私の毎日は暇で満ちている。ベッドから出ることのできない生活に今更不満はないけど、やはり暇なことに変わりはない。1日の大半は読書をして過ごし、気が向けば裁縫をしたりと王女らしいことはしているが、どちらも今は気分ではなく、ただ窓の外にある街並みを見ていた。

「……あ、鳥」

羽でも休めにきたのだろうか。バルコニーの柵に数秒留まった黄色い鳥は、ひとつ鳴き声を上げるとまた飛んでいった。
よく自由な鳥になりたいと言う人がいるが、鳥も鳥で生きることに大変なのだから自由ではないだろう。人間社会のような複雑な関係がない辺り、多少自由なのかもしれないがそう変わらない。生きることはいつだって苦痛で、大変だ。

「…はー…」

起こしていた上半身を倒し、ベッドに寝転がる。柔らかい羽毛布団を贅沢に抱き枕のように抱き締める。ふわふわして気持ちいい。
きっと周りから見れば私は籠の中の鳥だ。違うと主張してもそうとしか思えない状況なのだから仕方ない。一度も姿を見ない王女。少ない食事量。娘に会いに行かない国王。噂されているだけでも不審な点はいくつも見つかるのに誰もが口を佇む。真実ではないから。確証がないから。

「……」

あの人はどうだったのだろう。飄々として掴み所のない、たまにどこか遠いところを見る彼は、噂されている私を不審に思ったことはないのだろうか。否、噂なんて戯れ程度にしか思っていない人だ。それに初対面のあの時、彼は私に興味を示していなかった。
……あれ、そういえば彼が私を“ちゃんと”見るようになったのはいつからだっただろうか。3日に一度のペースだった訪問が毎日に変わったのは何故だろう。

***

「おいーっす」
「……どうも」

彼と出会って2週間目くらいのその日、丁度彼は非番だった。確か昼食を終えて少し経った時間帯だったと思う。その頃の私はまだ人と話すことに慣れておらず、それどころか苦手としていたから、正直彼のことはあまり歓迎していなかった。

「今日はな──」
「……」

しかし彼のする話は好きだった。外の任務でのことや酒場であった騒ぎ、街の様子など、色んなことを面白おかしく話してくれた。今思えば失礼なことに相槌ひとつ打っていなかったが、彼の話だけは最初から好きだった。
それでもやはり義務的な空気はあって、特にわかりやすかったのが彼の目だった。私のことを何とも思っていない──ただの王女としてしか見ていない目。私に何の興味もないのは明白だった。

「──ってことがあったんだ」
「……そうですか」
「んー、なんか飲むか?この中身紅茶だろ?」

小さく頷いてカップをひとつ取り出す。冷めてもおいしいこの紅茶は私のお気に入りで、あまり人の来ない日中は侍女に頼んでいつも置いてもらっていた。「うまいな」と目を丸くさせる彼に少しだけ誇らしい気持ちになりつつ、「そうですね」と私もカップに口を付ける。

「なあ、その話し方やめねえか?」
「……話し方?」
「リルの話しやすい話し方でいいよ。オレもこんなだし」
「……じゃあ……わかった」

こくりと頷き丁寧語をやめる。畏まった話し方はあまり得意ではないから助かるけどいいのだろうか。……まあ、本人がいいと言っているし、一応私の方が立場は上だからいいか。伏せていた目を彼に向けて頷くと、彼は満足そうに笑った。

「あ、あともうちょいワガママ言っていいぞ」
「……なんで?」
「リルは病人って聞いたから外に出してやることはできねえけどよ、多少のワガママくらいは叶えてやるぞ?」

ニッと笑う彼に目を見開く。意外だ。私なんて適当に相手をしてればいいのに、気を使ってくるとは思わなかった。そういえば子供っぽい外見だから忘れていたけど、この人は騎士団の団長だ。それくらいの気遣いはできないと騎士精神というものは身に付かないのだろうか。よく知らないけど。

「……あり、がと」
「おう」

とはいえ突然お願いすることはない。どうせなら今何かないかと辺りを見渡していると手元にある紅茶が目に付いた。

「あ……じゃあ……」
「!なんだ?」

身を寄せてくる彼から体を引きつつ、ティーカップを見せつけるように持ち上げる。

「……この紅茶に合うお菓子が食べたい」
「……ふむ……わかった!」

食べ物系は突然すぎたかな、と内心ドキドキしていると案外あっさりと頷かれた。どうやらこのお願いは叶えてもらえるらしい。



彼が出て行きしばらく過ぎた頃。
何をするでもなく空を見上げていると、部屋のドアが音を立てて開いた。

「わりい、待たせたな」
「……んーん」

微かな甘い香りと共に現れた彼はテーブルに盆を置く。何を持ってきてくれたのか、少しだけ期待しながらベッドから降りた。

テーブルの前に座り盆に乗せられたものを見る。クッキーだ。紅茶に合う定番のお菓子。甘い香りの正体はこれか、と思いながらひとつ手に取る。こんがり焼けたそれは美味しそうで期待が高まる。

と、そこで彼がニヤニヤした笑みを浮かべていることに気づいた。

「ん?食べていいぞ?」
「……?いただきます」

怪しみながらも一口かじる。一体どんな味がするのか、なんて思考は一瞬でなくなった。

これはなんと表現すればいいのか……もっさりしているようで固く……生焼けっぽいような、焦げているような……とにかく筆舌しがたい。ただひとつ言えることがある。

「まずい」
「だろーな」

なぜか自信満々に言う彼はわかっていたのだろう。なんてものを食べさせるんだ。信じられないと思いながらモサモサした謎の物体を噛み続ける。

「ンな睨むなよ。オレの手作りだぞ?」
「……え」
「菓子は作るの初めてなんだ。まずいことはわかってるから味見はしてねーんだけどな!」

そう笑いながら彼はクッキーと思しきものを食べた。しかし作った本人とはいえまずいものはまずいのか、「うわ」と微妙な顔をする。

「こりゃまずい」
「……これ、あなたが作ったの?」
「プロがこんなもん作るわけないだろ」
「……それを私に出したの……」

別にないならないで私は構わなかった。この“ワガママ”だって彼が気にしてるようだから無理矢理捻り出したものだ。そんなことは彼だってわかっているはずなのに。

それに彼は当たり前のように作ったと言うけど、普通騎士は料理をしないだろう。まして彼は団長。料理とは無縁なものだと思っていた。

「男なら女のわがままの一つや二つ叶えるもんだ」
「……よくわからない」
「そういうもんなんだよ。にしてもこれどうすっかな……」

「団員の誰かに処理させるか……」と不穏なことを呟く彼の横顔を見る。困っているようには見えないけど本当はどうなのだろう。彼の表情から感情は読み取れない。

でも、と思う。
せっかく作ってくれたのだから、これは私が処理、もとい完食しなければいけないのではないか。

「う……」
「あ、おい。無理すんな。腹壊したらどうすんだ」
「……じゃあ初めから出さないでほしい」
「それはそれだ。吐いていいぞ?ほら袋、確か引き出しだよな?」

棚の引き出しを開けようとする彼の腕を掴んで首を振る。人前で吐くのは王女としてだめな行為なことくらい自覚の薄い私にもわかる。何より作ってくれた人の前で吐き出すなんてあり得ない。

なんとか咀嚼して飲み込み、すぐに水で口の中を洗い流す。濡れた口元を腕で拭った。

「……まずい」
「だから、」
「でも、……ありがと」

お礼だけは目を見て言ったものの、恥ずかしさが勝ってすぐにそっぽを向く。小さい声になってしまったから聞こえたか心配になったけど、彼の反応からして聞こえたようだ。その証拠に「また作ってやるよ」と言われたから丁重に断った。もう二度と食べたくない。

***

──あの日からだ。彼が“ただの王女”ではなく“私”を見るようになったのは。
とはいえ思い出してみてもきっかけはクッキーしか考えられない。他に何かあったか記憶を探っても特に何もないはずだ。……まあ、今さら彼の考えていることがわかるなら苦労しないのだけど。

思考を放棄して窓の外を見る。いつの間にやら日は随分落ちていて、王国を赤く染めていた。そろそろ侍女が夕飯を持ってくる時間だ。それを食べたあとに彼が来る。今日はどんな話をしてくれるのだろうか。

「……ふふ」

楽しみだと、誰もいない部屋で静かに微笑んだ。






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