白い指が枷のようで

※?←原(→)←沖
※「白い指」の原田目線/最初原田さんが酷いです



 総司には悪い事をしたと思っている。きっかけは、悪意に満ちていたから――

 自分でも信じられないくらい、好きになった人がいた。大好きで、手に入れたくて、だから努力してそれなりに良い雰囲気になれたと思った時に、突然知ってしまったのだ。

 ーーその人は、総司のことが好きなのだと。

 気付いた時は息が上手く吸えなくて、それほど夢中になっていた自分に驚きもしたけれど、表面上は笑えていたと思う。そういうことが出来る程度には、俺も大人になっていたから。

 けれど、応援なんて出来なかった。
 どうして総司なんだ。あいつはまだまだ子供だろう? あんたの隣に立つなら、俺の方が相応しいと思わないのか? 俺はその為に、ずっとずっと努力してきたってのに……なのにその人の視線も心も、いつだって可愛く笑っているだけの総司に注がれている。どう足掻いても、俺に特別な関心が向けられることは無かった。

 生まれて初めて覚えた嫉妬。それまで経験したことの無い醜い感情と、長いこと持ち続けていたがむしゃらな愛情は、報われないと知った途端に悪意へと変貌していた。
 それでも、その人を傷付ける事だけはやっぱり出来なくて、逆恨みと倒錯的な感情で、俺は総司に手を出したのだ。

 意外だったのは、総司が簡単に応じたことだった。けれどそれがまた、俺を苛立たせもした。
 俺が得ることの出来なかったあの人の愛情を、お前は一身に受けているくせに。それに気付きもしないで、何で俺なんかと簡単に寝るんだ。お前はそういう奴だったのか?
 だったらいっそ、色んな男の玩具になって捨てられてしまえばいい。

 それが最低な思考だと、自覚はしていた。
 だけど総司は男とだって簡単に寝られるような淫乱なのだから、別にいいじゃないかとも思う。
 そうして自分の行為を正当化していたのに、いざベッドへ行くと総司は震えていて、俺を見る目が真っ直ぐで、驚くほど綺麗で……


 あぁ、総司は俺のことが好きなのか。


 一瞬で気付いた。
 その途端、こんなことをしている自分が嫌になって、早速後悔し始める。
 今から「冗談だって、何騙されてんだよ」と誤魔化してやろうかとも考えた。けれど総司の震えが、逆にそんなことを言える雰囲気を失わせていて、結局俺はそのまま堕ちる道を選んだ。

 バックからが好きなんだと言えば、総司は素直に四つん這いになる。薄闇の中でも肌の白さがよく分かった。男の喘ぎ声なんて聞いて、萎えないかという懸念も杞憂となった――恐ろしく、気持ちが良かった。

 左之さん、さのさんと、舌足らずな調子で言われる度に、俺の興奮は増していく。初めてだったのに、その日だけで三回もしてしまった。
 気絶こそしなかったものの、終わった後の総司はぐったりとして起き上がれずにいる。苦しそうに肩で息をする総司の背中が酷く健気で、胸が締め付けられた。

 ごめんな、総司。
 思うだけで口には出来ないけれど、俺は心の中で何度も何度も謝罪する。



「さの、さん……」

 総司がだるそうに身体を動かして、俺の名を呼んだ。
 辛いか? とか、大丈夫か? とか、優しく言葉を掛けようと思ったのに。

「あぁ、帰るか?」

 俺の口から出たのは、気遣いの欠片も無い最低の言葉だった。
 総司の目が、悲しそうな色を帯びていくのが分かる。

 でも、これで良いんだ。
 俺はこんな奴なんだから、総司は別の人を好きになって、俺のことは嫌いになって、いつか忘れて幸せになるべきだろう。
 もしかしたら泣き出すのではないかと思ったけれど、予想に反して総司は静かな口調で返事をした。

「シャワーだけ、借りても良いですか?」
「あぁ。部屋を出て右に真っ直ぐ行けば風呂だから、勝手に使っていいぞ」
「…………」

 総司が辛そうなのは分かっているのに、風呂に連れて行きもしない、それどころか起き上がる手伝いもしない俺を、総司はどう思っただろう。
 でも優しくなんてしたら、お前は俺を忘れられなくなるだろ?

 のそりと起き上がった総司は、よろよろと辛そうにベッドを下り、ふらふらと覚束無い足取りで部屋を出て行った。
 暫くしてシャワーの音が聞こえ出す。タオル位は出してやらないとな、そう思って部屋を出ると、バスルームまでの道には白濁した液が点々と落ちていた。

 そうだ、平気で中出ししていたんだった。これでもう、今迄の関係は終わったな……そう思っていた俺にとって、帰り際に青褪めた顔をした総司から「また来ても良いですか」と訊かれた時には驚いた。

「何だ、あれだけじゃ足りなかったか?」

 自分でも下品な問いだとは思ったけれど、総司がまた来たい理由が、俺との友情関係を続けるつもりだったら困るから、気にせずにそう訊いた。
 すると総司は、今更恥ずかしそうな顔をして、はいと小さく呟いたのだ。

「何だよ、淫乱だなぁ総司は」

 俺の口調は軽かった。さっきまでしていたことと会話の内容を除けば、誰が見ても俺はいつも通りだったに違いない。


 それから、俺達の身体だけの関係は始まった。
 ある時総司から「顔を見ながらしたいです」と言われて、「勘弁しろよ」と俺は笑った。

 ……笑うしかなかったから。

 いつも冷たくして、もっといい奴を好きになれるようにと仕向けているのに、どうしてお前はまだ俺を好きでいるんだ。
 好きな人から好かれなかった腹いせにお前に酷いことをしている俺は、恋愛をする資格なんてもう無いと思わないのか? 俺は思う。
 例えお前が思わなくたって、俺は自分が許せない。

 だから俺は、この先もお前を好きにはなれない、なっちゃいけないんだ。そんなこと、分かっているのに――勘弁してくれよ、お前を好きになっちまうだろ。
 顔なんて見て、お前の想いを目の当たりしたら、総司を可愛く思わずになんていられない。それを俺は分かっているんだ。

 なぁ頼むから俺のことなんて早く嫌って、もうこんな関係を終わらせてくれ。

 これを他人に言ったら、俺から終わらせればいいだけだと言われそうだけれど、それじゃ駄目なんだ。総司がちゃんと、自分の意思で俺との関係を切れなきゃ意味が無い。
 未練も、ほんの少しの希望や可能性も持たせちゃいけない。俺を想っている限り、総司は先に進めないから。だから俺からは終わらせるつもりは無いんだ。


 ーーよく慣らしてから挿入したのに、ナカはいつもよりキツくて、総司の身体が強張っているのだと気付いた。間違い無く、さっきの俺の言葉が原因だ。
 腰を振っても総司の声が普段より小さい。喘ぎ声が潤んでいる……泣いてるんだろう。

 総司は何で俺を好きになったんだろう。何でこんなことをされても、俺を好きでい続けられるんだろう。
 泣く程傷付いたなら、俺を怒って罵って、拒絶すればいいじゃないか。
 なのにどうして嫌わないんだ。

 何度も抱いて、総司が感じると知った場所だけを狙って攻め続けていると、涙混じりだった喘ぎ声は、いつも通りの気持ち良さそうなものへと変化していった。
 同時に総司のナカがとろりと蕩けて、気持ち良過ぎて俺も熱い息を吐く。

 内心ではこの関係に後ろめたさを感じているのに、身体は快感を求めて総司を貪る。男とは因果な生物だ。

 総司の声が甲高くなってきた。そろそろ達するんだろう、俺ももう限界だ。最奥まで挿入しようと総司の方へと身体を傾けた時、強くシーツを握り締めている総司の指先が見えた。
 きつくきつく掴んでいるから、そこは血の気を失い真っ白になっている。こんな最低な俺の言いなりになって、いっぱい無理して、我儘なんて一個も言わない総司の深い気持ちが、その指先に現れているような気がした。

 そんな総司の純粋な気持ちは、いつしか俺の枷となり、会う度に俺は総司に囚われていく――幸せになってはいけないと、頭ではちゃんと、分かっているのに。

2017.04.08


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