想像してどうぞ

 廻と書いてめぐりだけどカイって呼んでください。
 笑顔なのにどこか強い圧で言われた呼び名は、あの爆豪も呼ぶほどクラスに浸透している。フルネームを廻スイという名の少女は自己紹介で濃い印象を抱いた割に、日常生活では人の一歩後ろを歩くような生徒だった。
 だからこそなぜ爆豪に強制させるほど呼び名に拘るのか。蛙吹が特定の人に言う「梅雨ちゃんと呼んで」とは明らかに違う。芦戸や葉隠が聞いていたけれど、廻は「めぐりって呼びにくいでしょう?」と笑うだけで、それ以外の答えはひとつも言わなかった。
 線引きをされている。クラス全員がわかっていたけれど、不躾に踏み込むような人はヒーロー科にはいない。人の嫌がることはしない優しさと良識は持ち合わせている。どこぞの爆豪と違ってコミュニケーションに問題がなかったことも理由のひとつだ。
 移動教室や昼食などで、なんとなく出来たいくつかのグループに廻は属さなかった。誘う前にふらりとどこかへ消えるのだ。葉隠が透明人間は私の特権なのに、と愚痴りながらも寂しそうにしていたのを覚えている。

 廻の個性は『酔い』。
 その名の通り相手を強制的に酔わせることができる能力だ。体液がアルコールに似た成分になっており、ただアルコールと違うのはアルコール耐性のある人間にも効くこと。今まで酒になど酔ったことがないと豪語する人間でも、廻の個性に掛かればたちまち酔いが回ってしまう。
 それを聞いたとき、緑谷は強個性だけど使い方が難しいと思った。アルコール耐性関係なく効く点は強いが、個人差はあるはずだ。その上用量を誤れば急性アルコール中毒にしてしまう恐れもある。他のクラスメイトたちも「すごいね」「なんか大人っぽい」と褒めながらも、どう戦うのか興味深々といった様子だった。
 しかしアルコールとは似て異なるとはいえほぼ同じ成分のそれは、未成年で成長期の緑谷たちには悪影響だからと、廻と個性を使った戦闘訓練で戦うことはなかった。

「というわけで廻少女は私と」
「カイと呼んでください」
「めぐ」
「カイと呼んでください」
「……カイ少女は私とマンツーマンで戦う!!」

 初めてのヒーロー情報学、戦闘訓練、ヒーローコスチューム、オールマイト。贅沢で充実した時間に一滴落とされた、違和感とも感じない、知らず蚊に刺されたような感覚。緑谷は早々にリタイアしてしまったから、廻とオールマイトの戦闘は見られなかった。
 あのとき緑谷も見ていたら何か変わっただろうか。考える。血を吸う蚊に気付いて叩けば肌が痒くなることがないように。あとから見せてもらった映像には、廻の個性の使い方や性格が出ていた。見ておけばよかったと思うけれど、緑谷は今も昔も自分のことで手一杯だ。オールマイトの方に気を取られたかもしれない可能性も否定はできない。入学当時は自分に見合わない個性に慣れるために、あまり廻に注目していなかったのも事実だ。だから痒くなるまで蚊に刺されたことにも気付かない。

 来る者拒まず、ただし容易には近づけない。
 そんな廻のイメージは、今も変わらず緑谷の中にある。





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