リンゴを片手にコップに白湯を注ぐ。エリザベスの前にも置くと「ありがとうございます」と頭を下げられた。それに緩く首を振る。本当は紅茶とか淹れたいけど、今は切らしてるから仕方ない。
何か食べれるものはあったかなと食料庫の残りを思い出しているとエリザベスがおずおずと手をあげた。メリオダスがどうした?と尋ねる。
「<七つの大罪>はーーメリオダス様は、本当に世間が言うような大罪人なんでしょうか?」
その質問に目を伏せる。エリザベスは正体の知れない自分を助けたメリオダスは大罪人ではないと思ったらしい。でももし本当だとすれば、どんな罪を犯したのかと。まあ想定の範囲内だ。恩人が大罪人と呼ばれている訳が気にならないはずかない。
しかしメリオダスはエリザベスの疑問にはハッキリとは答えなかった。大罪人であることは肯定したけど、詳細までは言わない。エリザベスはそのことに呆然とする。
さて何と言ってフォローしようかと頭を悩ませていると突然揺れがきた。本日二回目だ。でもこれは慣れたものーー目的地に到着したことによる揺れだ。どさくさに紛れてエリザベスの胸に顔を埋めるメリオダスの頭を7割くらいの力で殴る。痛みに悶えるメリオダスの横を通り過ぎ、小さな窓を開けた。そうして見えたのどかな村の様子に目を細める。
「……ん、平和」
「オレの頭は大惨事なんですけど?」
「す、すごい音がしましたね…」
白湯が入ったコップを持って二階に向かう。その際見えたメリオダスの頭には小さなタンコブができていた。…少し力を入れすぎたか。巨人族の腕力をなめていた。
足の向かう先をカウンターに変更して氷を出す。エリザベスと話すメリオダスを呼んで振り返った瞬間にそれを投げつけた。いきなりのことなのに難なくキャッチする反射神経がムカつく。
「お、氷」
「……力入れすぎたからそれで冷やせば」
「にししっ。サンキュー」
メリオダスが頭を氷で冷やすのを確認して今度こそ階段を昇る。背後でツンデレとか聞こえたけど私は認めない。
メリオダス達が酒場を出て数十分後。二階の窓辺で頬杖をついているとメリオダスと見知らぬ男の子がここへ向かってきていた。エリザベスとホークの姿がないため何か起きたのかと部屋から出て階段を降りると、ほぼ同じタイミングでメリオダス達も酒場へと入ってきた。
「…おかえり」
「ただいま。キッチン借りるぞ」
「?……ん」
男の子をテーブル席に座らせてメリオダスはカウンターに向かう。お人好しの旦那が誰かを連れ帰ってくることは珍しいことではないが、毎回のことながら私はついていけない。
まあ店に迷惑がかからなければ何でもいいと傍観を決め込んで階段に腰を下ろす。しばらくぼうっと様子を見ていると、メリオダスが男の子の前に自らが焼いた肉を置いた。え、待ってそれは…!
「いっただきまーす!!」
「あ…!」
止めようと動いた手が空中で止まる。いくら彼の料理が死ぬほど不味くとも本当に死んだりはしないだろうが……いやどうなんだろう。不死身の私が言っても説得力ない気がする。どちらにせよ見ず知らずとはいえ幼い子供を死なせては目覚めが悪い。それも理由が旦那手作りの料理とあっては尚更。
「まずっ!」
「…あ、出した」
「不味いからな!」
しかし心配は杞憂に終わったらしい。肉にかぶりついた瞬間に顔を歪めた男の子は料理の感想を(物理的にも)吐き出した。顔色は悪いが命に関わるようなほどじゃない。よかったよかった。食料代はもったいないけど。
「……あれって確か高かったよね」
「ん?そうだっけ」
「……お金ないのに…」
「オレが甲斐性ないみたいな言い方するなよ。不便はさせてねーだろ?」
「…残飯作るなって言ってるの」
もう、と溜め息をついて立ち上がる。男の子のテーブルに口直しの水を置き、メリオダスの料理という名の残飯を回収する。あとでホークに食べさせよう。メリオダスの前にもエールを置く。それでこの子なに、と目で訴えるとニヤリと嫌な笑みが返ってきた。
「お前の友達が<七つの大罪>って話…本当か?」
「!」
「……不味すぎて忘れた……」
……なるほど。仲間探しの手がかりか。
一応私も一緒に聞くべきなんだろうけど、子供の扱いはよくわからない。ここはメリオダスが適任だろう。任せた、と言うように彼と目を合わせると任せろとばかりに頷いた。
さてはて、それより気になるのは何故こんな子供が世間で恐れられている大罪人の友達なのだろう。不思議すぎていまいち信憑性がない。大体の人(じゃないのもいるけど)は特に違和感はないけど……いや、そもそも警戒心の強い彼らが子供とはいえ人間に心を許すかどうか……
「おいリル!それ残飯だろ!?」
「……ホーク。帰ってたの」
「たった今な!それよりそれ!」
「…食べる?」
「食う食う!」
男の子ーーミードというらしいーーが残した肉をホークの前に置く。目をキラキラさせて食べてるけど一応それ残飯。
そんな中ミードの話が始まる。バーニャの村はエール作りが盛んで村人はそれが誇りだ。しかしそのエールを聖騎士に馬鹿にされ、悔しかったミードは聖騎士のエールに虫を入れた。当然聖騎士は怒り、村に剣を突き刺して地下水源全体を止めてしまったと。
つまり。
「<七つの大罪>が友達っ件もーー」
「ウ……ウソ」
まあ、そうだろう。よく考えなくても彼らは追われてる身だ。聖騎士がこの村に駐在してる時点で既にここにはいないはず。魔力だって感じないし。残念だけど他の町を当たるしかない。
それにしても何故ミードは<七つの大罪>が友達というわかりやすいウソをついたのだろうか。エリザベスも疑問に思ったらしく質問する。
「<七つの大罪>は聖騎士に追われてるんだろ?悪い聖騎士に追われてるなら<七つの大罪>はいい奴ってことだろ…?」
「……」
一概にそうとは言えない、とは言っちゃダメ何だろうな。<七つの大罪>の団長様が何も言わないんだから。
ちらりと目を向けるとエリザベスとホークもメリオダスを見ていた。注目された本人は惚けたけど。
「……行くの?」
突如村から聞こえた「剣を今日中に抜かなければ村の取り立てを今までの10倍にする」という言葉。水が枯れている今、エールを売りとするこの村には全く蓄えがないというのに。聖騎士は守るべき村人が消えても何も思わないのだろうか。私の知っている聖騎士とは随分違う。
慌てて出て行ったミードを追うようにメリオダスが立ち上がる。上目で様子を見ていると頭をくしゃくしゃとかき混ぜられた。
「村の奴ら全員連れて来てやる」
「……ふーん」
自信に満ちた笑みを浮かべるメリオダスに「いってらっしゃい」と呟く。私は行かない。元々引きこもり体質というのもあるけど、メリオダスと約束しているから。生活必需品がなくなったときは出かけるけど。
メリオダスは「いってきます」と返し、さっさと出て行く。慣れたようにホークも付いて行き、エリザベスは迷うように私を気遣わしげに見て、しかし行ってくるように手を振ると小さく頭を下げて走り出した。
「……さて」
店主がああ言ったのだからきっと村人がたくさん来るのだろう。あの人が有言実行しなかったことはあまりない。今日は私も手伝うことになるかなと思いながら貯蔵庫に向かった。
***
「ただいま戻りました!」
店の入り口から聞こえた元気な声に作業していた手を止める。意外と早く帰ってきた。それとも私が作業に没頭していたからだろうか。
カウンターから顔を出すと全員帰ってきていた。誰も怪我はしていない、と。エリザベスが来た時はみんな軽傷とはいえ怪我をしていたから少し不安だったのだ。
「…おかえり」
「姉様!えへへ……」
ぱっと顔を明るくしたエリザベスに首を傾げる。どうしたのか聞くと更に顔の筋肉を緩めた。
「姉様に「おかえり」と言っていただくことが嬉しくて……いつも送り出してばかりだったから」
「……そっか」
10年前の事件より以前──私がまだリオネス城に定期的に帰っていた頃、私とエリザベスは偶然出会った。エジンバラの時に一度会っていたから私は知っていたけど、エリザベスは忘れていたようで戸惑ったのを覚えてる。あの時は見た目が違っていたし、エリザベスは物心つくかつかないかの微妙な時期だったから仕方ない。
その後色々あってお互いのことを知り王女二人とも会って、なんだかんだと懐かれた。とはいえ私は城に住むには危ない身だからすぐに出て行くことになったんだけど。エリザベスに「行かないで」と泣かれたときは本当に困った。
「……ごめんね」
「謝らないでください。姉様には姉様のすべきことがあったことくらい、今の私にはわかります。それに今は姉様と一緒にいられますから」
ふわりとはにかむエリザベスの頭を思わず撫でる。あ、と我に返って手を引っ込めようとしたけど、エリザベスが嬉しそうに笑うからおずおずともう一度撫でた。
「おいおいおーい。夫を目の前にしてイチャつくな」
「……ああ、いたの」
「ずっとな」
じと、とした目で見てくる夫は無視して代わりに予め書いておいた不足している食料のメモを渡す。仕入れは基本的にメリオダスの役目だ。私は魔力はあるけど体力はない。
「ふむ…肉以外はハーブと果物だけか。でも今回は量はそんなにいらねえんだよな…」
「…移動中の分も必要だけど」
「それを含めてもだ。酒場なんて基本的におっさん連中しか来ねえだろ。──そうだ、エリザベスに社会勉強させてみるか!」
メリオダスはいい案だとばかりに手を打つ。確かに今までエリザベスが外に出た回数はごく僅かだろう。そんな彼女の常識は世間一般からかけ離れていると見て間違いない。元城暮らしの私がそうだったから。しかしこれからは王女だからと甘えることは許されない。だからメリオダスの案はとてもいいものだと思う。
「……ん。バーニャの村なら安心」
「そんじゃさっそく。エリザベス、ホーク!」
メリオダスがエリザベス達に今夜の説明をしている間にお金の用意をする。メリオダスいわく買う量は少ないらしいし、銀貨数枚あれば足りるだろう。足りなければ付き添いのホークが値切ってくれるはず。
「……はい、これがお金」
「ありがとうございます。……これが銀貨ですか……」
「まさか金貨しか見たことないとか言わないよな?」
「本当にお金と物を交換するんですね」
「そのレベルまでいくか」
「……王女だから」
「さすが元王女。知識はあっても買い方を知らないだけある」
「……今はできるし」
つんとそっぽを向くとケラケラと笑い声が聞こえる。エリザベスは「わ、私もわかりませんから!」とフォローになっていないフォローをくれた。気を取り直してメリオダスは何をするのか尋ねる。
「オレは今晩のメインディッシュの食材、黄昏牛狩り!!夕暮れ時に現れては村の畑を荒らす化け物で困ってるんだとさ。捕まえりゃ一石二鳥!!」
「……ふーん」
牛肉なんて久しぶりだ。豪華な夕食になりそうだなとメニューを考えていると、大人しく鼻を鳴らしていたホークがメリオダスを呼んだ。全員の視線が下に向く。
「俺的に牛肉はさほど好きじゃねえんだわ」
「は?お前の好みは関係ねーだろ」
「リルが作った分はメリオダスが全部食べちまうだろ。んで残った部位でメリオダスがなんか作んだろ?どーせ全部残飯行きじゃんか」
店にゴチンッと固い音が響いた。
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