ナナミは毎朝起きたら鏡を眺めるクセがあった。
金色の髪、茶色の目、血色の良い幼女の頬はふくふくとしている。腕をまくる。白い肌に注射の痕は無い。綺麗な体の健康体だ。これは夢だと思っていたけれど、さすがに覚めず成長する夢というのは気味が悪い。これが現実であると認めた方が、まだマシという事態。
ため息は最近忘れ始めた。自分を取り巻く環境が、前よりも良いことに気付いたのだ。ありがたいと思わなければ嘘になる。
日課となった自分チェックも終わり、顔でも洗おうと部屋を出る。途中、寝ぼけて定位置からずれていたのだろう兄の背中を踏んづけた気がするが、まあいいか。
「……背中が痛い。ナナミ、今日ボクの背中踏んだだろ」
「寝違えただけでしょ。こっちのせいにしないでよ」
「本当は?」
「踏んづけたとき足を捻ったからおあいこ」
ナナミ! と兄が食器を片付けながら怒っている。喜怒哀楽の激しい兄だが、里で一番頭がいい、いちおう、自慢の兄だ。ご飯を食べ終わってから言うあたり、幼いながらも知性を感じる。いやまぁ兄というからには年上なんだけど。
「それで、足は大丈夫なの?」
「……うん。ごめんねクラピカ」
「大丈夫ならいいよ。まったく、からだ弱いくせに気を付けないんだから」
「そこまで弱く無いよ」
今はね、と心の中で付け足す。確かに風邪を拗らせやすかったり不注意で怪我をよくするが、大きな病気にかかったことはない。いつも青痣をこさえては、母を「せっかく前のが薄くなったのに、また……」と嘆かせている。
「なに、また喧嘩してるの?」
「パイロ。違うよナナミが悪い」
「おおむね同意」
「開き直ったなこいつ」
「はは、ナナミも難しい言葉使うようになったね。クラピカそっくりだ」
「違うよパイロ。ナナミは昔からこうだ」
「違うよパイロ。私はクラピカの真似してるだけ」
更に真似をしながら訂正すると、クラピカはもうっ、と言って頬を膨らませた。それも数秒で済んだ切り替えの速さは見習いたい。クラピカを迎えに来ただろうパイロは、優しい顔で笑っていた。
「じゃあナナミ、オレとパイロは外でてくるから。夕方には戻るから、良い子にしてるんだぞ」
「……今日も着いていっちゃダメなの?」
「ナナミにはまだ早いよ」
何が、とは言わなかった。クラピカとパイロは最近二人で出かけて夕方まで帰ってこない。どこへいっているのかとも聞いていない。きっと返ってくる答えは変わらないから。
でも、それはもういいのだ。クラピカの優しさだと気づいてるし、鈍臭い私がいては足手まといになる場所なのだろう。私は私で、どうしてここにいるんだろうという疑念が晴れることは無いので、家にいても考えることはいつもいっぱいだ。つまり暇ではない。
「まあまあクラピカ。ナナミだって暇だろうし、今度一緒にいってみようか?」
「……いや、いいよパイロ。ありがとう。私はちゃんと忙しくしてるから大丈夫だよ」
「忙しくって、なんだよ」
腕を組んで、そっぽを向いて、私がついていきたいって言わせないようにしていたクラピカがこちらを怪訝に見た。私はクラピカの真似をしながら言った。
「クラピカにはまだ早いよ」
きょと、としたクラピカは、それからちょっとむっとして、同じ言葉を私に言ったことを思い出したのか最後には口を尖らせてまたそっぽを向いた。そのまま家を出たクラピカに、代わりに謝ってくれたパイロが後をゆっくり追う。
「……なんでここにいるんだろ」
幸せである、と自覚しはじめた私の感情に、とろくさい思考だけが置いてけぼりになっていた。こんなに良くしてもらえるだなんて、私は前世でどれだけ徳を積んだんだ。そう思って我が身を振り返る。
「…………うーん。別に、無いなぁ」
振り返っても、思い当たることは無かった。
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