絶望を飲み込む。





―――――悲鳴が聞こえた気がする

あの声はリリーのものだろうか。


そんな事を考えていても、
もう私には関係ないのだけれど。

奇襲をかけてきた死喰い人に対抗していた不死鳥の騎士団。

私もさっきまでその中に居た。
小さく自嘲の笑みが浮かぶ。
取りあえず、逃げようか。

速く、速く。

此の薄暗い森を抜ければ、―――――ー
「―――…ッ」
後ろから木を揺らす音が響いてくる。
あぁ、もう追ってきたのか。
あんなにも死喰い人が放たれていたのに。
さて、私の体力にも限界がある。
到底彼に敵うとは思っていない。
どうしたものだろうか。

考えは巡るが面白くて仕方ない。
口角が上がっていくのが解る。
走りつつ、振り向きざまに杖を振るう。
大木が薙ぎ倒され、重い音が夕暮れ時の森に響き渡る。

だが、それと同時に後ろで何か呪文が聴こえたから、きっと彼の足止めには成功していいのだろう。

ソレを裏付けるように足音は止まらない
まったく、不利なゲームだ。
―――そこからタブーを働くのがゲームの醍醐味だけれど
ねぇ、そうでしょう?シリウス。

「―――ルネッ!!!」

あぁ、楽しくて仕方ない。
「…く…ははっ」
思わず笑いが漏れる。
不死鳥の騎士団のメンバーの、驚愕に見開かれた瞳を思い出す。

悲愴な表情で首を横に振る、リリー。
茫然と私を見つめるジェームズ。
信じられないものでも見たかのようなリーマス。
眉根を寄せて私を見る、ムーディにエメリーンに他のメンバー。

1番焼きついて離れないのは貴方の顔ね、シリウス。
あの如何とも言い難い顔は傑作だったわ。
絶望と苦痛と驚愕に歪むメンバーの
顔、面、貌、表情ッ!!!!

「はは、あははッ…!!」

高笑いが止まらない。
森に吸い込まれる声の余韻に酔いしれる。狂ったように、後ろに杖を振るう。
木が、樹木が、次々と倒れていく。

「ルネッ!!!!」

「ルネ…っ!!」

あぁ、なんだ。
貴方もいるの、リーマス。
追いかけて来てくれるなんて意外だったわ。

「ルネッ…お願いよ、止まって!!!」
「ルネッ…!!!」

あぁあ。結局皆居るんじゃない。
悲鳴を上げたのはリリーだと思ったのに。きっとエメリーンだったのね。
馬鹿ね、私を追って来るなんて。
死喰い人の思う壺だわ。
いくら他に闇祓いがいるからって不死鳥の騎士団が厳しいのには変わらないのに。

それに―――
そこにいないピーターをもっと訝るべきね。

愚かな学友。
もう、学友とも呼べないわね。
「ふふっ…」
薙ぎ倒された樹木から鳥たちが羽ばたく。
夕焼けに照らされた鳥たちを美しいと、素直に感じた。
それと同時に
私も自由になれたら、と。
叶わぬ幻想を抱いた。


それは、唐突な裏切りだった。

奇襲をしかけてきた死喰い人に対抗すべく一斉に杖を振るっていた時。
ルネの様子がおかしかった事は、薄々感づいていた。
一向に杖を振るおうとしないルネに声を掛けようとした時だった。
ベラトリックスがルネを見て、にやりと、唇を歪めた。
俺は咄嗟に彼女を守るように前に立ち、杖を握った。

だが、予想に反して奴は攻撃を仕掛けなかった。
でも、徐々に上がる口角。

異様な空気に気付いたのか、他のメンバーがこちらを窺う。
そして、ようやく予想していた呪文が紡がれた。

―――――俺の、俺達の、よく知った声で。


「アバダ・ケダブラ」

背後から、禍々しい緑が放たれる。
それは真っ直ぐに、掩護に来ていた闇祓いに向かい、彼を音もなく絶命させた。

沈黙が、積る。
激化していた戦いが一時的に止み、動揺が広がる。
俺はゆっくりと後ろを振り向いた。

「…ルネ…?」

にこり、と。
華の様に変わらず微笑む彼女は美しかった。それ故か、恐怖をもたらした。

「ルネっ!?」

リリーの震える声が響く。
そちらへ視線を投げた後、自然な所作で、ルネは杖を頭上へ突き上げる。
その時の悪寒が走るような笑みが、脳裏に焼き付いて離れない。


「ノラードイグリタス」


天井が崩れ、天窓が粉砕する。
咄嗟に頭を守る俺たちを一瞥して、ルネはその場を去って行く。

「ルネっ…待てッ!!」

叫ぶが、彼女は止まらない。
だが一瞬だけ、こちらを振り向こうとしたのは気のせいではないはずだ。
ベラトリックスの高笑いを耳にしながら、俺はルネを追って走り出す。

後ろからジェームズ達も駆けてくる気配があったが振り向く余裕などなかった。
ムーディの怒鳴り声と、エメリーンの悲鳴が響き、次いで呪文を叫ぶ声が飛び散る。森に消えただろうルネを追う途中、リーマスが叫んだ。
「シリウス、どう言う事だ!?」
「俺が知るわけないだろう!!」
叫び返せばジェームズが怒鳴る。

「君はルネの恋人だろう!!?」

「お前らだって親友だろうがッ!!」

錯乱状態に陥ったかのようにがむしゃらに走る。必死で追うが、未だ彼女の後ろ姿を捉える事は出来ない。

「どうして…どうしてルネがあんな事を…!!」

一番後ろに付いて走るリリーが、今にも泣きそうな顔で叫ぶ。
その思いは皆一緒で崩れ落ちそうな精神に、顔が歪む。
訳が解らない。
何故、何故彼女が裏切ったのか、全く分からない。

一体いつから、俺たちとは違う道へ分け入ったのだろうか。

気付けば一緒にいた。
リリーの親友で、俺達とも悪戯をしてはよく叱られた。授業は中の下で、勉強を見てやったこともあった。
妙に義理堅くて、いやに正義感が強くて、スニベルスをいじめる事だけは決して許しはしなかった。

あぁ、きっと。
彼女みたいな人物をグリフィンドール生というのだろう、と馬鹿な事を思った。
底抜けに明るく、華のような美人で、惹かれるのは必然でもあった。
だから、
告白をOKされた時は舞い上がったし、
初デートのときは柄にもなく緊張して、手を繋ぐ事さえ躊躇った。
卒業してからも、ルネは変わらなくて、リリーと楽しそうに話す姿は姉妹のようで、悪戯を仕掛ける時は人一倍張り切って、そのくせドジをして。

これからもそれは変わらないと、そう信じて疑わなかったのに。
―――――…一体何故?
堂々巡りを繰り返す思考。
それは皆同じようで、足は動かしているのに口数は減っていった。

「…ッルネ!!」

叫べども、返答は彼女の声ではなかった。
「シリウス!!」
ジェームズの声に上を見れば、不気味な音を立てて迫りくる樹木。
偶然倒れてきたのだと片付ける程、俺の思考回路は麻痺していなかった。

「ドレンソリピオ!」

木が明後日の方向に倒れていく。
その様を見届ける事もなく、走り続けた。
「はは、あははッ…!!」
高笑いが薄闇に響く。
その声の主は、紛う事無き俺の愛した女性の声で。
「ルネッ!!!!」
「ルネ…っ!!」
リーマスと共に叫ぶが、一向に彼女が止まる気配はない。
「ルネッ…お願いよ、止まって!!!」
「ルネッ…!!!」
リリーの悲鳴のような声を聞いても、お前は何とも思わないのかよ。
あんなに、リリーを大切に思っていたくせに。
優しげなルネの表情が、胸に巣食う絶望に食潰されていく。
それだけは嫌だと、乱暴に杖を振るった。


縺れる足に鞭打って、ようやく森を抜ける。紅よりも藍が深みを増した空を、見上げ、息を吐く。
薄らと浮かび上がる三日月。
ふっと口角を上げて、辺りを見渡す。
闇に沈みかける湖。
済み渡る碧色に、頬が緩んだ。

よく此処で悪戯の秘密会議を開いたものだ。
リリーと花の冠を編み、話に興じた。
ジェームズの実に下らない発明を鼻で笑いつつ、リリーに変な事をしないよう釘を刺した。
リーマスと一緒に読書をして、甘いお菓子を食べた。
シリウスは私とリーマスが話していると、いつも勘違いをして、話に割って入ってきた。
私がソレに憤慨すると、彼もまたヤキモチを妬いて、よく言い合いになった。
ピーターは可哀相な役回りで、いつもとばっちりを喰らっていた。
シリウスは女慣れしているくせに、妙に挙動不審で、私はそれが愛しくて堪らなかった。
隣を歩く時、気遣って私に歩幅を合わせてくてる所も、
手を繋ごうとする癖に、私が目線を合わせると少し距離を置く所も、
闇祓いの活動の時、自分よりも私を優先してくれる所も、
学生時代から変わらない悪戯な笑みも、灰色の瞳も、唇も、身体も、全てが、
愛しくて、愛しくて、堪らない。

リリーの柔らかな笑みも、
ジェームズのさりげない優しさも、
リーマスの慈しむ様な微笑みも、
叶うのならば、あの頃に、戻れたら。

いっそピーターのように完全に闇に染まればいいのだろうか。
何もかも素知らぬ顔で、今までを全て裏切る。
それが出来たら、楽だったのだろうか。
此の曖昧な立場こそ、ヴォルデモートの思う壺であるのに。
後ろの木々が揺れる。
振り向けば、息を切らしているいつもの4人。
その表情は様々だけれど、1番は困惑だった。
もう戻れないとは知りながらも、憎悪で歪んでいない皆の面に安心した。
まだ、私を信じてくれているのだろうか。
インぺリオを施されたと言えば、私はそちら側に戻れる――…?

無理ね。

私はドジだから。
いつか自分で墓穴を掘るわ。
貴方がいつも言っていた。そうでしょう、シリウス。
これはゲーム。私は負けられない。

だから、私を憎んで、恨んで。
私を、信じないで。
真実など、闇に紛れて消えてしまえ。
全て総て、
闇へ溶けてしまえ。
私はもう、羽ばたけない。

「ルネッ…どうして…」

リリーの秀麗な面差しが悲しげに歪む。
私は自分の弱さを掻き消した。
「ははっ…どうして?そうね、しいて言うなら、闇に魅せられたっていうのが最適かしら?」
小首を傾げて微笑んで見せる。
彼らが瞠目している。
あぁ、お願いよ。
どうか速く去って。
「ルネ…そんな質の悪い冗談は…」
「冗談?あはは。面白い事を言うのね、ジェームズ。私、昔から嘘は苦手で。ほら、顔に出てしまうって皆言ってたじゃない?だから…そろそろ気付くべきね。これが現実だと。」
顔を歪めて吐き捨てれば、ジェームズの表情がどうしようもなく歪む。
「…何が、あったんだい?」
「何が?」
リーマスの落ち着いた問いかけに、心底馬鹿にしたように聞き返す。
鼻で笑いながら、彼を見つめる。
優しい彼の心中は、どれほど悲しみに沈んでいるだろうか。
「別に?大した心境の変化はないのよ。ただ刺激が欲しくなっただけ。素敵じゃない?闇って。何物にも染まらず、染めるのみ。私はそれに忠実に従っただけよ。馬鹿な組み分け帽はそれに気付かずにグリフィンドールにしたけれど。」
グリフィンドールに選ばれたのは、私の誇りだった。
純血家系だったけれど、スリザリンじゃなかった事を喜ばしく思ったし、親も祝福してくれたわ。
私の言葉を聞けば聞くほど歪んでいくシリウスの顔。
「…んで、なんでだッ!!!」
心からの悲鳴って、きっと今みたいな声を言うのね。
私は、狂ったように嗤った。
もう、それが、慟哭なのかさえ、分からない。
「あはははははっ!!!何で?分からないの?この素晴らしさがッ!!杖を振るえば、人々が脅え、平伏す。一振りであっけなく人が絶命して、自分を畏怖する人で溢れ返る…ッ!!…あぁ…ははっ…最高ね。ねぇそうでしょう?貴方もやってみたら、シリウス。貴方にも分かるかもしれないわよ?シリウス・ブラック!!!」
「止めて、ルネッッ!!!」
悲痛なリリーの声が届く。
あぁ、私が貴女を泣かせる日が来るなんて。
「…何だ。もっと良い反応をくれるって期待してたのに…月並みね。」
杖を指で弄びながら、言葉を紡ぐ。
「…あぁ、そうだ。リーマスなら分かってくれないかしら?闇を抱える貴方なら、…」
「止めろッッ!!!」
「…急に話しに入ってこないでくれる?…あぁ、もしかしてまた嫉妬してくれてるの…?本ッ当馬鹿な人。」
リーマス、ごめんなさい。
この言葉は貴方を何より傷つける。
あぁ、シリウス、そんな顔をしないで。
「ルネ…」
ジェームズが私の名前を呼んだ時、
盛大な音が響き渡る。
背後を振り向けば、舌なめずりをしながら、立っている人物。
真黒なフードを目深に被り、顔ははっきりと見えない。
だが、彼が誰であるかなど、私には分かり切った事だった。
シリウス達が一斉に杖を構える。

死喰い人―――バーティがニヤリと口角を歪めた。
「おいおい、まだ殺ってなかったのか?」
「五月蠅いわね。お別れを惜しんで何が悪いの?」
「お別れ、ねぇ…まさかこのまま逃がすつもりじゃないよな?」
リリーが、私を真っ直ぐに見つめる。
大好きなその目が、今の私には苦しい。
「…勘違いしないで、リリー。残念ながら私は貴方達を逃がすつもりはないわ。お話してあげてるのは、現実だと教えてあげてるの。あの世に逝ってから、現実だったって気付くのは悲しいでしょう?」
にっこり微笑めばリリーの瞳から雫が零れ落ちる。
瞼を震わせ、泣かないとする姿に、心が軋む。

「ディフィンド!」
「…ッ…危ねぇな…」

シリウスの放った術がバーティの頬を掠めた。彼の頬に裂傷が走り、血が滴る。
傷は浅いようだが、私は焦ってしまう。
それはすぐに掻き消したけれど、4人に気付かれたのでは、と思ったが、どうやら感付かれてはいないらしい。

小さく息を着きつつ、激昂したであろう、バーティの前に躍り出る。
彼は苛々した様に私の耳に顔を近づける。
「なんだ?あいつらを庇うのか?」
「やぁね。忘れたの?あの4人を殺すのは私だってベラが約束してくれたんじゃない。」
ふ、っと嗤って視線を前に戻す。
驚いた4人の顔を眺めながら鼻で笑う。
「ダメね、シリウス。敵は彼じゃないわ、私よ。私に攻撃を仕掛けてくれなくちゃ。隙があり過ぎて面白みがなくなっちゃう。」
肩を竦めて見せる。
侮蔑を含んで彼を貶せば、シリウスは眉間に皺を寄せる。
そして、
「ステューピファイ!」
「ドレンソリピオ!」
彼の呪文を弾き返す。
弾き返された呪文が軌跡を描き砕け散る。
続け様に杖を払う。

「アバダ・ケダブラ!!」

鮮やかな緑がシリウスの真横を走り抜ける。森に潜んでいた動物が音もなく横たわる。
私は態とらしく微笑んだ。
茫然とするシリウス達。
私が彼らに向けて死の呪文を使うとは思わなかったのだろう。
後ろでバーティが下卑た笑みを浮かべたのが解った。
「あんまり焦らして逃がすなよ。」
「分かってる。」
早く去れ、と思っていると急にバーティの片腕に引き寄せられる。耳に囁かれる
ぞくり、と。
背筋に氷塊が滑り落ちた。
バーティの唇が耳に付く。


「あのお方から、逃げられると思うなよ。」


心臓を、鷲掴みにされたかと思った。
最も聞きたくなかった警告に、鼓動が早鐘を打つ。
耳に唇を当てたままバーティは嗤う。
舌打ちをして術を放つが、彼はすらりと身をズラしてかわす。
「そう怒るなよ、ルネ。」
高笑いを残して姿をくらます。
だが、彼の残した忠告の恐ろしさは拭えなかった。

「…ッ!!!」

舌打ちと共にバーティの唇が付いた耳を拭う。
「ルネ…」
シリウス達を眼光鋭く睨みつける。
憎々しげに哂って、杖をシリウスに向けた。驚いたような顔をしつつも、彼は杖を構えようとしない。
眉根を寄せる私に構わず、リーマスも杖を下ろす。
「…?何を…」
「ルネ、君は顔に出やすいんだよ。」

リーマスの言葉に、ひゅっと、喉が鳴った。

「さっき死喰い人にシリウスが仕掛けた時、焦った顔をしてた。」

びくり、と肩が上がった。
あぁ、ダメだ。
どうやら最後まで彼らに嘘は通用しないらしい。それでも私は笑みを刷かせた。
「何を馬鹿な事を…」
「ルネ…、貴女本当に嘘が下手ね。」
リリーが苦笑する。
ジェームズも笑ってる。
あぁ、もう、なんなの。
私だけ空回って馬鹿みたい。
温かいものが頬を伝ったけれど、私は無視を決め込んだ。
「ルネ…」
優しく呼ばないで。
お願いよ。
その声が、私を揺るがすから、

シリウス。

涙で濡れる瞳を閉じる。
もう皆、私を攻撃する気はないらしい。
馬鹿ね。
私は、もう、
戻れないのよ。

瞳を開く。
世界は、もう滲んでいなかった。


「エクスペリアームス」


油断していたシリウスに術を放つ。
宙を舞った彼の杖を握る。
もう、決意は決まった。
どうせ私は彼らを殺めることなど出来はしないのだから。
茫然とする彼らに微笑みかけた。

これで最後。
貴方達に真実の笑みを向けるのは。

「リリー、私の為に泣いてくれて嬉しかったわ。」
「…ルネ…?」
「ジェームズ、リリーを泣かしたら承知しないから。」
「ルネ、変な事を考えてないかい…?」
「リーマス。さっきの言葉は謝るわ。貴方は闇なんか飼ってない。」
「止めて、ルネ。僕は何ともないから…だから杖を下ろして。」
杖を構えて、シリウスを見つめる。
彼が泣きそうな顔をしてる。

「愛してる。シリウス。」
「…ルネ…止めろ、杖を下ろせ。」
「ずっと一緒にいたかったけど、」
「これからも傍にいればいいだろうッ!!」
「もう、戻れないから、」
「まだ間に合う、だから…ッ頼むから杖を下ろしてくれ…ッ!!!」
「私には、もう、羽ばたく翼がないのよ…ッ」
涙は堪え、ゆっくり杖を振るう。
「エイビス」
シリウスの杖から、ゆっくりと鳥が羽ばたく。藍に沈んだ空に、青い鳥が羽ばたく。
あまりにも眩しくて、
私は目を細めた。
鳥よ、叶うならば、私も連れて行って欲しいけれど、
シリウス達に視線を戻す。
さぁ、これで本当に最期。
どうか、恨まないで。

「あぁ、…そういえば、ピーターは来なかったのね。残念だわ。」

これは暗示よ。
どうか気付いて。
裏切った私の、最期の助言よ。

「待てって…ルネッ!!」

後ずさりながら微笑む。
私がどんな行動をするかが解らなくて、皆身動きが取れない。
そう、そのまま。
動かないで。

私は袖を捲る。
そこには禍々しい闇の印。
ハッと息を呑む4人に口端を吊り上げた。

「モースモードル」

自分の杖を空に突き上げる。
夜空に浮かび上がる、残虐で恐ろしい闇の印。
これで、死喰い人達は退くはずだから。
不死鳥の騎士団は無事なはず。

この呪文だけは、貴方の杖で出来なかった。貴方は穢れずに。
闇の印を凝視している4人をしり目に、私は徐々に後退する。

足が湖に浸かった。
水音に気付いたシリウスが、ハッとこちらを振り向く。
「ルネッ!!」
皆が走り寄って来るから、私も米神に杖を当てる。
ごめんね、貴方の杖で逝かせて欲しいから。
勝手に使う事を赦して。

口端を吊り上げ、嗤う。
何処までも響くように。
此処に、死喰い人が来ないように。

嗚呼、皆の顔が滲む。
頬を伝うのは、涙じゃない。
泪は、枯れた。

シリウスが手を伸ばしたから、私は口を開く。


「アバダ・ケダブラッ!!!!」


叫んだと同時に意識が遠のく。
緑が視界を覆う前に見えた、皆の顔。
思わず、口角が上がった。

身体から力が抜け、後ろに傾いでいく。
空を仰げば、三日月に羽ばたく青い鳥。
何処までも遠く私には手が届かないけれど。
どうか皆は、――――…



ばしゃり、と。
水音が森に響いた。
急いでルネを掻き抱いたけれど、もう息はなくて、徐々に冷たくなる身体があるだけだった。
どんなに泣き叫んでも、どれだけ呼ぼうとも、返答は無い。
こんなに心が張り裂けそうになったのは初めてだ。
リリーが傍に寄って来て、ルネの頬に触れる。
冷たいルネに怯むように指を引いた後、彼女の名を呼んで再び雫を落とした。ジェームズとリーマスも、後ろで泣いているのが分かる。
ルネの額に唇を付けたけれど、温もりは、くれなかった。

「どうして…ルネは…、」

涙のせいで上手く喋れないのか、ジェームズは言葉に詰まる。
そうだ、どうして。
どうしてルネは死喰い人になったのだろうか。いつの間に闇の刻印を、その身に刻んだのだろう。

様子を見る限り、何故―――――





「憂いの篩を使えば…見れるかもしれない。」




リーマスの小さな呟きに、皆が彼を振り向く。



「彼女の…ルネの闇を、見れるんじゃない…?」



その言葉に、再びルネを振り向く。



彼女の真実を、

見ようと思った。

例えそれが、深い闇で、ルネが嫌がったとしても――――――









end
(君を愛しているから)

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