リオネス城の奥深く、まるで隠れるようにひっそりとある部屋を知っているだろうか。ーー否、この部屋を知るものは極少数の者のみ。国民はもちろん、城内で働く大半の者はその部屋の存在を知らない。しかし彼らは部屋を知らないだけでそこにいる住民は認知している。
知る人ぞ知る場所にある割に、そこは案外広い。
上品な調度品、埃ひとつない毛足の長い絨毯。シンプルながらも高級感溢れるテーブルにふかふかなソファ。極め付きは大きな天外つきのベッド。
絵に描いたようなお姫様の部屋。それがリオネス王国第一王女、リル・リオネスの私室だ。

「ん……」

カーテンの隙間から漏れる光が顔にかかったらしい。ベッドで羽毛布団に包まれていたリルは眉を寄せ、次いでゆっくりと目を開けた。瞼の間から銀色の瞳が鈍く光る。
リルはしばらくそのままの体勢から動かなかったが、意識が覚醒し始めたのか、もぞもぞと体を起こした。その拍子に肩から外れたワンピースの紐を緩慢な動作でかけ直す。

「……ふぁ…」

小さな口に肌白い手を添えて欠伸をしていると部屋の外から足音が聞こえてきた。それが真っ直ぐこちらへ向かってきていることを察して扉に顔を向ける。表情を動かすことなく一点を見つめる光景は少々気味が悪い。
数秒して足音が扉の前で止まる。しかしそれも一瞬のことで、すぐに扉は開いた。

「おーっす。起きてるかー?」

間延びした挨拶をしながら笑顔で部屋を訪れたのはメリオダスという名の少年だ。リルよりも濃い金の髪は今日も元気に跳ねている。そんな彼の手には盆があり、その上には朝食と思われるパンとサラダがあった。
メリオダスの訪問に特に反応することなくリルは布団に視線の先を変更する。手ぐしで色素の薄い髪をすき始めたリルを視界の端に映しながら、メリオダスは盆をテーブルの上に置いた。

「メシここに置いとくぞ」
「……ん」

盆に乗った食事はリルのものらしい。とはいえメリオダスが持ってきたからといって共に朝食を摂るかといえばそうでもなく、彼は食堂で朝食を食べる。メリオダスはあくまで朝食を持ってきているに過ぎないのだ。

「まーた引っ掛かったのか?」
「……」

ギシ、とリルの長い髪の中で彼女自身の手が止まっている。艶やかなそれは一見すると指通りが良さそうだが、如何せん癖毛なためよく絡まる。
揶揄するメリオダスを無視し、リルは無理矢理手を下に降ろそうとした。しかし彼女の髪は頑として絡まったままだ。その様子にメリオダスは焦ったようにリルの手を髪から離した。

「髪抜けるぞ?無理矢理するな」
「……別にいいでしょ」
「よくない。櫛貸してみろ」

ほれほれ、と手を差し出すメリオダスにリルは拗ねたように口をへの時にさせた。それに対しメリオダスはにししと笑う。
数秒の沈黙の後、根負けしたのはリルだった。不満そうな顔はそのままに、櫛をメリオダスに渡す。受け取ったメリオダスは礼を言ってリルの髪に櫛を通した。

「昨日風呂は?」
「…入った」
「んじゃ髪乾かしたか?」
「……んーん」
「乾かさねえから絡まるんだよ」
「…めんどい」
「でも絡まるの嫌なんだろ?」
「……」
「にししっ」

いらぁ…とした負のオーラを隠すことなく醸し出すリルをメリオダスは悪戯が成功した子供のように笑う。リルはふん、とそっぽを向いた。

「よし、もういいぞ」

その言葉と共に櫛が棚に置かれる。メリオダスが確認するように手でリルの髪をすくと、先程のように絡まることはなかった。それにメリオダスは満足気に頷き、ベッドに座っていた状態から立ち上がる。

「じゃ、夜にまた来る」
「…ん」
「具合悪くなったらすぐ誰かに言えよ」
「……ねぇ」
「どした?」

珍しく自分を呼び止めるリルに目を瞬かす。そんなメリオダスにリルはどこか気まずそうな顔をし、俯きがちに口を開いた。

「…えと…」
「?」
「……髪、ありがと」
「!」

それは呟くような小さな声だったがメリオダスにははっきり聞こえた。思わず緩む顔を抑えきれず、よしよしとリルの頭を撫でる。長い金糸によって隠れるようにある耳は赤く、彼女が照れていることは一目瞭然だ。リルは普段人と話さないため礼を言うことがこそばゆいのだろう。もちろんメリオダスはそのことをわかっている。

「リルもやっとオレに感謝できるようになったか」
「……早く行けば」
「にししっ!おう、また後でな」

ニッと笑ったメリオダスに対し、こちらは面倒くさそうに手を振るリル。こうなればもう相手にしてくれないことも、メリオダスは知っていた。
つれない態度に落ち込むことはない。この王女様は気持ちを素直に相手に示すことが苦手だから。
メリオダスはもう一度リルの頭をなで、大半の者は知らない王女の部屋から出ていった。







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