自分の中にこんなに醜い感情があったなんて知りたくなかった。どうしてだろう。この世界にきたばかりの頃はくじら島を出たくて仕方なかったのに、今はあの島に帰りたい。ゴンが私の、私だけの神さまだった時間に戻りたい。今日は何して遊ぼうか。そう無邪気に笑いかけて手を引いてくれたのは、私の方が先だったのに。
 泣くな、泣くな。神さまが困ってしまう。

「ユキ、唇切れちゃうよ」

 優しい声にせっかく抑えたものが込み上げそうになる。俯いて首が取れそうなほど勢いよく横に振ると、頰に手を添えられた。羽が触れているみたいで少しだけ不安になって、遠慮がちに擦り寄ってみる。ゴンがくすぐったそうに笑って、空気が緩んだのがわかった。そのことにとても安心してしまって、結局我慢できなかった涙が一筋、二筋と瞼から溢れる。

「ご、ごめっ……」

 慌てて拭っても一度流れたものは止まらなくて、早く止まれと念じながら服の袖を目に押し付ける。ゴンの様子が気になるけど、顔を見る方がこわかった。頰に触れたままの手からは暖かい体温以外何もわからない。ただ親指だけは私を宥めるように頬骨の上を行き来していた。

「オレに何かできることある?そうだ、タオル持って来るよ」
「っいい、いらない……!」

 慌ててゴンの手を握って引き止める。それを額に押し付けて首を振ると諦めてくれたらしく、「そう?」と言って空いた片方の手で濡れた目尻を拭った。
 そんなに優しくしないでほしい。縋りたくなる。神さまという存在は縋るものなのかもしれないけれど、ゴンは違う。本当の神さまじゃないことくらいわかっている。私が勝手にそう思っているだけで、ゴンは生きている人間だ。わかっている、けれど。

「……あのね、ユキ。オレはユキの友達だけど、ユキがオレのこと神さまだと思ってるなら、今だけ神さまになってもいいよ」

 息を呑んだ。泣いていたことを忘れて顔を上げる。

「オレにできること、何でもしてあげるよ」

 太陽みたいな笑顔。いつも私を陽の光の中に連れて行ってくれる、まるで神さまみたいな人。その人が、私に何でもするって。
 咄嗟にゴンの手を離して、自分の手で顔を隠した。ついでに体ごと一歩離れる。心臓かお腹か、体の中心部からじわじわと熱くなっていく。肌という肌が赤い。絶対ゴンにも気付かれているけれど、何も言われないのがありがたかった。
 嬉しい。嬉しい。嬉しい。醜い感情が一瞬でなくなる快感がクセになりそうで恐ろしい一方で、ずっとそれに浸っていたいと思う。
 神さま、神さま。
 瞼を強く閉じて、そっと開く。

「なあに?」

 神さまが、私を待っている。

「…………許可が、ほしくて」
「うん」
「………………独占したいの」

 声がかすれる。必要な言葉以外出てこないように、口を手の甲で抑えた。少しくぐもってしまうけれど、神さまはきっと聞いてくれる。

「ゴンは、私だけの神さまがいい……」






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