聖夜のはなし

※風間×斎藤、相馬×沖田、原田×薫の3CP
※ゲストに伊東さん、三木くん、平助くん、千鶴ちゃん
※斎藤目線→原田目線→沖田目線→最後にまた斎藤目線

* * * *

総司に誘われて、クリスマスまでの期間限定でオープンするカフェで働くことになった。最初はウェイターとして入り、仕事はすぐに覚えたしミスもしなかった。しかし愛想笑いがあまりにも出来なかったために、厨房に入れと言われることになる。
そう指示をしてきたのは、オーナーの風間千景という男だった。

彼を初めて見たときは驚いた。
室内の蛍光灯に当たっただけでも輝く金の髪のせいか、それとも光の加減で赤く見える目のせいか。彼はどこか人間離れして見えて、外国の絵画から抜け出た天使なのではないかと思ってしまう。子供の天使ではなく、宗教画などによく描かれている大人の姿をした方だ。
けれど見た目に反した口の悪さに、ひどく驚くことになる。

「貴様が店に出ているとイメージが悪くなる、厨房に移れ」

そこまで言わなくてもいいのではないだろうか……だが、いつか自分でもカフェを持ちたいと思っていた俺にとって、その異動は願ってもないものだった。
素直に頷いて厨房へ移ると、オーナーの友人だという伊東さんが、せっせと注文されたドリンクを作っていた。

「あら良かった、ずっと一人で大変だったのよ〜あの人、人使いが荒くって!」

あの人、とは風間さんのことだろう。
いつからの友人なのだろうか、風間さんのことをよく知っているようだ。

俺の代わりのウェイターとして、伊東さんの弟だという三木三郎という男が入ることになった。
なぜ兄弟で苗字が違うのかは知らない。気にはなったが、複雑な事情だったらと思うと聞けなかった。

厨房での作業に慣れたころ、出来た物を取りに来た総司に声を掛けられる。

「一君、厨房はどう?」
「あぁ、楽しんでやっている。伊東さんは親切だし、俺は接客が向いていないからな」
「そうなんだ、風間さんに言っておいて良かったみたいだね」
「風間さんに? 何を言ったのだ?」
「一君は本当は厨房が良いんですけど、移れますか? って。ほら、前からやってみたいって言ってたから」
「覚えていたのか……だが風間さんからは邪魔だと言われて移ったのだが」
「あれ、そうなの? おかしいなぁ、僕には助かるって言ってたんだけど」

そう言って、総司はドリンクを持ってフロアへと消えて行った。
風間さんの発言が気になったのだが、総司が出て行くとすぐに同じバイトの相馬が走り込んできて、思考が途切れてしまう。

「あのっ、斎藤さんて、沖田さんと仲良いんですかっ?!」
「総司とか? あぁ、友達だが」
「そうなんですか! じゃああの、沖田さんて」
「ちょっと相馬君、お水まだ?」

相馬が何か質問しようとしたとき、フロアから総司の声がした。覗いてみると、全席埋まっている。新しく来た客に出す水を、本来は相馬が持って行かなければならないのだろう。

「気になることがあるなら後で聞いてやるから、今は仕事をしろ」
「はい、すみません!」

相馬は慌ててフロアへと戻って行った。
だがその日は閉店まで忙しく、俺と伊東さんは明日の準備で遅くまで残ったので、相馬の話は聞けなかった。
次の日から意識して見ていると、相馬は何度も総司に話しかけていた。
休憩時間中や、メニューを取りに来たときなんかは必ず話しかける。けれど休憩時間中は三木に、仕事中はお客からの注文ラッシュに邪魔をされ、ろくに話せていないようだった。

相馬のことをよく知っているわけではないが、礼儀正しいし仕事への姿勢も真面目だ。接客態度も文句はない。
そんな相馬が、おそらく仲良くなりたいのであろう総司にこんなにも話せずにいるのを見ると、さすがに可哀想になってくる。だが厨房にいる俺には何が出来るわけでもなく、相馬を手伝うことは出来なかった。

俺は俺で、風間さんに総司の話の真偽を確かめたかったのだが、いつも忙しそうな彼と話す機会はなかなか見つからない。それでも、伊東さんとは何かをよく話していた。わざわざ厨房に来てまで話すその姿は、2人の仲の良さを見せつけているようにも思える。
結局話せないまま、クリスマス・イヴを迎えることになってしまった。

その日はバイトリーダーの左之さんが、朝から上機嫌だった。どうしたのかと聞けば、いつも凛々しくて頼りになる彼が本当に嬉しそうに笑って言った。

「今日は俺の恋人が店に来るんだよ」
「何がそんなに嬉しいのだろうか」
「いままで何回頼んでも来てくれなかったのに、今日は俺の仕事してるとこを見てくれるんだよ。かっこいいとこ見せてやりたくてな」
「左之さんはいつでも格好良いと思うのだが?」
「お、そうか? ありがとな。でも俺の恋人の前で絶対それ言わねぇでくれよ、怒られちまうから」

左之さんの言葉が理解出来ないのは、俺に恋人がいないせいだろうか? その恋人は、どうして自分の恋人が格好良いと言われて怒るのだろう。

「なぜ怒られるのだ?」
「素直じゃないからなぁ、まぁそこが可愛いいんだけどな」
「理解に苦しむ」

そう言っても、左之さんは嬉しそうに笑うだけだった。大人とは、そういうものなのだろうか。
しかしこの日は朝から忙しく、途中で左之さんの恋人が来るという話を忘れていた。
夕方過ぎ、少しだけ混雑が落ち着いたころに店内が少し騒がしくなる。
そのとき、突然その話を思い出した。きっと左之さんの恋人が来たのだろう。だが、聞こえてきたのは「やめてください」という総司の声だった。

慌ててフロアに出て行くと、そこには3人組の男たちが座り、そのうちの一人が総司の腕を掴んでいた。
どうした、と声を掛けようとした俺の横を、相馬がすごい速さで駆け抜けていく。
勢いのまま「沖田さんから手を離せ!」と怒り、客の腕を無理矢理どかしていた。今度は客が相馬に対して怒り始める。

「てめぇ、客に何て口きいてんだ?」

状況が分からず、どう止めたものか迷う。
相馬のお陰でその場から少し離れられた総司に何があったのか確認すると、困った顔で説明された。

「あの人たち、ここに来る前に飲んでたみたいで、僕に隣に座って相手しろって絡んできたんだよね」
「どういうことだ、あいつらには総司が女に見えるということか? それとも男だと分かっていて、そんなことを?」
「うーん、どうなんだろうねぇ」

俺たちが会話をしている間も、相馬は客を注意していた。総司に気安く触るなとか何とか、およそ店員の言うセリフとは思えなかったし、客の怒りに火を注いでいるだけに見える。
まずは相馬を止めようとしたときに、左之さんが「まぁまぁ」と宥めに入った。

そこからは、急転直下。気づけば総司に絡んでいた3人は、左之さんに向かって「あんたいいやつだなぁ」と言って泣き始めていた。
何なのだこいつらは。酔っているということもあるのだろうが、正直言って怖い。いや、ここは左之さんの手腕を褒めるべきだろうか。
横でその状況を眺めていた相馬は項垂れて落ち込んでいるし、総司はそんな相馬を見てくすくすと笑っている。

とりあえずは左之さんのお陰で丸く収まったようなので、俺はまた厨房に戻ることにした。
戻るとそこには風間さんがいて、俺に冷たい目を投げてくる。

「堂々とサボるとは、良い度胸だな」
「サボったわけではありません、問題が起きたようだったので確認をしてきただけです」
「フロアのことは原田に任せておけば良い、お前の仕事は厨房のはずだろう」
「……すみません」

素直に謝ると、風間さんはふんと鼻を鳴らして去って行った。
俺は総司が大変な目に遭っていないか心配だっただけなのに……せめてあの騒ぎを止めたのが俺だったならば、もう少し強く言い訳が出来たものを。
自分の情けなさに落ち込む俺に、伊東さんが優しく言ってきた。

「あんな言い方してるけど、本当はあなたのこと心配してたみたいよ?」
「え、誰がですか?」
「風間君に決まってるじゃない。いつもあたしに斎藤はどうだ、って言ってくるし、随分と気にかけてるみたいね」
「風間さんが? 何故……」
「理由は知らないけど、最初からあなたのことは心配してたわよ? 接客が苦手そうだから厨房にしてあげたいけど、ウェイター枠で来てるからそれは嫌だろうかとか」

伊東さんの話を聞いて驚いた。同時に、なぜ俺にはそう言ってくれなかったのかとも思う。

「ところでさっきは何があったの? 沖田君の声が聞こえてたけど、あたしまで離れるわけにはいかなかったから見に行けなくて」

総司から聞いた話を伊東さんにすると、伊東さんは憤慨していた。

「まぁ何て破廉恥なのかしら! 沖田君たら可哀相に……大体そんなこと言うのはどうせブサイクでしょ? 冗談じゃないわよねぇ!」

伊東さんの言い方では、まるでいい男だったら言っても良いように聞こえるが、総司の心配はしているようなので良しとする。
伊東さんと並んで、また作業を始めた。最初は苦戦していたデコレーションを、いまの俺は簡単に仕上げていく。自分の慣れた手つきを見ながら、このバイトが明日で終わりなのだとふと思った。

* * * *

総司に絡んでいた男共を説得した俺は、薫のいる席に戻った。そこには平助と千鶴も一緒に座っている。
俺が戻るなり平助が「左之さんかっこよかったぜ!」とはしゃぎ、千鶴も「すごかったです!」と目を輝かせてる。可愛いな、こいつら。

肝心の薫はそっぽを向いているが、少しだけ見えてるほっぺたが少し赤くなっている。結局こいつも可愛い。
本当は自分も言いたかったことを、平助と千鶴に先を越されて拗ねているのだろう。いや、薫の場合は褒めるというより「まぁまぁじゃないか」と言うだけだろうけれど。だからこそ、2人の後では言いづらいに違いない。

「注文聞いてる途中で悪かったな。騒がしくしちまったお詫びだ、お前らの分は俺が奢るから好きなもん頼めよ」
「え、そんな! いいです、お支払いします」
「そうだよ左之さん、千鶴には俺が奢るんだから大丈夫だって!」
「元々お前らから金取る気なんてねぇんだよ、子供は大人しく奢られとけ。平助も、その金で千鶴にもっといいもん奢ってやればいいだろ」

俺の提案に、そっか! と言って平助が笑った。千鶴が「平助君、悪いよ」と言っていたが、隣に座った薫が千鶴を諭したら納得したようだ。

「原田の親切を無下にする方が悪いだろ、ここは奢られておけよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になりますね。ありがとうございます」

平助と千鶴は、本当に飲みたかったのか気を遣ったのか知らねぇが、メニューの中から一番安いドリンクを注文してきた。薫は堂々と一番高いものを注文している。
俺としては本当に飲みたいものを頼んでほしいから、気を遣わない薫の注文はありがたい。

「すぐ持ってくるから、待ってろよ」

注文をメモした伝票を持って厨房に向かおうとした俺に、千鶴が声を掛けてくる。

「原田さん、お化粧室はどこですか?」
「あぁ、あっちだ。案内してやるからついてこい」

俺の後ろをついてくる千鶴が、平助たちの席から離れるとまた声を掛けてきた。

「あの、さっきの原田さん、本当に素敵でした。兄さまも、原田さんが戻る前は誇らしげに見てましたよ!」
「そりゃ本当か?」
「はい、それにいつもだったら平助君が私に何か言うたびに舌打ちするんですけど、原田さんの前では大人しかったですし……兄さま、原田さんのことはとても好きなんだと思います! 素直じゃないので分かりにくいかもしれませんが、これからも兄さまのことよろしくお願いしますね」
「あぁ、それは任せておけ。手離す気なんてねぇから」

俺の返事を聞いて、千鶴は幸せそうに笑った。
こいつももちろん可愛いんだけどな。薫の「俺にしか分からない」可愛さに、一度気付いてしまったらもう他が目に入らなくなっちまった。
さて今夜はあいつを帰らせないために、とっておきのセリフを言ってやるかな。

* * * *

3人の酔っ払いが陽気に帰ったあと(ちなみに会計も左之さんが担当してくれた)、しょんぼりしながら仕事をする相馬君に声を掛けると、暗い声で謝られた。

「すみませんでした、俺全然役に立てなくて……」
「うん、まぁ相馬君のセリフはカフェのお客さんに言うことじゃなかったよね」
「はい……すみません……」

そのまま首が落ちてしまうんじゃないかと思うくらい項垂れる相馬君に、思わず笑いが込み上げる。もう大学生だというのに、ちょっと素直過ぎるんじゃないかな。

「でもお陰で僕お客さんたちから離れられたし、助かったよ」
「いえ、俺なんていなくてもきっと原田さんが来てくれましたから……俺は何の役にも立ってないです」

そんなことないよ、と言おうとして、いや左之さんなら確かに来るだろうなと思い至る。しかも相馬君よりスマートに助けてくれるだろう。実際、相馬君が余計に怒らせたあの人たちを上手に宥めきっていたわけだし。

この相馬君は、バイト初日に何度かミスをした。新人ならそんなの当たり前なんだけど、そのフォローをしてあげたら、僕にとても懐いてしまったんだ。
いや、懐くというより好かれてしまった、というのが正しいだろう。それはもう分かりやすく僕に尻尾を振るようになった。
僕を見れば嬉しそうに笑いかけてきたり、ことあるごとに僕に話し掛けようとしてきたり。

だけど僕の方は全然相馬君に興味が無かったから、あまり相手にしていなかった。
相馬君の挙動に気づいた三木君が、わざと相馬君の邪魔をして遊んでいるのも止めなかったし。

嫌なことをしてくるわけじゃないし、僕に迷惑をかけたりするわけでもないから、決して嫌っていたわけではない。だけど関心も湧かなかった。
だから明日このバイトが終われば、そのまま縁も切れると思っていた。もし連絡先を聞かれても、答える気もなかったし。

そのつもりだったのに、困ったなぁ。さすがにさっきのは可愛いと思ってしまった。
「沖田さんに、気安く触るな」って、僕のことどれだけ高嶺の花だと思ってるんだろう。別に普通の学生なんだけどな。

そんなことを思いながら、とうとうバイトの最終日を迎えることになった。
イヴは恐ろしく混むけれど、クリスマス当日は案外そこまででもない。といっても混まないわけではないから、忙しいといえば忙しい。だけどイヴの混雑を乗り切った僕らにとっては、そんなに大変な仕事でもなかった。

だから僕は、ふとした瞬間に今日のバイトが終わってからのことを考えてしまう。
相馬君はどうするつもりかな。気づけば昨日の落ち込みを引きずっている彼のことを、何度か目で追っていた。

ピークに混む時間帯が過ぎて、あとは閉店を待つばかりとなった。
そういえば今日は、珍しく相馬君が話しかけてこない。まぁ落ち込んでるみたいだから、それも当然かな。
あれ? 何で僕、今日はこんなに相馬君のことばっかり考えてるんだろう。

「ねぇ、相馬君」

最後のお客さんが帰ったあと、声を掛けると相馬君はビクッとして僕の方を見た。

「え、何ですか? 俺、何かミスしちゃいましたか?」
「ううん、してないけど……ねぇ、まだ落ち込んでるの?」
「はい。自分が情けなくて……俺も、原田さんみたいになりたいです」
「いきなり左之さんていうのは、ちょっと目標が高過ぎるんじゃないかな。まぁ目指すのは勝手だけど」
「……一生をかけて、頑張ります」
「相馬君、重いよ」

あぁほんと相馬君て面白い。

「じゃあそんな可哀相な相馬君に、沖田サンタからプレゼントあげようかな」
「プレゼント、ですか? あ、すみません、俺は何も用意してなくて」
「いいよいいよ、僕もいま用意したものだから」
「え、いま??」

不思議そうな顔をする相馬君に、「僕の連絡先教えてあげる」と言ったら、それはそれは喜んでいた。喜ぶだろうとは思っていたけれど、僕の想像を遥かに越えて喜んでいる。
まさかこんな子に絆される日が来るなんて、思ってもみなかった。

相馬君は自分をダメだと思いこんでいるけれど、昨日僕が困っているときに一番に駆けつけてくれたことも、必死に僕を守ろうとしてくれたことも、全部無駄じゃなかったんだよって、いつか教えてあげようと思う。


* * * *

最終日、バイトが終わってから俺は風間さんを待っていた。
「話があるから残っていろ」と言われたからなのだが、言われなくても俺は残っていただろう。風間さんに言いたいことがあったからだ。
ようやく現れた風間さんが、待たせたなと言って俺の前に立つ。そして口を開こうとしたとき、俺が先に口を開いた。

「これからも、あんたと一緒に仕事がしたい……わよ」

俺が語尾につけた言葉に、風間さんがぎょっとした表情を浮かべた。だが、驚いても綺麗だ。

「どうした、斎藤……熱でもあるのか?」
「平熱だ。伊東さんみたいにならないと、仲良くなれないのかと思って言ってみたのだが。違うのだろうか?」
「俺は喋り方で友人を選んでいるわけではないぞ」

言われてみればそうだ。俺が知っている風間さんなど、このカフェにいるときの一部分のみで、外に出ればもっと色んな人と関わりを持っているだろう。



2017.12.25



※風間×斎藤だけ「聖夜のふたり」に続きます

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