「私と結婚してください!」
「……は?」

 退屈なパーティー。退屈な挨拶。
 そんなものが一瞬にして吹き飛んだのは初めてだった。

「えと……すまない。もう一度言ってくれないか?」

 ジョットが若干頬を引きつらせながら、できるだけ優しく聞くと、目の前の少女は純粋な笑顔で「私と結婚してください!」と、先程よりも大きな声で言った。
 それにより会場のほとんどの人の動きが止まり、一点に視線を注がれる。いくら注目されるのに慣れているボンゴレプリーモといえど、これは今までとは違うもの。どうすればいいのかまるでわからない。

「あれ?聞こえませんでした?」

 きょとん、と目を瞬かせる少女の声にハッとし、ジョットは隣にいた幼なじみ兼右腕のGに小声で話しかけた。

「G……! 私はどうすればいいんだ……!」
「い、いや俺に聞かれても…」

 突然のことにGも戸惑っているのだろう。この男も自分と同じく女絡みの話には疎い。しかし他の守護者は遠い位置で傍観を決めており、ジョットが視線をやっても素知らぬ振りだ。薄情者め、と胸中で毒づいた。

「うーん……赤髪のお兄さん、この人は耳が悪いんですか?」
「赤髪……って俺のことか?」
「はい。あんなに大声で言ったのに反応なしとは……難聴でも患ってるんですか?」
「いや、ジョットは単に戸惑ってるだけだと——」
「もし敢えて無視してるなら、ボンゴレボスとしてどうなんでしょうね? それに求婚している女を目の前にして無視するのは男として終わってません?」

 ね、と笑顔で首を傾げる少女。その背後に黒いものが見えたのは気のせいだろうか。Gは背筋に冷や汗が伝った気がした。
 この女、黒いぞ、と。


 パーティーの騒ぎを取り戻した会場から出たベランダで、少女とジョットは対峙していた。とはいえ少女はニコニコとシャンパンを飲んでいるが。

「それで、どうです? 私と結婚しませんか?」

 身長のせいで自然と上目使いになるのだろう少女はジョットを見上げながら首を傾げる。自覚してそうしているのかはわからないが、その仕草は酷く少女に似合っていた。

「……何故いきなりそんなことを?」
「それはですねー……あ! その前にまず自己紹介しましょう!」

 シャンパングラスを持ちながら器用に両手を合わせた少女。そういえば名前を知らなかった。本人の口ぶりからしてどこかしらの令嬢らしいが。

「私はユキと申します。純日本人ですよ」
「ジャッポーネ……では雨月と同じか」
「はい! その雨月という方は存じませんが!」
「笑顔で言うことではないよ。雨月は朝利雨月といってな。日本では笛の名手として有名らしいのだが……」
「へぇ……わかりません!」
「……そ、そうか」

 本人が聞いたら苦笑するだろう一言を平気で言うユキは中々の図太さだ。令嬢というのはもっと淑やかなイメージだったのだが、違ったのだろうか。

「そうだ、あなたの名前は何ですか?」
「? 知らずに話しかけたのか?」
「はい!」

 またもや元気な返事。今や裏では知らない者はいないであろう自分の名前を知らないとは。元々変わった娘だとは思っていたが、名前も知らない男に求婚するとは驚きを通り越して疑問を覚える。何故彼女は突然あんなことを言ったのだろうか。

「あまりにも私の欲しいものを全部持っている人だったので、じゃあこの人と結婚すればいいんじゃないかと!」
「それは……何とも凄い理由だな……」
「自分の気持ちに素直に生きてますから」

 それは出会った当初から薄々わかっている。
 権力、財産、地位を欲して自分の妻となろうとしてくる女は絶えない。だがこの少女ように最初から求婚を求めてくる者は誰一人としていなかった。結局どの女も自分ではなく、その後ろのものにしか興味はないのだ。

「お前が……ユキが欲しいものは何だ? 金か? ボンゴレボスの妻の地位か?」

 だから、賭けてみたくなった。この少女ならボンゴレプリーモではなく、ジョットとして見てくれるのではないかと。
 最初少女はそんな質問をするジョットを不思議そうに見ていたが、やがて意味を理解したのか、笑顔で口を開いた。

「全部です!」
「……は」

 またしても、ぽかん、としてしまった。しかしそんなジョットを気にするでもなく、ユキは言葉の続きを口にする。

「私、お金が大好きなんです」
「え」
「権力はあって困るものでもないですし」
「……」
「あ、でも地位はいりませんね〜。特に興味ないです。人がたくさん頼ってくるのってうざったいですしね」
「……」

 まるで自身の雲の守護者のような発言をする少女を呆然と見つめる。色々言いたいことはあるが、ひとつ確信できた。
 やはり彼女は変わっている。

「だから私が欲しいのはお金と、一応権力と……」
「ま、待て。それなら私ではなくてもいい筈だ。金と権力を持つ者など、この場にはたくさんいるだろう」

 踊っているのだろうか、緩やかな音楽が聞こえる会場を示すと、またしても少女は目を瞬かせる。数秒そうしていたかと思うと意味を呑み込んだのか、笑顔が戻った。

「ダメですよ、お兄さん。人の話は最後まで聞きましょう」

 幼子に優しく言う母親のような言い方をする少女。先程までのニコニコした笑顔とは違い、今は穏やかに微笑んでいる。何故か胸が疼き、ジョットは首を傾げた。

「私、確かにお金も欲しいですけど、それよりも先にお兄さんを見たとき思ったことがあるんです」

 そんなジョットに気付いているのか敢えて無視しているのか、ユキはジョットに近づく。そして戸惑うジョットのネクタイを掴み、ぐっと顔を引き寄せ、

「——この人、欲しいなぁって」

 ちゅ、と頬に軽いリップ音を立てた。

「!? な……!」
「あは、顔真っ赤」

 ネクタイを離して体も離れる。頬を赤く染めるジョットを少女はからかうように笑い、いつの間にか手すりに置いていたシャンパンを手に持った。

「いやー、その分だとお兄さん女性経験は皆無ですね?」
「なっ……! からかったのか!?」
「いえいえ、私はちゃーんとお兄さんが好きですよ」
「……!」
「今度はお兄さんからしてくださいね」

 首を傾げて小悪魔のように笑う少女。そんな訳あるかと言いたかったが、何故だろうか。そうなる日はそんなに遠くない気がした。






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