「深夜様、もし女の子に突然殴られたらどう思います?」
「は?」
書類整理をする深夜に突然投げ掛けられた質問。思わずペンを落としそうになって、深夜は慌てて持ち直した。
「……どうしたの?いきなり」
とりあえず平静を保ちながら聞くと、ソファに寝転がっていたユキは上半身を起こし、その手に持っていた本を深夜に見せた。その中身は漫画で、何故か男が女に「大っ嫌い」と言われながら殴られている。
「これ、この前の壁外に行った時に本屋からこっそり持ち帰ったものなんですけど、」
「ちょっと待って。僕そんなの聞いてないんだけど」
「言ってませんからね。それに漫画があればもって帰るのが普通でしょう」
「それは君だけだよ……」
けろりと答えるユキに頭を抱えたくなる。彼女が軍で稀に見る漫画好きなのは知っているが、勝手な行動は止めてほしい。
「話を戻しますけど、これ少女漫画なんですよ。まだ二回しか読んでないので台詞は全部覚えてませんが、」
「二回も読んだの?」
「深夜様黙ってください。話を遮るなんてお行儀が悪いですよ。で、この女の子は十年ぶりに好きな男の子と出会ったんです。でも男の子は女の子を覚えてなかったから女の子はつい殴っちゃったんですね」
「うわぁ、何その話……」
「引かないでください。確かに20過ぎの大人が読むにしては子供っぽいですが、たまに読んだら面白いんですよ。それで聞きたいんですけど、深夜様が男の子の立場ならどう思いますか?」
「ええー」
どう思うも何も、いきなり何だとしか思わないだろう。もう関わりたくない、と思うのが普通じゃないのか。
「ちなみに私はこの女の子がわかりません。まあ恋愛というものを知らないので仕方ないですが、それでもいきなり殴るのは人としてどうなんでしょう」
「確かにね。でもそれだけ好きってことなんじゃないの?」
「うーん……わかりません」
首を傾げて漫画を見るユキ。殴る、というより好きという感情がわからないらしい。好きなら何故殴るのか、というところだろうか。といっても深夜にも恋というのはいまだによくわからない。8年前のグレンと真昼は特殊なケースだろうし、そもそも周りにそういう話がないのだ。
(あれ、僕も恋愛素人?)
「深夜様は好きな人いないんですか?」
「え?うーん、そうだね。今はいないかなぁ」
「マジですか。使えないですね〜」
「何で主の僕が従者の君に罵倒されてるんだろ……」
「従者だからといって気を使うなと言ったのは深夜様でしょう」
「ユキちゃん、ものには限度あるって知ってる?」
「知ってますよ。なめてるんですか」
「どちらかといえばユキちゃんの方がなめてるかな〜」
漫画を取り上げながら言うとユキは途端にムス、とする。深夜は子供だなぁ、と思いながらユキの向かい側に座った。
「返してください。私から漫画を取り上げたら何が残るんですか」
「何かしら残るでしょ。ていうか僕も恋とかしたことないからこの男の子の気持ちはわからないかな〜」
「そうですか……まあ元から期待してませんけど」
「えー、そこは期待してよ」
「童貞に何を期待しろと?」
ぴき、と深夜が固まる。言った本人はそれを気にする様子もなく澄ましているが。この従者は羞恥心というものがないのか。
「あ、図星でした?傷付いたならすみません」
「……うん、まあ、いいよ。ていうかユキちゃんは恋すらしたことないでしょう」
「三次元の男に興味ないんです」
「わあ、問題発言だ」
「恋自体には興味あるんですけど……」
うーん、と首を傾げながらまたソファに寝転がるユキ。深夜は悩むユキと手にある漫画を見比べ、席を立った。
「ユキちゃん、恋したいの?」
「したいというか……どんな気持ちなのかいまいち理解できないのが気持ち悪いというか…」
「そっか〜。じゃあさ」
「はい?……って深夜様、何してるんです?」
目を瞬かせるユキの目の前には端正な深夜の顔。違う視点から見ると深夜がユキを押し倒した形になっている。
しかしそんな状況でも逃げる様子のないユキに深夜は苦笑し、ぐっ、と顔を近づけた。
「え、あの、深夜様?」
「——ユキちゃん、僕と恋してみない?」
「……へ」
ぱちくり。瞬きをひとつ。
ユキの額に口付けた深夜は状況が呑み込めず呆けるユキに、にこ、と魅惑的に微笑んだ。
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