「霧海、お前卒業したらどうするんだ」
放課後、職員室を訪ねて早々に担任が切り出した。今日は午前中授業だったから早く帰れると思っていた私は、伸びたまま放置してある髪を弄りながら答える。
「知らない」
「それじゃ困るんだよ。自分の成績、自覚してるか?」
「悪いのはわかる」
「志望校どころか高校に行けるかどうか……まったく」
ぶつぶつと小言を並べる担任の生え際を見る。再来年どころか来年からきそうだ。さっさとハゲればいい。
そもそも私は高校に行きたいとは一言も言っていない。読み書きができないと不便ではあるが、言葉だけでも生きていけると知っている。私にとって勉強は貴族が嗜むもので、偉くなる予定もないのにする必要性を感じなかった。体を動かす体育以外楽しくもない。
「運動部に入っていたらスポーツ推薦を狙えたかもしれないのになあ。お前なら何の大会に出ても優勝できたろ」
「興味ない」
「あ、そう……じゃああれだ、翻訳の仕事なんてどうだ? 英語得意だろ」
「少しできるだけ。仕事は無理」
世界情勢は知っていた方がいいと、考古学者に新聞を読める程度には文字を習ったことがある。仲間との伝言で役に立ったこともあるが、日常で使用することはあまりなかった。
その文字もここでは一部でしか役に立たない。国ごとに使う言語が違うなんて、考古学者は目を輝かせるだろうが、私は意味がわからないと考えを放棄した。私の専門分野は喧嘩だ。勉強ではない。
「はあ……まあ進学にしても就職にしても、成績上げなきゃ話にならねえぞ。あーほら、爆豪と緑谷は幼なじみなんだろ? 教えてもらえ」
「うーん」
「それから目上に対する言葉遣いも。面接官にタメ口きいたら即不合格だから敬語も勉強しとけよ」
「勉強ばっかり」
「学生の本分だ。喧嘩もやめろ。緑谷のやつも心配してたぞ」
話は終わりだ、と言いながら進路希望のプリントを渡される。第三希望までの欄が記された紙を睨んだところで何も起きはしないが、私には敵としか思えない。とはいえどんなに警戒したところで紙はただの紙で、破ればいいだけ、なのだが。
「……ハイ」
祖父母や出久が眉を下げる表情を想像してしまい、渋い顔をしながら手から力を抜いた。この担任いっそ私がハゲにしてやろうか。
***
教室に戻ると人は疎らで出久もいなかった。進路希望のプリントを鞄に突っ込んで、私もさっさと教室を出る。学校は嫌いだ。環境は今の方が断然いいのに、小さく貧しい島を思い出す。
(……息苦しい)
かえりたい。
「おい」
靴箱からスニーカーを出していると、町のチンピラよりも迫力のある声が背後からした。私が担任に解放されるまで待っていたのだろうか。勝己は偉そうなのに教師には歯向かわない。器が小さいと思う。
「なに?」
「……チッ、てめェほんと腹立つな」
「喧嘩? 買う」
「しねーわ! 内申に響くだろうが!」
「ふーん」
ネコ科のライオンを想起させる勝己に頷いて、「じゃあなに?」と尋ねる。勝己が私に話しかけてくることは少ない。私が勝己をあまり好きではないように、勝己も私を好きではないから。剣士とコックみたいなもの、と思ったが、勝己と私は仲間ではないから全く違った。単に馬が合わないだけだ。
「……てめェ進学すんのか。どこだ」
「知らない」
「ああ!? てめェのことだろうが!!」
「うん。でも知らない」
「〜〜っ!!!」
勝己がまた怒っている。生え際は大丈夫だろうかと、こっそり視線を向ける。担任と違って剛毛、それに毛根も強そうだ。きっと勝己の髪が著しく抜け落ちることはないだろう。
よかったよかったと安堵しながら、勝己の前を通り過ぎる。勝己に薄毛はきっと似合わない。
「待てや!!」
「待たない。帰る」
「……っデクもそうやって逃げたなァ!! さすが似たもん同士のオトモダチってか!?」
「ともだち?」
思わず振り返っておうむ返しをした。勝己はまた柄悪く唸って威嚇してくる。それに構わず勝己に一歩詰め寄ると、勝己は眉を上げたものの体は引かず、勝己より背の低い私を見下ろした。
「なンだよ」
「私と出久って友達に見える?」
「知るか!!!」
「知らないの?」
「なんで、俺が、てめェらの関係を知っとかにゃならねェんだよ!! クソか!!!」
ボンッと勝己の手から大きな爆破が起きる。もくもく煙を上げる手のひらと勝己の顔を見比べて、機嫌がとても悪いことを察した。今日の勝己は何を言っても怒る日だ。質問したら極々まれに答えてくれるのに。
「じゃあ私と勝己の関係は?」
「ねェわ!!!!」
その日一段と大きな爆発が起きた。
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