燦々日光、古代林は本日も良いお日柄である。古代林に生息する生物達はこの陽気の下で各々の生を全うしていた。鳥は熟れきった果実を啄み虫は花の蜜を吸い、草食動物は食料を求め草原地帯に移動し肉食動物はそんな彼らを狙い物陰から様子を窺う。常と変わらぬ日常風景。ゆったりとした時の中で自然界のあるがままの姿が日々連続する。
人の手が入らず大型モンスターの暴走も起こっていない穏やかな時間は平和と言い換えても差し支えない。
しかし、この平和はいとも容易く崩れ去り、古代林の生物、とりわけ人型をとる特異個体のモンスター達の間に波乱が起きることとなる。
──遥か上空から来襲した、招かれざる訪問者によって。
「……うーん……」
所は人間もしばしば訪れる中央地帯、巨大な海洋生物の化石が露出している壁面が印象的な洞窟内。ハンター達に「エリア3」と呼称されるそこは各所に開かれた大穴から地上の光が届く為踏みいった者に対し洞窟にしては明るく開放的な印象を与える。また古代林の中では王錦魚のような大型の魚が生息しうる程の水場を有した数少ない地域でもあり、釣りを目的とした来訪者も多い。事実人間だけでなく古代林に生息する特異個体の面々もその日の糧を得る為にしばしばこの地を訪れていた。
そんな件の水場で釣糸を垂らすは音に聞こえし斬竜ディノバルド、の特異個体。大岩の上で腰を下ろして魚がかかるのを待っている。古代林に生息する同種の中で唯一人型に変じられる彼はその男性らしく整った顔を珍しく陰らせており、髪と同じ柘榴色の眉を難しげに歪めて微動だすらしない水面を眺めていた。
「おっ、釣りなんて珍しなぁ兄ちゃん」
ディノバルドが釣りに興じきれていない中、能天気な声と共に現れたのは特異個体のリモセトス。草食種とは思えぬ体格と図太さを有した竜である。本来草食種の彼にとって肉食の斬竜は覆せぬ食物連鎖上の天敵の一種だが、特異個体という共通点を持つ彼らは互いに敵愾心を抱くことなく世間話や情報交換等の日常的な交流を重ねていた。
今日も気負うことなく目の前の竜の小脇に置かれている竹びくを覗くなり哀れみを込めた眼差しで端正な顔を見やる。魚一匹いないどころか濡れてもいない。まさに儲けがない状態。
「……ボウズやん。ドンマイ」
「はは、心の籠ってない慰めだな」
直球すぎる草食竜の言に苦く笑んでみるも状況が変わるわけでなし、軽く溜め息をつき釣り糸を上げた。
「この間弟が大漁だったから俺もやってみたが……中々難しいものだ」
「まあ相性もあるししゃあない。そもあんたじっとしとるのも性に合わん質やろ」
「確かにそうだな」
同意を示すとディノバルドはびくと釣竿を持って立ち上がり釣場を空ける。
「さて、代わるか。そう言うあんたの腕前も是非見せて貰いたいものだが」
「任しとけ、兄ちゃんよりゃマシなもんを見せたるわ」
ディノバルドと入れ代わる形でリモセトスが岩の上に登ろうとした、まさにその時。
──ひどく甲高い音が古代林全体に鳴り響き、彼らの耳をつんざいた。
飛空艇の駆動音でもなければ飛竜が翼手を力強くはためかす音でもない。それは彼らが初めて聴く音であった。
現代の文明下で生きる者がそうそう耳にすることはないであろうそれは彼らにとって表現すら困難で、例えるなら音速で何かが過ぎる風切り音。もしかすれば遥か未来には飛空艇がそのような音を出して更に速く安全に空を駆けるやもしれないがあくまで架空の話でしかない。この時代で生きる彼らは未知の事態に確かな異常を感じ取り、咄嗟に体を動かした。
両者揃って天を見上げる。外が確認出来る大穴の多い洞窟の中とはいえ空中の詳細までは窺い知れない。そうしている内にも音は段々と大きくなる。一拍置いて、互いに顔を見合わせた。
「何だこの音は。古代林特有の現象か?」
「いや知らん。俺も長いことここで生きとるがこんな音今まで聞いたことないわ」
「そうか……嫌な予感がするな。俺は少し様子を見てくる、あんたはここに……」
ディノバルドの言葉はそこで遮られた。轟音と共に大地を揺るがす強大な衝撃が二匹を襲ったからだ。
「!」
「うぉっ!?」
立っていられない程の激震と地響きによりバランスを崩した二匹は共に地に膝をついた。衝撃は古代林全域に拡がっているようで遠くからは鳥の群れが一斉に飛び立つ音もした。洞窟内も大きく震動し、天井からはパラパラと崩れた石片が落ちてくる。二匹は何かが古代林の何処かに墜落してきた点だけは理解したが、それにしてもこの衝撃と爆音は只事ではない。疑問、そしてこれから執るべき行動を思考しながら大人しく揺れの収まりを待つ。
動けるようになったのは音が止んで十数秒経ってからだった。
「ったく、なんやねん今の……大丈夫か兄ちゃん?」
肩に落ちて来た砂利を億劫そうに払いながらリモセトスは目の前の男に声をかける。対するディノバルドも砂埃を払い落として立ち上がり、墜落音のした方角を見やった。場所はここから北北西、背の低い野草が生い茂る広大な草原地帯。洞窟からでは様子は窺えないが彼の地で何事かが起きたのは明らかだった。
「ああ、大丈夫だ。それよりも……今の音は恐らく草原地帯からだ。あんたの番は……」
「ああ、……そうか、そっちか……」
呟き、眉をひそめた。草原地帯はリモセトスの群れがたむろしている。その中にはこのリモセトスの番も在るはずだった。先程とは打って変わった沈痛な面持ちで、彼はディノバルドの肩を叩く。
「……兄ちゃん、悪いがちょいと付き合ってくれんか。もしもの時は……」
「皆まで言うな、いくらでも手を貸そう。何であれまずは現状を把握せんとな」
互いに頷くと、迷わず草原地帯へ歩を進めた。
一方、一足先に様子を見に来た特異個体のドスマッカオ、ホロロホルルはある光景を目にした途端に顔を青ざめた。
にわかに信じ難い光景を目の当たりにした時、生物はその多様性により様々な反応を示すが、ただただ立ち尽くすしかなくなってしまう者も少なからず存在するであろう。古くから古代林に住まい、この地域で起こるハプニングには慣れている彼らも例に漏れず、眼下に拡がる異常に言葉を失っていた。
あり得ない。このような事象は今までの生で培った常識を基準にして考えるとあまりにあり得ない。いや、存在しようがない。燻る大地から立ち上る焼け焦げた匂いの中、理解が追いつかずに固まる二匹の存在に気付きもせず、『それ』は其処にいた。
──たった今何かが墜落して出来たばかりの、巨大なクレーターの中心に。
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