唇ひとつ。鼻ひとつ。耳がふたつ。眼がひとつ。
変わらないようで変わるものだなと、ナナミは鏡を見る度に思う。
金色の髪は直毛で、白い肌は直らない不注意のおかげで青痣はあるけれど、やはり注射の痕はない。ふくふくしていた手足は伸びて、顔も大人びた。可愛らしい、と他人事のようにもう1人の自分を見つめる。見ながら、右瞼に触れる。
「……ない」
「盗られたからな」
「ひっ」
勢いよく振り向くと茶色の目を胡乱げに細めた兄が立っていた。固まるナナミをよそに溜息をついたクラピカは、右瞼に触れたままのナナミの手を掴むと咎めるように叩いた。本気ではないけれど、不快に感じる力加減。
「痛いよクラピカ」
「毎日毎日、不用意に触るな。菌が入ったらどうするつもりだ」
「顔洗ったばかりだから綺麗だよ。クラピカこそ、もし私が着替えてたらどうするつもりなの」
「妹の着替えを見たところでどうもしない」
「私も菌が入ったところでどうもしない」
色々と真似しながら言い返すと今度は頬を引っ張られた。私を痛い目に合わせる手を引き剥がそうと抵抗するけれど、鍛えられた筋肉には敵わない。
「これが力こそパワー」
「馬鹿なこと言ってないで着替えろ」
「着替えても私は出かけないじゃん」
「病気でもないのに一日中パジャマでいることは許さない」
「病気ではないけど片目ないもん」
べ、と舌を出してそっぽを向く。クラピカの雰囲気が変わったのがわかった。怒っている。
クラピカの地雷を踏み抜くのは簡単だ。今はなき故郷に関連することを言えばいい。怖くはない。もう十何年妹をしているのだから、本気で喧嘩をしたことは片手では数え切れない。けれどクラピカがナナミに手をあげることはなかった。いや躾と称して叩くことはあるけれど、もちろん本気ではない。基本的にクラピカはどんなに怒っていてもナナミに優しい。
でも今回はちょっとミスったかもしれない、とナナミが思ったのは、振り上げられた手を見てからだった。
「……っ」
反射的に目を瞑る。頬を抓られるよりは痛いだろう。盗られた目を戯れの会話に出すのは厳禁だったらしい。クラピカが意外と短気なことを忘れていた。
「……」
「……」
「……叩かないの?」
いつまで経ってもこない衝撃に恐る恐る目を開ける。下から覗き見たクラピカは手を下ろしていて、かと思いきやナナミの額を指で弾いた。
「痛い!」
「……あまり怒らせるな」
「ごめん」
「ナナミは昔から良くも悪くも素直だ」
「長所なの」
「良くも悪くもと言ったんだが?」
まったく、と腰に手を当てるも、クラピカに怒っている様子は見受けられない。ああ今のは妹を守り切れなかった自分に怒っていたのかと、ナナミは遅れて理解した。既に謝ってしまった後だから本当に遅い。
襲撃の際ナナミは両目とも盗られたが、命からがら生き残った。死体全てが首と胴体が離れているという凄惨な現場だったにも関わらず奴らに気付かれなかったのは、仮死状態だったためなのではというのがクラピカの見立てだ。ナナミは兄ほど頭が良くないため話半分で聞き流した。ついでにハンター試験の情報収集の過程で運良く左目を取り戻したのだから、ナナミはもう今以上を望んではいない。
「クラピカ、私ね」
幸運だと思う。少なくとも死んだ同胞よりは確実に。兄と2人生き残って、片目だけだけど盗られたものを取り返せて。他人から見れば運のない人生、そんなもの前世で経験済みだ。生きている、優しい兄もいる。
じゃあもう、いいじゃないか。
「……」
「ナナミ?」
でも、そんなことをクラピカに言うのは、絶対に違うと、わかっているから。
「着替えるから出てって?」
だからナナミはゆっくり瞬きをして、訝しむクラピカにへらりと笑った。
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