色々とショックだったのか、泣きながら出ていったホークのあとに続くようにリルも部屋を出る。一階の酒場へ降りるとそこは誰もおらず、開けっ放しになっていたドアから外へ出た。ホークが「おっ母急げ!」と自身の母を急かしている光景を目の端に映しつつリルはマイペースに「おはよ」と口にする。すぐに返されたブゴッという鳴き声に苦笑したが。今は走ることに忙しいらしい。
リル達の住宅兼酒場の<豚の帽子>亭はホークママという巨大な豚の上に乗っている。ホークママは名前の通り、ホークの母だ。
「それにしてもお前よく起きなかったな!結構うるさかったぞ?」
ショックから立ち直ったらしいホークがリルを見上げる。彼女が血を食料とする吸血鬼だとは知っているが吸血されたのは初めてだったのだ。まあホークがショックを受けたのは己の血を不味いと言われたことだが。やはり残飯ばかり食べているからだろうか。それともクソ不味い残飯だからだろうか。
「…何してたの?」
そんなホークの考えを何となく把握はしているが指摘はしない。面倒くさいし何より今は現状を把握する方が大事だからだ。
前を向いたまま尋ねるリルにホークは揺れる母の上をバランスを取りながら答える。
「メリオダスのベッドで女の子が寝てたんだよ。で、その子が王女様だったってわけだ」
「…………へぇ」
「お、おいリル?」
不穏な空気を察してホークが冷や汗をダラダラと流す。恐る恐るリルを見上げると無表情のはずなのに怒気を纏わせていた。
「顔が般若みたいですけど!?」
「は?」
絶対零度の目とはこういうことを言うのだろう。ホークはプゴッ!?と鼻を鳴らし青ざめた。先程から不憫な豚である。
「…ん、」
魔力だ。
その魔力が故に探知に長けるリルが顔をあげる。辺りを見渡すと少し先で爆発が起きていた。距離があるためホークは気付いていないが……戦ったのだろうかと眉を寄せる。
「っ…!?」
「うおっ」
などと考えているとホークママが大きく跳躍した。それに伴いリル達の体も宙に浮く。驚く間もなく地面ーーホークママの背中ーーに叩き落とされた衝撃が襲ってきた。私寝起きなんだけど、とリルが不満を溢す。ちなみにホークはホークママの鼻先に綺麗に着地していた。なんか腹が立つ。
「お、リル!」
ふらふらと立ち上がっているとホークママから垂らされた綱梯子を登ってきた少年がリルの名を呼んだ。そちらを向くと金髪の少年と、その腕に担がれている銀髪の少女。
「……エリザベス…?」
目を見開いて少女ーーエリザベスを見るリルの様子に少年ーーメリオダスは満足そうに笑う。ホークママの背に足を着けた彼はエリザベスを降ろし、リルに再度笑いかけた。
「起きたんだな。ただいま!」
「……おかえり」
ホークママがドンドゴと低温を響かせながら歩き出す。背後には鎧を着た兵士がいたが、リルは無視してメリオダスにお礼を言うエリザベスに近付いた。
「あ、あのメリオダス様!ありがとうございましたっ!!」
「気にすんなよ。義妹を助けるのは義兄として当然だろ?」
「義妹…?それはどういう……」
首を傾げるエリザベスの肩を背後から軽く叩く。まさか人がいるとは思わなかったのか、エリザベスが小さく叫び声をあげて振り返る。そして大きな目を更に見開いて硬直した。
「…久しぶり」
「リル姉様!?」
そんなエリザベスにリルは小さく笑う。約10年振りの姉妹の再会にメリオダスも微笑んだ。
場所は変わり<豚の帽子>亭の一階。義姉に再会して硬直したり念願の七つの大罪に会えたことで興奮したりと忙しいエリザベスを落ち着かせ、改めて自己紹介をすることになった。
メリオダスは階段の柱に背中を預け、リルはその隣のカウンター席に座る。エリザベスは二人の前に立ち、もじもじと手を絡ませた。
「あ…改めてよろしくお願いします……。エリザベス・リオネス…王国の…第三王女です……」
人前に立つことに慣れていないエリザベスは少々気恥ずかしいのだろう。まあリルの時のように無愛想ではないから印象はいいのだが。
そんなことを思いながらメリオダスがエリザベスを歓迎すると何故かリルに足を強く踏まれた。思考を読まれたか嫉妬したか。多分前者だろう。心配しなくともメリオダスが想っているのはリルなのだが。
「んじゃ、まずはボロボロの服着替えよーぜ」
「アレはアレでそそると思うけどなあ…」
「……ねぇ、アレ着せる気?」
軽蔑の視線を向けるリルにメリオダスはニヤリと笑う。エリザベスの目には義姉の背後に鬼が見えるのだが気のせいだろうか。いや、きっと気のせいではない。逃げてくださいメリオダス様。しかしその思いは届かず二人の言い合いは続く。
「リルが着てくれるならいいぞ?」
「…露出が多い」
「堅えこと言うなよ。絶対似合うと思うんだけどなあ」
「ったく、俺取ってくるぞ」
どちらも引かない会話に呆けているとホークが呆れたように溜め息を吐いて階段を上がっていく。それに気付いたリルが言い合いをやめて追いかけて行った。
思いの外あっさりと終わった事態にエリザベスは目を瞬かせる。何だったんだろう、今の。メリオダスは読めない笑みを浮かべており、エリザベスは我に返って彼に声をかけた。
「あの…姉様は何故ここに…?」
「あり?リルから聞いてねえのか?」
「は、はい。10年前から姿を見ていなくて…」
片手で数える程度しか会ったことのない義理の姉。それでも自分達妹を随分と甘やかしてくれ、エリザベスはリルをとても慕っていた。
しかし10年前の事件が起きた後、義姉はぱったりと姿を消した。年に一度帰って来ていたのにそれすらなくなり、やがて義姉の話題が上がることはなくなった。
が、七つの大罪探しの旅に出てメリオダスと同時に義姉も見つけた。エリザベスが混乱するのも当然だろう。
「そうか、あいつお前らには何も伝えてなかったんだな……」
「え?」
「んにゃ、何でも。リルがここにいる理由だったよな?」
「はい…」
いよいよ義姉が姿を消した理由が聞ける。エリザベスは速まる鼓動を落ち着けるように胸に手を当てた。
「結婚したからだ」
「………」
え?
何を考えているかわからない笑みを変えることなく告げたメリオダスに一拍遅れて聞き返す。エリザベスは「え?え?」と疑問符を頭上に浮かべながらメリオダスの顔をよく見た。……やはり変わらない笑みだ。
「けっ…こん……というのはつまり、その…」
「オレとリルが結婚したってことだな」
「え……えええええ!!?」
この酒場に訪れてから驚きの連続だ。エリザベスは顔を右に左にと忙しなく動かしながらも頭の中を整理しようとする。
10年振りの再会を果たした義姉は伝説の七つの大罪の団長と結婚していた。ダメだ意味がわからない。どういうことなんだろうと再度メリオダスを見るとにこやかに首を傾げられた。
「メリオダス様とリル姉様がご結婚…!?何故…いえ、その前にお二人はお知り合いだったのですか!?」
「ああ。七つの大罪結成前からのな」
「そんなに前から…!?」
全然知らなかった。いや、元々エリザベスはリルのことを全く知らない。知っているのは王女の誰とも血が繋がってないことと、旅をしていたこと。しかしその旅をしていた理由も知らない。
エリザベスがそのことにショックを受けているとメリオダスが名前を呼んだ。思わず上擦った声が出てしまい赤面する。
「どうした?やっぱ姉ちゃんが大罪人と結婚すんのは嫌か」
「っそんなことありません!!それにメリオダス様は私を助けてくださいました!大罪人なんて…!!」
「落ち着け落ち着け。……ありがとな、エリザベス」
「!」
ふっと優しく笑うメリオダス。エリザベスはその笑みを見て過去の義姉を思い出す。
ーーーー……エリザベス、遊ぼう
そう手を差し伸べてくれた彼女も、同じ顔をしていた。
そうだ、義姉のことを知らないから何だというのだ。昔も今も義姉は自分に優しいし、自分は義姉が大好きで慕っている。例え何も知らなくてもその事実があればいいのではないか。義姉だって、その内話してくれる。今は義姉の吉報を祝うべきだ。
「こちらこそ……姉様とのご結婚、おめでとうございます」
「……サンキュ」
心から言ってくれたであろう祝いの言葉をメリオダスも噛み締める。思えば夫婦共に血縁者がいないため祝ってくれたのはホークくらいのものである。血の繋がりはないものの、リルにとっても、ある意味メリオダスにとっても関わりの深いエリザベスからの言葉は感慨深いものがあった。
「ちなみに最初は愛人だったんだぞ?」
「ええ!?本当ですか!?」
まあ素直にそれを表に出すメリオダスではないが。
戯れに嘘を吐けば純心なエリザベスはコロッと騙される。訂正する気もなく笑っていると頭に拳骨が落ちた。同時に冷ややかな声も。
「……死にたいの?」
「リル〜、約束はどうした?」
「…能力だから約束には含まれない」
ふん、と鼻を鳴らして階段を降りるリルにじとりとした目を向ける。リルが今したのは黒妖犬(ブラックハウンド)の能力でメリオダスの頭上に続く異空間を作り、そこへ腕を突っ込んで拳骨を落としたという行為だ。
義姉が魔力を使えることを知らなかったエリザベスが目を白黒させる。リルは後で説明する、と言って手に持っている店の制服をエリザベスに渡す。
「あ、あの姉様……ご結婚、してたんですね」
「…………そっか、知らせてなかったっけ」
一拍遅れて理解したリルはごめんと呟いた。罪悪感はあるらしい。しかしエリザベスは首を振り、花が咲くように微笑んだ。おめでとうございますと。リルは祝いの言葉がもらえると思っていなかったのか、目を見開く。
「……怒らないの」
「姉様のことを深く知らないのは今に始まったことではないですから」
「…やっぱ怒ってる?」
「いいえ。ふふっ、姉様、改めておめでとうございます」
リルが咄嗟にメリオダスを見る。人目にはわからない笑みを浮かべてはいるが、ひどく穏やかな顔をしていた。それを見てリルも肩の力を抜く。
「……ん、ありがと」
少しだけ目を緩ませた義姉にエリザベスまで嬉しくなる。この笑みが好きなのだ。知らないことは徐々に知っていけばいい。
和やかな空気が漂っていた時、エリザベスが思い出したように声を出す。それにリルが首を傾げると義妹は何故か赤面して詰め寄ってきた。
「そ、それと姉様、もうひとつお聞きしたいのですが……」
「?…なに」
「あの、本当にメリオダス様の……あ、愛じ」
「ん?」
「……何でもないです」
無表情のはずなのに迫力がすごかったと後のエリザベスは語る。目の前でそのやり取りを見ていたメリオダスはケラケラと笑っていた。
エリザベスが制服に着替えるのを待つ間、リルはカウンター席に座り、隣に立つメリオダスを覗き見た。その顔には不機嫌の三文字が書かれている。
「……あまり変なこと言わないでくれる」
「ん?」
「…エリザベスのこと」
二階で着替えているため酒場での会話が聞こえないはずだが、それでもリルは声を潜めた。咎められたメリオダスは困ったように笑い、同じように声を潜める。
「いつかは知られることだろ?結婚も魔力も……他のことも」
「……でも、今じゃない」
リルは義妹に知られるのが嫌なわけではない。幼いエリザベスに何も言わなかったのは教えたところで理解できないと判断したためだ。かといって今彼女に教えられるのは己が結婚したことと魔力を持ってることだけだが。その他のことは時期がくるまでは黙っているつもりだ。
そのことをメリオダスも了承していたはずなのに、と我が夫を睨む。鋭い視線をもらったメリオダスはまあまあ、と静かに怒る嫁を宥めた。
「聞かれたら答えるしかねえじゃねえか。不可抗力ってやつだ」
「……ふーん」
「納得したか?」
「…愛人の件は」
「あれは軽いジョークだ」
「死ね」
ぐっとメリオダスの足を踏む。また何かの種族の能力を使っているのか、ミシミシと嫌な音がする足元を見ていると階段を降りる音が聞こえてきた。どうやら着替え終わったらしい。
「あ…あの〜、こ…この服装は……?」
やや恥ずかしそうに顔を覗かせたエリザベスにリルは固まり、メリオダスは感嘆の声をあげる。エリザベスが両者の違う反応に困っていると固まっていたリルが緩慢な動作でエリザベスの肩に手を置いた。
「……脱ごう、エリザベス」
「おいおいおーい。いつからオレの嫁さんは大胆になったんだ?」
「…黙れ変態」
「それ渡したのはリルだろーが」
エリザベスが着ている<豚の帽子>亭の制服は露出が激しい。ホークも一国の王女にさせる格好ではないと思っているため冷や汗をかいている。似合ってると言っているのはメリオダスのみだ。
「ね、姉様!私は平気ですから!」
「……本当に?」
「はい!」
確かにエリザベスは恥ずかしそうにしているだけで嫌がってはいない。義姉としては大変おすすめしない格好なのだが、制服以外服がないのも事実だ。メリオダスとほぼ同じ身長のリルの服はエリザベスには少々小さい。
リルが渋々エリザベスの肩から手を降ろすとそのまま流れるような動作でメリオダスの手を掴む。ん?と首を傾げる旦那を睨むも、本人はへらりと笑うだけだ。
「…エリザベスに触らないで」
「サイズのチェックをしようとしただけだ」
「……スカート捲ろうとしたの誰」
「なんだリル、嫉妬か?オレの嫁さんはいつになってもかわいいなぁ」
「……エリザベス、服きつくない?」
「ぴったりです」
「無視か」
エリザベスの返事にほっと息を吐いたリルはメリオダスから手を離してカウンターに入った。起きてまだ何も口にいれていないことを思い出したのだ。昨日のシチューが残っているはずだと鍋の蓋を開ける。
「……ねぇ、シチューは」
「ああ、朝飯に食った」
「……」
「姉様お顔が怖いです…!」
「わかるぜリル……食べ物の恨みは怖いからな」
「ホーク黙れ」
「何で俺だけ辛辣!?」
はあ、と溜め息を吐いて鍋を水に浸ける。鍋にこびりついた汚れは水に浸けておかないと落ちにくい。
その場にあった果物類を剥いているとメリオダスがカウンターに入ってきた。謝りに来たのかと思いきやリルが剥いたリンゴをかじる。負のオーラが一気に高まった義姉に冷や汗を流すエリザベスだが、メリオダスはにしし、と笑いながらリルの頭を撫でた。
「今バーニャの村に向かってんだ。そん時に酒と、ついでに食料も調達しとく」
「……メインは食料」
その返答にメリオダスは小さく頷いて一口かじったリンゴをリルの口許に持っていく。リルはエリザベスをちらりと見て、それにかぶり付いた。
その様子を見ていたエリザベスは目を瞬かせる。義姉の負のオーラが消えたからだ。不機嫌になったリルの機嫌を取るのは大変なのにと妹ながら思っていると、エリザベスの様子に気付いたホークが気にすんなとこれまた呆れた顔をした。
「あいつらはいつもああだ」
「仲が良いのね」
「巻き込まれる俺としてはいい迷惑だけどな!」
プシューッと鼻息を荒くしていることからホークは苦労しているらしい。エリザベスは苦笑する。
そんな会話をよそにメリオダスがリルの頭を軽く叩く。丸め込まれたことが不満なリルはふん、とそっぽを向いた。その耳元でメリオダスが囁く。
「後で血やるから、な?」
「……2倍増し」
「オレの嫁さんは贅沢だな」
そう言いながらもメリオダスの顔は緩んでいる。リルはメリオダスからリンゴを取り上げ、先程とは打って変わって上機嫌にかぶりついた。
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