覚え桜

※「忘れな雪」の続き


宿に着き、部屋へ入るなり押し倒された。
少し待たねぇかと止めた言葉は、風間からの口付けに掻き消されてしまう。性急に差し入れられた手に胸元をまさぐられ、そこに起ち上がる突起を抓まれた。
痛みに顔を顰めると今度はそこを優しく撫でられ、高い声を上げてしまった。

風間が息で笑い、優しくされたいのかと俺に問う。
羅刹の事を忘れられるような行為を望んでいるのだろう? と挑発するように言われたが、痛みで誤魔化されたい訳じゃねぇよと言うと、風間は得心が行ったようで成程と呟き静かに笑った。

では、融ける程に甘く抱いてやろうと不敵に笑う鬼は美しかった。
再び口付けられ、風間の舌が俺の口内に潜り込んで舐めていく感触がやけに気持ちが良い。もっと深く俺を感じて欲しくて風間の後頭部を引き寄せると、時を同じくして風間の手が俺の下肢に伸びていた。

はしたなく熱を帯びた俺のものを風間の指が撫でる。生理的にびくりと震えてしまった脚に恥ずかしさを覚えたのは一瞬で、俺の熱を高める風間の手の動きに意識は簡単に持って行かれた。

静かな雪とは対照的な、熱い水音が部屋に響く。息継ぎの合間に漏れる自分の甘い声はまるで現実感が無くて、だからこそ俺はがむしゃらに風間に抱き着く事が出来た。
今の俺は、新選組副長の土方歳三ではなく、名も無いただの臆病者だ。
だからまだ達したくないと濡れた声で懇願する自分も、自分であって自分ではないのだ。

風間は俺の事を誰にも言わない。だから他の誰にもこんな俺を知られる事は無い。
俺の心が安らげる場所は敵である筈の風間の前だけだなんて、羅刹という存在は確実に俺を狂わせてしまっている。

忘れてしまいたい。
これまで殺すしかなかった隊士達の事も、山南さんの事も、これから羅刹になってしまうであろう誰かの未来も、全て――

俺が果てる直前で、風間の指の動きが止まった。
何で止めやがったと問う前に、その指は俺の後ろへと差し入れられる。じわじわと俺の内壁を打ち崩していくその指が、触られてもいない前にも刺激も与えてくるから、我慢が出来ずに腰が揺れる。

風間、風間、と情けない声を上げる俺に、慌てるなと鬼が笑う。けれど余裕があるように見えた風間の息だって上がっている。
てめぇも俺が欲しいんだろ、そう言って口端を上げた俺の喉が次に上げたのは叫びにも似た喘ぎであった。
風間の熱が、躊躇いも無く俺の最奥まで貫いてきたから。

抜き差しされる動きに合わせて、馬鹿みたいに風間の名を呼んだ。
口で答えぬ代わりに、風間はその手で俺の髪に触れ、撫でる。
風間に揺さぶられて覚束ない手で、俺も風間の髪に触れた。色だけではなく、手触りまで絹のようなその髪を握り込んで引き寄せると、口付けを欲しているのだと気付いた風間が、直ぐに熱いそれを寄越してくるから夢中で貪った。

あぁこのまま繋がっていれば、本当に融けてしまえるかもしれないのに……

もう限界が近く、俺は無意識に千景と呼んでいた。
瞬間驚いた表情を見せた風間は楽しそうに微笑んで、動きを緩めて俺を抱き寄せた。
耳元に寄せられた唇から、「安心しろ、俺は死なん」と囁かれて気を失いそうになる。かろうじて保たれた意識は、もういきたいと泣きそうな声で訴える自分の声を聴く事になったのだけれど。


風間は、いつ俺の求める物に気付いたのだろう。
俺が誰も死なせたくないと思っている事に、いつ気付いたのだろう。
羅刹は希望だ。けれど確かに紛い物だ。薬になど頼らなくても、もう誰も失いたくない。
だから俺の前では死なないと、約束された命が欲しい――風間は、それが分かって俺に死なないと囁いたのだ。

不意に風間が窓の方を示す。
目線だけ向けると、知っているかと静かな声が降ってきた。
窓の先に見える木は、桜なのだと説明された。

桜は雪を乗り越えて咲くのだ、貴様も知っているだろう。風間が馬鹿にしたようにそう告げる。
だから何だと俺は毒づく。
分からぬか、と困った吐息が漏らされた。
雪は嫌いだと呟く俺に、当然だと風間が言う。

貴様には雪より桜が似合うのだから、と。



2016.04.05

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