前世では捨て子だった。自我を持つまでに育ったからには誰かしらの手助けはあったとは思うが、周囲には似たような子供しかいなかったから、きっとまた捨てられたのだろう。気にもならなかった。産み親も育て親も、周囲の子供すらも、生きるためにはいた方が楽だったから共にしただけで興味はなかった。
 幼い私の世界は貧しい小さな島で完成されていて、なんとなく息がしづらかった。飢えから食べた悪魔の実のおかげで喧嘩は負けなしになったが、どんどん世界がつまらなく感じた。
 どうしてヒトはこの島にしかいないんだろう。
 そんなとき島に船がやってきて、初めて海の『向こう側』の存在を知った。

 衝撃だった。

 船にはたくさんの人が乗っていて、みんな同じ服装をしていた。大人達は「やばい」「逃げろ」なんて騒いで、よくない雰囲気を感じた子供もそれに乗じてどこかへ行ってしまった。
 私は1人取り残されたが、やはりどうでもよかった。

 この世界から、抜け出せるのなら。


***


「……ちゃん、アオちゃん!」

 控えめに肩を叩かれ、意識が夢から現実に切り替わる。血の匂いから古びた木の香りへ、敵の雄叫びから子供らの喧騒へ、拳を振りかざす男から少し頼りない幼なじみへ。ゆっくりと瞬きをして出久と目を合わせる。

「……おはよう」
「お、おはよう。そろそろ先生来るよ?」
「うん、ありがとう……」

 もぞもぞと体を起こして、今にも閉じそうな目を擦る。たった今来たらしい出久は私を気にしながらも席に向かった。私の席は外窓側の前からニ番目だから、出久とは少し離れている。
 雲の流れが穏やかだ。風がないと帆船は進みが遅くなってしまう、というのは軍艦を奪ってから得た経験だった。すぐに1人の操縦は無理と判断して買い出しボートに乗り換えたが。後に仲間になった航海士に「なんてもったいないことしてくれたの!?」と怒られたことを思い出して頬をさする。私は霧人間であってゴム人間ではないので、頬を抓られたら普通に痛い。
 視線を下に落とす。もちろんそこは海ではなく、簡素な運動場だ。荒々しく、ときに優しく、しかし悪魔を宿す者には容赦のない海。その感情を読み取ることができるのは、私が知る限り彼女だけだ。
 ——……ああ。

「海いきたい……」

 思わず声に出してしまった口をパッと塞ぐ。ちらりと教卓を見るといつ来たのか、髪の毛の生え際が後退しつつある担任と目が合った。私の見込みでは彼は再来年くらいから毛量も減る。

「おいコラクソ女……」

 そして斜め後ろからは低い低い声。そしてボボボという連続した爆破音。嫌々振り向くと赤い瞳が私を睨んでいた。その更に後ろでは出久が床にへたり込んでいる。また虐められたらしい。

「出久、今度は何したの?」
「えっいやっ」
「無視すんじゃねェ!!」
「ボムボム……ん? あ、違う、勝己うるさい」
「いい加減名前覚えろや殺すぞ!!」
「ごめん」

 勝己はもう1人の幼なじみだ。個性は『爆破』。前世で戦ったボムボムの実の能力者と似た能力だが、彼は手のひらの汗を爆破させるため別物と考えている。しかし第一印象があのボムボムの能力者と同じくあまり良くないため、私はしばらく彼のことを「ボムボム」と呼んでいた。彼の名前を『己に勝つ』と書くと知ってからはそれもやめたが、呼び慣れたあだ名は中々消えない。

「てめェも腹立つんだよクソ女ァ……」
「そう」
「まさかてめェも雄英行くなんて言わねェだろうなあ? 成績底辺の不良がよォ!!」
「底辺じゃない。最下位から十番目」
「変わらんわ!!」

 大爆発を起こす手のひらを見ながら「ふーん」と相槌を打つ。勝己は毎日毎日怒って疲れないのだろうか。初めて会ったときも出久を虐めていて、それを止めた私にとても怒っていた。怒ると血圧が上がったり脳が疲れたりするらしい。担任のように髪が薄くなることもあるそうだから、私は勝己を心配している。彼の髪はまだ無事だろうか。

「勝己、頭大丈夫?」
「アオちゃん!!?」

 出久の顔色が大量出血でもしたような真っ青になる。心なしか体も小刻みに震えていて、勝己を見上げて悲鳴をあげていた。その勝己は何かに耐えるように拳を握って、息も荒くなっている。赤い瞳は先程の比でないくらい目付きが悪い。どうやら更に怒らせてしまったらしい。申し訳ない。
 しかし勝己は昔から大人の前で喧嘩はしない。今は担任がいるため我慢しているが、放課後は絡まれそうだ。勝己には下着を見せても効果がないから穏便に済ますことも難しい。
 どう収拾を付けるか考えていると、担任が「はいはい席につけ〜!」と手を叩いてみんなを促した。この空気に耐えられなかったのは担任だったようだ。勝己が大きな舌打ちをつきながらも自分の席に戻るのを見て、私も体を前に向ける。

「進路希望はまだ変更可能だが、志望校はできるだけ早く決めろよ。それから霧海」
「なに」
「お前はプリントすら出してないだろ。放課後職員室な」
「ええ……」
「帰ったら家に電話するぞ」

 面倒くさいと顔に出すが、残念ながら効果はなかった。渋々了承の返事をして窓に顔をそらす。

 この世界から、抜け出せるのなら。

 ふと前世で初めて見た船——軍艦を思い出す。あれは私にとって希望の船だった。実際その船に乗って旅出た先には、仲間という希望があった。
 もし今、あの時のように希望の船が来たのなら、私はまた乗るだろうか。





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