私の生まれは『帝の月』だ。詳しく言えば小百合の親戚。といっても私は小百合ほど優秀じゃなかったから、将来のことなんて漠然としか考えてなかったけど。
深夜様と出会ったのは高校に入学した時。当初からイケメンだとは思っていたけど、関わっていく内に中身もイケメンで絵本の王子様みたいだと思った。
しかし私が深夜様に恋心を抱くお姫様にはなることはなかった。むしろこの王子様を守る騎士になりたいと思ったから、私は深夜様の従者になったのだ。
「なのに何故その王子様と仲良く手を繋いでいるのでしょうね」
「僕が繋ぎたかったからだよ?」
「……そーですかー」
片手だとページがめくりにくいんですけどね、と漫画から目を離さずに呟くと僕がめくってあげるよ、なんて甘い声が降ってきた。それに鼻で笑う。
「漫画は自分のペースで読むものですぅー」
「目線を見ればめくるタイミングくらいわかるけど」
「わーお相変わらずハイスペックですね深夜様。手離してくれません?」
「やだ」
語尾にハートがつきそうな声で断りやがった深夜様から離れる。手が繋がったままだから離れるといってもたかが知れてるけど。
まあいい放置しよう。そう決めて片手でページをめくると肩を叩かれた。
これはあれか、振り向いたら頬を指で突かれるやつだな。フッ、甘いな深夜様。そんな庶民的なイタズラは私には通用しない!
「深夜様、私をなめてますね?」
「それこの前も言ったけどユキちゃんの方が僕をなめてるよ」
このイタズラは叩かれた方に振り向くという習性を利用して考えられたもの(いや知らないけど)。つまり、深夜様の叩いた右ではなく左に振り向けば私の頬が突かれることはないのだー!
「——あ?」
なに、この湿ったやつ。
「女の子が「あ?」なんて言っちゃダメだよ、ユキちゃん」
「……」
深夜様はなんてことない顔をして離れたけど、今この唇に触れていたのは確かにアレだった。アレだ、深夜様の荒れることを知らない柔らかいくちび——
「うっっっわぁ……」
頭を抱える。なんてことだ。やらかした。
「王子様のファーストキスを奪ってしまうなんて……」
「ねえどうしてユキちゃんは僕の知られたくないことを当然のように知ってるの?」
「従者ですから」
ていうかカマかけただけだったんだけどまさか初めてとは。童貞であることといい深夜様は本当に潔白でいらっしゃる。まあ世の女子にとって王子様の初めては自分であってほしいし、自分の初めても王子様に捧げたいものだろうから、深夜様はそのままでいいけども。いや、唇に関しては私が奪っちゃったけども。
「駄目ですよ深夜様。王子様のキスはお姫様のために取っておくものです」
「うん。だから中々目を覚ましてくれないお姫様を起こそうかと思って」
「……深夜様」
咎めるように名を呼ぶと深夜様は肩をすくめる。
「私は騎士ですよ」
「僕にとってはお姫様だよ」
この話を続けても平行線であることはわかっていた。それでも否定せずにはいられない。私はこの人に守られたいのではなく、守りたいのだから。
甘い甘い笑顔を見せる深夜様は大変麗しいけど、その先にいるのは漫画片手にソファに寝転がる芋女だ。お姫様には程遠い。なりたいとも、思わない。
「僕もだけど、ユキちゃんも大概意地っぱりだよね」
「何のことですか?」
「そういうところ」
「深夜様、少女漫画な展開は他人事だから面白いんです。我が身に降りかかっても面白くないです」
「あれ?僕振られちゃった?」
「振られちゃいましたね」
いつの間にか離れていた手で漫画を閉じる。まったく、漫画を読む気分ではなくなってしまった。よいしょと、ソファから立ち上がる。
「よし、じゃあ次は振られないように頑張るよ」
「……次がないことを祈ってます。さ、仕事しますよ」
「え〜」
主従揃って1時間程サボっていたから書類が山積みになっている。これは残業だなと目処を立てながら、王子様のやる気を起こすべくその御手を取った。
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