってるようなら、もう会わないから」

けれど僕のこの発言に、相馬君は驚いた表情を見せたあと、嬉しそうな顔になる。

「また、会ってもらえるんですか?」

え、そこ? あれ、僕は怒ったつもりだったんだけどな。
別にいいけど、と言ったら相馬君はまたほころぶような笑顔になった。

「大丈夫です、もう元気出ました! 三木さんの言葉は気にしません!」

そんなことを言っているうちに、とうとう僕らのお参りの番になった。笑顔のままでお賽銭を投げた相馬君は、願いごとを思いっきり口に出している。
沖田さんともっと仲良くなれますように、って言ってるけど、確か人に知られた願いは叶わないんじゃなかったっけ?
相馬君の言動に気を取られた僕は、自分が願い事をするのをすっかり忘れていた。後ろに並ぶ人からのプレッシャーに負けた僕は、ただ手を合わせて去るしかない。もう少し空いたころに、改めて一人で来ようと思う。

人混みを横に抜けて、僕らは神社を後にした。
そういえば伊東さん達が現れたせいで聞けなかったけれど、相馬君はこのあとどうするつもりなんだろう。
先を歩く相馬君に声を掛けると、勢いよく振り向かれてちょっと驚いた。

「沖田さん!」

振り向くのと同じ勢いで、名前を呼ばれる。

「俺と友達になってください!」
「……え?」
「俺、沖田さんともっと仲良くなりたいんです!」

それはさっき聞いた。神様にお願いしてるのを思いっきり聞いた。だから知っている。知っているけれど、知らないふりをしてあげた方がいいような気がして、「そうなんだ」と僕は答えた。

「返事を聞かせてください!」

返事って、友達になるのに許可とかいるんだっけ? 何でこの子、こんなに真面目なんだろう。

「別に、友達くらいなってあげるけど」
「本当ですか! ありがとうございます!」

ここでお礼言っちゃうところがすでに友達っぽくないんだけどなぁ。とはさすがに言えなかった。
何せ驚くくらい、幸せそうな顔をされてしまったから。
相馬君はその表情のまま、僕の片手を取る。そして僕の小指に、相馬君のそれをいきなり絡めてきた。

「沖田さん、俺は沖田さんのことを一生大切にすると約束します!」

この指切りは、どうやら約束の証らしい。ううん、指切りは別にいいんだ。そこじゃなくて、約束の内容がプロポーズみたいに聞こえるのって、僕だけなのかな? これって友達に宣言することだったっけ?

相馬君があまりにも真剣に言ってくるから、常識が分からなくなってしまった。
なのに僕を惑わせた本人が、突然指切りしたことを恥ずかしがって謝ってくるから、もう何から突っ込めばいいのかすら分からない。
僕に出来ることといえば、「友達以上にはならなくていいんだ?」と言って、慌てふためく相馬君を見て笑うことくらいだ。

別れ際、小さな声で「友達以上を望んでも良いんですか?」と言った相馬君が可愛くて堪らないのは、僕がもう相馬君を友達以上の目で見ているからなのだろうか。

2018.01.01


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