なんだったんだ、あれは。
――お前の世界はオレだろう?
あまりにも不遜に言い放たれたあの言葉には、不思議と抵抗が無かった。しかしそれは「からあげにはレモンだろう」くらいのもので、もちろん「そんなもの好みによる」と反論できる、わずかばかりの余地も私には残っていた。
今の私には戸籍もないし昔馴染みもいない。仕事といえば宝探し(ゴミ拾い)くらいで、人様のお役にも社会貢献もしていない。私をわたしと証明するものなんて、この世界にはどこを見回したってありはしないのだ。
価値観の違う人々に囲まれながら、郷に入っては郷に従え、長い物には巻かれろの生き方なんて、ずっとはしていられない。色々物騒な事を山ほど覚えていたって私の根底には人を殺さずの道徳心があるし、そんな自分をもう変えられない。体はクロロと同じくらいだけども、こちとら見かけほど若くはないのだ。
とはいえ。別にからあげにレモンをかけられたって怒りはしない。むしろ好きな方だ。不思議と納得したあの無抵抗の心地は、一体なんなのだろう。
「おい」
変わらずに過ごしていたとある日。というか五日後。クロロが寝そべる私の背中に無遠慮に腰掛けた。まさかベンチにされるとは思っておらず、無様にもカエルの真似事をしてしまう。
「な、なに、クロロ」
「お前、最近またどこへ行ってる」
「どこって、言ったじゃん探し物」
そう。私は変わらずに、元の世界への手がかりを探す日々を過ごしていた。何故あの言葉を無視するような真似をしているかといえば……それは私にも分からない。しかしまぁ、当然ながら何故だと問われる。自分が分からぬものを説明せよとは難しい問題だ。
「だって、クロロは私とずっと一緒にいるわけじゃないでしょ」
「そうだな」
「じゃあ私は私の場所を見つけなきゃ」
「それは住処の話か?」
「住処もそうだけど、心の住処というかなんというか」
「俺だと言っただろ、お前も」
「うーん……」
そうと言われればそうなのだが、自覚をしたくないというか、無意識にレモンを回避しているというか。言うなれば……。
「……からあげにレモンかけるとき、掛けていいかどうか、聞いて欲しくない?」
「……一体なんの話かは知らないが、お前レモン絶対掛けるだろ。今更確認が必要か?」
「必要必要。絶対必要」
「理由は」
理由? そんなの、……そっか、私、そういうことか。
「だって、私がクロロのこと大好きって言ってるみたいじゃん」
そうか! と手をポンと合わせてひとり納得してると、後頭部に妙な視線が飛んでくる。なんだ? だってからあげにレモンを絶対掛けるかどうか知られてるなんてちょっと恥ずかしくない? そんなにこっちで食べたことないよ? 一度好きかどうか確認してくれた方が、素直に頷けるでしょう?
「……違うのか?」
「いや、好きだけど。一回確認が欲しい。そしたら素直に頷けるのになって」
「そういうものか」
「そうそう、そういうものそういうもの」
わずかな逡巡の気配がしたかと思うと、背中の圧迫感が消える。ああ重かった。クロロって筋肉ある分重い……ん? クロロ? あれ、私、さっきなんて言った? クロロ? からあげ?
考えながら話していたせいか、自分の言ったことが思い出せない。けれどこのぽんこつな耳が捉えた言葉の中に、からあげという単語は無かった、気がする……。
そろりとフクロウのように首を回す。まさか、いや嘘であってくれと願うが、振り向きざまに上がった肩の、わざわざ反対側を掴まれてごろんと転がされる。ほぼ一回転した視界に、流石のフクロウではない私は一瞬目を回してしまった。そうして視界に映るのは、大好きなからあげ、じゃない方。
「お前の世界はオレか?」
問われた言葉に、結局また無抵抗の心地で頷いた。ああ、きっともうどこにも行けないな、と私は思う。いつからか私の世界だった男は、満足そうに口端を緩めた。
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