聖夜のふたり

※「聖夜のはなし」の続き

今更そんなことに気づいたところで、もう遅い。
俺は、風間さんの本音をどうしても聞きたかった。けれどあまり話すのがうまくない俺は、今日すぐに聞き出せる自信が無い。だからこれからも連絡を取れるよう、少しでも仲良くなれたらと思っていたのだが……伊東さんの真似をすれば興味を持ってもらえるだろうという試みは、どうやら失敗に終わったらしい。
ではどうすれば良いのだろう。
黙ってしまった俺に、風間さんが小さく笑った。

「先に言われてしまったな」
「……?」
「今日お前に残ってもらったのは、このバイトが終わったあとも俺の店で働く気はないかきこうと思っていたからだ」
「これからも、風間さんと?」
「あぁ、ここは期間限定オープンだったが、本店が隣駅にあるからな。通えるだろう?」
「それは問題ありませんが……何故、俺を」
「沖田から聞いている、お前はいつか自分の店を持ちたいそうだな。物覚えも手際も良いし、希望するなら俺の店で雇ってやる。そこで勉強すれば良い」

願ってもない申し出に、うまく言葉が出てこない。
まずは礼を言うべきであろうが、どうしてそこまで俺を構ってくれるのか、その店に伊東さんはいるのか、他のバイトの者も誘っているのか……気になることが次々と出てきてしまう。
なかなか返事をしない俺に、風間さんが不安げな顔を見せた。

「……他に行きたいところでもあるのか?」
「いや、有難い話だ。ぜひ働かせてほしい」

そうか、と言って風間さんが嬉しそうに微笑んだ。

「何故、そんなに俺に親切にする? あんたは言い方は酷いが、いつも俺に優しかったな」
「俺も昔は人付き合いが得意ではなかったからな。昔の自分を見ているようで、放っておけなかっただけだ」

風間さんの言い分は、納得出来るものだった。けれど何かが腑に落ちない。いや違う、俺が納得したくないだけだ。

「俺は、伊東さんのようになりたい」
「……どういう意味だ? 口調だけ真似ても、伊東にはなれないと思うが」
「表面上の話ではない。俺はあんたと、伊東さんのような関係になりたい。あんたの優しさを、他人の口から聞くんじゃなくて、どう思っているのか直接言ってもらえるようになりたい……それは、難しいことだろうか」

そうだ、俺は今日これが言いたかったのだ。
言う前はおかしなことだと思っていなかったのに、俺たちが雇い主とただのバイトだという立場を思い出したら、夢のようなことに思えてきて不安になる。
風間さんの表情は真剣そのもので、何を考えているのか読み解くことが出来ない。
少しの間を置いて、ようやく風間さんが口を開いた。

「俺は、お前と友人になるつもりはない」

この言葉は、想像以上に堪えた。その場で倒れてしまいそうなくらいのショックでもあった。
けれどそんなみっともないところは見せたくない。意地でも普通の態度を取らねば、後々俺自身が後悔するだろう。
辛い気持ちをぐっと堪えて、風間さんに返事をする。

「そうか、出しゃばったことを言って申し訳な……」

俺が言葉を発している間に、風間さんが俺に近づいていた。突然彼の滑らかな指で顎を掬われ、言葉尻がかき消される。

「まだ俺の話は終わっていないぞ。お前とは、友人以上になりたいと思っている……嫌か?」

俺は風間さんの言葉を、必死に理解しようとした。理解したあとは、聞き間違いなのではないかと不安になる。思わず見上げた風間さんは、俺よりも余程不安そうな顔でこちらを見下ろしていた。

声が震えそうになるのを抑えて、何とか返事をしたつもりだが、俺もなりたいと、きちんと言葉に出来たか分からない。
ただ、俺の返事を聞いた風間さんが、嬉しそうに微笑んだことは覚えている。それがまるで絵画のように美しくて、クリスマスに天使が降りてくるというのは、本当なのかもしれないと思った。

2017.12.26

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