幕間 - 03
 屯所へ戻ると、三木さんは項垂れたまま座り込んでいた。住む場所が見つかりましたよ、と声を掛けると虚ろな目で俺を見上げ、大人しく例の家までついてくる。
 いざ家に着けば、周りに人気はない。この機に罵られるか怒られるものだとばかり思っていたけれど、家の中を案内している間さえも、三木さんは大人しかった。
 俺はおじさんに聞かされた家の配置を思い出しながら、三木さんに説明を続ける。

「また明日来ます」

 そう言って家を出た俺は、屯所に向かう道すがらずっと、明日あのおじさんの家に行った後どうなるのかを考えていた。想像だけで怖気が走り、まだ来てもいない明日から逃げ出したくなる。
 けれど三木さんのことを考えて、逃げては駄目だと自分に言い聞かせた。屯所に戻るまでの間、俺は不快な恐怖心と、自責の念からの鼓舞を繰り返し続けていたのだ。


 次の日、三木さんの元へ向かう前におじさんの家に寄った。俺を案内するために出てきた少年が、昨日の子とは違っている。一体何人の少年を囲っているのだろうか。
 屋敷の奥へと通されると、おじさんは既に待っていた。あの人の好さそうな笑顔のまま、彼の口が淫らな命令を下すのを、どこか他人事のように聞く。だから彼のものを舐めるようにと言われても、俺はその場に立ったままでいた。けれど思考だけが現実逃避をしたところで、実際に逃げられる訳じゃない。

「家を、貸さなくても良いのかね?」

 その言葉で、現実に引き戻される。おじさんの顔を改めて見ると、彼は余裕の笑顔で俺を見ていた。いまあの家を借りられないと、俺は困ってしまう。他に道はない。俺は彼に頼るしかなくて、彼はそれをよく分かっているのだろう。

「いえ、慣れていなくて……すみませんでした」

 おじさんに近付き、膝をついて彼の着物の裾を捲ると、むっとするほどの男のにおいが鼻をつく。一瞬で怖気づき、助けて欲しくておじさんを見上げたけれど、「続けなさい」と言われただけだった。
 三木さんの為だ、三木さんの為だ。それだけを必死に考え、おじさんの下帯を取る。そこからが、分からなかった。

「あの……、やり方が、分かりません」

 俺の言葉に、おじさんが笑う。

「女の子がするようにしてくれれば良いんだよ」
「お恥ずかしい話ですが、俺は女性との経験も無くて、その……どうすれば良いのか……」

 そう言うと、今度は嬉しそうに笑って「初物か」と呟いていた。聞き間違いであってほしい。それから、やり方を教わった。上手に出来なかったけれど、おじさんはそれすらも楽しんでいるようだ。
 かなりの時間を掛けて、漸くおじさんが射精する。おじさんのものを口に含み続けているのが苦しくなり、調度顔を離した時だったから、顔に掛けられてしまった。俺は情けなくも泣きそうになる。気持ちが悪くて、吐きそうだ。
 けれどこれで終わりだと思うと嬉しかった。それなのに――

「もう少し、練習していきなさい」

 相変わらずの笑顔のままで、彼が平然とそう告げる。そして「次は飲むように」と。
 俺は震えた。嫌だと、思わず叫びそうにもなった。辛うじて堪えたものの、身体が上手く動かない。

「今夜は他にも用事があるので、明日では駄目でしょうか」

 それでなくとも、三木さんの元へ早く食べ物を届けたかった。だからこう言ったのは嘘ではなかったのだけれど。

「ふーむ、相馬君は家を借りられなくてもいいんだねぇ」

 そう言われてしまえば、俺は逆らえない。いえ、と言って再び彼に近付く。また巧く出来なければ、「もう一度」と言われてしまうかもしれない。そう思って、俺は必死に彼のものを咥えて舐めた。先端を吸うようにと指示され、言う通りにする。
 繰り返す内に、彼の手が俺の頭を撫で始めた。同時に、気持ち良さそうな吐息が聞こえてくる。唐突にぐいっと頭を押さえつけられて、何事かと思う間におじさんの腰が激しく振られた。息が出来なくて、苦しくて、辛くて。

 今日だけで、何度泣きたくなったことだろう。そのたびに我慢出来ていたのに、この時ばかりは生理的な涙が零れてしまった。
 いつか武士になるのを夢見て新選組に入ったくせに、こんなことをされて、こんなことで泣いて。自分の情けなさに、余計に泣けてきてしまう。

 直後、口内に勢い良く熱い液体が注がれた。喉に流れ込んできたから当然噎せて、床に倒れ伏して俺は激しく咳込んだ。げほげほと咳をするたび、自分の口から白い飛沫が飛んでいく。最悪だ。更に最悪だったのは、おじさんの命令だった。

「きちんと飲み込みなさい」

 涙目でおじさんを見上げると、有無を言わさぬ表情でおじさんが俺を見下ろしている。咳込みつつも、無理をして言われた通りにした。最後の一滴を飲み込んだところで、おじさんがしゃがんで俺に顔を近付ける。

「次からは、口に出されたら必ず飲むように。いいね?」
「…………はい」
「用があると言っていたね。今日はこれで帰してあげるけど、明日からはこれだけでは終わらないからね」

 明日から? 今日のこの行為で終わりじゃなかったのか。俺はまた、明日もここに来なければいけないのか。あの家を借りるための「支払い」は、いつ終わるのだろう。それとも、終わりなんてないのだろうか。答えを聞くのが怖くて、質問が出来ない。俺はただ、小さな声で「はい」と言うのが精一杯だった。

 おじさんから解放された俺は、逃げるように三木さんのいる家へと向かっていた。辿り着いた先では、三木さんに殴られそうになる。けれど実際に手を上げられることはなかった。でも俺は、本当は殴って欲しかったのだ。三木さんに与えられる痛みで、さっきの気持ち悪さを吹き飛ばしたかったから。
 その夜は、三木さんの食事に付き合って終わった。

 次の夜、また三木さんの元へ行く前に、おじさんの家へと向かう。今夜は何をされるのだろうか。いや、分かっている。分かっているからこそ考えたくなくて、けれど心の準備もなく手を出されたら、きっと耐えられない。だから敢えて何をされるのかを、馬鹿みたいに真剣に考えた。
 俺は、嫌がらないでいられるだろうか――

 しかしこの日、辿り着いた家に件の人物はいなかった。急遽別邸で新しい「少年」を迎え入れたらしく、そちらに夢中になっているらしい。それを聞いてほっとした。その少年には悪いけれど、ずっとそっちにかまけてくれていれば良いと思う。
 なのに、その家の留守を任せれていた少年から「明日来るようにと、言伝を預かっています」と言われてしまった。彼は俺のことも忘れていなかったらしい。分かりましたと返事をして、三木さんのいる家へと向かう。その足取りは重かった。

 三木さんの元へ着くと、昼にぼろぼろになった爪が元に戻っていると言われる。変若水を飲むと治癒力が上がるようですと言ったら、便利だなと感心していた。その時の三木さんの表情がとても無垢で、俺は居た堪れない気持ちになる。この人から昼の自由と、人としての人生を奪ったのは俺なのだ。
 改めて、明日の覚悟を決めた。三木さんのために出来ることは、全てやらなければと。

 次の日、三木さんの家に行く前におじさんの家へと向かう。昨日行っていたらしい別邸に、また行っていてくれはしないだろうかという淡い期待は、簡単に裏切られた。いつもの奥座敷に通されると、楽しそうな表情のおじさんが待ち構えていたからだ。
 また舐めるようにと言われて、俺はおじさんに近付き、先日教わった通りに口と舌を動かしていく。そうそう上手だ、と褒めてくる湿った声に吐き気がした。口内でおじさんのものが膨張したかと思うと、喉奥に白濁を吐き出され、彼の機嫌を損ねないよう必死で飲み込んだ。熱くて、不味くて、やっぱり泣きたくなってしまう。
 三木さんのためだと思っても、どうしたって辛いものは辛かった。唯一の救いは、「今夜はもう良いよ」とあっさり解放されたことだろうか。

「え、でも……」

 今夜はこれで終わらせないつもりだったのではと、思わずおじさんに疑問の目を向けると、彼は楽しそうに言う。「これから別邸に行くからね」と。浮足立った態度を見る限り、相当に彼好みの少年が来たのだろう。
 俺は少しだけ希望を抱いた。彼がこのままその子に夢中になってくれれば、俺は彼の相手をしなくて良いのではないかと。けれどその直後に「また明日だね」と言われて、心が地の底深くに沈んでいった。

 しかし幸か不幸か、この最悪の経験が役に立つことになる。重い足取りのまま向かった先で、三木さんから女性を攫うように言われたからだ。その提案は断って、俺が代わりを務めることにした。おじさんに教わっていなければ、きっと何も出来なかっただろう。

「口ん中に出すからな、全部飲み込めよ?」

 三木さんにそう言われた時、何が起きるか分かっていたから覚悟も出来た。幾度かに分けて飲み込んでから、俺は謝罪をする。俺の技術だけでは、三木さんを満足させることが出来なかっただろうから。おじさんのものを舐めるのはやっぱり嫌だけれど、これから三木さんにもするのなら、もっと上達したいと思った。
 他に良かったことと言えば、俺の身体に最初に挿入されたのがおじさんの指ではなく、三木さんのものだったことくらいだろうか。

「明日は、指だけじゃ終わらせねぇからな」

 そう言われた時、俺が少しだけ喜んでいたことなど三木さんは知らない。三木さんにだったら、何をされても良いんだ。だって俺は、三木さんから「人としての人生」を奪ってしまったのだから、当然の対価だろう。
 けれど残念ながら、その次の日三木さんが俺を抱くことは無かった。三木さんが俺の血を吸い、そのことに怯えて俺を抱き締めて終わってしまったからだ。結局俺を最初に抱いたのは、あのおじさんだった。

 痛みや苦しさよりも、得体の知れない男に身体を無理矢理開かされる屈辱が強い。我慢出来ずに、初めての夜はおじさんに突き上げられながら泣いてしまった。辛くて辛くて堪らなかった。逃げ出したくて、でもそう思うたびに三木さんのことを考えて堪える。
 これは当然の報いなのだと、自分に言い聞かせて……。
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